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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
四章『行く末』
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22 お茶と他愛もない話と




 お金を払うなど済ませて、ハンカチは送ってもらうことにした。

 自分の元にさえ届けば、ちょっとした休日に直接渡しに行くなり、家に置いておくなり、最悪送るなりできる。

 残す用事は、精霊へあげるお菓子だけとなっていた。


「しかし精霊は、何か食べたりするものなんだな」

「必須ではなくて、趣味みたいなものらしいです。なので物は形だけで九割方気持ちですね。でも、美味しく食べてくれる精霊はいるので、美味しいものをあげたいんです」


 エデはよく食べるのだと、ヴィンセントとも面識のある精霊を例に出す。

 そもそも他に精霊に贈ろうと思ったら、たぶん父より難しい。と言うより思い付かない。


 ところで、街にお菓子屋はたくさんあった。

 たぶんどの店より多いのではないだろうか、と思うのはある一帯に甘い匂いが充満しているからだろうか。

 精霊へのお菓子は、クッキーを買っていくことにした。

 試食をさせてもらったら、ほろほろと口の中で溶けていくようなクッキーだ。

 今年の何かのコンテストの一位だとか。こちらでもそういうことをやっているのだなと思った。

 しかし一位だとか、人気だとかいうのは美味しさを示す指標の一つだ。

 見た目も小さくて色んな色でコーティングされていて、可愛くて、気に入ったセナはこれにしよう!と決めた。


「これにしようと思いま──」


 ヴィンセントを振り返りかけたセナは、ぴたりと止まった。

 これを選んだら用事は終わりだ。

 セナは、決めたお菓子を見つめた。

 名残惜しい、と感じた。さっき、ハンカチのお店を出たときにも感じた。

 もう少し選んでいたら良かったかな、とそんな考えが過ってびっくりする。

 まだ太陽が出ていて明るいとはいえ、ヴィンセントには随分付き合ってもらった。相談にも乗ってもらったのだ。

 それをまだ選んでいたら良かったとは何事だ。


 とは言え、また寂しくなるのかなぁと思うと納得はできる。

 人との別れを経験したのは、孤児院で共に過ごした少年と別れたとき以来ではないだろうか。

 精霊とはノアエデンに帰れば会えるし、ガルも家族である限り会えるし、ベアドは側にいることになったし。

 ヴィンセントとは、偶然に会わない限りこれっきりの可能性はあるのだ。

 ……でも、きっと、そういうものだ。上司と部下が変わることなんて容易にあり得る。ヴィンセントに限った話ではなくなるのだろう。


「決まりました」


 セナはヴィンセントを振り返った。


「ヴィンセントさんは、何か買わないんですか?」

「特には」

「お家でお菓子とか食べたりしますか?」

「出されたときに食べるな」


 好むわけではないのだろうか。

 と、セナが聞くのはあることを思い出し、菓子を眺めていたヴィンセントに聞いておきたいことがあったからだ。

 その核心に至る前に、やって来た店員に「お持ち帰り用でしょうか?」と聞かれる。

 持ち帰り用以外にどうするのだろうかと疑問に思いながら答えると、分かっていないことが伝わったか「承りました」と言ったあとに店員が教えてくれる。


「隣にカフェがございますので、店内のものも召し上がっていただけます。特別メニューもございますので、よろしければご利用ください」


 示された方を見ると、カフェが併設されているらしく、奥に続くドアが開けられている短い通路が見えた。

 その向こうに、少し見えにくいがテーブルと椅子があって、人が座っている。

 店内に人がいっぱいいて、全然気がつかなかった。

 なるほど、それで持ち帰りか食べるか選べるのか。


「セナ」


 傍らを見上げると、ヴィンセントがセナを見ながらカフェの方を示した。


「お茶をしていかないか?」


 予想外の提案にセナは一度瞬いてから、


「──はい」


 笑顔で返事した。


 買ったお菓子は、渡された小さな木の番号札を渡せば出る際に渡してくれるそうだ。荷物預かりシステムである。

 セナとヴィンセントは、隣のカフェに移動して案内された席につく。

 なるほど、完全にカフェだ。

 丸テーブルと椅子が置かれた空間は、甘い匂いとお茶の香りに包まれていた。隣の売店である店内と同じく繁盛している。


