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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
四章『行く末』
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13 伝言





「ヴィ──えっ、なんで」


 間違いなくヴィンセントだ。

 ヴィンセントが映っている。


「この人、どこかで見たような気がするわ……」

「エデ、会ったことあるよ。──これどうやって消すの?」


 誰が映したか、考える暇なくセナは慌ててノエルに尋ねた。

 何だか覗き見しているみたいだからか焦る。

 これあっちから気づかれないよね?


「意識を逸らすか、泉から離れるか」


 泉から離れる!

 聞いた途端、後者を選んでセナは立ち上がり、後ずさった。


「う、わ」


 急いで下がった先で、もふっと何かに躓いて、倒れてもふっと受け止められた。


「わ、ベアドごめん」

『おー、セナ。追いかけっこ終わったのか』


 いつの話をしているのか。

 追いかけっこ中ここで寝ていたベアドは、倒れこまれたことを気にした様子なく起きて、のんびり言った。大きなあくびもする。

 それより泉だ。


「ノエル、消えた?」


 前方では精霊が揃って泉を覗き込んでいて、しばらくして、ノエルが振り向いて頷いた。

 消えたらしい。


「……これ、あっちから気づかれないよね?」

「うん。精霊であれば気がつけるけれど、人間は気がつかない」


 それは何より。

 ヴィンセントのことを思い出したから映ったのだろう。気を付けなければ。


「彼はセナにとって特別な人間?」

「と──? 特別……ある意味特別な関係、ではあった人、かなぁ」


 なぜノエルはそんなことを聞いたのかは分からないが、ノエルは「そう」とまた泉に目を戻した。

 消えてるんだよね?

 泉の方に目を凝らしてみたが、何か映っているような水面ではない。

 自分の目でも確認したセナは、ふぅ、と完全に脱力して、ベアドにもたれかかったままになる。

 立ち上がる気力がない。元々走り回って疲れた後だったし、ベアドの毛並みが良すぎる。

 そよ風も合わさって、極上の空間が出来上がってしまった。


「……寝そう」

『寝ればいいだろ』

「ベアド枕にしていいの? もう動く気起こらないんだけど」

『仕方ないなぁ』


 とか言いつつも、寝床を整えるように包み込んでくるので、やっぱりこの獣は優しすぎる。


「……そういえば、ベアド、わたしのところにいていいの?」

『ガルがこっちにいろだと。俺は嬉しいからいい』


 ガルは教会に戻った。

 ガルと言えば、最初に鬼ごっこをした際に精霊の体力が無限だったとぼやいたら、楽しくいい運動になりますねと言われたなぁ。


『ふっふーん、あいつは森に入れないが、俺はれっきとした聖獣だからどこでもセナの側にいれるんだ』


 あいつって誰と何に張り合ってるの?

