第8話 スワンとフィンチのなわばり争い
前回までのあらすじ
オルニト国とヘルペト国との争いは、オルニト側の勝利で終わろうとしている。
かつて大きな戦闘が行われた水源地が和平会談の会場となる。
オルニト国の王都を出た和平使節団も、すぐそこまで来ている。
終戦のの日は近い。
オルニト王女カナリア率いる5人の戦姫に、つかの間の穏やかな時間が訪れた。
1.悪夢
「クロウ、今夜は全員で世話になるぞ!」
扉の前に、戦姫のリーダーである王女カナリアをはじめ、ロビン、スワン、スワロウ、フィンチの5人、そしてスワロウの弟子であるレン、合計6人が並んでいた。
「よろしく頼む」
「よう。俺の部屋はそのままだよな?」
「クロウも大変ねえ」
「…………」
「先生、僕も手伝います!」
戦姫ともう1人が、次々と挨拶する。
『ついにこの日が来たか!』
クロウに緊張が走った。
いつかは来る。
自分が作る、この秘密の部屋。
クロウの故郷、異世界に飛ばされてくるまで生きていた日本。
その日本のどこかを再現したこの部屋に、戦姫の全員が訪れ、自分が全員をもてなす。
いつかはそんな日が来る。
覚悟はしていたが、いざその時となるとなかなかのプレッシャーだ。
「ようこそ皆様、この日を待ちわびておりました」
とはいえ、クロウもさるもの。
笑顔をがっちり固定して6人を迎え入れた。
『お風呂にユズを浮かべよう。夕食はいつものカレーか? いや、芸がない。冷凍庫に鶏がらスープがある。鍋だ。水炊きだ。鍋を囲んでもらおう。〆はうどんか雑炊か、それともラーメンにするか……』
6人がブーツを脱いだり部屋着に着替えたりしている間に、クロウは手持ちのカードを確認して、もてなしのメニューを全速力で考える。
「それでは皆様、こちらのお部屋にどうぞ」
クロウが多目的室への扉を開き、着替え終えた全員を案内する。
ところが、それに従わない者が現れた。
「わたしはこっち」
フィンチだ。
フィンチがクロウの案内を無視して、クロウの私室・作業部屋へと向かった。
「クロウの部屋に行くのか? いいな。じゃあ私もお邪魔しよう」
「カナリア様?」
カナリアもフィンチと同じく、クロウの部屋へと向かって行く。
「隊長が行くなら、とうぜん私も行く」
「なんだなんだ? 楽しそうじゃないか」
ロビンにスワンまで。
「クロウも大変ねえ」
「師匠まで行くんですか?」
スワロウとレンも、気遣うそぶりを見せながらも4人の後に続いた。
「ちょ、ちょっと、皆さん……皆さん?」
全員、振り返りもせず、クロウの部屋に入っていった。
後を追いかけるクロウ。
部屋に入ると、さらに信じられない光景が広がっていた。
「おいフィンチ、上はどうなっているんだ?」
フィンチは既にロフト、すなわちクロウの寝場所に上ったようだ。
さらにカナリアまで。
「カナリア様! それはお止めください!」
カナリアはクロウの懇願を無視してハシゴを上っていく。
「カナリア隊長、私を置いていかないで下さい」
「なんだなんだ? 楽しそうじゃないか」
「クロウも大変ねえ」
「師匠まで上るんですか?」
「みなさん! やめてください!」
叫びもむなしく、6人がロフトに上っていった。
「カレーを頼むぞ」
「辛いのは止めてくれよ」
「ハニートーストもあるよな」
「クロウも大変ねえ」
「ツナ缶ごはん」
「先生、僕も手伝いますよ」
ロフトから6人が顔だけを出して、次々と注文してきた。
何なんだ。
何なんだ!
何なんだ!!!!
