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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
四章『行く末』
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12 精霊の思いの塊






 実は今日から正式な休暇であるセナは、精霊の森にいた。走っていた。


「捕まえ、た!」


 揺れる衣服に手を伸ばし、掴もうとした。

 しかし布は指先に触れる前にひらりと離れていってしまう。


「ふふっ、残念でした!」


 楽しそうな声が言った先には、エデがいて、彼女は木々の間を踊るように駆け抜けていく。

 体重を感じさせない、なんとも軽い身のこなしだ。

 もう一時間は走り続けているのに。

 セナはすぐにまた走り出すことはできず、とうとう立ち止まり、手を膝につき息をする。

 最後の気力振り絞った……。


「体力無限……」


 現在、精霊と鬼ごっこ中だ。

 しかし捕まえられないこと捕まえられないこと。

 あちらは楽しく遊んでいるのだろうけれど、遊ばれている感がするくらいには捕まえられない。

 精霊の体力が無限すぎる。

 最初軽率にもした際は驚愕した。鬼になれば捕まえられず、逃げる側ではあっさり捕まる。

 別にエデの方は羽を生やしている状態ではなく、飛んでいない。

 単に疲れ知らずで、足もそこそこ速い。すばしっこくもあるので、どうしても最初に捕まえておくことができず、長期戦になる。そうなるとセナの体力が底をつく方が早い。


「セナ、大丈夫?」

「……ノエル」


 息を整えようとしているセナの隣に、風と共にノエルが静かに並んだ。


「後はエデだけだよ」


 最初(今日の話ではなくノアエデンに来た頃という意味の最初だ)はセナとエデだけだったのだが、この通り全く敵わない(そしてエデもそんな鬼ごっこでも楽しそうにする)ので、ノエルが見かねたのかセナが鬼のときは一緒に鬼をやってくれるようになった。

 追いかけられる方は瞬殺されるものの終わりは迎える一方、鬼だと時間切れで終わらない限り、捕まえる形で終わらないからだ。

 今日は周りの精霊も私も私もと寄ってきて、そこそこ大規模な鬼ごっこをやっていたのだけれど、セナがエデを追いかけている内に残りはエデだけになったらしい。

 ノエルもまた、エデと同じく息を切らしていない。疲れ知らず、無限と思える体力だ。


「さすがノエル……」

「いや、今日最も捕まえているのはシアンだよ」


 お祖母ちゃん?


「あ」


 ちょうど顔を上げたときだった。

 一本の木の向こうから、立ち止まっているセナを覗いているエデ──の後ろ。

 木の上から、ふわりと降ってきた存在があった。

 エデが気がつき、振り向く。飛べていたら、ふわりとその場を離れることが出来て、逃れていたかもしれない。けれど飛べないセナが参加している以上、飛ぶのは禁止だ。

 そして地上ではその『鬼』の身のこなしの方が上だった。


「捕まえたわ」

「シアン!」


 気がついて振り向いた精霊を抱き締めるように捕まえたのは、シアンだった。


「もうっ、シアン! セナと遊んでたのにっ」

「じゃあさっき捕まえられたら良かったのに」


 シアンに抗議するエデに、セナの隣にいるノエルが言う。

 鬼ごっこなのに、そんな身も蓋もない……とセナは思ったのだが。


「もう少し追いかけられたかったの!」


 そういう問題?

 それだけ体力差があるということでもある。本当に遊び感覚なのだ。

 いや遊びだし、セナだって遊びだと思っているけど、結果的に遊びの域を超えた体力を使うはめになっているだけだ。


「セナー、終わったわよ」


 シアンも汗一つかいた様子はなく悠々と歩いてくる。


「お祖母ちゃん、ありがとう……」


 心からの言葉が出た。


「うふふ、私も楽しかったわ。でも、精霊と追いかけっこしようなんてセナはすごいわね。ちょっと無謀よ?」

「こんなハードな追いかけっこは想像してなかったから……」


 最初はもっとふわふわした平和な、なんちゃって追いかけっこを想像していたことを認めよう。

 結果として、何と精霊の体力はすごすぎて、すばしっこくもあって、しかし飽きることはなかったので、セナだけすごく疲れる鬼ごっこが出来上がっただけだ。


「それに、今日は久しぶりだから」


 何ヵ月か前、ノアエデンを出る前なら追いかけっこは全力で回避していただろう。エデが楽しそうならしてあげたいけれど、エデは他の遊びでも楽しそうにするので、違う遊びに誘導していた。

