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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
四章『行く末』
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 ガルの執務室から出て、来た方を戻っていく。

 廊下には光が射し、窓の外の空は青く晴れている。

 天界とは物理的に天にあるのだろうか、なんていうことをふと思った。

 直接見たことはないけれど、この人間世界に魔界の入り口があるくらいだ。

 天界と人間界は、世界として別物としても隔てなく繋がっていてもおかしくない。天と言うのなら、あの空の上にあるのだろうか。

 ベアド、と聞こうとして傍らを歩く獣を見たが、呼びかけはしなかった。

 知っている聖獣とは言え、ベアドがこれからガルの側でなくセナの側にいることに不思議な感覚を抱いた。ここしばらくは側にいたのに、それが当たり前になることに。

 ベアドは、出会ったときからガルの契約獣であったからだ。出会った頃にはこんなことになるとは思いもしなかった。


『どうした?』


 気がつきやすい聖獣は、今回もセナの視線に気がついてこちらに首を巡らせた。


「ベアド、天界って」


 人間世界と繋がってるの?

 あの空の上にあるの? 

 考えていたことは、また口には出なかった。今度は言おうとしていたけれど、無意識に止まった。


「──ライナスさん」


 先を廊下を横切っていく人を偶然にも視界に捉えたからだ。

 壁に隠れてしまいそうだった人は、セナの呼びかけにぴたりと歩みを止め、声の方を見る。

 セナの方を。

 彼は、ライナスは笑った。


「よお、セナ」


 北の砦で見かけたときと同じ調子で言い、「久しぶりだな」と従者を伴い歩いてくる。


「そういえば、北の砦に派遣された人員が引き上げてきたとか聞いてたな。元気にしてたか?」

「はい」

「けどなんだって教会にいる」


 休暇もらったろ、と目の前で止まったライナスは首を傾げた。


「お父さんに、」


 言いかけて、止まる。

 あまり大きな声で話せることじゃない。だけどライナスにならたぶん言っても大丈夫なことで……。

 セナがきょろきょろしていると、ライナスが長身を屈めて耳を傾けてくれる。何か察したらしい。

 セナは早速ライナスの耳元で、こそっと「天使が還る前にわたしと会いたいと言ったそうなので、会いに」と素早く理由を明かした。

 そして、耳から離れて普通の大きさの話し声で、「それから」と付け加える。


「お給料を取りに来ました」

「ああ、初給料か?」


 わずかに傾けていた身を起こして、ライナスは天使の件には触れず、給料の件にだけ触れた。


「場所とか分かるか?」

「場所は分かります。受け取りかたも聞いたので、たぶん大丈夫です」

「そう言って毎年手間取る新人がいる」


 来いよ、とライナスが顔で先を示し、セナを促した。


「教えてやる」

「え、いいんですか」

「別に忙しいわけでもないからな」


 さっさとライナスが歩きはじめるので、セナは素直についていくことにした。

 追い付いて、セナは横を歩くライナスをちらっと見上げる。

 特別変わった様子はない。

 こんな風に彼に会うのは、メリアーズ家以来だ。それもメリアーズ家では特殊な状況だったので、いつ以来になるか。

 つい声をかけたが、メリアーズ家の一件で、セナはライナスと以前と同じように接するには難しい記憶を思い出した。

 どうして声をかけてしまったんだろう。いや、でも別に会いたくなかったわけではなくて、どうなったか気になっていた方で。

 とか何とか考えながらも、今さらどう接するか分かりかねていたことを思い出して、意識してしまうとこの場が気まずい。

 さっきまでのように話せばいい。自然に話せばいいのだ。


