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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
四章『行く末』
109/116

16 契約



 セナとベアドを順番に抱き締めてから、その間にガルが用意した布の上に天使が立った。

 召喚陣のような模様が描かれた布だ。しかし召喚陣ではない。

 二度見たことがある。いずれも戦場で、少女と天使が切り替わる境になったあれだ。


「天使の方を重視したエドが意図した結果ではないでしょうが、これは宿主になっている少女にとっては一点のみ幸いな効果をもたらすものだと分かりました。天使を制御しようとしているものですから、天使と人間の彼女の魂の融合を妨げているようです」


 そうして少女の中に眠る処置を施され、天使は翼と共に表から消え、普通の人間の少女が残された。

 ガルは彼女にマントを渡し、身につけるように言った。人目を忍ぶためだ。

 ガル曰く、彼女は教会の研究用施設に極秘扱いでいるらしい。とは言え、技術的な部分はガルに一任されている関係で実質ガル預かりだ。

 しかし今回は秘密裏に連れ出して来たので、出きるだけ早く戻ってもらう必要があるそうだ。


「……グランディーナたちが還ったあと、この子はどうなるの?」

「酷い目には遭わせません。教会にいる間だけでなく、これからもです。天使とも彼女の保護を約束しました」


 それなら良かった。

 少女がフードを頭から被り、身支度を終えると、ガルが扉をノックしてシャリオンを中に入れた。


「シャリオン、くれぐれも人目につかないように」

「はい」


 シャリオンに促され、少女は部屋の外へ歩いていく。

 こちらを振り向くことなく、その足は部屋の外へ出て、扉が閉まる。

 そうして天使は、この場からいなくなった。

 セナも、そしてベアドもグランディーナに会うのはあれが最後だろう。


『ガル』


 扉が閉まって数秒して、ベアドがガルを見た。


『改めて言うぞ』

「はい」

『俺は、セナとの契約を望む』


 それは要求ではなく、明確な宣言だった。


「ええ」


 ガルは今言われることを予想していた風に頷き、そればかりではなく「契約の移行の準備は出来ています」と続けた。


「今しますか?」


 セナが改めてガルに話をと思っていたように、ガルも今日その話をするつもりだったのだ。

 ベアドは頷き、セナを見た。

 ガルもセナを見た。

 見られたセナは。

 本当は、ガルにガルに改めて相談する予定だった。だけれどもはやその必要はなくなった。

 ベアドが望み、ガルは受け入れた。

 なら、もうセナが保留にする理由はない。

 セナも頷いた。


「ではこちらに」


 両者の肯定を受け、ガルが示したのは隣の部屋だ。

 促されるまま隣の部屋に行くと、床に召喚陣のような模様が描かれていた。だがこれもまた召喚陣ではないと気がつく。


「契約移行用のものです。これがなければ聖獣との契約は移行ということはできず、他の者が契約したいのであれば一度契約を破棄してまた召喚する他ありません」


 しかし都合良く同じ聖獣を召喚できるわけではないはずだから、開発されたのだろう。

 「特別にここに用意する許可を得ました」とガルは言いながら、先に円で囲まれた模様の中に足を踏み入れ、上に立つ。

 ベアドも入っていく。

 どうやら、その中に入る必要があるらしい。

 目で呼ばれ、最後にセナも模様の中に入り、ガルの前に立った。


「手を」


 向き合ったガルがこちらに手を差し出し、短くセナにも同じようにするよう要求した。

 セナは言われた通りガルの手に、手を重ねる。

 召喚とは手順が異なるのだろう。分からないが、ガルの指示に従えば間違いない。

 ガルの手がセナの手を軽く握り、反転させる。ガルの手の甲が上に。セナの手は下に。


「『契約をここに』」


 ガルが短く命じた直後、足元の模様が光を発する。

 そんな足元に気を取られていたら、視界の前の方にも青みを帯びた白い光がゆらりとちらついて、手元でもある現象が起きていることに気がついた。

 顔を上げると、手から帯状に文が浮かび上がっていた。ただし文は読めない。召喚陣を形作る模様のような文字と同じ種類の文字だ。


「これは私とベアドが交わした契約の内容です」


 聖獣の召喚陣には、聖獣に対する条件が記されている。聖獣の力は必要だが、勝手に行動されるのは困る。所謂『言うこと』を聞いてくれる聖獣が現れるよう──条件を飲んだ聖獣のみが現れるようになっている。

