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3.G製薬会社

 鹿子木は署に戻り、上司の了解を取り付けると自分のデスクに座ることもなく、直ぐに目的地に向かった。

 G製薬会社は大手製薬会社の一つに数えられているだけあって、そのつくば研究所は立派なものであった。広い敷地の中に、研究棟が三棟、サッカーができる程広い芝生のグラウンドと表面が鮮やかな色に塗られたテニスコートが備えられていた。正門には守衛所があり、そこから正面玄関までは少し盛り上がった庭になっていて、欅や桜や桃の木が植えられていた。

 鹿子木にとっては三回目の訪問となった。守衛所では顔を覚えていてくれたので簡単な手続きで中に入ることができた。先ず佐藤良平総務課長に話を訊くことにした。小さな会議室に入り、椅子に座ると直ぐにお目当ての人が部屋に入ってきた。


「お忙しい所に何回もお邪魔しまして申し訳ありません。今日は先日亡くなった岩宿さんについてこれまでよりも詳しくお訊きしたいと思いましてやってきました」

「こちらこそ、大変お世話になっております。岩宿の件は世間でもいろいろと言われているところでございますので、私どもと致しましてもきちんとした解決を望んでおります。できますことは何でもご協力するつもりでおりますので、お申し付けください」

「それは有難うございます。それでは早速、岩宿明さんについてお訊きしたいと思います。岩宿さんはこの会社の研究開発本部副本部長をされていたのですね?」

「はい、その通りです」

「研究開発本部副本部長の業務内容とはどのようなものなのでしょうか?」

「私どもの会社には研究開発本部という新規医薬品の研究開発を担当している組織があります。そのトップが研究開発本部長でありまして、副本部長は本部長の補佐を行なうことになっております。その下に研究部長と開発部長の二人がおりまして、それぞれが研究部門と開発部門の責任を負うことになっております」

「そうすると、岩宿さんはこの会社の研究開発部門のナンバーツーということですね。世の中では、ナンバーワンの人よりもナンバーツーの人の方が実際は力をもっていてその部門への影響力が強いなんてことが時々あるそうですが、こちらの研究所ではいかがだったのでしょうか?」


「この研究所では重要な事柄は研究開発本部会という会議体で決済されまして、最後は本部長がご自分で結論を出されておりましたので、間違いなく本部長の方が影響力は強かったと思います」

「そうすると、岩宿さんとしてはあまり面白くない状況ではあった訳ですね?」

「ええと……、ですね。その辺については個人の内面に関することでありますので、私の方からは何とも申し上げられないと思います。済みません」

「そりゃそうですよね。そうすると、岩宿さんは副本部長になってからは、あまり強い影響力を発揮できていなかった、ということになりますかねえ?」

「そうですね……。以前のような決断をする機会はほとんどなかったのではないでしょうか」

「つまり、最近数年間はあまりパッとしなかったということなんですね。そんな状況では岩宿さんは研究開発部門のトップである本部長になりたいと思っていたのでしょうね?」

「こんなことをお話ししてよいかどうか迷いますが、あの人ならきっとそう思っていたのではないかと思います」

 一つ前の質問と同じように岩宿の内面に関するものであったにも拘わらず今度は佐藤が答えたことから、鹿子木は佐藤の岩宿に対する複雑な思いを垣間見たように感じた。


「まあ、それが一般的なことなんでしょうね。ところで、副本部長になる前、岩宿さんはどんなポストに就いていたのですか?」

「あの人が副本部長になられたのは数年前です。それまでは研究部長を七、八年されていたと思います」

「そうだったんですか。参考までに伺いますが、研究部門と開発部門とはどのような違いがあるのですか?」

「ごく大雑把に申し上げますと、研究部門では医薬品のタネ探しを行ない、良いタネが見つかると、医薬品としての効果と安全性とに関して最も良好な化合物を創り出すための研究を行ないます。ここまでが研究部門の任務となります。多くの研究者たちの努力の結晶として将来医薬品になりそうな化合物を一つに絞り、その後の臨床研究に入るわけです。臨床研究とは人を対象として医薬品になり得るか否かを検討するステージです。化合物を一つに絞った段階から実際に市場に医薬品として販売できるようになるまでの過程を開発部門で担当しております」

「そうすると、研究部長というのは薬創りの前半部分を受け持つ責任者ということになるわけですね。以前の岩宿さんはそんな重要なポストに就いていたわけですか」

「はい、研究しておりますプロジェクトを次のステージに進めて良いかどうかを判断する会議がありますが、研究部長はその決済を行う責任があるのです」


「研究プロジェクトというのはほとんどが順調に進むのでしょうか?」

「いいえ、そう簡単なことではありません。最初のうちは比較的進め易いのですが、ステージが進むにつれて難しくなり、ドロップ、つまり終結になるプロジェクトもかなりの数あるわけです」

「それを決済するのが岩宿さんだったという訳ですね。プロジェクトを終結させられた研究者の中には岩宿さんを恨んでいた人もいるかもしれない訳ですね?」

「プロジェクトの終結には、それなりの科学的な理由が必要ですから、ほとんどの研究者は納得しているとは思っておりますが……」

「そうなんでしょうかね……」


 しばらくの間両者の沈黙が続いた。鹿子木は何かを思い付いた様子で新たな質問をした。

「佐藤課長、研究部門の重要な会議には事務局みたいな役割の方はいるのでしょうか?」

「はい、おります。弊社では『研究部門会』という会議体がございまして、その事務局は我々総務部の中の数名が担当しております」

「岩宿副本部長が研究部長時代に事務局を担当されていた方は今でもこの研究所におられるのでしょうか?」

「ええと……、ああそうだ。あの頃は安田さんが長い間事務局を担当していたんです。安田順一さんという年配の方で、岩宿副本部長が研究部長になる前から、事務局を担当していて、昨年、別の仕事に変わったのですから、長いこと研究部門会事務局を務めていました」

「お手数をお掛けしますが、その安田順一さんからお話をお訊きしたいのです。可能ですか?」

「分かりました。直ぐに連絡してみます」

 佐藤は壁に設置してある電話を取り、何人かと話していたが、受話器を置いてから鹿子木に告げた。

「安田さんは今ならお話することが可能だそうです。直ぐにこの会議室に来てもらうように致しました」

「それは有難うございます。助かります」


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