 とか何とか思う意識は、浮上させる気力がなく容易に沈んでいった。

 そうして寝てしまっていたようで。


「……寝てた」


 そして隣でエデが寝ている。

 白い毛並みに埋もれたまま、可愛い精霊の寝顔を視界いっぱいに映して、セナは目を覚ました。


「おはよう、セナ」

「おはよう、ノエル」


 ノエルはさすがに寝ていなくて、セナが起きたことに気がついてどこからかやって来た。


「そろそろ起こそうと思っていた。領主が滞在時間の制限を無くしてくれていて良かったけれど、日が暮れるところだった」

「え、そんな時間?」


 起き上がる気力が中々湧いて来ないが、無理矢理起きて、帰ることにする。

 ガルが精霊の森での最大滞在時間五時間という制限を撤廃したのだが、相変わらず夜はいてはいけないのだ。


「エデ、エデ」


 隣で寝ている精霊を、呼びかけて起こす。

 可愛らしく寝ているので起こすのはもったいないのだけれど、今日は帰るので言っておかなければ。

 水色の睫が震え、ぼんやりとした目があらわれる。


「エデ、日が暮れるから今日は帰るね」

「──送ってあげる!」


 ぼんやりしていたのか嘘だったのかと思うほど、エデはぱっと起き上がって、ぱっちり目を開けた。


 部屋に戻ると、窓辺に白猫の後ろ姿があった。

 開けておいた窓から、シェーザが外を眺めている。

 そよ風が部屋の中に入ってきて、カーテンが揺れて、一瞬白い猫の姿を覆い隠した。

 振り向く様子がないので、セナは窓辺の隣に座る。


「シェーザ」


 そこで初めて猫の顔が動き、セナを見つけた。


「ただいま」

『──お帰り』

「気がついたら寝ちゃってて、遅くなっちゃった」


 今日はほとんど寝てたことになるなぁ。こんなに寝たの久しぶりかも。

 そんなことを話そうとして、やめた。

 白い猫のひげが、風に合わせてふよふよと動いている。銀色の目は地上最後の楽園を映している。


「どうしたの?」


 セナは聞いた。


『……楽園とはこのようなものだったな、と』


 忘れていた。シェーザは言った。


「そうなんだ」


 楽園とは天界の楽園だろう。

 天界の楽園もこんな景色なのか。ノアエデンの地上最後の楽園という名は伊達ではなかったようだ。


「シェーザは、楽園に帰りたいとは思わないの?」


 本来地上の存在ではない彼が、この景色を見て何を思うのだろう。

 懐かしいと、思うのだろうか。


『思わない。思ったところで叶うことでもない』

「そっか。……そうだよね」


 変なことを聞いたと謝ると、シェーザは『何に謝る。単なる事実だ』と言った。


『自分より大切なものがあった。今もある。それだけの話だ』


 自分より大切に思わないで、と言おうとしたが止めた。

 シェーザはシェーザだ。

 彼はそんなに簡単に変われない。これもまた、二千年褪せることのなかった彼の一面なのだろう。


「ねえ、そっちの姿でいることになって、不便とかない?」


 だからセナは話題を変えることにした。

 シェーザは瞬き、次いで自らを見下ろすようにした。小さな白猫の体を。


『ない。姿など大した意味は持たないからな』

「えー、前に歩幅小さくて困るとか言ってなかった?」


 しっかり記憶がある。

 北の砦で確かに言っていた。


「大きい姿になってもいいんだよ。猫はもちろん好きだけど、わたし、かっこいいのも好きだし」


 聖獣として戦っていたときにも、大きくなっていたし。

 セナが好むからと白猫の姿でいなくていい。そんなことで嫌いになんてならない。

 戦うときにわざわざ大きくなったり、歩くとき歩幅が小さくて不便さを感じるなら、普段から大きな姿でいた方がいいに決まっている。


『例えば』

「んー、ライオンとか」

『ライオン?』


 こっちライオンいないの?

 聞き返されて、口を閉ざす。

 狼とか犬とか猫とか牛とかはいるっぽいとは暮らしてきた中で分かっていた。実際に見る機会さえあった。

 でもライオンとか、豹とか、外国にいそうな動物はいないのかな……? 見たことはない。

 でもベアドが擬態してるってことは豹はいる?

 カタカナ系がいないのか。カンガルーとか。

 カンガルーの姿をした聖獣がいたら、何だかシュールだなぁ。強そうだけど。

 まだまだこの世界については読めないことばかりだ。


「猫のまま大きくなるとかは?」


 そうしたら歩幅は大きくなる。

 ライオン云々は置いておき提案すると、白い猫が窓辺から降りた。かと思うと、床に足をつけたときには、大きな大きな動物が現れていた。


「おお……!」


 もふっと、顔面に白い毛が押し付けられながら感嘆の声をあげずにはいられない。

 後退りながら改めて見ると、現れたのは特大の白猫だ。


「いやでも違和感はすごいな」

『我が儘な』

「我が儘じゃなくて、単なる感想」


 見上げるほど巨大な猫って普通いないでしょ?

 けれど巨大な猫はみるみる内に萎んでしまって、元の小さな猫が床に鎮座する。


『いい。これでいる』

「感想だって」


 拗ねた?


