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第4話 スワロウの魔法

 前回までのあらすじ。

 オルニト王国の王女カナリアは5人の戦姫のリーダーでもある。

 そのカナリアの付き人、クロウは異世界に飛ばされてきた日本人であった。

 日本の『部屋』を作るスキルに目覚めたクロウは、日本の文化と技術でカナリアのほか、ロビン、スワンと次々おもてなし。

 残る戦姫はあと2人。今回は魔法使いスワロウの番……

1 魔法の下ごしらえ


 ある日の深夜、歩哨以外は起きていない時間に、3つの影が砦から離れた。

 3人は手に持った明かりを頼りに川をたどって山を登っていく。


「スワン、そこ、お願い」


「おう」


 スワンと呼ばれた大きな影が、地面に穴を掘る。


「レン」


「はい、師匠」


 レンと呼ばれた小さな影が、穴に袋を入れ、土で埋め戻す。


「じゃあ、次に行きましょう」


「なあスワロウ、まだあるのか?」


「もう1か所行くわ」


 スワロウと呼ばれた影が、山頂方向を指さした。

 影でも明確にわかる、出るところが出て、細いところが細い体だ。


「まだ登るのか」


「魔法は下準備が大切なの。協力お願い」


「わかったよ」


「レンも、もう少し頑張って」


「はい、師匠」


 明け方、山から突き出た岩の上に3人が立っていた。


 オルニト王国の戦姫、戦士スワンと魔法使いスワロウだ。

 横には、レンと呼ばれた少年もいる。


 レンはスワロウと同じ金髪、身長はスワロウの胸あたり。

 子供というには大きく、青年にはまだ遠い、幼い横顔だ。


 スワロウは岩から身を乗り出し、望遠鏡を目に当てて海岸側を観察する。

 スワンはスワロウのベルトをつかみ、落ちないように引っぱっている。


「スワン、戻して」


「あいよ」


 スワンはベルトを引っぱり、岩の平坦な場所にスワロウを戻した。


「レン」


「はい、師匠」


 レンは岩の上に紙を広げ、風で飛ばないように手で押さえつけた。


 スワロウはペンを走らせる。


 まず大きく海岸線。

 次に山や丘の稜線と、川の流れ。

 続いて、色々な記号や線を書き加えて行く。


「なんの印だい?」


「集落がありそうな場所」


「ここからで分かるのか?」


「もちろん。朝のこの時間に煙が出てれば家があるってわかるわ」


 スワロウは軽く答えた。


「開けた場所は畑、林の切れ目は道の可能性が高いし、道と川が交差する場所には人家があると考えていい」


「なるほどなあ」


「あなたとロビンはヘルペトの中心まで行ったでしょ? この地図、今度二人に確認してもらうわよ」


「わかった」


 ひととおり記入したあと、スワロウは再びスワンに声をかける。


「今度は肩をかしてちょうだい」


 岩の上にスワンが立ち、その肩の上にスワロウが立って、山頂方向を観察する。


 体をねじって色々な方向を見るスワロウ。

 肩に乗るスワロウの両足をつかみ、バランスを取るスワン。


「おい、あまり動くなよ」


「じゃあ、スワン、左足を半歩下げて回って」


「まったく人使いが荒いな……」


 スワロウはひととおり観察したあと、先ほどの地図の山側に印を付けていった。


「今度の印はなんだ?」


「煙が出てる場所。火山の穴ね」


「それ調べてどうするんだ?」


「…………ひ・み・つ」


 スワロウは唇に人差し指を当てて言った。


「そうかよ。それも魔法の準備なんだな」


「そう。スワンは理解が早くて助かるわ」


「褒めてるのか?」


「そうよ。相手がロビンだと3倍の説明が必要だもの」


「確かにな。あいまいな答えじゃ引っ込まないな」


 会話の想像がついたスワンがうなずいた。


 ひととおり観察を終えると、岩の上で朝食をとることにした。

 レンがふところからガラスの円盤を出すと、持参の火口に日光を集めて火をおこす。


「おっ、レンも魔法を使うようになったんだな」


「いえ、僕はまだまだです」


 スワンの言葉に真面目に答えるレン。


「それでも、魔法を伝えてるんだな。スワロウ」


「もちろん。レンは私の後継者だもの。私の魔法を全て伝えた上で、それを発展させてもらわないと」


 茶を入れ、パンを食べる。


「そういえば、そろそろスワロウも行くんだろ? 隊長の所の部屋」


「ええ。明後日よ」


「そうか」


「なにニヤニヤしてるのよ。嫌らしい」


「いや、スワロウも驚くぞ、と思ってさ」