「ヴィンセントさんと、もうお茶できないと思ってました」


 まあ、そもそも上司とお茶休憩をしていたこと自体変かもしれないが、そんな時間があったのだ。

 魔獣と魔物の出現が異常なほどになってからは当然そんな暇はなかったので久しぶりともなる。

 そして、そのまま従者ではなくなったので二度と来ない時間だと思っていた。


「ああ、そうだったな」


 同じように砦でのことを思い出したのか、ヴィンセントは頷いた。

 手元では、来たコーヒーにどぼどぼと砂糖を入れている。

 その光景がまさに砦と一緒だったので、セナの口元は緩む。

 と、同時にさっき聞けなかったことを聞くことにした。


「聞いていいですか」

「ん?」

「ヴィンセントさん、砦でお茶のときお砂糖けっこう入れてたので単純に甘いものお好きなのか、仕事中で頭使ってるからかどちらか気になってました」


 確か砦では人並みにと言われ、さっき、家では出されたときに食べるという答えがされ、しかし現在砂糖山盛りである。

 セナの質問に、ヴィンセントは砂糖の入った小さな壺の蓋を閉めながら、自分の飲み物を見下ろした。


「これくらい入れないか?」

「入れないです」

「多いのか」

「多いと思います」


 コーヒーの苦味感じますかと聞くと、感じないなとヴィンセントはすんなり肯定して、


「じゃあ俺は、甘いものが好きなんだろう」


 と納得したように頷いて言い、コーヒーに口をつけた。

 今気づいたらしい。そんな場に予期せず立ち会ったセナは、そのヴィンセントの部分が微笑ましいとか抜けている、とかではなく彼の性格なんだろうと思った。

 自分の性質を理解しているようで、自分のことに興味がないような。

 他人との余計な干渉を避けているようで、人のことをよく見ている部分もあるような。

 彼は、そんな人だ。


「うわぁ、ケーキもおいしい」

「そうだな」


 一口食べたケーキは、考えていることを吹き飛ばすくらい美味しかった。

 ヴィンセントに今日のお礼ができないだろうかと考えていたけれど、あれこれ残る物を考えるよりお菓子がちょうど良いのではないかと思い始めた。


「休暇は、よく休めているか?」

「はい。ヴィンセントさんの方こそ、休んでますか? 仕事してたんですよね?」

「休んだ上での、暇をもて余した結果の家の仕事だ」


 暇をもて余して仕事という流れが、セナにとってはすごい。


「ヴィンセントさんの家のブラッド家の領地ってどの辺りにあるんですか?」


 そういえば。

 エベアータ家のノアエデン、その外の領地は当たり前、知っている。

 メリアーズ家の領地の所在も先日知った。

 では、ブラッド家は。


「位置的に言えば、首都を挟んでちょうどメリアーズ家とは対角の辺りにある。ここ数年は領地には帰っていないが」


 そこで、ヴィンセントもそういえばとセナに尋ねる。今首都にいるということは首都で休暇を過ごしているのか?と。


「いえ、ノアエデンに帰っているんですけど、今日は用事があって首都に。この後精霊の道でノアエデンに帰る予定です」

「ああ、あれか。確かにあの道であればそんなことが可能になるのか」


 精霊の道を知るヴィンセントだ。

 本来なら出来ようがないセナの予定も、一瞬で目的地に着く精霊の道なら可能だとすぐに理解する。


「精霊との話し合いは上手くいったんだな」


 セナは首を傾げる。


「ノアエデンは最後の楽園と呼ばれる地だ。精霊の地であり、天界の楽園と性質が似るのであれば、『あの存在』が入ることをそれぞれの視点で懸念するだろう。君も、精霊も」


 白魔シェーザが、セナと共にノアエデンに立ち入ること。

 セナが考えていたことを、ヴィンセントは予想していたのだ。


「精霊は、受け入れてくれました。シェーザはノアエデンの人が住む邸周辺のみにという条件でノアエデンにいられます」

「そうか。良かったな、君も精霊も。精霊が受け入れなかったら、君もノアエデンに入らないくらいのつもりだっただろう」

「ヴィンセントさん、なんでそこまで分かるんですか」


 超能力者ですか?

 かなりびっくりしていると、ヴィンセントは微かに笑う。


「単純に予想した結果だ。君は、自分のことで周りに影響が及ぶことを避けたいと思うだろう」


 以前、砦でヴィンセントに従者を辞めてもいいかと言ったことがあった。


「当たったのなら、やはり君は自分にも大きな影響が出ることに決断力がありすぎる。……だから、良かったな。精霊も、誘拐の件の際に君をとても気にかけているようだったから君をどれほど好ましく思っているのか分かる」