 でも、久しぶりに帰ってきたから、久しぶりにしようかと気軽に受けてこれである。


「休憩しましょう」

「うん」


 遊びは終わり。

 さっきまで逃げていたエデは、今度はセナに向かって走ってきて、手を繋いで森の奥へ行く。

 泉のある場所に着くと、寝るのが大好きな泉の精霊が起きていた。

 手を振られたので、水辺で休憩することにした。


「はい、お水を召し上がれ」

「ありがとう」


 ふわふわと浮いた水の塊が口許までやって来て、セナはその水を口に含む。ごくんと飲み込んだ水は、微かな甘味を含んでいた。


「何をしていたの?」

「追いかけっこ」

「追いかけたの?」

「追いかけた」

「次は私も参加したいなー」

「明日以降ね」


 今日はもう無理、と首を振ると、彼女はくすくすと笑った。


「ふふ、セナがいるってやっぱりいいなー」

「?」

「帰ってきてくれて、嬉しいってこと」

「そう思ってもらえるのは嬉しい」


 もちろんセナも会えて嬉しいし。


「ねぇ、セナ」


 ふにゃりとした雰囲気の声に、「うん?」とセナは応じる。


「セナは、また外に出ちゃうの?」

「うん。休暇が終わったらね」

「そう。……私も、涙をあげたらもらってくれる?」

「え?」


 泉に浸かったまま、地面に肘をつく精霊が指をさした。セナの腰のベルトについている鎖の先に揺れる、エデの涙だ。


「駄目だよ」


 と、言ったのはセナではない。

 エデを挟んで隣の隣にいるノエルだ。


「どうしてノエルが言うのよー」

「エデは最初だったから良かったけれど、今セナがもらったらセナが涙まみれになってしまうからだ」

「涙まみれ?」


 何だその想像出来ない状況は。

 疑問符つきで繰り返すと、ノエルがこちらに目を向ける。


「セナが危険な場にいたことは皆知っている。そして『それ』はお守りのようなもの──思いの塊だから、皆あげたがっているんだ」

「皆?」

「皆」


 ノエルが上を見た。

 セナも上を見た。

 で、驚いた。

 いつの間に。たくさんの精霊がふわふわ飛んでいて、セナを見下ろしていた。


「みんな……」

「力によって形に出来る大きさは異なるけれど、この数になるとそういう問題じゃないと僕は思う」


 確かに。


「心配」


 下からの声に視線を戻す。

 手が頬に触れた。泉の精霊だ。

 目の前にいた。

 垂れた瞳が精霊特有の魅力を宿し、セナの視線を捉える。


「ここにいない?」


「この森にいない?」


わたしたち(精霊)と一緒にここに」


「外は危ない」


「セナが行こうとしているのは危険なところ」


「そんなところ行かなくていいじゃない」


「ここにいてくれたら──」

「ディーナ」


 凜とした声が、セナの耳に響いていた声を遮った。

 凜とした声は隣からした。

 そう分かったと同時に、腕をぎゅっと抱き締められている感覚に気がつき、セナは隣を見た。


「駄目よ」


 エデが真っ直ぐ泉にいる精霊を見て、否定した。


「エデの言う通りだ。見過ごせない」


 ノエルも言って、その目を上にも向けた。


「エデもノエルもいいの? セナにここにいてほしくないの? セナはここにいた方が幸せよ」

「いてほしいと思うわ。思わないわけないの。でもそのやり方は駄目よ」

「僕も思うは思う。だけどエデの言う通りで、その方法は納得がいかないし──領主との『約束』違反でもある。王も約束した。だから王も許さない」


 精霊同士の言い合いは珍しい。いつもエデをノエルが諫めるけれど、これだけの雰囲気にはならない。

 そんな雰囲気を感じながら、セナは何が問題となっているのかようやく理解した。

 精霊がガルからセナについてつけられている条件の内に心当たりがあった。


 ──精霊はたった今したように、気に入った人間を精霊の領域に誘うのかもしれない。

 過去、精霊は気に入った人間を自分たちの領域に招き、そしてその領域から返されなかった人間がいるという。

 今、セナは精霊の領域から出られないような誘いをされたのかもしれない。

 恐怖は覚えなかった。皆知っている存在であり、悪気があるのではないと分かったからだ。


「……エデが我慢するなら、私が我慢しないわけにはいかないじゃない」


 泉にいる精霊は顔を曇らせて、半分泉に沈んで「ごめんなさい」と消え入るような声で謝った。


「ディーナ、帰ってくるよ。また帰ってくる。毎年帰ってくるよ」


 大丈夫、ここに帰ってくる。

 ここはセナの故郷、帰るべき場所がある。


「皆に会いに来るから」


 ね、と言うと、泉にいる精霊は小さく頷き、周りにいた精霊もふわふわと去っていった。


「それ、大切にしてあげて」

「うん」


 エデの涙が揺れる。


「もっと綺麗な紐か何かに通せばいいのに」

「じゃあディーナが作ってあげたら?」

「私が? ……セナ、作ったら受け取ってくれる?」

「うん、もちろん」


 涙は駄目で、紐はいいなら。ノエルをちらっと見たが、いいらしい。


「そういえば、これ、返し損ねてるんだよね……」


 今、エデの涙を吊るしているは鎖は元々ヴィンセントがひとまずと渡してくれたもので、返し忘れた。

 次いつ会うことがあるのか分からない以上、いつ返せるかも分からない。

 でも、たぶん代わりなんていくらでもある鎖だ。ヴィンセントも不便にはしていなかったし、別のもので代用していた気もする。

 もしかしたら教会の備品かもしれないくらい、何の変哲もない鎖だ。

 だけれど今のセナにとっては、まるでこれだけがヴィンセントといた証みたいに思えた。

 北の砦での記憶があり、従者でなくなることにまだ実感が湧いていないくせに、そんな気分になる。


 ヴィンセントはきちんと休んでいるのだろうか。

 部下とお茶をする面を持ちながらも、夜に眠れないからと言って仕事をするような人だった。

 白魔討伐後、療養のため、と、休暇が彼にもあると聞いた。

 この休暇が明けたら、セナは本来配属されていた隊に戻る。そのとき従者でなくなったことを実感するのだろう。

 そちらの日々が通常であり、北の砦での日々がイレギュラーだったのだ。

 イレギュラーであっても、特別ではなく、この鎖のように何の変哲もないものだったとして薄れていってしまうのだろうか。


「あれ? 何か映ってる」


 ちゃぽん、と音がして、空いていた隣に泉から出てきた精霊が座った気配がした。


「誰? 人間よね」


 泉に何か映っているらしい。

 鎖から指を離し、セナが泉を見ると──水面に映っている人がいた。

 セナは瞬く。

 端整な横顔。紺色の髪、青色の目。顔が動いて、もう片方の目も見えるようになる。

 こちらを見た目は、青と黒のオッドアイだ。









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