「そうみたいね、ロビンが魔法だ魔法だとホントうるさかったわ」


「いや、実際すごいんだぞ」


「だといいけど。どんな魔法が見られるのか楽しみだわ」


「それとクロウってのが曲者だからな」


「男はどうでもいいわ。大嫌い」


 スワロウの声が冷たくなった。


「お前はそうだったな」


「レン、あなたは別だからね」


 うってかわって甘い声だ。


「はい、師匠」


 レン少年はやはり真面目に答えた。


------------------------------------------------------------


2 クロウの魔法


「最初に言っておくわ。私にさわらないで」


 カナリアの私室において、スワロウがクロウに放った第一声である。


「男に触れられるとブツブツが出るの。絶っっっっっ対にさわらないで」


 腰に手を当て、顔を前につきだし、クロウをにらみつけるスワロウ。


「だ、そうだ。クロウ」


 オルニト王国の王女であり戦姫のリーダー、カナリアが言葉をつないだ。


「承知いたしました」


「指一本でもさわったら、ただじゃおかないから」


「だ、そうだ」


「はい。スワロウ様には指一本たりとも触れません」


 クロウは断言した。

 カナリアは、そのクロウの横顔を見ていた。


「あと、この鞄に触れるのもダメ! ゼッタイ!」


 スワロウは肩にかけている布鞄に触れることも禁止した。


「かしこまりました」


 細い目の目尻が下がっている。口角が上がっている。

 いつもと変わらぬ表情だが、長い付き合いのカナリアだからこそ感じ取るものがあった。


「ほどほどにな。クロウ」


「もちろんです」


 言い切ったクロウ、そのクロウをいぶかしげに見るカナリアとにらみつけるスワロウ。


 不穏な空気がカナリアの部屋に漂った。


------------------------------------------------------------


 クロウの部屋に入ると、スワロウはベンチで靴を脱ぎ、足を自分で洗い、クロウが差し出したタオルを2本の指でつまんで受け取り、自分で足をふいた。


「さ、次の部屋に案内して」


 タオルをクロウに向かって放り投げると、そう言った。


 リビングに入ったスワロウは、周囲を見渡し、まずガラス窓にへばりつく。


 前から、斜めから、顔の角度を変えて見た。

 両手でぺたぺたと触り、叩いた。


 続いてカーテンを触った。端の方を爪でひっかいた。

 ふところからガラスのレンズを出して、それを通して見た。


 ガラスの花瓶に目を付けた。

 両手に持って、上下左右から見た後、クロウの方を向いた。


「割ってみたいんだけど」


「それでは中の水をこちらに」


 クロウは、足を洗うのに使った木桶を差し出した。

 さらに棚から紙のランチョンマットを出してテーブルに置くと、スワロウに言った。


「この上で、どうぞ」


 スワロウは花瓶をいったん横に置いて、テーブルに置かれた紙を見た。

 きれいな絵と、細かい文字が印刷されている。

 これもレンズで観察する。


パリン


 スワロウが花瓶を割った。

 割れた欠片を手に持って見つめるスワロウ。

 次に天井の明かりを見上げた。


「あれの中身はどうなってるの?」


 クロウは、椅子の上に立って、シーリングライトのカバーを外す。

 中は、小さなLEDが何重もの円を作っていた。


「わかったわ。戻していいわよ。私はお風呂に入ってくる。話は全部聞いてるから案内は不要よ」


 そう言って、彼女はすたすたと浴場へと消えた。


「どうぞ、ごゆっくり」


 そう言うと、クロウは苦笑いしながら花瓶の欠片を片付け始めた。


------------------------------------------------------------


「隊長から聞いたわ。あなた、体を揉んで、疲れをとってくれるって?」


 風呂上がりのスワロウが言った。

 用意しておいた部屋着、ベージュの作務衣に着替えている。


 血行が良くなってピンクの肌、少し水気が残る金髪、作務衣でカバーできないスタイルと、大変に刺激的な格好だ。


「はい」


 強めの口調での質問に対して、クロウは軽く答えた。


「私、それにすごく興味があるの」


「はい」


「でも、男に触れられるのは絶対に嫌なの」


「はい」


「はいはい言ってるけど、あなたの魔法でどうにかできるの?


