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26.手袋のネバネバ

 鹿子木が青井や春田と電話で話している頃、洋介は実家に行って父の芳雄と話していた。

「珍しいな、洋介が私に訊きたいことがあるなんて」

「父さんは研究所での生活が長かったので、沢山の研究者と知り合いになっているだろうと思ってね」

「確かに、洋介は三年くらいしか務めていなかったのだから、勤めていた期間としては私は十倍以上になるな。それで、どんな分野の研究者を紹介してほしいんだい?」

 洋介は今回の事件か事故か自殺かが分からない件について芳雄に簡単に説明した上で自分の希望を言った。

「アルカロイドの研究者を紹介してもらいたいと思っているんだ」

「アルカロイドか……。天然物を扱っている研究者だったら大丈夫だろうな。ええと、誰かいなかったかな……。ああ、思い出したよ。T研究所の志村(しむら)(てつ)(ひろ)さんならきっといろいろと教えてもらえると思うよ」

「T研究所なら、数回お邪魔したことがあるよ。是非紹介してほしいな」

「それじゃ、今電話してみるから」


 そう言うと、芳雄は書斎に行き、住所録を持ってきた。ページを捲って目的の欄を見つけ、電話番号をメモして洋介に渡した後、今度は自分の携帯にその番号を入力した。

「ああ、T研究所の志村哲弘さんですか? 私は昔技術院におりました神尾芳雄です。志村さんとは何回か会議でご一緒させていただいたことがあるのですが、覚えておいででしょうか?」

「ああ、神尾所長ですか。よく覚えております。あの頃は大変お世話になりました。その後お元気にお過ごしでしょうか?」

「ああ、良かった。覚えていてくれたのですね。今の私はのんびり過ごしておりまして、お蔭様で元気にやっております。志村さんはお元気でご活躍されているのでしょうね」

「はい、元気だけが取り柄みたいなものですから、私なりに頑張っております」

「実は、ちょっとお願いがありまして今日お電話させていただきました」

「私でできることでしたら何でも致します。それで、どのようなことでしょうか?」

 芳雄は洋介から聞いたことをごく簡単に説明した後、洋介が志村の所に行きたがっていると告げた。結局、翌々日午後二時に洋介と面会してくれることになった。



 T研究所は広い敷地の中にいくつかの研究所が集まって建てられている研究団地の中にあった。洋介は約束の時間の十分前に乗ってきた車を駐車場に停め、研究団地全体の受付に寄った。来訪目的と相手を告げると直ぐに連絡を取ってくれた。相手の了解が得られた様子で、洋介にT研究所に行っても大丈夫であると伝えてくれた。T研究所までの小路を歩いて行き、再度そこの受付で志村に会いたい旨を申し出た。受付にいた女性は洋介に面会場所となる面談室を示し、そこでしばらく待つように告げた。

 洋介が面談室に入っていくらも待たないうちに、志村哲弘が入ってきた。志村は洋介よりも随分年配で、頭の毛はほとんど白くなっていた。洋介の知り合いではなく、父である芳雄の知り合いなので無理からぬことではあったが。


「やあ、よくいらっしゃいました。あなたが神尾所長の息子さんですか。どことなく似ていますな。あははは」

「初めまして。神尾洋介と申します。父が大変お世話になったそうで、有難うございました。また、今日はお忙しい所に押し掛けてきまして、大変申し訳ありません」

「まあまあ、硬い挨拶は抜きにして気楽に話をしてください。それで、私へのご用件とは一体どんなことなんでしょうか?」

「一昨日、父が電話で簡単にお話しましたが、ある事件がありまして私が首を突っ込むことになってしまったのです。もっとも、まだ事件なのか事故なのか自殺なのかよく分かっていないのですが。その件で現場の捜査を手伝った時、白い手袋を拾ったのです。その手袋は警察の方で保管しているのですが、私がその手袋を拾った際、私も別の手袋をしていました。その手袋がどうも粘つくので不審に思いまして、ポリエチレンの袋に入れて保管しているのです」

