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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
四章『行く末』
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23 あふれる





 ヴィンセントの評価に「そんな」と口からついて出ようとしていた声は出なかった。

 続いた言葉が耳に入ったからだ。──「そんな君の姿が、俺は好きなんだろう」


「……えっ」


 突然の「好き」に意表を突かれた。

 しかし、いやいや好きと言っても。精霊にもよく言われているし、「ありがとうございます」とでも自然に受け取るべきなものだきっと。

 過剰反応してしまって、瞬間恥ずかしくなる。

 すかさず誤魔化そうと笑って何か言おうとした──のだが、


「………………つい、口に出た」


 ヴィンセントの様子に、またもセナは何か意味のある言葉を口から出すことに失敗した。

 え?

 ヴィンセントは探した目を逸らし、口を押さえている。

 まるで言うつもりのなかったことを言ってしまったかのようだ。

 言うつもりがなかった、ということは。


「えっ」


 二度目「えっ」と言ったセナの頭の中は大混乱していた。

 人の評価を当然のように言うヴィンセント。時にそれはセナが自分には不相応だと思う内容でも、ヴィンセントはさらりと言う。

 そのヴィンセントがつい口に出たと言い、初めて見る動揺のきっかけの「好き」とは。


 好きには種類がある。

 セナの中では大きく二つ。

 家族、友人、知人に対するこの世に最も多く溢れている「好き」と、「そうではない好き」。セナには「そうではない好き」は「そうではない好き」としか分類ができない。知らないから。

 それでもヴィンセントの言ったのは何気ない「好き」だろうと思っていた。ヴィンセントは人を真っ直ぐに評価してくれるような人で、「強い」とセナが言われて照れるようなことを何でもないように言うから、「好き」もそういうものなのだろうと。

 でも今、ヴィンセントの様子とどうしても結びつかない。


「いや」


 わずかに動揺と言い表せる状態にあったヴィンセントが、とっさに口を覆っていた手を外し、視線をセナに戻した。

 真っ直ぐに戻ってきた目にセナはどきりとした。

 ただ少しこちらを見ていなかった目が、再びこちらを見るようになっただけだと言うのに。


「意外と再会が早かった」


 セナがいつでも側にいるのが当たり前の従者ではなくなり、次にいつ会えるのか分からなかった。

 もしかすると半年後とか一年後とか、そんな期間でもおかしくなかった。

 そんな中、一ヶ月と経たずに今日会った。


「君に、会いたいと思っていた」


 たぶん、声が出たとすればまた「えっ」とでも言っていたに違いない。まだ、頭が追い付いていなかったから。


「君がいなくなって気がついた。セナ、俺は君のことが好きだ。部下に対しての親愛ではなく、言うなれば──恋人になりたい、結婚したいという意味で」


 これほど分かりやすい告白もないだろう。

 思わぬ言葉の数々を浴びせられたセナの心臓がぎゅっとする。


「君のことが好きだから、これからも仕事上ではなく個人的に君に会いたい」


 ヴィンセントの言葉が終わり、沈黙とも言えないわずかな静寂が落ちようとして、セナは口を開いた。


「あ、ああの」


 何か言わなければならないと思って、でも言葉が見つからなくて困る。


「落ち着け、セナ」


 そんなセナの様子を、ヴィンセントがやんわりと遮った。


「無理に何か言おうとしなくていい。いきなり言っているのは俺だ。まあ、いつ言ってもいきなりになるだろうが。──とにかく、今返事をもらおうとは思っていない。いつか返事をもらいたいとも言わない。いつか、君が気が向いたらどういう内容であれもらえると俺が嬉しい」