「はい。できます。どうぞこちらへ」


 スワロウの難題に対して、あっさりと答えたクロウが別の部屋に続く扉を指さす。


 案内された部屋にあったのは椅子であった。

 大きく、黒く光る椅子であった。


 大きな座面、大きな背もたれ。

 手すりと足置きは、それぞれ手と足を挟み込むような構造。

 スワロウがすっぽり包まれるような椅子であった。


「なにこれ、この椅子。拷問用?」


 少し身がまえるスワロウ。


「いえいえ、スワロウ様を気持ち良くする機械ですよ」


 ニコニコと返すクロウ。


「なにそれ、嫌らしい感じ」


「いえいえ、そんなことはありません。素晴らしい最高級品です」


 もし、スワンが今のクロウの顔を見たなら「いたずらな事を考えている顔だ」と見破ったであろう。


「どうぞお掛けください」


 スワローの背後から、両手を押すように構えながら近づくクロウ。


「え? ちょっと、いや、さわらないでよ! 座るから。ちょっと、待って」


 さらにクロウは、スワロウの腕と足を、椅子のへこみに挟み込もうと手を近づける。


「いや、待って。だから、自分でやるから」


 スワロウは、腕を手すりの隙間にはさみ込み、、ふくらはぎが椅子のへこみに収まるように足を置いた。


 それを満足げに眺めるあと、クロウはスワロウの右手にまわり、そこにあるリモコンを手に取った。


ピピッ


ブーーーーーーーー

プシューゥゥゥゥゥ


空気の音がして、スワローの腕と足を挟み込んでいた部分が急に締まった。


「キャッ」


 短い悲鳴を上げ、手足を引き抜くスワロー。


「なに? なにこれ?」


「スワロー様、元にお戻りください」


 不満げなクロウに強めに言われて、渋々、再度腕と足を挟むスワロー。


「なにこれ、中に人が入ってるの?」


「いいえ。入ってるのは、袋とか歯車とかです。からくり、機械ですよ」


「機械?」


「はい」


ピピッ


ブーーーーーーーー

プシューゥゥゥゥゥ


「ウッ!」


 腕と足を挟まれる。

 逃げたいが、なんとか我慢するスワロウ。


ブモッ ブモッ ブモッ ブモッ


 背もたれの中央から、何か堅いものが動きながら上がってくる。


「えっ? えっ? えっ? えっ?」


 上がってきたものは、首の上に行き、少し戻り、首の付け根でぴたりと止まった。


「ええっ?」


 今度はそれが振動しはじめる。


モモモモモモモモモモ


「えええええええええええええ」


 振動はしばらくして止まった。

 一瞬ほっとするスワロウ。


 しかし、今度は、腰の辺りに何かが突き出てきて、それがグネグネ動き出した。


ウモンウモンウモンウモンウモンウモン


「ンッ ンッ ンッ」


 少し色気のある声が出始めた。

 クロウが落ち着かない様子で、手に持ってリモコンを椅子の横に置く。


「えーと、しばらくしたら自動で止まりますが、止めたくなったら、この四角いところを押してください。止まります」


「ンッ わかったンッ」


「それでは後ほど。ごゆっくりどうぞ」


 そういって、クロウは部屋を出て行った。


 腰をもんでいた部分が止まると、今度は手足だった。


ブーーー


 手と足を挟んでいた部分が膨らみ、締まってきた。


「おー」


プシュー


 緩んだ。


「おー」


ブーーー

「おー」


プシュー

「おー」


 次に足の裏のでこぼこが振動しはじめた。


ビビビビビビビビビビ

「おほほほほほほほ」


 今度は肩が外側から押されはじめた。


ヌッヌッヌッヌッ

「ふふっうふふっ」


 揉まれ、揉み上げられ、揉み下げられ、叩かれ、押され、引っぱられる。


「アハハハハ、なにこれ。すごい、すごいわ」


 スワロウは機械に身を任せることにした。


ブモッ ブモッ ブモッ ブモッ


モモモモモモモモモモ


「でもこれって、もう……ダメ……」


ウモンウモンウモンウモンウモンウモン


ブーーー プシュー


「ダメになっちゃう……」


ビビビビビビビビビビ


ヌッヌッヌッヌッ…………


 時間を見計らって戻ってきたクロウが見たのは、マッサージチェアの上で脱力したスワロウの姿であった。

 上気した顔、乱れた髪、前がはだけた作務衣。


 ピンク色の水蒸気が漂うような、扇情的な風景であった。


