第6話 カナリアとクロウの望郷
前回までのあらすじ。
オルニトとヘルペトの2国間で勃発した戦争。
今、その戦争はオルニト王国が優勢のまま休戦状態にある。
態度が定まらないオルニトと、食糧に困窮するヘルペト。
国境の砦を守るのはオルニト王女カナリアと戦姫たち。
そして日本から飛ばされてきた男クロウ。
時間とともに悪くなる状況に、5人の戦姫とクロウが立ち向かっていく。
1 クロウのため息
毎朝、クロウは新聞を読む。
これは、部屋を作る能力に目覚めた時からの習慣だ。
自室の壁に右手を当てて目を閉じる。
左手はプラスチックの買い物かごを持っている。
壁の高さ2メートルくらいの位置に光る横線が表れ、光りは続いて床に向かって伸びた。
そして線が床に着くと囲まれた四角形が光り、やがてその中から扉が表れた。
ピンポーン
扉の中は小さなコンビニ、無人のコンビニだ。
クロウは入ってすぐ左にある新聞をかごにいれ、そのまま雑誌コーナーへ。
新聞雑誌は最新のものが揃っている。
日本で読んでいた漫画の続きも読むことができたが、クロウの目当ては料理、手芸、アウトドア、女性雑誌だ。
雑誌を数冊選び、そのまま外回りにペットボトルのビタミンドリンク、飲むヨーグルト、サンドイッチ、豆大福、揚げたてのフライドチキンを取り、カウンターのドリップコーヒーへと進む。
「このチキンは誰が揚げているんだ?」
毎回感じる疑問ではある。
商品は常に満載、新製品や限定品も並ぶし、季節には肉まんもおでんも用意される。
ピッピッピッ
コーヒーを手に持ってコンビニを出て自室へ。
会計はしない。
『どこかに実在するコンビニから万引きしてるんじゃないか?』
最初は不思議に、そして申し訳無く思った。
監視カメラに向かって謝ったり、商品の筆記用具でメモを残したりしたが、それらの行動へのリアクションは全くなかった。
日本からのインプット・インポートはできても、クロウの部屋からのアウトプット・エクスポートは全くできないルールのようだ。
結論として、架空のコンビニであり誰にも損をさせていない、クロウはそう思うことにした。
「……ふう」
自室のダイニングテーブルで朝食を取りつつ、新聞を読む。
政治経済に意味はない。
芸能スポーツも興味がない。
社会欄も目を走らせる程度。
時間をかけて確認するのは地方面だ。
訃報欄に家族の名前が出ていないか。
地元のイベント写真に知った顔が映っていないか。
広告欄に自分へのメッセージがないか。
文字と写真を細かく見ていく。
その結果はこれまでと同じであった。
何の情報もないことを確認して、クロウの朝の日課が終わった。
「ふう」
クロウから安堵とも残念ともつかないため息が出る。
自分がいなくなったことで、もといた世界にどんな影響があったのか。
クロウはそれが知りたくて新聞を読んでいる。
漫画やアニメでよくあるように、自分と同時に自分がいた痕跡が世界から消えて無くなったなら、それが一番良いと思う。
みんなの記憶からも消えて『最初からいなかった』ことになったのならいっそ気が楽だ。
日本から消えて時間がたっている。家族や周辺が自分のいない状態を受け入れてくれていれば、淋しいけれど、それはそれでも良いと思う。
しかし、突然行方不明になった自分を家族が今も必死で探し続けている。
それだけは嫌だった。
自分をこの世界に飛ばしたのが誰かの意思だとすれば、そのくらいのフォローはしてくれないものだろうか。そう思う。
結局のところ、元いた世界がどのルートをたどったのかは確認できていない。
「どこかの誰かさん、頼むよ」
クロウは独り言をこぼした。
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2 カナリアのため息
「……ふう」
カナリアは書類の束に目を落とた。
砦周辺の村や町からの直訴状だ。
内容は食糧を求めるもの。
要求とはいえ、まだ穏便なものだ。
これを放置すれば、自爆覚悟の打ちこわし、略奪へと激化するだろう。
カナリアの権限で動かせる食糧にも限度がある。
わずかな支援では近辺の集落分しかまかなえず、支援を受けられなかった周辺地域の不満が膨らむだけ。
さらにヘルペト全体となると国庫レベルでの放出が不可欠だ。
「何をやっているのだ」
我慢できずに声が出た。
カナリアのいらだちは、自国オルニト、敵国ヘルペトの両方に向けられたものだ。
『戦争の継続か終息かを早く決めること。いずれの場合もヘルペト支援を行うこと』
国元に重ねて進言したが好ましい反応はない。全てが検討中だ。
ヘルペトにしたところで自国の困窮に対策した気配はない。