「何なんだあああああああ!!!!!」
叫ぶと同時に目を覚ましたクロウ。
何がおこったのか、しばらく理解できなかった。
ロフトから自室を見下ろして、誰もいないことを確認。
念のために大広間も見てみた。
もちろん、誰もいない。
そのまま広間のソファに倒れ込む。
「マジかよ……これは予知夢か? あり得るのか?」
ちょっと考えた結果、『あり得る』 クロウはそう判断した。
「フィンチ様が俺の部屋に来るのは確定、他の戦姫も続く可能性が十分。これは……」
自分の部屋は最低限・最小限としてきたクロウだが、ここに至って、自室を広げる必要がある、そう結論づけた。
「正夢かもしれない。後回しにしていたけど、自分の部屋を広げよう」
クロウは自室の壁に手をあてると、目を閉じて集中した。
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2.スワンとフィンチのなわばり争い
「二人は夜警明けだ、夜までゆっくり休ませてやってくれ」
カナリアが手で示した先にはスワンとフィンチがいた。
「よう。俺の部屋はそのままだよな?」
戦姫の中でひときわ大きく、赤毛で短髪、戦場ではウォーハンマーを振り回す戦姫、スワンが片手をあげて挨拶した。
「……」
フィンチも同様に片手をあげた。
カナリアを陰ながら護衛し、情報収集や工作を行う隠密だ。
『さっそく来た!』
フィンチと他の戦姫が同時にやってくる。
2人ではあるが、テストにはもってこいだ。
クロウは心の中でガッツポーズをした。
実際は、片手で扉を開け、もう一方で扉の向こう側を示し、いつもの笑顔で二人を迎え入れた。
「どうぞ、いらっしゃいませ」
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「ずいぶん間があいた気がするなあ」
玄関で足をクロウに洗ってもらいながら、スワンが言った。
「さっきも聞いたけど、俺の部屋はまだあるんだよな?」
「もちろんです。みんながスワン様をってますよ」
巨大なベッドを取り囲むたくさんのぬいぐるみ。
そして、既にベッドに入っていて、我が物顔をしているクマのぬいぐるみ。
それらがスワンの帰宅を待っている。
その様子を想像して、スワンの顔が一瞬崩れた。
「クロウ、はやく」
クロウとスワンの会話に入らず、早々に着替えを終えたフィンチがリビングの扉の前に立ち、二人をせかす。
「もう少しお待ちください、フィンチ様」
「わかった」
フィンチがクロウとスワンのところまでやってきた。
クロウがスワンの胴鎧を外して棚に置く様子を見てから、再びドアの前に移動し、振り返る。。
「……」
無言のプレッシャーをかけてくる。
「はい、お待たせしました」
部屋着への着替えが終わったスワンとともに、フィンチをリビングに案内する。
「今、何か飲み物をお持ちしますね」
『二人にリビングで待っていてほしい」』というニュアンスを持たせた発言をして、自室兼キッチンへと向かうクロウ。
そして、そのクロウについて行くフィンチ。
「お、おい、フィンチ」
「いいの」
「いいのか? クロウ」
「……まあ……、しかたないですね」
仕方ない風ではあるが、こうなることは想定済みだ。
「じゃあ、俺も行こう」
いったんリビングの椅子に座ったスワンが立ち上がった。
これも折り込み済みである。
勝手知ったる他人の家、という様子でクロウの部屋に入っていくフィンチ。
そして、周りの家具をうまく使って、ロフトに飛び上がった。
「おい、フィンチ」
「スワン様、大丈夫です」
「そ、そうなのか……?」
「前回来られた時も、そうでしたから」
スワンがロフトの下まで移動して見上げる。
「フィンチー、そこはどうなってるんだー?」
「ん、クロウの寝床。いいにおい」
「フィ、フィンチ様?」
想定外の感想が返ってきて、クロウは少し焦る。
「なんだなんだ? 楽しそうじゃないか」
「ス、スワン様?」
聞き覚えのあるセリフで悪夢を思い出したクロウ。
「安心しな。上ったりはしないよ」
「……ふう。良かったです」