 それだけだ、と、ヴィンセントは自然な動作で紅茶に口をつけた。


「冷めるぞ」

「あ、はい」


 紅茶も、ケーキもろくに味がしなかった。


 その後のことはよく覚えていない。

 何か喋っていた気はして、実際喋ってはいたのだろう。

 内容はさっぱり覚えていなくて、ろくな会話が出来ていたのか不明だ。


「送ろう。日が暮れる」


 カフェを出た。

 カフェに入ったときと出たときと、入って出たのはセナとヴィンセントだけと変わらない。

 服装も距離も関係性も。

 帰り道を、ヴィンセントと歩く。

 心なしかぎこちない。と感じているのはセナだけか。


 ヴィンセントは、エベアータ家の屋敷の所在を知っているようで、セナよりも歩く足に迷いがなかった。

 猫は鞄から出てこず、声も出さなかったし、雪豹も出てこなかった。


 無駄に緊張して、見ることすら出来ない。

 無駄な緊張だろうか。でも、だってさっき、あんなことを言われた。「好き」「恋人になりたい、結婚したいという意味で」。思い出して、顔が熱で爆発しそうになったので、慌てて意識を逸らして顔の熱を冷まそうとする。

 ヴィンセントに気がつかれませんように。

 恥ずかしい。


「セナ、──セナ」

「は、はい!」


 弾かれたように顔を上げた先で、ヴィンセントと目が合って心臓が飛び出るかと思った。


「通りすぎるぞ。ここだろう?」

「……あ」


 セナが無言で一人忙しかった間に、エベアータ家についていたらしい。


「あ、ありがとうございました」


 慌てて、セナはヴィンセントにお礼を言う。

 送ってもらったことと、今日のお礼だ。


「これからも怪我には気を付けて」

「はい」


 別れは、存外あっさりしていた。

 ヴィンセントが離れていく。ブラット家の屋敷は、どれくらい離れた場所にあるのだろう。

 聞いたところで、知ったところで、どうなるわけでもないがそんなことを思いながら、離れていくヴィンセントの背を見ていた。


 不意に、覚えのある感覚に襲われた。

 覚えがあると言っても、決して慣れない感覚は、従者でなくなってヴィンセントの執務室を出て歩いた廊下での感覚だ。

 あの、寂しい感覚。

 手が、寂しさを埋めるために無意識にさ迷った。前回はポケットの中に行き着いて、猫で紛らわそうとした。その記憶から鞄を開けようとしていた手を止める。


 ふと、思い出した。

 ノアエデンで、ヴィンセントはどうしているだろうと考えていたこと。そして、泉にヴィンセントが映ったこと。


 肝心なことを、また別れるたった今まで忘れていた。

 寂しかった。ただ寂しかったんじゃない。あの人に会いたかったのだ。

 だから会えて嬉しかった。

 だから名残惜しかった。今、名残惜しい。


 あ、そっか。分かった。


 北の砦で出会い、従者となり、出撃を共にするようになって、気がつけばその背を見て彼のようになりたいと思った。  


 率直な言葉に、照れ臭いような純粋に嬉しいような、背筋が伸びるような思いがした。


 白魔討伐の地で──あの場には、セナが出会ったほとんど全てが詰まっていた。

 初めて彼が決定的に傷つく瞬間を見て、セナは立ち止まった。あの場を何とかしたかった。

 失いたくないものには、ヴィンセントが入っていた。


 シェーザの対峙したとき、手を握られた。あのとき落ち着いた。


 尊敬できる上司であったのは間違いない。上司だと見続けるのが当然で、あるべきなのだと無意識で思っていた。


 けれどそうでなくてもいいと、彼が今日示した。

 あの人を好きにならないはずがない時間を過ごした。

 セナは、ヴィンセントが好きだ。


 次、いつ会えると言うのか。この気持ちを、いつ伝えられると言うのか。


「ヴィンセントさん……!」


 口を開いた。今度は意図した言葉が出た。

 背に向かって呼ぶと、彼が振り向いた。


 青い目と黒い目が、こちらを見る。