直訴状も住民が領主を通さずに持ってきたものだ。
「何をやっているのだ……」
言葉をくり返した。
時間が経つごとに、状況が悪くなっていく。
誰もがそれを把握しているはずなのに、誰も動かない。
「自分が動けば良いのか?」
帰国して会議に殴り込みをかけようか。
逆に、独断でヘルペトに攻め込んでしまおうか。
考えが過激になっていく。
「だめだ……」
無力感に襲われた。
せめて商人が動いて食品が流通すれば、とも思うが、これもヘルペト側に交換できる産品がない。
「手も足も出ない……」
カナリアは椅子の背もたれに体をあずけ、天をあおいだ。
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3 カナリアとクロウの望郷
夕刻、カナリアは机でうとうとしていた。
「カナリア様?」
クロウの呼び声で目覚めるカナリア。
「あ、ああ。今日だったな」
「お疲れですね」
「ああ、気疲ればかりだがな」
立ち上がり、腰を伸ばすカナリア。
「それでは、どうぞ」
「よろしく頼む」
カナリアが扉の向こうに消えた。
「お風呂はどうされますか?」
玄関部屋でカナリアの靴を脱がせながら、クロウは問いかけた。
「風呂か……風呂なあ……」
「気が乗りませんか?」
「すまない。実はそうなんだ……」
「それでは、足だけでも洗いますか? スッキリしますよ」
「そうだな、すまないがそれで頼む」
「はい。少しお待ち下さい」
クロウは湯を取りに、自分の部屋へと向かった。
「ふう……」
カナリアがまた、ため息をついた。
「お食事はどうしましょう?」
今度はカナリアの足を洗いながらたずねた。
「…………あ、夕飯か。カレーはあるのか?」
クロウのいつもの質問。
いつもなら前のめりな返事がくる質問にも、元気のない声が帰ってきた。
「はい。いつでもお出しできます」
「……そうか……」
「今日は軽いものの方が良いですか?」
「ああ。食欲もなくてな。せっかく作ってもらったのにすまない」
「いえいえ。お体が第一です」
「本当にすまない」
「お気になさらないで下さい。明日の朝でも良いですし、なんなら私が独り占めします」
「はは、そうしてくれ」
カナリアは力なく笑った。
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クロウが出したサラダを前に、カナリアは右手のフォークをくるくる回すだけだった。
クロウは背後でその様子をじっと見ていた。
「は……ふん」
カナリアはあくびを噛みつぶした。
「カナリア様?」
「ああ、すまない。いただこう」
「眠れないご様子ですね」
「……ん? ああ、そうだ。実はそうなんだ」
カナリアは目頭に左手の指をやって続けた。
「寝付けないし、眠ってもすぐに目が覚める」
「心配事ですか?」
「心配……そうだな。最近、眠るのが怖いんだ。私は」
「はい」
「眠ると明日が来る。明日は今日よりも状況が悪くなる。だから眠るのが怖い」
「カナリア様……」
「眠ってもすぐに目が覚める。皆を率いる隊長がこの有様だ。全く救いがたい」
「…………」
「すまん。サラダに手を付けてなかったな。ここ数日は食べるのもおっくうでな」
カナリアはそう言うと、サラダを口に入れた。
「うん。旨い。いつもの通……ん?……いや、いつもと違うな」
「お口に合いませんでしたか?」
「あ、いや、旨いは旨いが、いつもと印象が違う」
「美味しくないとか」
「違う違う。違うんだ。味が違う気がするが、何か材料を変えたか?」
「良かった。気づいていただけました」
「なんだ? 私を試したのか?」
「いえいえ。カナリア様ではなく、油を試してました」
「油?」
「はい。ヘルペトの特産にできそうな油を試しました」
「そういえば、初めてではない気がするぞ。この味は」
「さて、何でしょうか?」
「やっぱり試されているではないか」
カナリアは軽く文句を言ってからドレッシングだけ舐めてみる。
「ん-、何かに似てるんだ。何かに。覚えがある」
クロウはいつもの顔でカナリアを見ている。
「オレの実の油か?」
「当たりです。カナリア様。ヘルペトはオレの木がそこらじゅうにありますから、その油を使ってみました」
「なるほど。だが私が知っているオレ油は赤黒くてドロっと渋い。こんな透明で軽くて甘くはないぞ」
「それは油の保存方法と時間の問題です。ヘルペトで絞った油をオルニトに運ぶまでの間に悪くなってしまうのです」
「じゃあ、これは?」
「ついさっき、私の部屋で絞ったものです。搾りたてですよ」
「なるほど」
「搾る機械を自分で作ってみました」