「ライナスさ──」


 ──でも、そうしたら、エルフィアはどうなる。

 途中で止まった呼びかけとはいえ、呼びかけられた方は反応する。


「ん?」


 橙色の目がセナを認める。

 橙の目が、父親であるエド・メリアーズからの遺伝だとして、セナ──エルフィアの容姿の色は母親が持っているのだろうか。


「……ライナスさんも、元気でしたか」


 頭に過ることを無視し、セナは不自然ではないように会話を繋げた。


「俺か? 元気に決まってるだろ」


 ライナスは笑ったが、メリアーズ家の一件をセナが知っていることを思い出してか、少し真剣な面持ちになる。


メリアーズ家(うち)の処分は聞いたか」

「はい」

「そうか。それならその通り甘い処分が下ったからな──とか言ってるの聞かれたら、じゃあキツいのくれてやろうかって言われかねねぇか」


 人の耳を気にする内容を口にするが、声を欠片も潜めない辺り全く気にしていないことが分かる。


「つまりは元気だ。俺は元々そういうので衰弱するタイプでもないからな。今回に関しては清々したくらいだ」


 出入りが制限されている区域を出ると、人が増え、それもあってその話題は切れた。


「ヴィンセントの従者は結局どうなった? まだやるのか?」

「いえ、本部に戻った日に終わりました」


 ヴィンセントとはまだ会っていないのだろうか。知らない様子のライナスに、終わったと教えた。


「そうなるか。それが最善だって言ってたからな。あいつ私情なんて挟まねえだろうし」


 ヴィンセントから、どうする予定かは聞いていたようだ。

 いつ決めたのだろう。ちょっと気になった。


「心残りでもあるのか?」

「? どうしてですか?」

「今、そんな顔したから」


 そんな顔、がどんな顔かは自分では見えないが、最近こう感じるからかなと、ライナスに伝える。


「終わってしまったなぁって、思って」


 そうしたら、ライナスがセナを見て虚を突かれたような顔をした。


「こき使われなくなったのはいいじゃねえか。こうして俺にも会ってるわけだから、ヴィンセントに会えねえわけでもないしな」


 ぽんぽんとセナの頭を軽く叩いて、ライナスは笑った。


 給料のやり取りをする部署に着くと、ライナスは窓口にまでついて来てくれて、手続きをしてくれる。

 仕組みが分からないセナに都度説明を入れながら窓口の担当の人と話をして、スムーズに出金手続きまで至った。

 お金が出てくるのを待っている間に、ライナスは紙をぺらぺら指先で弄っている。


「ライナスさんたちもここから受けとるんですか?」

「いいや、別の場所だ。管理も分けられてるはずだからな」


 額が違うからとかいう理由だろうか。

 パラディンともなると、階級的に言って基本的な額も違うのに加えて、その立場上危険手当ても一番なのだろうと思う。


「新人の給料ってこんなもんだったか」


 ぺらぺら弄る紙を見て、ライナスは「懐かしいな」とか言っている。


「今回は多い方だろうな。魔獣類の出現増加の砦への派遣の分と白魔討伐の場にもいた分の危険手当てがついてるだろうからな」

「喜んでいいのか迷うやつですね」


 給料が増えるが、その理由は危険な場へ行ったから。特別上乗せされることには理由がつきものだ。


「命張ってるのにこの金額かとか考え始めたら、この仕事は辞め時だと思えよ」


 弄られていた紙から指が離れ、落ち着く。


「暮らしに困窮してるならまだしも、お前は暮らしていけるだろ」


 ライナスが机に肘をつき、手に顔を預け、セナを覗き込むようにした。


「金のためにこの仕事を選ぶ奴は多い。だが金に困らない身分でやるなら、何のためにっていうのが重要になってくる。それも家系だからっていうのが多いけどな、俺みたいにそんなものが理由なら出来ない奴もいる。押し付けられたもの以外に理由がなかったら、俺は家を出ていけるくらいにはそんな伝統やらを重要視してない」


