10.研究プロジェクト会
二〇〇四年九月初め。秋の爽やかさが少しずつ感じられる季節になった。この夏、哲也たちは暑さも忘れて合成研究に没頭した。あれ程脱出したいと願っていたこの研究所の中で仕事をしていることが少しも苦痛には感じられず、むしろ充実感に満ちた気持ちで業務を行なってきた。
哲也は降圧剤Zの研究プロジェクト会を初めて開催した。プロジェクト会には合成や薬理以外に安全性、代謝、物性、構造等の担当者が全部で二十名程出席していて、哲也は想像していた以上に出席者が多かったことに驚いた。最初は三人で始めたこの研究プロジェクトも、今やこれほどの関係者が集まるほどに進展し拡大したのであった。哲也をはじめとする研究初期からこのテーマに関わってきた研究者にとって、この研究プロジェクト会は、こそばゆいような、少しだけ自慢したくなるような、自分の意のままにはならない高揚した気持ちをそれでも抑えようと努力しながら時間を過ごす、自分たちの人生において未経験の誇らしい会議となった。
司会は永倉が担当してくれた。
「皆様、本日はお忙しいところ、降圧剤Zの研究プロジェクト会にご参集くださいまして、有難うございます。早速、プロジェクトリーダーを務めておられます太田さんの方からこれまでの経緯をご紹介していただき、その後に、薬理、安全性、代謝、物性、構造などのデータ紹介を順番にしていただきたいと思います。皆様、よろしくお願い致します。では、最初に太田さん、お願い致します」
永倉は、いつものように丁寧で物静かな感じではあるものの、薬創りを成し遂げようとする強い意志を感じさせる口調で切り出した。
哲也は、参加メンバーが様々な心理状態に置かれていることを十分に意識して、プレゼンテーションを行なった。青田や永倉などのように、このプロジェクトの立ち上げの時から自分自身のプロジェクトとして業務を行なってきた研究員にとっては、我が子のようなプロジェクトに思えるのであるが、つい最近になって参画するようになった安全性や代謝や物性の研究者たちには、まだそれ程親近感を持てていないプロジェクトなのである。哲也があまり入れ込んで話をすると、一種の嫌悪感を持ってこの大事なプロジェクトに関わることにもなり兼ねないので、淡々と事実を理解し易く話すよう心がけた。
プロジェクトの会議に初めて参加した研究者が、その後自分自身の担当テーマとして一所懸命に対応していくうちに、哲也達と同じような心境でプロジェクトに取り組むようになることは、他のプロジェクトにおいてもかなりよく起こることであった。従って、今、哲也たちのプロジェクトを嫌いにならないでもらうことは非常に重要なことなのであった。
このような哲也の努力が結果的には功を奏したのか、あるいは事実の持つ威力が、基本的に真面目な研究者たちを揺り動かしたのか定かではないが、この日初めて哲也の化合物が薬としての期待値が高いことをデータによって知った、安全性、代謝、物性の研究者たちは目を輝かせた。
「きっと、素晴らしい薬になる!」
そんな予感を抱かせるような実験結果がそれぞれの担当者によって報告されていったのであった。
会議が終わる頃には、この会議に参加した研究者たちの間にほんの少しではあるが一種の連帯感が生まれたような雰囲気を、哲也は感じた。この兆しは、今後良いデータが出てくる度に強まっていくことは間違いないと思われた。
製薬会社の研究員たちの多くは本質的なことを求めている。つまり、こういうタイプの人たちはあまり出世欲がない。出世したい人には研究者は割に合わないのである。地道に研究を続けても成果が出るのはずっと後で、個人が評価されるまでに時間が掛かり過ぎ、出世のタイミングと折り合わない。しかも、必死で研究しても全く成果が得られないことも少なくないのである。その分、科学的な成果を出すことや本質的な研究を遂行することにエネルギーを費やしている。また、現在では、新薬の研究開発型製薬会社が日本国内だけの薬を売り出すことはほとんどない。基本的には世界中で特許を取り、世界に通用する薬を出さないと研究開発型製薬会社として成り立たない状況にある。
一つの新薬を市場に出すのには、十年以上の長い年月と二百~三百億円、あるいはそれ以上の高額な資金とが必要であると言われている。また、承認を得るのに、非常に多岐に渡るデータが要求されるので、一人だけでやれるような業務ではない。その時々に必要な技術を持った研究者たちが集まって、薬創りのチームを作るのである。それぞれの分野の専門家が、自分の保有している技術の全てを惜しみなく注ぎ込んで初めてチームの役に立つデータを出すことが可能となる。チーム全体がそのような状況にならないと薬創りは順調に進んでいかない。
巷では時折、薬創りのヒーローを取り上げ、あたかもその人がたった一人で多くの患者たちを救うことができる薬を創り上げたかのように報道している。ご本人も結構その気になっていて、会社が提案している報奨金などでは全く不足していて自分は報われていないと訴える人もいる。しかし、少なくとも現在では薬は一人では創れない。
最初に合成した時と最終的に薬として販売されるようになった時とで、化合物の構造式は全く同じである。しかし、そこに付加されている情報量は著しく異なっている。いくつもの分野の多くの研究者たちが、自分たちの技術を惜しみなく注ぎ込んで、そのような貴重な情報を付加して初めて薬が出来上がるのである。何人ものヒーローが存在しなければ完成しないのである。
薬とは、非常に膨大な情報が付いた、保証された化合物と言うことができるのである。勿論、化合物というよりは、蛋白質とか糖蛋白質とか核酸とか呼んだ方がよい薬もあるが、基本的には同じように莫大な情報が付加されて初めて薬と呼べるようになるのである。