クロウが胸を張った。
「搾りたてだとこれだけ違うものなのか」
「はい。そうなんです」
「だが、これはどうやってオルニトまで運ぶのだ?」
「スワロウ様と良い方法がないかを考えているところです。基本的な考え方は元いた世界と同じですので」
「そうか」
「それと、ヘルペトなら食べることができる、という売り方もあります」
「どういうことだ?」
「はい。話が少し変わりますが、ヘルペトには天然の温泉がありそうです」
「温泉?」
「はい。火山の熱で自然にできる風呂のことです。ケガや病気に良い効果があるんです」
「そうなのか?」
「体に良い温泉と、おいしい油を使った料理をヘルペトの名物して、オルニト国からの来訪者を増やせないかと考えているのです」
「うーん、金持ち連中なら物見遊山で来るかもな」
「ヘルペトがお金を稼ぐための一案ということで」
「うん、有りだな。そうか、先のことを考えていたのか」
「スワロウ様にもいろいろとお教えいただいています」
「そうか……」
カナリアはサラダをつまんだ。
「うん。旨いな。この油は他の料理にも使えるのか?」
「いろいろできます。お試しになりますか?」
「そうだな。すぐできるのものがあったら、頼む」
「では少々お待ちを。すぐお持ちします」
居間を出て行ったクロウは、本当にすぐ戻ってきた。
「早いな。これは?」
「パン、ハム、トマトです。それぞれ油を付けてお食べください」
「パンを油で? 油をそのまま食べるようなものでは……旨いな」
「でしょう?」
「油はもちろんだが、パンが旨く感じるな」
「もう一品お持ちしますね」
クロウが部屋を出て行った。
カナリアはハムを食べてはうなり、トマトを食べては感嘆の声を上げた。
「お待たせしました」
「揚げたのか?」
「はい。ヘルペトで採れる魚と芋をオレ油で揚げています」
「ほっ熱い……これはうまい!」
「お気に召してなによりです」
「こんな旨いものはオルニトにも無いぞ」
「食べに来ますか? ヘルペトまで」
「道中が安全なら十分ある」
「良かった」
「すまん、クロウ。食べたら逆に食欲が出てきた。カレーを少しくれないか?」
「わかりました。今すぐ」
「あ、それから」
「サイダーもお持ちします!」
「頼む」
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「クロウとスワロウはそんなことをしていたんだな……」
食後のデザートはオレ油のかかったアイスクリームだ。
「はい。なにかお力になれないかと」
「今のところで他に何かあるのか?」
「今はまだ。オレの油で言えば、石けんを作るですとか、油の絞りかすを発酵させて肥料にするとかを研究中です」
「無駄がないな」
「すばらしい素材ですよ。オレは」
カナリアが大きくあくびをした。
「腹がふくらんだら今度は眠たくなってきたな」
「良いことです」
「今日はマッサージもいらない。もう寝ることにするよ」
「はい」
「そうだ、クロウ」
「はい?」
カナリアは少しためらった後に言葉を続けた。
「すまないが、私が眠るまでそばにいてくれないか?」
「はい、もちろん」
「少し気が晴れたが、それでも、少し怖いのだ」
「お休みになるまでお側におります」
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カナリアの寝室にて。
ベッドに潜り目から上だけを出すカナリア。
「子守歌でも歌いましょうか」
「はは、それは面白そうだが遠慮しておく」
クロウは、照明をカナリアの表情がわかる程度にまで落とし、ベッドの横に椅子を寄せて座った。
「それではカナリア様、お手をにぎりましょうか?」
「なっ?」
「手を温めるとよく眠れるそうですよ」
「そうか……なら、頼む」
カナリアがおそるおそるベッドから左手を出してきた。
それを両手で包み込むクロウ。
「いつも全身を揉んでもらっているが、これはなんだか照れるな」
「私もそうです。不思議なものですね」
「まったくだ」
カナリアが目をつぶる。そして目をつぶったまま話はじめた。
「そういえば、サラダを食べていて思い出したことがある」
「はい」
「オレの油だがな、小さい頃、飲まされたんだ」
「そうなのですか?」
「ああ。体に良いということでな、毎晩、さじで一杯」
「赤黒くて渋いのをですね?」
「そうだ。べとっとして、渋くて、嫌なものだった」
「でも、体には良いんですよね」
「そうらしい。それでも毎晩だからな」
「嫌ですね」
「ああ。それでな、メイドが飲ませてくるのだがな、それを父上と母上が見てるんだ」
「はい」
