32.一問目の解
洋介は外出から戻ると、源三郎と愛に受付業務を再度お願いし、そのまま東の外れの部屋に籠った。翌日の土曜日と日曜日は洋介も部屋ごもりは棚上げにしておいて、クラブの経営者としてそれなりに一所懸命働いた。
週明けの月曜日に一日中部屋籠りをさせてもらった洋介は、翌朝、九時近くになってから目を覚まし、直ぐに枕元に置いてあったスマホで鹿子木に電話した。
「お早うございます。どうしたんですか? 朝っぱらから神尾さんが私の所に電話してくるなんて珍しいですね」
「最初の問題が解けたんです。ご説明したいので、鹿子木さんのご都合の良い時にこちらに来られませんか?」
「ええっ、本当ですか? こっちの仕事は放っておいてでも、直ぐにそちらに伺います」
鹿子木は洋介の返事も聞かないで電話を切った。
二十分後、洋介がまだ朝食を終えないうちに鹿子木の姿が筑波ホビークラブにあった。
「随分早かったですね。申し訳ありませんけれど、食べながらお話しても良いですか?」
「勿論ですけど、早く問題の解を教えてくださいよ」
「まあ、そう慌てずに。順を追ってご説明しますから」
そう言うと、洋介は口の中に入れたパンをコーヒーで流し込んでからゆっくりと説明を開始した。
「あの二つの設問のうち、意味が容易く分かる言葉は『筑波隠し』だけでした。そこで、ネットで簡単に調べてみたのです。そうしたら、宝篋山と三角石峰とを指していることが分ったのです。どちらの山も、見る場所によっては手前にあるこれらの山が邪魔して筑波山が見えなくなる地域があるのだそうです」
「そう言えば、どこかでそんな話を聞いたことがあるような気がしてきました」
鹿子木は頷きながら、もっともらしい顔をして相槌を打った。
「そこで、地図を開いて二つの山が邪魔して筑波山が見えなくなる地域を確認してから自転車を車に積んで現地に行ってみたのです。最初に三角石峰が筑波山を隠すと考えられる桜川市真壁町に行きました。真壁の街の中に車で入っていき、駐車場を探したのですが、直ぐには見つからなかったのです。ようやく『りんりんロード』の真壁休憩所の駐車場を見つけ、そこに車を停めました。車から自転車を下ろし、『りんりんロード』を南に向かって走ったのです」
「筑波山が隠れる場所が見つかりましたか?」
洋介は三日前、『りんりんロード』を走って確認した状況について詳しく鹿子木に説明した。
「なるほど。そうすると、『岩瀬から十三キロ地点』、すなわち、『土浦から二十七キロ地点』から三百メートル程南に行くと、三角石峰の陰に隠れていた男体山が右側に現れてくるのですね? しかも、その辺りには昔筑波鉄道の駅だったと思われる場所があり、プラットフォームだった場所の上には桜の木が植えられていたということですか」
鹿子木は嬉しそうにそう言った。洋介は鹿子木の言葉に頷いてから説明を続けた。
「帰ってから調べ直してみたら、あの駅は筑波鉄道の『紫尾駅』だったんです。ちなみに、駅名は『紫尾』、つまり『むらさきのしっぽ』と書きますが、地名は『椎尾』、『しいの木のしっぽ』と書くのだそうですよ。私は状況が分かったので少し安心して、改めて『岩瀬から十二キロ地点』の少し南側から見える筑波山の景色を眺めてみたのです。そうしたら、自転車道の脇に道路標識が立っていて、青い六角形の板に、『県道、五〇一、茨城』と書かれていたのですよ!」
「あっ、そうでした。自転車道でも県道に指定されていたんだ、あの道は。すっかり忘れていました。警察官としては失格ですね……」
「あの最初の問題に書かれていた『五〇一上』とは、『県道五〇一号線上』、つまり、『りんりんロードの上で』ということだったと考えられます。そうすると、『男』とは、『男体山』のことだと思われます。『五〇一上で筑波隠しの直ぐ右横に男の頭が見える地点』とは、りんりんロード上の『岩瀬から十三キロ地点』から三百メートル程南にある昔の筑波鉄道の『紫尾駅』ということになります。さらに、その地点にある『台の上の木』とは『紫尾駅のプラットフォームの上の桜の木』ということになります。つまり、あそこで最初の資料の受け渡しがあったに違いないと考えられます。もしかすると、犯人は自分の姿を岩宿さんに見られなくなかったため、あの駅の桜の木の枝に資料を掛けておいたのではないでしょうか」
「凄い! 解けましたね、最初の問題が」
『つくばりんりんロード』とは、約四十キロある『茨城県道五〇一号桜川土浦自転車道線』のことである。筑波鉄道が一九八七年三月三十一日で廃線となり、その跡地を再活用するために自転車道として整備され、一九九二年一月二十三日に新規路線として当初は岩瀬土浦自転車道線の路線名で認定され、二〇〇六年に県道桜川土浦自転車道線に改称された。今回の事件の直ぐ後である二〇一六年三月三十一日に路線廃止となり、翌日に茨城県道五〇四号潮来土浦自転車道線と統合され、約八十一キロある『茨城県道五〇五号桜川土浦潮来自転車道線』となった。この県道五〇五号線は、潮来、土浦から桜川までを結ぶ総延長約百八十キロのサイクリングコースである『つくば霞ケ浦りんりんロード』の一部をなしている。
「念のため、宝篋山が『筑波隠し』の場合についても確認するため、『りんりんロード』の藤沢休憩所からも自転車で走ってみましたが、宝篋山によって隠されていた男体山が見え始まるのは宝篋山のずっと左側の稜線の辺りになりますので、問題の解には該当しないと考えられました」
「では、間違いなく、『旧筑波鉄道の紫尾駅』が資料の受け渡し場所だったのですね」
「多分、間違いないでしょうね」
洋介は確信に満ちた表情でそう言った。
「次に二番目の問題についても考えてみました。『坊主を前にして男と女とが完全に重なり合って一つに見え、さらに鳥羽の湖を由来とする駅を見出し、その場所と男とを結んだ距離と同じ距離を北に伸ばし、その近くにある出産で頼る場所と女とを結んだ線の中点にある白壁の上』が指定された場所でしたね。
その解とは、岩宿さんが転落した崖の上にならなければならないのです。『男』が『男体山』だと分かったわけですから、『女』は『女体山』であろうと思われます。次は『坊主』とは誰のことかが分かりませんでした。ネットで調べていたら、『三角石峰』は『太郎山』とも『坊主山』とも呼ばれていることが分りました。つまり、『坊主』とは『三角石峰』のことだったのです」
「成る程、『坊主を前にして男と女とが完全に重なり合って一つに見える』とは、『三角石峰を前にして男体山と女体山とが完全に重なり合って一つの山のように見える』という意味だったのですね」
「その通りだと思います。次の難関は『鳥羽の湖を由来とする駅』です。これについてはまだ解けていないのです。まさか三重県の鳥羽市の湖ということはないでしょうしね。筑波山からはあまりにも遠くにありますから……」
「本当にそうですね……」
それ以上、二人の会話は進まなかった。