 クロウは目をそらしてリビングに戻る。

 表情に変化はないものの、少し赤くなり、冷や汗が出ていた。

 日本では女性と縁遠かったこともあり、この情景はクロウには刺激が強すぎた。


 そして、水が入ったコップを長い柄の付いた盆に乗せ、離れた場所からスワロウに差し出した。


「お水です。どうぞ」


「ふふっ ありがと」


 へっぴり腰のクロウを見たスワロウが軽く笑った。


「クロウ、この椅子はあなたが作ったの?」


「い、いいえ、私のいた世界で作られたものです」


「そうなのね、うふふ」


 笑みを浮かべたことでスワロウの妖艶度が増したが、それはクロウの目には入らなかった。


------------------------------------------------------------


「とっても……気持ち良くて……とっても面白かったわ。クロウ」


 リビングの椅子に座り、食事を取りながらスワロウが言った。

 何かが発散されたのか、スワロウの表情はゆるくなり、言葉のトゲもなくなった。


「それは良かったです」


「このスープの白くて細長いものは何?」


「これは『もやし』といいます。豆を暗い場所で育てたものです」


「これは茎ね。日光にあてないから白いのね」


「はい。豆そのものより食べやすく体にも良いので、私のいた世界では良く食べてました」


「ふうん。じゃあ、こっちの白くて四角いものは?」


「すりつぶした豆を固めたものです」


「じゃあ、じゃあ、こっちの黄色い細い奴」


「すりつぶした豆を固めて、薄く切って水を抜き、油で揚げたものです」


「……味付けは?」


「それも豆です。すりつぶした豆を塩といっしょに発酵させたものです」


「豆ばっかりじゃない。どれだけ好きなの?」


「私のいた世界では良くあることなのです」


「ホントに?」


「他には、すりつぶした豆を固めて凍らせて溶かして水を抜いたものを水で戻して……」


「なんの冗談よ!」


「そういえば、全部麦っていう食事もご用意できますが」


「もういい!」


「ともあれ、豆は女性の美容に良いと言われております」


「それを最初にいいなさいよ!」


 スワロウは、もやしと豆腐と油揚げの味噌汁を飲み干した。


------------------------------------------------------------


3 スワロウの魔法


 食事が終わり、クロウが食器を片付けると、スワロウが改まって話をはじめた。


「それでね、クロウに聞きたいことがあるの」


「はい。なんでしょう?」


 クロウも姿勢を正す。


「いーっぱい聞きたいことがあるのよ」


「はい」


 スワロウはガラスのコップを指さして言った。


「このすごく透明なガラス、どうやって作るの?」


「……それは……」


「魔法ってのはやめてね。クロウ。あなたのいた世界では、このガラスをガラス職人が作ってるはずよね」


「ええ……」


「じゃあ、そのガラス職人がどうやって作ってるかを教えて欲しいの」


「申し訳ありません」


「知らない?」


「はい」


「じゃあ、あの布は? 植物でも動物の毛でもないわよね」


 窓のカーテンを指さして言った。


「はい」


「あの布、っていうか、あの糸はどうやって作ってるの?」


「それも……詳しくは……」


「それじゃあ、一応聞くけど、さっきの椅子が動くのとか、この明るい光とかは?」


 スワロウは天井のシーリングライトを指した。


「……電気で……」


「電気!? 電気ってなに?」


「…………」


 無言の返事であった。


「そう……」


「すみません」


「いいの。使えることと、作れることは全く別だって知ってるから」


 言葉とは逆に、スワロウは明らかにがっかりとした様子で、椅子にもたれかかった。


「これも同じことだし」


 スワロウは肌身離さず持っていた鞄からガラスのレンズを取り出した。


「これは私の魔法の一つ」


 右手に持ったレンズをヒラヒラと回転させる。


「魔法、ですか」


「クロウにとっては魔法でもなんでもないわよね」


「はい。私のいた世界では誰もが知っている道具です」


「そう。羨ましいわ」


 スワロウは虫眼鏡をのぞきこんだ。


「でも、この島では魔法なの。私は魔法使いなの」