 じゃあ、


「ライナスさんは、どうしてこの仕事をしてるんですか?」


 今の内容では家業だからではない。

 彼は迷わず、答える。


「こんな世で、大切なものを自分の手で守るためだ。そればっかりは他人任せに出来ねえって言うか俺がしたくない」


 養父がノアエデンで語ったことを思い出した。

 なぜ、彼がその道を選んだのか。

 彼らの中には、その理由が一つの柱となって通っているのだ。


「お前は、何のためにこの仕事を続けていく?」


 試すような橙の目に、セナは。


「お待たせ致しました」


 担当の人が戻ってきた。

 手にした封筒がセナに差し出され、「間違いないかご確認ください」と言われる。

 ぽんと頭を叩かれて見ると、ライナスはもう試す目をしていなかった。

 セナがお金を確認し、手続きが終わると、仕事に戻るライナスと別れることになった。


「落とさねえようにしろよ」

「子供じゃないんですよ」


 じゃあな、という軽い言葉を残して、ライナスは向こうに歩いていく。


「ありがとうございました」


 お礼に反応して、ひらひらと手が振られる。

 きっと、また、ライナスとは会える。

 同じ教会に属していれば、もしかすると属していなくても、家の関係で会える機会があるのかもしれない。

 だけど。

 別の方向に歩き始められず、その場に留まるセナの中に、ぽつん、と「だけど」が落ちる。

 今を逃して、何もなかったようにして、

エル(確かにわたしの)フィア(一部であるわたし)はどうなるの。

 今言わなければ、きっと次も迷う。その次も迷う。そして、一生何も言えなくなる。自分はセナ・エベアータであることを選んだからと。


「──ライナスさん!」


 呼べば、ライナスは振り向いてくれた。


「どうした? なんか聞き忘れか?」


 何ら変わらないはずのライナスの表情、声、目。だがそのとき不意に、セナは全てを知る。

 もしもではなかった。

 自らの家が行っていたこと、セナに起きたこと、エルフィア(彼の妹)の容姿とセナの容姿。

 そんなにも要素が揃って、見逃す彼ではないだろう。

 セナが先日知っただけで、容姿が全く同じのセナを、ライナスはどんな風に見ていたか。


「わたし、」


 ずっと聞いてたよ。聞こえてたよ。

 意識のない『エルフィア(わたし)』に、話しかけていたこと全部、聞こえてたよ。

 ありがとう。

 怒ってくれて、ずっとずっと忘れないでいてくれて。

 お礼を言いたかった。

 でも、どうやって言えばいいのか分からなかった。全部そのまま言うわけにはいかない。

 自分はセナ・エベアータだからだ。

 たとえエルフィアとセナが同一人物であっても、エルフィア・メリアーズとセナ・エベアータを両立することは出来ない。

 エルフィアとしてこの世に存在することは、限りなく難しいことなのだ。


「セナ」


 呼び止めたくせに、次の言葉を継げないセナの声がより奥に引っ込んだ。

 『セナ』を呼んだその声はあまりに優しく、……そして、耳に馴染んだものだった。

 ああ、やっぱり。

 セナが一つも身動きできないうちに、ライナスがあっという間に戻ってきて、軽く身を屈めた。

 セナの耳元に口を寄せる。


「俺は、お前がただ元気そうだと嬉しい」


 頭に温かな重みが加わるのと入れ替わりに、ライナスの顔は離れた。

 セナは離れた顔を追いかけるように見上げる。


「あんまり危ない目に遭うなよ」


 頭に乗せられた手が、重みとは裏腹に、優しく頭を撫でた。

 泣きそうになった。

 記憶に染み付いた感覚だった。彼がそれくらい、意識のない妹を撫でていたか分かるようだった。

 ライナスは気づいているのかもしれなくて、でも、決して明確にそうだと分かる言葉は口にしなかった。

 ──お兄ちゃん。

 セナの家族はガルだけれど、彼は確かにエルフィアの家族なのだ。


「……うん」


 セナは頷いた。

 ライナスを見上げて、返事した。


「何かあったら言え。くだらねえことでもいい。大抵のことなら、俺が何とかしてやる」


 兄であるから。そう聞こえてきそうに、当然のことであるように言う彼に、セナはやっとその一言を言える。


「ありがとう」


 意識のない中でずっと聞き続けていた、あの柔らかな声と同じ柔らかな眼差しで、ライナスは笑った。











お前が元気でいるのなら、それでいい。



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