「そうですか、洋介君は事件現場の捜査までお手伝いするのですか、あははは」

「はあ、行き掛り上、仕方なくやりました。それでですね、別の情報から考えると、私の手袋にアルカロイド、もしかするとトロパン系アルカロイドの混合物が付着している可能性があるのです。それを確かめる方法があるのではないかと思い、今日ここにやって参りました」


「トロパン系アルカロイドなら簡単に確かめる方法がありますよ。洋介君の手袋とやらを見せてください」

 洋介は頷くと自分のバッグの中から透明なポリエチレン袋に入っている白い手袋を志村に差し出した。志村は右手で袋の端を持って自分の目の前にぶら下げ、じっくりと観察した後、手袋の親指と人差し指の先端付近を指して洋介に確かめるように訊いた。

「左手用の手袋のこの辺が少し変色しているように見えますな。この部分だけでもアルコール抽出しても構わないのかな?」

「はい、この手袋は私が使ったものですので、証拠品ではありません。アルコール抽出しても全く問題はありません」

「よし、それなら直ぐに実験に取り掛かろう。洋介君、手伝ってくれるね?」

「はい、勿論です」

「それじゃ、今日は特別に私の実験室にご案内しよう」

 そう言うと、志村は洋介の返事も待たずにさっさと面談室を出ていった。洋介は慌ててその後を付いていった。


 実験室の中は洋介が思っていた以上に整理整頓されていた。志村は洋介の左手用の手袋をポリエチレン袋からピンセットを使って取り出すと、透明なガラス製のビーカーというコップ状の容器の中に手袋の色が変わっているように見える部分を入れた。他の部分はビーカーからはみ出していたが、全く気にする様子もなく、ガラス製のピペットでアルコールを吸い上げ、ビーカーの中の手袋の変色部分に少しずつ注いだ。数回繰り返すと、ビーカーはアルコールで満たされる寸前になった。手袋の変色部分をピンセットで摘まみ、ビーカーの中で何回も振動させた後、絞るようにして手袋を取り出した。ビーカーの中身の液体をガラス製のナスの形をした容器に移すと、それを洋介に渡しながら言った。

「洋介君も元研究者なんだから、これをエバポレーターで濃縮するくらいはできるでしょう」

「はい、勿論です」

「それじゃ、このエバポレーターを使ってください。私は薄層クロマトグラフィーの準備をするから」


 そう言うと、志村は隣の部屋に行ってしまった。洋介は渡されたナス型のフラスコをエバポレーターにセットし、フラスコの中の液体が泡を吹いて飛び出したりしないよう十分に注意しながら濃縮した。そこに志村がステンレス製の籠に薬品などを入れて戻ってきた。

「濃縮できたら、アルコールを数滴加えて溶かし、この薄層板にあのキャピラリーを使って数回スポットして乾かしておいてください」

 洋介が言われた通りにしている間、志村はいくつかの有機溶媒を測り、薄層板を展開するためのガラス容器に注いだ。さらに濾紙を適度な大きさに切り、ガラス容器の一方の側面に密着させた。

 洋介がスポットした薄層板を差し出すと、志村は慎重にガラス容器の中に立て掛け、十分程じっと待った。ガラス容器の中の有機溶媒が薄層板の一番上に辿り着く直前、ガラス容器から薄層板を取り出し、ドライアーで乾燥させた。


「これからドラーゲンドルフ試液を調製します。このA液には次硝酸ビスマスが溶かしてあります。また、こちらのB液はヨウ化カリウム溶液です。そしてこれが氷酢酸。これらの三種類を等量入れて、薄層板にスプレーします。もし、アルカロイドが含まれていればきれいな橙色がはっきりと現れますから直ぐ分かりますよ」

 志村はそう説明してから薄層板の上に用意した試液をスプレーした。


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