『こっちの方がお前の肩に乗れたり、ポケットに入ったりすれば歩かなくていい。便利だ』


 ちょっと気にしていたら、いけしゃあしゃあと言うではないか。


「……シェーザって、怠惰というか、面倒くさがりというか、そんなだよね」

『必要がなければ動きたくはない』

「思ったより『本物』だった」


 本物の怠惰だった。

 でも。


「これまで動いてくれてて、ありがとう」


 そんなことを言う彼は、魔獣や魔物を葬るために召還獣として毎日のように働いてくれていた。


『必要があるなら当然だ』


 動く前にちょっと怠惰なときがあったことには目を瞑ろう。


「……猫なんだよねぇ」

 

 どうやらこれまでと同じく、小さな白猫のままでいることにしたらしい白魔。

 成人男性の姿が本体だと耳にして、二度と抱き上げられるかなどと思っていたのに、この白猫姿を見ているとまあ、可愛い猫なのだ。

 たぶん、黙っていられると、ぼんやりしたときにでも手を伸ばしてしまう。


『猫だが』

「あっ、猫って認めた」

『生態が猫だと認めたわけではない。餌はいらんぞ』


 そのまま白猫はセナに背を向けて窓辺に飛び乗り、戻った。


『セナー』


 白猫の後ろ姿を見ていたら、たった今までは室内に存在しなかった声が響いた。


「ベアド」


 声はベアドのものであり、姿を探すと、聖獣は後ろに姿を現していた。


『ガルから伝言だぞ』

「お父さんから?」


 教会にいるガルから伝言。

 ガルは今朝戻ったはずなのだけれど、一体何だろう。


『「休暇中にすみませんが、教会本部に来てくれますか?」だってよ』

「? 教会に? うん」

『休暇が明ける前に来てくれればいいから来る日と手段は任せるって言ってるが、まあ精霊に話したら精霊が道開いてくれるだろうな。けど、たぶんエデがごねるぞー』

「休暇中はいっぱい遊ぶって約束したからなぁ……」

『休み中にわざわざ何なんだろうなあ。セナと精霊との時間削ろうなんて、今回は特に思わないだろうに』


 教えてくれなかったんだよなとベアドが首を傾げている。

 そうなのだ。わざわざ休暇中にという指定をして、教会にとは何だろう。

 ガルが軽い用事で呼ぶとは思えない。けれど心当たりはない。


「休暇中ならいいの?」

『らしいぞ』

「……うーん、じゃあ精霊の道を借りれるとしたら最終日か前日かなぁ」


 最終日か、最終日は念のため避けて前日か。

 元々最終日には戻っておきたいと思っていた。


「明日エデたちに言って、決めようかな。鳥で行くことになっても大丈夫なようにしておきたいし」

『大丈夫だって。むしろ道使えって言ってくるぞ』

「なんか、精霊の道をすごい乱用してる気がしてきてるんだよね」

『精霊の方がしたくてしてるんだ。それで精霊の寿命が縮むわけでもない。セナは変なところ気にするなぁ』


 そうかなあ、と言いつつ、エデにどう話そうか考えながら、予定外の教会への帰還の日程を組み立てる。

 返事は急がなくて大丈夫か確認すると、当日でも問題ないと返ってくる。そんなに融通がきく用であるが、休暇中という指定がされる用とは本当に何なのだろう。

 とは言え、返事が当日でもいいのなら明日決めるのは全く問題ない。精霊に話してから決めよう。

 そして教会に行ったら、ついでに一文も受け取っていない初給料を受け取ってこよう。


「そういえば、荷物とかあっちから持って帰ってきてないんだっけ」


 何しろ、明日から休暇だ、どうやって帰ろうとなった直後にベアドが精霊を呼び、話をして、そのまま精霊の道で帰ってきた。

 北の砦から帰ってきて、ヴィンセントの執務室に直行して、ガルの執務室へ、そこからさらに首都の屋敷を経て……間に荷造りの暇を挟んでいなかったので手ぶらになったのだ。

 身一つで帰郷である。それでも困らないのが実家ということなのかな。

 窓の外に広がるノアエデンの景色は、夕陽で橙に染められつつあった。








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