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43.更なる混迷

 鹿子木が春田と一緒にG製薬会社本社を訪れた五日後の昼前、つくば東署の自分の机の前に座っていた鹿子木の所に、鑑識の係官がやってきた。鹿子木がチラッとみると、係官の表情には一種の怒りの色が見て取れた。

「鹿子木さん、私にどれだけ恥をかかせればいいんですか? 今や私は科捜研で笑い者ですよ」

「その様子じゃ、DNA型鑑定の結果はまた一致しなかったようだね」

「かすりもしませんでした。まったくの別人としか言えないそうですよ!」

「それは申し訳なかったね……。今度こそ大丈夫だと思っていたんだがなー」

「鹿子木さんが、今度は絶対一致するから何とかやってくれないか、と言われたんで、私としても自信を持って科捜研に強気で依頼したんですよ。それがこの結果じゃ、これから先、私からの依頼は受け付けてもらえなくなりそうですよ。鹿子木さん、責任を取ってくださいよ」

「分かったよ。今度科捜研の係長に会ったら、私のほうから謝っとくよ。だから、もう勘弁してくれないかね」

「分かりました。ちゃんと謝っておいてくださいよ。これがDNA型鑑定の結果です。鹿子木さんにはもう不必要なものかもしれませんけどね」

「どうも有り難う。ネガティブデータも重要な証拠の一つには変わりないんだから、大事に扱わせていただきますよ」

 鹿子木の言葉に応えることもなく、鑑識の係官は口を尖らせたまま戻っていった。


 係官からデータを受け取った二時間後には、鹿子木は筑波ホビークラブの受付にいた。片桐のDNA型鑑定の結果を洋介に報告した後、鹿子木はもう打つ手がないということを顔いっぱいに表して、洋介に(すが)るように言った。

「神尾さん、私はこれからどうすればいいんでしょうかね?」

「だから、片桐さんが犯人だとは決まっていないって、何回も言ったじゃないですか」

「それなら、神尾さんは、片桐以外に犯人の目星が付いているのですか?」

「いいえ、まだ誰が犯人か見当が付いているわけではありません。ただ、岩宿さんの生き方というか、業務の進め方だと、現時点で我々が焦点を当てている人物以外にも疑うべき人は存在していると思っているのです」

「そんな風に言われても、具体的に名前が挙がってこないと、どうしようもありませんよ」

「確かにその通りではありますが、もう一度、冷静になって考えてみましょうよ。本当に他には疑うべき人はいませんかね? 岩宿さんを恨んでいる可能性のある人は、あるパターンに属している人たちだと私は思うのです」


「えっ、どういう意味ですか?」

「岩宿さんとあまり濃厚な関係になかった人は、岩宿さんに居なくなってもらおうとまでは考えないのでしょうね。しかし、初めのうちは目を掛けてもらっていた人が、ひとたび岩宿さんの気に入らない行為をすると、とんでもなく酷い目に遭わされるのです。つまり、可愛がられた後で酷い目に遭った人が最も岩宿さんに強い恨みを抱いているのだと思うのです。そういうパターンの人が今まで我々がピックアップしてきた人以外に存在しているのではないでしょうか」

「そんな人、まだいますかねえ……。太田と一緒に研究していた長倉順平や青田昇、更には、片桐の片腕であった江曽島靖は、今でもつくば研究所で自分の専門領域の研究ができていて、岩宿から酷い目に遭わされていたという情報はありませんし、これまでしつこいくらいの面談を何人かの人に行ないましたが、他の人の名前は出てきていませんよ」

「まあ、確かに現状は鹿子木さんの言われた通りでしょうが、諦めずに捜査を続けましょうよ。私ももう一度最初から考えてみますから」

「そりゃ、そうですね。ここで諦める訳にはいきませんよね……」

 そうは言ったものの、鹿子木には全く打つ手が見出せず、ただただ茫然とした状態のまま引き上げていった。


 洋介にも特段のアイデアがあるわけではなかった。こういう場合の洋介の行動は一つしかなかった。昼食を済ますと東の端の小部屋に籠った。

 洋介が部屋ごもりを始めた日の夜、筑波ホビークラブの受付に洋介の父芳雄の姿があった。再び籠ってしまった洋介の体とクラブの運営との両方を心配した小野村愛が芳雄に再度の登場を願ったからであった。