「それで、そこに座っていいのか?」
スワンが3人掛けのソファーを指さした。
「どうぞ、お座りください」
戦姫の二人が所定の位置についたところで、クロウも所定の行動をとる。
スワンに飲み物を出し、絞ったタオルを数本、電子レンジにかけた。
スワンはコップに入ったハーブティーを飲みながら、クロウの動きを観察する。
フィンチもまた、クロウの動きをロフトから眺めていた。
ピー、ピー、ピー
「フィンチ様、そのままお待ちください」
クロウは、ロフトから飛び降りてこようとするフィンチをとどめ、レンジアップが終わったタオルを数回はたいてから丸め、編みバスケットに詰めていく。
そしてそれを、壁際に吊したロープに引っかけると、滑車をつかってロフトまで上げた。
「おおー」
スワンが感嘆の声を上げた。
「ありがと」
フィンチがバスケットを受け取ると、部屋着を脱いで、蒸しタオルで体を拭き始めた。
「スワン様もお風呂に入られますか?」
「そうだな。軽く入る。ブクブクは、い・ら・な・い・からな」
前回の訪問時、クロウのイタズラでひどい目にあったスワンが念押しした。
「はい。今回はお邪魔しませんので、心ゆくまでどうぞ」
クロウは真意の見えない笑顔で答えた。
「今回は、かよ」
苦笑しながらスワンが部屋を出て行く。
それを見送ったクロウは、フィンチとスワンの服、そしてフィンチから戻ってきたタオルを洗濯機に入れてスタート。
ゴーッ ゴーッ ゴーッ ゴーッ ザアアアアアアアアアア
洗濯機は数回回転した後、水を流しはじめた。
それからお湯を沸かし、フライパンを温める。
牛乳をミルクパンに入れ、IHコンロにかける。設定は保温60℃だ。
お休み前の軽食の準備だ。
洗濯機、冷蔵庫、流し、コンロと、せわしなく動くクロウの様子を、フィンチはロフトからずっと眺めていた。
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フィンチと風呂上がりのスワンが、小さなダイニングテーブルに向かい合って座る。
さすがに、自分の私室に5~6人のテーブルセットは置けなかった。
戦姫全員での食事となると、テーブル、移動式作業台、ソファー、自分用のスツールなどを総動員しないといけない。
クロウは、現状としてはそうするしかないな、と考えた。
「寝る前に、軽く召し上がってください」
二人の前には玉子サンド。
12枚切りの食パンで作られ、四分割された四角いサンドイッチだ。
玉子サラダのものが二つと、卵焼きを挟んだものが二つ、合計四つがそれぞれの前に置かれた。
卵焼きのほうは、パンもトーストしてある。
まず、スワンが卵焼き、フィンチが玉子サラダのサンドイッチを手に取った。
「お、甘いのか」
「……」
リアクションが薄い。
「お口に合いませんでしたか?」
クロウの顔が曇る。
「いや、甘いと予想してなくてな。うまいぞ」
「おいしい」
二人はそうはいったものの、次はそれぞれ別の方、スワンは玉子サラダ、フィンチは卵焼きのサンドイッチを口にした。
「こっちの方が好みだな」
「おいしい」
「それは良かったです」
クロウは胸をなで下ろす。
3つめ、スワンとフィンチは2つめと同じものを選んだ。
そして最後に残った方、つまり、スワンは卵焼き、フィンチは玉子サラダを、お互いが無言のまま相手に差し出し、交換した。
「すみません。次から気をつけます」
「いや、味はどっちも旨い。これは好みの問題」
「好みの問題」
二人は最後の一きれを笑いながら頬張った。
フィンチは食後のホットミルクを飲み終わると、再びロフトに上がり、クロウの布団をモジャモジャと集めて、その上にうつ伏せに丸くなった。
「そういえば、さっきから気になってたんだけどな」
スワンがミルクをチビチビ飲みながら、クロウにたずねた。
「はい。何でしょう」
クロウが洗い物をしながら返事をした。
「このソファーの隣にある、だらしない形の布の塊はなんだ?」
「ああ、それもソファです。実はフィンチ様のために用意をしたのですが……」
眠る準備に入っていたフィンチが、自分の名前に反応してロフトから顔を出す。