 良かった。精霊には感謝しても仕切れない。そんな風なことを思い出しながら「はい」と言ったセナは、はっとあることを思い出した。

 精霊、誘拐のとき、ときて手首にあるものを。


「あっ、この鎖」


 エデの──精霊の涙に通している鎖を思い出したのだ。

 ベルトをつけていないので、手首につけていたそれを袖を下にずらして露にする。


「返し忘れてました。えぇと、この休み中に別のものに付け替えるのでとりあえず財布の中に無くなさいようにしまっておいて……」


 しまった、付け替えておくんだった。時間はあったはずなのに。


「返さなくともいい。予備はあったものだ」


 準備不足で思い出して慌て始めたセナに、そんな言葉がかけられた。


「君がそれを付け替えるときは、どうとでもしてくれていい」


 だからいい、と言われてセナはごちゃごちゃし始めていたところ、ヴィンセントを見返して最終的に「ありがとうございます」と言葉に甘えることにした。

 ヴィンセントに会ったのは偶然とは言え、今日は色々準備不足すぎだ。


「ついでに、気になっていたのだが、契約の移行はしたのか」


 ヴィンセントの目は、袖を直すセナの手元を見ている。


「エベアータ元帥が契約の移行の申請を行っていたと聞いたことと、手袋をしているから。君の元々あった契約印は手首側にだ。手首にあるものだけなら、その長さの袖の服なら手袋をして隠す必要はない」


 他人の砂糖の量は見ていないが、やはり、そういうところはよく見ているのだ。


「実は、今日したばかりです」


 そういうわけでベアドも実は近くにいるのだと付け加える。


「なるほど」


 セナが首都に用事がと言っていたが、言い方からしてここにいる用事のことではなさそうで、ならば用事は……と思ったらしい。


「結局君は、その道を進んで行くんだな」


 そのとき、不意に吹雪の日を思い出した。

 北の砦で悪魔と初めて遭遇して、深い亀裂に落ちて、ヴィンセントに手当てしてもらった日のことだ。


「以前、わたしはヴィンセントさんに辞めるのも一つの道だって言われたときにこう答えたと思うんですよ。わたしは生きるための取引を父として、それだけがわたしが生きていく術だから辞めないって」

「ああ」

「でも、今はちょっと違います。わたしには逃げ道ができて、でも、わたしは続けることにしました」

「理由を聞いたら答えてくれるものか?」


 理由。

 セナにも明確に理由は分かっていない。最初は怖いとばかりしか思っていなかったのに、心境の変化があったとすればその期間にずっと側にいたのはヴィンセントだ。

 ヴィンセントに何らかの影響を受けたのかもしれなかった。この人の揺るがぬ背中を何度も見たから。覚えているから。


「……今日ライナスさんに会ったんですけど」

「ライナスか。思ったよりも元気そうだっただろう」

「思ったよりもお元気そうでした」

「それで、ライナスが?」

「ライナスさんに、何のためにこの仕事を続けていくのかって聞かれたんですよ」


 ──「お前は、何のためにこの仕事を続けていく?」

 ライナスはと聞くと、彼は考える素振りなくすぐに答えた。

 セナが答える前に話はそれきりになってしまったけど、セナは答えられなかっただろう。

 答えを持ち合わせていないからだ。


「わたしは、その答えを見つけたいと思います」


 ガルが、ノアエデンを守りたいと思っているように。ライナスが、大切なものを自分で守りたいと思っているように。

 

「答えが見つかったら、ヴィンセントさんの質問にはっきり答えられると思います」


 ヴィンセントは、一体なぜその仕事をしているのだろう。聞いて、返ってくる答えはあるのだろうか。いつか聞いてみたい。

 セナの言葉に、ヴィンセントは「そうか」と言った。


「俺は確かに以前、君に辞めるのも一つの道だと言った」


 ヴィンセントからは、二度、忠告の言葉をもらった。


「もう、それを君に言おうとは思わない。君が他に道なくそうするのではなく、自分で選ぶのなら。──君の行こうとする道がどこまでも続くといい」


 家族が、家族のことを慈しみ、将来を願うことが当然だとは思わない。

 だが、ガルが、ライナスが、精霊がセナの行く末をセナの思うようにと受け入れ、言った。

 血の繋がりも、戸籍も繋がらない、完全に他人である彼の口から、セナの道を願うような言葉が出てきたから気恥ずかしさのような、背筋が伸びるような心地がした。


「ありがとうございます。わたし、頑張ります。召喚士として強くなれるように頑張ります」

「すでに頑張りは十分だろう。白魔討伐の地で君は立ち止まり、白魔を前に退かなかった。メリアーズ家であの状況で俺の前に立った。庇われるのは随分久しぶりのことだった。君は強い。強くあろうとしていることも強いんだ。それは最早、君の本質なのかもしれない」


 ヴィンセントは「ああ、そうだな」と何か思い出したように微笑んだ。

 その微笑みはいつもより少し、柔らかいものだった。


「そんな君の姿が、俺は好きなんだろう」








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