「飲んだ後の私の『渋い』って顔を見て、父上と母上が笑うんだ」
カナリアは目をつぶったまま、当時の真似で顔をクシャっとさせた。
「はい」
クロウは微笑んだ。
「父上と母上が笑うのが嬉しくてな、途中からはわざと渋い顔を作っていた」
「はい」
「母上は生まれたばかりのヘロンを抱いて笑っていた」
「はい」
「油自体は嫌なものだが、良い思い出でもある」
「はい」
「……早く帰りたいな」
「そうですね」
「帰れるかな」
「……もちろん、もう少しですよ」
カナリアは少し笑みを浮かべた。
「おやすみ、クロウ」
「おやすみなさいませ」
しばらくしてカナリアの手が温かくなり、そして力が抜けた。
無事に眠れた様だ。
クロウはしばらく動かなかった。
カナリアの寝顔をじっと見つめていた。
クロウはカナリアに敬意をもって接しているが、それでもカナリアはクロウよりも年下。
そんな女の子が国の将来を背負って立っている。
その重圧は、たとえ専門の教育を受けていたとしても、大変なものであろう。
今晩で少しでも楽になってくれれば良いのだが。
クロウはそう思った。
『短期的にはヘルペトの食糧問題、長期的には産業の問題か』
スワロウと会話したときにも思ったが、もっと勉強をしておけば、もっといろいろなことを見知っておけば良かった。
今になって全力で調べたり実験したりしているが、今は時間との勝負だ。
スタートが遅いことが身にしみて感じていた。
『それから大陸……か』
まだ表だってはいないが、いずれは大陸の国と接触することになるだろう。
それが友好的なものとは限らない。
問題は山積みだ。
『できることは片っ端からやらないと』
すーすーと眠るカナリア姫の顔を見て、クロウは決意を新たにした。
『帰る場所もないしな』
突然、自分の中の何かがつぶやいた。
『カナリアと違って、お前は帰れないしな』
黒い感情が湧き、手に力がこもる。
「ん……」
カナリアが声を出す。
クロウが首を振る。
現実を受け入れるのは難しい。
受け入れたつもりでも、ちょっとしたことで顔を出す。
押さえつけても、あふれてくることがある。
『俺はここで生きていく。ここで生きていくんだ』
『でも、戻れるなら戻りたいだろ? 日本に。家族のところに』
『そりゃあ戻りたい。戻りたいに決まってる』
『でも無理だ』
『分かってる。そんなことは分かってる』
『でも分かってない』
『諦められるわけないだろ! どうしろって言うんだ!?』
「泣いて……いるのか?」
自問自答していると声がした。
目を上げるとカナリアがクロウを見つめていた。
クロウの目からは涙が流れていた。
「クロウ」
カナリアは体をひねり、右手でクロウの頬に触れる。
「カナリア様……も、申し訳ありません」
「いや、どうかしたのか?」
「私が元いた世界のことを思い出していました」
「そうか」
カナリアはそれ以上何も言えなかった。
故郷に戻りたいのに戻れない。
そんなクロウの気持ちはカナリアの想像を絶するものであり、かける言葉が見つからなかった。
「戻れないのは、わかっています。受け止め切れては、いませんが」
「そうか」
「ただ、家族が元気でいるのかを知りたい。私が元気でいることを家族に伝えたい」
クロウの目から、再び涙があふれた。
「それさえできれば、一度でもできれば、それで……」
クロウはカナリアの手を握ったまま顔に近づけ、その姿勢のまましばらく泣いた。
「クロウ、私に何ができる?」
しばらく時間が経って、クロウの涙が止まった頃、カナリアが声を発した。
「えっ?」
「お前のために、何かできることはあるか?」
「そんな、もったいない」
「そうか。今じゃなくていい。いつでもいい。何か思いついたら言ってくれ」
「はい。ありがとうございます」
カナリアは再び目をつぶった。
「あと、すまんが、私がまた眠るまで手をにぎっていてくれ」
カナリアがクロウの手を強くにぎった。
「はい。喜んで」
クロウは手の中の温かさを全力で受け止めた。
その夜は、もう、嫌な奴は現れなかった。
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4 夜明け
翌朝、眠って少し元気が出たのか、カナリアは昨晩入らなかった風呂に入り、お気に入りのカレートーストを食べた。
部屋から出る前、クロウはカナリアの髪をブラッシングする。
「昨晩は恥ずかしいところをお見せしました」
「安心しろ。別に初めてではない」
「はい?」
「初めてクロウと会った頃はもっとひどかったぞ。ボロボロにやぶれた服、ボサボサの髪、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で迫ってきたからな」