「ふうん。座ってもいいか?」
「ええ、どうぞ」
「とは言ったものの、これはどうやって座るんだ?」
床にあるのはマイクロビーズソファ、通称「人をダメにするソファー」。
スワンには、どこに座って良いのか、どうやって座れば良いのかが分からなかった。
「そうですね、一度ソファーの前にしゃがんで、片手をソファーの奥についてから、お尻をソファの前の部分に乗せるって感じですね」
「わかった……うわっ」
予想より手が沈んでいくのに驚くスワン。
「これで……よっと、おおお!?」
「いかがですか?」
「ちょ、クロウ、助けてくれ、動けない」
「動かなくて良いんですよ。力を抜いてください」
「ひっくり返りそうなんだが」
「大丈夫ですよ、ソファにまかせちゃって大丈夫です」
「そ、そうか?」
スワンが全身から力を抜く。
「お、おおおお、お~~」
「いかがですか?」
クロウがいつもの笑顔でたずねた。
「おお、なんだか、力が吸い取られる感じだ」
「まだ力が入ってますね。もっと脱力しないと」
「おお~。なんていうか、宙に浮いているような感じだ。これは……楽だな」
「でしょう?」
クロウがにっこりと笑った。
「どいて」
気がつくと、スワンの隣にフィンチが立っていた。
「どいて。それ、私の」
「なんだフィンチ、寝ていたんじゃ「どいて」
フィンチがスワンの言葉を遮った。
「私の。クロウがくれた」
フィンチがスワンの横に飛び乗り、足で押して、力尽くで追い出そうとする。
「分かった。分かったから待て。クロウ、引っ張ってくれ、立てないんだ」
クロウがスワンの手を引っ張り上げる。
フィンチはソファの上に丸まり、感触に満足して目をつぶる。
スワンはやれやれといった様子で、長ソファに戻った。
「クロウ、お前フィンチを特別扱いしすぎじゃないか?」
「そんなことはあり「特別だから」
フィンチが自慢げに答えた。
「クロウは、特別。わたしも、特別」
「だ、そうだが?」
「戦姫のみなさん、全員が私の特別ですよ」
「そうかあ? じゃあ、俺も特別扱いしてくれよ」
「……少々、お待ちください」
クロウが部屋を出て行き、小さなクッションを両手に持てるだけ持って戻ってきた。
「それでは、ソファに横になって下さい」
スワンを寝かせると、頭、首、腕、腰、膝の裏と、スワンとソファの間に次々とクッションを詰め込んでいく。。
「おいおい、これじゃあ動けないじゃないか」
「動かなくて良いんですよ。さっきと同じです。力を抜いてください」
「そうなのか?」
ソファとクッションに体をまかせるスワン。
クロウは何かを電子レンジに入れ、また部屋を出て行き、今度はスワン愛用の巨大なクマのぬいぐるみを持ってきた。
「ウーサ!」
起き上がろうとスワンが伸ばした腕の中に、そのクマを押し込む。
チーン
電子レンジから取り出したアイマスクをスワンの目に乗せた。
「ああ、これは、本当に動けない」
「そして、これで……おしまい!」
仕上げとばかり、スワンの足の裏に湿布を貼った。
足の甲から土踏まずを挟み込むように。
スワンは最初、あー、とか、おー、とか言っていたが、そのうちに眠ったようで、何も反応しなくなった。
「よし、一丁あがり」
「クロウ、私も」
一息ついたクロウの背後からフィンチの声がした。
「フィンチ様、まだ起きていらっしゃったのですか?」
クロウはスワンを起こさないよう、トーンを落とした声でたずねた。
「クロウ、目のやつ、私も」
「あ、はい。今すぐ」
あわててアズキが入ったクロウお手製アイマスクを電子レンジで温め、フィンチのもとへと持って行く。
「あ、フィンチ様」
「なあに?」
「あの、仰向けに……」
フィンチはソファーの上でうつ伏せで丸まっていた。
それではアイマスクは乗せられない。
「…………」
フィンチは少し考えた後、仰向けになった。
慣れない姿勢なのか、まっすぐ、ピンと力が入っている。
目をつぶった顔もこわばっている。
クロウは苦笑しながら、フィンチの目にアイマスクを乗せる。
「いかがですか?」
「暖かい」
「足に貼るのはどうされますか?」