 召喚士が多少付け加えたり、いじることもあるというが、その契約内容が契約の証に刻まれていたらしい。


「これを今からセナに移行します」


 また、手がひっくり返された。

 今度はセナの手の甲が上に。ガルの手が下に。


「『ガル・エベアータが聖獣ベアドルゥスと結ぶ本契約を、セナ・エベアータに移行する』」


 漂う契約文が綺麗に整列する。


「『契約者ガル・エベアータ、承認』」


 文の最後の、手紙で言えば署名くらいの少し離れた位置の短い一文がきらきらと消える。


「『聖獣ベアドルゥス』」

『承認』


 ベアドの言葉には文に特に変化は見られなかった。


「『新たな契約者、セナ・エベアータ』」


 少なくともセナには唐突に思えるタイミングで名前が出てきて、セナは驚いた。

 ガルを見返すと、水色の目がベアドを示すように視線をやった。


「えぇと、」


 ベアドはさっき。


「しょ、『承認』」


 勘で、セナはとりあえずベアドの言葉をなぞった。

 それが正解だったようだ。セナの言葉で、ガルのタイミングで文が消えた位置に、同じ長さの短い文が再び現れた。

 瞬間、直感した。

 あれはきっと名前だ。今、セナは契約書に署名したのだ。


「『契約の移行を開始』」


 当事者全員の承認を得て、契約の移行が受理される。

 宙に浮いた文は、セナの手に吸い込まれていく。ガルとベアドが交わした契約は、セナとベアドが交わした契約に書き換えられたからだ。

 熱い、あったかい、ひんやりする。

 そんな感覚を持って、セナとベアドの契約が契約の証になる。


「これで完了です」


 やがてすべての光が順に落ち着き、足元から光が失せたところでガルが儀式の終わりを告げた。

 ガルはそっとセナから手を離す。


「ベアドルゥス、セナを頼みますよ」

『おう』


 意外とあっけなかったと思っていたセナは、意気揚々とした返事に契約の証に視線を落とした。

 たった今、ベアドと契約した。ベアドはセナの契約獣になったのだ。

 顔を上げてその獣の方を見ると、ベアドはしっぽをゆらりと揺らして、セナを見ていた。


「ベアド」

『ん』

「よろしくね」

『任せとけ』


 ゆらゆらっとしっぽが嬉しそうに揺れて、ベアドはやっぱり意気揚々と請け負った。


「シェーザも仲良くしてね」


 これから一緒にいることになる。

 ポケットに向かって言うと、ぽこんと顔を出した白猫はセナを見上げる。


『仲良く……?』


 心底不思議そうに言われるので不安しかない。


「……いや、うん、喧嘩、しないならいいや」

『仲良くする理由もないが、喧嘩する理由もない』

『まあ、セナを守るっていう目的は一致してるわけだからな』

『そういうことだ』


 不安を抱きつつ妥協したのだが、変なところで両者が意気投合した。

 思ったより大丈夫そう……か?


「これからすぐにノアエデンに帰りますか?」


 用事は終わった。

 ガルは精霊の主張はお見通しのようで、それならここでベアドに知らせてもらってここからノアエデンに帰ればいいということを言った。


「ううん、お給料受け取って帰ろうと思って」


 それから……と、ちょっと考える。

 意外と早く終わった。


「とにかく、エデたちには首都の家に来てもらう予定かな」

「そうですか。街に行くようなら気をつけてください。首都の治安はいいですが、犯罪がないわけではありません」

『大丈夫だって。俺がいるんだぞ』

「そうですね。ですが、ベアドは街中では姿を消しているようにしてください」

『セナがそうしろって言うならなー』

「おや、早速契約主でなくなった私の言うことは聞かないと?」

『冗談だって』


 けらけらと笑いながら、ベアドはセナの周りを一周する。

 ガルはふっと微笑し、どこか浮わついた調子の聖獣を見てから、セナに視線を戻す。


「日が暮れない内に帰るようにしてください」

「うん」


 精霊の考えだけでなく、セナの思いつきまで読まれているとは恐れ入る。


「私は先ほどの件を抱えていることもあり、休暇が終わるまでにまた会えるか分かりません。残りの休暇も精霊に付き合いすぎるのもほどほどにしっかり休んでください」

「はーい」


 間延びした返事にガルは注意するでもなく微笑み、セナの頭を軽く撫でた。

 その、どこか慣れない手付きにセナはくすぐったい思いがした。






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