「はあ」


「このガラスは、私の祖父が大陸から持ち込んだものよ。オルニト王国でも5枚、私の一族しか持っていないの」


「はい」


「大陸の国で技術者だった祖父が、国を追われた際に持ち出した5枚。だから、これを使ってできることは、私たちだけの魔法なの」


「なるほど、わかってきました」


「こっちもそう」


 同じ布鞄から別のものを取り出した。


「望遠鏡ですね」


「そうよ。これで地形や敵の布陣を把握して作戦を考えるわけ」


「敵からしてみれば確かに魔法ですね」


「でしょ? これは島にこの一本だけ。父から譲り受けた、私だけの魔法」


「そうなんですね」


「あと、私が身につけた知識や私が集めた情報もそう。この島の全体像だとか、明日の天気がどうなるかとか、そういったこと全部が私の魔法」


「他の人には理解できないから『魔法』ってことですね」


「そう。そういった意味じゃあこの部屋の存在は私にとっても『魔法』よ」


「確かに。この部屋ができる理屈は私にもさっぱりわかりません」


「それでね、この望遠鏡の性能をもっと良くしたかったの」


「ガラスですか……」


「そう。これは少し濁っていて、少しいびつなの。透明なガラス、きれいなレンズが手に入れば、もっと遠くがはっきり見える。私の魔法がより強力になるの」


「そういえば、少しだけ思い出しました」


「うん?」


「白いガラスって、実は細かい空気の泡が入ってるらしいです。ガラスをできるだけ高温で溶かすことでガラスの中の泡は消せるらしいです」


「そうなの?」


「あと、他の物質を混ぜて溶かすことで、より透明になったり、固くなったり、溶かしやすくなったりするらしいです」


 クロウは日本にいた頃にテレビで得た情報を話した。


「それが正しいとすると、次の問題は、高温の作り方、高温に耐える鍋の作り方、ガラスに混ぜる物探し、の3点ね。この辺はどう? クロウ?」


「高温は、良く燃える燃料を使って空気を十分に送り込むことで、ある程度はできるかと」


「それで?」


「あとは、その熱が逃げないような、閉じ込めるような窯が必要だと思います」


「窯職人と相談できるかもしれないわね」


「高温に耐える入れ物と混ぜる物は……ちょっと調べる時間をいただきたいです」


「お願い。ママル島で手に入る物なら万々歳ね」


「あいまいな情報で申し訳ありません」


「ううん。クロウのおかげでレンズが手に入る希望ができたわ」


 スワロウのテンションが上がってきた。


「さっきの電気はどう? 調べられる? 調べて私に教えて!」


「えっ? あ、はい。承知しました」


「絶対よ。私、楽しみにしてるからね」


「ス、スワロウ様」


 顔を近づけてくるスワロウに気押されるクロウ。

 両手を前に出す。


「なあに?」


「もう夜も遅いです。今回はこのくらいにしましょう」


「ダメ。まだまだあるの」


「夜更かしは美容の大敵ですよ」


「それを最初に……って、いいのよ」


 スワロウはクロウの顔をのぞき込んだ。


「どっちにしろ今日は眠れないし、眠らせない、わよ~」


 微笑んで、凄んだ。


「は、ははは」


「クロウ、何か書くものちょうだい。頭の整理したいから」


「こちらをお使いください。あと、飲み物を用意してきます」


「ありがとう。甘い物があったらそれもお願い」


 クロウが別の部屋へと移り、スワロウは受け取った鉛筆とメモ帳を見て驚いた。


『紙は……基本的に同じみたいね。ものすごくキメが細かくて真っ白だけど』


「それよりも、このペンは……?」


 紙の上をすべらせる。


「線が細い。文字を小さく書けるから紙も小さくできる。なるほど」


「お待たせしました」


 クロウがカップを二つと、お菓子を持ってきた。


「クロウ、早速なんだけど、このペンは何? どうやって作ってるの?」


「え? ちょっとそれは……」


「あ、ごめんなさい。何でも知ってるわけじゃなかったわね」


「すみません」


「ううん、こっちがごめん。あ、お茶いただくわね」


「はい。どうぞ」


 スワロウはカップに入った黒い液体に口を付けた。


「なにこれ、ずいぶん変わった味ね。少し苦いし、少し酸っぱい」


「コーヒーという木の種から抽出した飲み物です」


「この味は目が覚めるわね」