「くさい。いらない」
「承知しました」
クロウはフィンチの上にブランケットをかけた。
体が隠れて安心したのか、フィンチの顔から力が抜けた。
「では、おやすみなさいませ。フィンチ様」
「おやすみ、クロウ」
こうしてフィンチも眠りに落ちた。
クロウの私室で、スワンとフィンチが寝ている。
『さすがに5人、6人が寝るスペースは無いなあ』
クロウは心の中でつぶやいた。
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3.二人の距離感
戦姫の二人が眠ってから半日たち、クロウの部屋に、美味しい匂いの蒸気が流れ始めた。
「ツナ缶ごはん」
フィンチが炊飯器からただよう匂いで目覚め、前回クロウから教えてもらった料理名を口にする。
「あ、おはようございます」
「おはよ」
「なんだ? メシかあ?」
スワンも起き出した。
「フィンチ様、前回のツナ缶ご飯から、少し工夫しても良いですか?」
「クロウなら、いい」
「ありがとうございます」
「お前ら本当に仲いいな」
スワンのからかいを背中に受けながら、クロウが料理を続けた。
「それでは、どうぞ」
クロウが二人の前に皿を置いた。
ツナ缶ごはん、つまりツナとミックスベジタブルのコンソメ炊き込みご飯、これを玉子で巻いたオムライスだ。
「なんだあ?」
スワンのオムライスには、ケチャップでスワンの名前が書いてあった。
「クロウ、お前、ほんっとに面白いことするよな」
「私のいた世界では、わりと普通にしてましたよ」
「そうなのか?」
「美味しくなるおまじないなんかもしたり。もえもえ~ とか」
「なんだそれは? 変わった魔法だな」
クロウが元いた世界のことを思い出して、確かに変わった魔法だ、と苦笑する。
「わたしのは?」
フィンチが不満げに声を上げた。
スワンの大きなオムライスに対して、フィンチのそれは小さいため、名前を書くことはできなかった。
その代わりにオムライスにはケチャップで花丸が書いてある。
「フィンチ様、すみません。お名前を入れるだけの場所が無かったんです」
「…………」
フィンチがオムライスを前に固まっている。
どこまでわがままを言うか、考えているようだ。
「おい、クロウ、なんとかならないのか?」
それを察してか、スワンがクロウにたずねる。
「そうはいいましても、オムライスの上にはもう……」
クロウはそこまで言うと固まり、少し考えた後、何かに気づいた。
「フィンチ様、少し、もう少しだけお待ちください」
「うん」
クロウは作業机からメモ用紙をちぎり、適当な大きさに切った。
そして食器棚から爪楊枝を一本、炊飯器から米粒を2~3粒取り出した。
紙にオレンジのペンでフィンチの名前を書き、爪楊枝に巻き付け、つぶしたご飯粒でくっつけて旗を作った。
そして、その旗をフィンチのオムライスに。
「……うん」
「いいなあ、フィンチ、俺もほしいなあ」
「わたしの」
「そうかあ」
フィンチは旗をじっと見つめながら、ツナ缶オムライスを口に運ぶ。
スワンは、自分の名前のどこから崩せば良いか少し悩み、結局はケチャップのついていないところから食べ始めた。
「それにしても、スワン様とフィンチ様は仲が良いんですね」
「俺が? フィンチと?」
「はい」
「……」
何も言わず食べ続けるフィンチ。
「特に何もないと思うが、いきなりどうした?」
「自分で言うのも何ですが、フィンチ様が同じ部屋で寝る人って、相当フィンチ様から信頼されている人だと思うのですが」
「ああ、それは確かにそうだ。戦姫でも俺と隊長くらいじゃないかな」
「……」
声は出さないが、否定もしないフィンチ。
「付き合いは戦姫になってからだから、そんな長くはないけどな」
スワンと、カナリア、ロビンとの縁は士官学校の時代から。
そして、スワロウとフィンチは戦姫として王女直属のチームができてからの付き合いだ。
「それでも、まあ、裏方どうしで通じる部分があると思うよ」
「裏方ですか?」
「ああ、隊長にロビン、スワロウは先頭に立って活躍する役回りだけど、俺やフィンチは下ごしらえとか支援とかだからな」