カナリアはクックッと笑いながら言った。
「それもそうでした。あやうく殺されるところでしたから必死でした」
「あれから長い付き合いだ。いまさら格好をつける間柄でもなかろう」
「そう言っていただけると気が楽です」
「そういえば、本当の名前はタクロウだったな」
「はい、いくら言ってもうまく聞き取ってもらえず、クロウで固まってしまいましたが」
「ああ。あのときは本当にクロウとしか聞こえなかったんだ。悪かったな」
「いえ。それも今となっては些細な話です」
クロウによる髪の手入れが終わり、カナリアが玄関の部屋で着替える。
「ヘルペトの振興に役立ちそうな案は、まとまったものから教えてくれ」
「はい」
「スワロウやスワンを動かしてくれていいぞ」
「ありがとうございます」
「さて、おのおの、できることを頑張らないとな」
「はい」
扉を開けると、カナリアの部屋にロビンが立っていた。
「隊長!」
カナリアに気づいたロビンが大声を出す。
「どうした? いきなり」
「王都からの手紙……講和です!」
封書を手渡してきた。
「なんだと?」
奪うように受け取ったカナリアが手紙を広げる。
「講和……本当だ……調印のための使節団と支援物資を積んだ輜重隊……準備ができ次第出立させると書いてある」
「スワロウのところにも情報が入ってます。明後日には王都を出ます。ここへの到着はさらに5日ほどかと」
「…………よし!」
カナリアが拳を握った。
「ロビン! ヘルペトに行くぞ!」
「はっ! 先触れを出します!」
「それからスワロウに食糧の余裕を計算させろ。砦に15日分を残して周辺に配る。調印まで周辺の慰撫と治安維持が最優先だ!」
「分かりました 隊長」
「クロウ、ヘルペトの振興策は頼む。いずれにしても必要だからな」
「承知しました」
「それでは出る。後は頼んだ!」
カナリアとロビンが嵐のように出て行った。
クロウはしばらくして、自分の部屋に戻り、壁に右手を当てた。
光りの中に表れた扉をくぐる。
ピンポーン
ベルが鳴った。
いつも再現する、いつものコンビニだ。
新聞、雑誌、無糖の紅茶、苺入りの飲むヨーグルト、グラタンコロッケバーガー、コーヒー。
いつもと同じように商品を選び、そして自室へ戻る。
『この朝食は太る奴だな……』
新聞を読みながら食べる。
『!』
新聞を両手でつかみ、立ち上がる。
右手に持っていたコーヒーが床に落ちた。
床に散ったコーヒーをそのままに、新聞を広げ、顔を近づける。
広告欄にクロウの家族写真が載っていた。
目をこらして見る。間違い無い。
父さん、母さん、そして兄貴。
皆が笑っている。
『拓郎 お前が元気ならそれでいい』
そうメッセージが書いてある。
「みんな……何やってんだよ」
「何言ってんだよ……」
クロウは笑いながら泣いていた。
「何年たったと思ってんだよ……」
ふと新聞の日付に気づく。
「誕生日……30……俺……30になったのか……」
「それでか……母さん」
その言葉を口に出した途端に感情が溢れてきた。
「母さん! 父さん!」
新聞をテーブルに置き、椅子に腰を落とし、両手で頭を抱えて泣いた。
「母さん! 父さん! うわああああああああああああ」
大声で泣いた。
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どれだけの時間泣いていたのかわからない。
頭が真っ白になり、なぜ泣くのか分からなくなったころ、クロウは体を起こした。
しゃくり上げながら、再び新聞を見る。
家族が全員、笑って写真に写っている。
再び目に涙が浮かんだが、声は出なかった。
全員が笑っている。
『拓郎 お前が元気ならそれでいい』
「な……んで俺が生きてるって、元気だっていう前提なんだよ……」
「兄貴まで……元気だよ……俺、元気でやってるよ……」
家族は信じている。信じてくれている。
そのメッセージが伝わってきた。
その信頼に応えたい。応えよう。
新聞を切り取り、部屋の壁に貼り付けた。
「それに、多分、幸せだよ。父さん」
クロウが笑った。
朝日、おそらくは日本の朝日が上り、クロウの部屋を明るくしはじめた。
お読みいただき、ありがとうございました。
次回、「ロビンとスワロウの体調不良(仮題)」お楽しみに。
年内はこれで本当に最後です。
次は本当に間があくと思います(一話分のネタが揃ってないので)。
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今後ともよろしくお願い申し上げます。