「あら、小父様。いらしてくださったのですね。洋介さんに声を掛けてきます。少しお待ちください」

 愛が洋介の籠っている小部屋をノックすると、中から面倒くさそうな返事があった。そんな事にはお構いなしに愛は芳雄の来訪を告げ、直ぐに部屋から出てくるよう要請した。

「分かりました。愛ちゃんのご命令とあれば、出ていくしかありませんからね」

 外に出てからもまだ未練がましく邪魔されたくない気持ちを口に出していた洋介であったが、愛の目を見た途端、きりりとした表情になり愛の後に従って受付まで歩いた。

「ああ、洋介。集中して考えている所を邪魔して悪いね。あの事件がどうなったか気になって仕方がないものだから、また、ここに来てしまったよ」

「ご心配掛けて申し訳ないです。お察しの通り、またまた行き詰っているのが現状なんです」

 洋介はその後の経過を掻い摘んで芳雄に説明した。


「そうすると、現状は、鹿子木さんや洋介が犯人の可能性が高いと考えていた人たち全員が犯人だとするには矛盾があり、それ以外には疑わしい人の見当が全く付いていない、という所かな?」

「はい、その通りなんです。一つ訊きたいんだけど、岩宿さんみたいな人が研究所の中にいたら、研究者たちはどのように受け止め、どう行動するか、父さんは知っているでしょう?」

「そうだねえ……、あくまでも一般論として言うのだが、研究者はほとんどの人が真面目だね。真実に対して謙虚な態度を取ると考えて良いと思うよ。

 何故かというと、真実を明らかにするために研究者はいろいろな実験を行なうね。そこから出て来た結果は、それが得られる過程が間違っていなければそれを全面的に認めて、論理を構築しなければならない。もしここで、事実を曲げて自分の都合の良いような結論を出したとしても、そのうち、その不正は他の研究者たちによって明らかにされてしまうと考えるからだね。捻じ曲げて出された結論がセンセーショナルであれば、なおさらのこと、他の研究者たちによる追試がいくつもの研究機関で実施されると思うんだ。そこで、真実は明らかにされる。そんなことは一人前の研究者だったら、自明のこととして捉えているんだね」

「そんな真面目な研究者たちの中に、岩宿さんみたいな、自分さえ良くなれば他の人のことはどうなっても構わないという考え方の人が入り込んだら、研究者たちはどう反応するのだろうか?」


「さっきも言ったように、今、私が研究者について言ったことは、一般的なものなんだね。実際、そうではない研究者も少数派ではあるけれども存在しているんだ。そのような人が無理難題を要求した場合、真面目な研究者たちは、現状を素直に受け止めて逆らわないで取り敢えずそれをやってみることがほとんどなんだな。まあ、それで良い結果が伴ってくる場合は、研究者は何も不満がないように見えるね。しかし、真面目な研究者の判断とは著しく異なる方向へ無理やり進めるような指示が出た場合、その人は大いに悩むことになるようだね」

「その先、研究者はどう行動するんだろうか?」

「それは研究者の個性や生き方によって大いに異なってくると思うよ。現に、洋介の場合はあの研究所を退職して、こういうクラブを創設したじゃないか」

「あはっ、確かにその通りだった」


「家族のことや世間体を気にしたり、経済的な安定を求めたりすると、嫌々ながらその組織に残ることを選択せざるを得ない場合もあるね。ただね、それほど酷い扱いを受けたとしても、そうさせている張本人を殺してしまおうとまで考える研究者は非常に少ないのではないかな」

「えっ、そうすると、著しく酷い扱いを受けても、一般的な研究者はじっと我慢するということですか?」

「そうだと思うね。でもね、酷い扱いを受けている研究者を傍で見ている研究者が、本人以上にその悪者を憎むことがあるような気がする。研究者の中には、真実に関しては絶対に曲げないで強く主張するとしても、自分自身の事を強くアッピールするのをあまり好まないような人たちも結構いると思うんだね。このタイプの研究者たちは、自分と近い考え方や生き方をしている他の研究者が酷い目に遭うと、我慢できなくなってくることがあるように思うね。それは酷い行為が、論理的ではなく、公平感に乏しいものだからだろうね。真実や論理を最重要だと位置付けている研究者にとっては許しがたいこととして写るのだろうと思う」

「それって、自分自身は酷い扱いを受けていなくても、身近な人や同じような考え方の研究者が酷い目に遭えば、悪者を殺しても仕方がないと考える人が存在する、っていう意味なのかな?」

「私はそういうケースがあっても不思議ではない、と考えているね」

 しばらくの間、洋介は言葉を失い、考え込んでしまった。十分間くらい待ったが洋介に変化が見られなかったので、芳雄は愛に目配せをしてから静かに受付を出て行った。


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