名前の部分を避け続けた結果、かなり悲惨な形になったオムライス。
スワン。意を決して、ケチャップ部分をすくう。
「旨いな。……まあ、性に合ってるから文句は無いけどな。隊長の仕事なんか考えただけでもぞっとする」
「それでも、スワン様がいなければ上手く回らないことって多いと思いますよ。縁の下の力持ちってやつですね」
「縁の下の……何だ? それは」
「私の世界の決まり文句です。建物を支える土台のように、人から見えないところで大事な働きをする人、っていう意味です」
「なんだよ~、褒めたって何も出ないぞ」
スワンがニヤニヤ笑った。
「わたしは?」
「え?」
「クロウ わたしは?」
「フィンチもなにか、そういった言葉が欲しいってよ」
スワンは、言葉が少ないフィンチを代弁する。
「フィンチ様も縁の下の「力そんなに無い」
「同じ言葉じゃ嫌だってよ」
「わたしの、特別なの」
「えーと、んー」
クロウが頭をひねる。
良い言葉が浮かばないが、なんとか絞り出す。
「カナリア様の懐刀、でいかがでしょう」
「懐刀?」
「はい。常にカナリア様のお側にいて、カナリア様を守り、道を切り開く、最も信頼のおける仲間、という意味です」
「懐刀。わたし、カナリア隊長の懐刀」
フィンチがわずかに微笑んだ。
「なんだ? そっちの方が良いなあ。フィンチ、取り替えようぜ」
「しない」
「ケチい」
「ケチくない」
「本当に、仲が良いんですね」
「なんでそうなるんだよ」
そういうところですよ。とクロウは心の中で言った。
「スワンは嫌なことはしない」
「ま、人の顔色は見るほうだからな」
「でも、それは大事なことですよね」
クロウの笑みが深くなる。
二人の仲が良いのは、横で見ていて明らかだ。
互いを理解して、尊重しているのがよく分かる。
「クロウは良いことしてくれる。好き」
今度はクロウの顔が赤くなる。
目は笑っているが、眉毛が困っている。
「クロウ……お前……どれだけ好かれてんだ?」
「そこまでのことをした覚えは無いのですが……」
「ま、戦が終われば、その辺の話をもっと深くしてみたいところだな」
「……」
フィンチは否定しなかった。
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4.使節団到着
「そろそろ時間だな。使節団もそこまで来てるだろ。行くか、フィンチ」
「…………」
食後のお茶を飲み終わった二人が立ち上がった。
さっきまでのリラックスした笑顔が消え、仕事モードだ。
玄関の手前で部屋着を脱ぎ、鎧を身につける。
革紐のしまりを一つひとつ確認する。
「クロウ、今回も楽しかった。次は終戦後だな」
「クロウ、待ってて」
「え? フィンチ様? って、終戦後となると、王都に戻ってからですかね」
「そうかもな」
「楽しみ」
「では、スワン様、フィンチ様、あと数日です」
「ああ、あと少しだ。それじゃあ行ってくる」
「行ってくる」
扉を開けて、二人が秘密の部屋からカナリアの執務室へ。
「おお、二人とも、いい顔だな」
「おはようございます。隊長」
「おはよう」
「ああ、おはよう」
「隊長、さっそくですが、使節団はどんな感じですか」
「ああ、もうそろそろ……」
『ひ!め!さ!まあああああ!』
カナリアが答えようとするのと同時に、扉の向こう側、廊下のさらに先、砦の入り口方向から大声が聞こえてきた。
「この声は……爺か!」
「げ、オウルかよ」
スワンが顔をしかめる。
フィンチはいつのまにか姿を消していた。
『オウル様! 今、ただいま隊長をお呼びしますので!』
『それには及ばん! 奥が姫様の部屋だな?』
『オウル様!』
オウルと呼ばれる人と門番の声がどんどん近づいてくる。
バン!
ついに扉が勢いよく開かれた。
「姫様! 使節団の警護団団長、オウルが参りましたぞ!」
お読みいただき、誠にありがとうございます。
物語が終盤に入りました。
「各話にオチ」という基本ルールに反して、今後はラストまで「各話に引き」という形になると思います。
このことをご了承のうえ、次回「オウルの襲来」、お楽しみに。