おっさんヒーローサッポロの憂鬱
「人生ままならねーなー」
夜空に昇っていく紫煙を見つめていると、思わず心の声が漏れ出てしまった。
家の中で吸うと露骨に非難の目を向けてくる妻から逃げてきたベランダからは遠くに地上の星を煌めかせる高層ビル群が見える。
ここは大都会トーキョー。この昼も夜も眠らない都市は長らくある問題を抱えていた。それは改造人間や突然変異種による犯罪だ。小から大まで数えたらきりがないほどの悪行が我が物顔で跋扈している。人々は恐怖し身を震わせていた。
そんな人々を守る者たちが立ち上がった。それがヒーローである。
ヒーローになることを夢見て田舎を飛び出したのはもう二十五年も前になるだろうか。あのころの俺はと言えば、何かにつけて世界の平和だ―なんだーって息巻いていたのが恥ずかしい。
ヒーローになるには国家試験に合格する必要があるのだが、何度も受けて何度も落ちた。気づけば今年で四十五歳のおっさんになる。今はもう諦めてヒーロー組合の職員をやっている。だがこんな俺でも結婚して娘を授かることが出来た。夢を追い続けていれば、決して叶わなかったかもしれない。だが俺の中にヒーローというロマンが夢を繋ぎ止める重しとなって燻り続けている。
「そろそろ娘が帰ってくる時間か」
腕時計は午後十時。最近はすっかり敬遠されるようになってしまったがそれでも大事な愛娘だ。恐らくこの姿を見たら眉をひそめる――娘も妻同様タバコが嫌いなのだ――だろうが、俺は娘が曲がり角から姿を見せるのを今か今かと待つ。
少しして、娘が姿を現す。だが、その様子を見て俺は思わず咥えていたタバコを落としそうになる。
時々後ろを振り返っては家の前を通り過ぎていく娘。何かから逃げるその焦りようからただならぬことに巻き込まれているのは明白だった。そして、その後ろを追いかける黒ずくめの男。
気づけば俺はベランダの手すりに足をかけて飛び出していた。二階からコンクリートの道路に転がるように着地。地面からの衝撃はあったがアドレナリンでも出ているのか痛みはない。俺はそのまま黒ずくめの男の前に躍り出る。
「……お父さん!?」
背後から娘の声が聞こえる。守るべきものだ。目の前には娘を襲わんとする悪しき者。俺が何年も前に臨んだ構図がここにある。だが、そんなことはどうだっていい。父親は娘を守るためならばヒーローにじゃなくてヒーローにだってなれるのだ。
「そこまでだ! ヒーローサッポロ! 見参!」