「当たりです。眠気をさます成分が入っているんですよ」


「そうなの?」


「今夜は長くなりそうですので」


「まあ、そのとおりね。クロウ、つきあわせて悪いわね」


「いえ、大丈夫です。甘いものもありますのでコーヒーといっしょにどうぞ」


「ありがと。さあて、クロウ。知ってることを教えて?」


 それから二人は話し込んだ。

 部屋にあるもの、日本にあったもの、日本の生活、世界の歴史。

 クロウが学校で学んだこと、雑学として知っていること。

 スワロウが度々質問をはさんだが、クロウは、スワロウの満足する答えを返せなかった。


「すみません。スワロウ様」


「大丈夫。とりあえず、はっきり分かったことがあるわ」


「なんでしょうか」


「使えない」


「え?」


 クロウが硬直、額に冷や汗が垂れる。


「あ、クロウが使えないって意味じゃないからね。誤解しないで。クロウの世界の技術は高度すぎて、ここじゃ使えないの」


「は、はあ」


 クロウの体から力が抜けた。


「まずこの島じゃあ燃やすものが足りないわ。電気はもちろん、蒸気機関だって無理。山の木が全部なくなっちゃう」


「石油とか石炭とかがあれば良いのですが」


「大陸にはあるかもね。でも、この島でそんな油も石も聞いたことがないわ」


「はい……」


「クロウの世界から持って来れれば一番なんだけど……無理なのよね?」


「はい。こちらの世界のものは、部屋の外に持ち出せません」


「島にあるもので何か……海と火山、何かない?」


「そうですね。私のいた国も火山が多くて、海に囲まれてました」


「それでそれで?」


「それで温泉……火山の熱で自然にお風呂ができるんですが、その温泉が至る所にあって、ケガや病気に効果があるということで人気でした」


「探せばこっちにもあるかもしれないわね」


「あと、温泉を使って野菜を育てるとかありましたね」


「温泉で育てる? 水の替わりにまくの?」


「ちょっと違います、先ほどの温泉を使って、地面や部屋を暖めるんです。そうすると、冬の寒い時期でも野菜が育つようになるんです」


「なるほど。うまく熱だけ取り出せればいいのね」


「はい。先ほどの食事で出した「もやし」なんかは日光も要らないので簡単かと」


「それ採用。他には、他には何かない?」


 こういった会話は明け方まで続いた。

 コーヒーのおかわりを重ねながら……


------------------------------------------------------------


4 魔法使いの弟子


 朝食を終え、部屋を出る時間となった。


 昨日靴を脱いだ部屋で、今度は靴をはくスワロウ。


「クロウ、あなたとは良い付き合いができそうよ」


「男ですが大丈夫ですか?」


「それは別。触れるのはやめてね。切り落としちゃうから」


 スワロウは笑いながら腰の小剣を指さした。


「心得ました」


 クロウは苦笑いで答えた。

 スワロウは扉を開け、一歩足を踏み出す。


「スワロウ、おはよう」


 カナリアが気づいて声をかけた。


「どうだった? クロウの部屋は?」


「隊長、おはようございます。ええ、とても良い刺激になり……」


 話しながら部屋を出る途中で、突然スワロウが止まった。

 足は二つの部屋をまたいだままだ。


「どうした?」


 スワロウの視線は床を向いているが焦点は合っていない。


「……クロウ……ひとつ質問だけど」


「はい」


「こっちの世界から……」


 スワロウは扉の外、カナリアが腕を組んで立っている側を左手で指さした。


「こっちの世界へ……」


 今度は右手でクロウのいる側を指さした。


「物を持ち込んだとして、それは持って出られるのよね?」


「はい。スワロウ様の装備がそうですし、装備の補修につかう革紐なんかは、私があらかじめ部屋に持ち込んだものです」


「じゃあ、私がガラスの原料を持ち込んだとして、クロウの部屋で溶かすことはできる?」


 スワロウの質問に、今度はクロウが考え込んだ。


「…………えっ?……できると思います。溶かす機械なら用意できます」


「それで……作ったガラスを持ち出せると思う?」


「…………!」


 クロウも気がついた。


「材料は私が用意する。クロウの部屋では、溶かして、固めて、磨いくだけ。そうやって作ったものを持ち出せると思う?」