 最初見たとき、左右色違いの目を見るのが初めてで、どちらかが義眼なのかなと思ったっけ。


 セナは、もう迷わなかった。


「また、会いたいです」


 どうしたのかと尋ねようとしたのだろう。口を開きかけていたヴィンセントが止まる。


「教会とか、砦とかじゃなくて、会いたいです」


 つまり、つまり。


「好きです」


 完全な不意打ちで、驚いた顔をしていたヴィンセントが戻ってくる。

 戻ってきて、セナのところまで来て、一歩しか空いていない距離も詰められてそのまま──


「???」


 ヴィンセントが見えなくなって、目の前も真っ暗になった。

 もしかして、もしかしなくても、ヴィンセントに抱き締められている。


「すまない。もう一回言ってもらってもいいか」


 すごく近くからヴィンセントの声が聞こえて、びっくりした。


「す、好きです……?」


 これのこと?

 頭がいまいち状況についていけていないなりにもう一度言ってみると、抱き締める力が強まった。

 前に頬が押し付けられて、そこで一気に顔が熱くなった。


「ヴィ、ヴィンセントさん?」

「嬉しくて、つい」


 ふわりと風が通ったと思ったら、頬に押し付けられていたものが離れて、ヴィンセントが見えるようになった。


「嬉しいな。そうなれれば嬉しいだろうとは思っていたが、想像以上に嬉しい」


 ふっと微笑んだ彼のその微笑みが、他でもない自分の言葉によって生まれたのだと容易に分かって、セナは真っ赤になる。

 今さらながら心臓がどきどきし始めて、目を合わせていられなくなってしまう。


「セナ?」

「少し、恥ずかしくて」

「恥ずかしい。なるほど。──じゃあ、俺を見てくれる気になったら見てくれ」


 そんな風を言われると、早く顔をあげなければならないと思えてくる。

 セナが意を決してちらりと見上げると、ヴィンセントと目が合う。


「ヴィンセントさん」

「ん?」

「わたしで、いいんですか?」


 恋人になりたいだとかいう対象が自分で。

 ヴィンセントは一度、意味を図りかねたように瞬いた。


「君が好きだ、セナ。そこに君でいいも何もないだろう」


 ヴィンセントはそうではないのか?と言うように首を傾げた。

 そして、柔らかく目を細めるようにして微笑する。

 何だか彼のさっきからの微笑みは心臓に悪い。ただのセナの心境によるものだろうか。


「手紙を出してもいいか」

「え?」


 自分の鼓動と戦っていたセナはきょとんとする。


「次に会えるのがいつか分からないから、その間手紙を書いてもいいか?」


 そうだ、ヴィンセントとは次いつ会えるか分からない。

 出会ってからは一緒の場所にいたし、従者だったので休みも被っていたがそうはいかない。

 なぜか頭から吹き飛んでいた。

 でも、手紙を書けばいいのだ。手紙は届く。休みであっても休みでなくても届く。


「はい。わたしも書きます」


 そうかぁ。手紙を書ける。

 セナの笑顔の返答に、


「きっと嬉しい」


 ヴィンセントも微笑んだ。


「君が好きだ」

「あ、あの、ヴィンセントさん言いすぎじゃないですか?」

「? 言い過ぎということがあるか? まあ、君と会えているときに言っておこうと思っているのはそうだが」


 この分では、予想外にも読むのに鼓動数が跳ね上がりそうな手紙が来てもおかしくないのでは。

 ヴィンセントはそんな考え方をするのだなと心臓のどきどきを抱えながらセナは思って、何だか自然と笑っていた。

 ヴィンセントは、そんなセナに今日何度見たか分からない彼にしては柔らかい微笑みをした。


 この世界で改めて生き始めた記憶は、前世の長さには至らない。

 けれどたくさんの大切な存在を得て、今、前世ではなかった思いをまた一つ得て、いつの間にか大好きな人が出来ていた。

 それは、とても幸せなことだった。








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