「できます。多分ですが、できます」


「すごいじゃない、クロウ!」


「できます。きっとできますよ!」


 二人で両手を挙げたあと手をつなごうとして、できないことを思い出した。

 二人とも胸の前あたりで両手をワキワキする。


「なんだ? 二人とも、私を無視しないでくれよ」


 カナリアが口をはさんだ。


「隊長! すごいですよ! すごいんですよ!」


「どうした?」


「魔法ですよ。クロウの魔法が持ち出せます!」


「んん?」


 カナリアの理解が追いつかない。


「クロウの魔法で、私の魔法を強化できるんです」


「ほう、ホントか? クロウ」


「はい。今まで考えもしませんでしたが」


 スワロウが小躍りしながら続ける。


「こうしちゃいられない! 隊長、すぐもどります。クロウも待ってて」


 スワロウが凄い勢いで部屋を出て行った。


「スワロウは基本的には冷静なんだが、ああなると止められんなあ」


「はあ……」


------------------------------------------------------------


 スワロウはすぐに戻ってきた。


 今度は二人で。


「この子はレン。私の甥」


「レンと申します」


 紹介されたレン少年が深々と頭を下げる。


「あ、どうも。クロウです。よろs「というわけで、レン、この男の助手になりなさい」


「え、師匠?」


 クロウの挨拶にかぶせて、スワロウがレンに命令した。


「助手?」


 クロウも驚く。


「なんだスワロウ。説明なしで連れてきたのか」


「レン、この男、クロウも魔法使いなの」


「えっ?」


 レンがクロウを見る。


「レン、私が師匠、クロウが先生。両方身につけなさい。部屋に住み込みで」


「えっ?」


「ええっ?」


 レンとクロウが同時に驚いた。


「師匠、住み込みって、ずっとですか?」


「スワロウ様……」


「そうよ、今からずっとよ!」


 クロウの言葉を無視してスワロウが断言した。


「でも、師匠……」


「『でも』は禁止!」


「師匠、夜寝るとき僕がいなくっても……」


「!」


 小さい声での反論にスワロウが何かを思い出し、顔を赤くして訂正した。


「3日に一晩。通いで」


「はい。わかりました。師匠」


「あと、私がクロウの部屋に来るとき」


「はい。師匠」


「そーゆーわけだから。クロウ、レンに色々教えてあげて。あなたの世界のこと」


「カ、カナリア様?」


 クロウはカナリアを見て、助け船を期待する。


「そうだな、オルニト国の未来に役立つようなものを頼む」


 だめ押しをされた。


「え…あ…あー、はい。承知しました」


「先生、よろしくお願いします!」


 レン少年が頭を下げた。


「あ、はい。ぼちぼち、よろしく」


「よろしくお願いします!」


 レンは再度、深々と頭を下げた。


------------------------------------------------------------


 スワロウ達が自分たちの部屋に戻ってきた。


「はー、長い一日だったわ。いえ、二日かしら」


「師匠、お疲れさまでした」


 レンがお茶を差し出す。


「ふー、あなたのお茶が一番だわ。ありがと、レン」


 スワロウのねぎらいにレンがはにかむ。


「レン」


「はい、師匠」


「あなた、世界一の魔法使いになるのよ」


「世界一、ですか?」


「そうよ。ママル島も、大陸も、まだ見たことがない国も超えた世界一」


 スワロウが目を閉じた。


「師匠、僕なんかが…」


「なれるわ」


 スワロウは断言したあと、大きくあくびをした。


「レンの顔を見たら眠たくなってきちゃった。ベッドまで引っぱってー」


 手を差し出すスワロウ。


 レンに引かれて洗面台へ、そしてベッドへ。


 ベッドに倒れ込んだスワロウが、自分の前のスペースをポンポン叩く。


 その部分に収まって丸くなるレン。


 レンの後ろから抱きつき、頭に顔をうずめるスワロウ。


「あー、帰ってきた~。あなたがいないと眠れないのよ」


「師匠、くすぐったいです」


「ここでは師匠禁止」


「はい、おねえちゃん」


 スワロウはレンの頭のにおいを深く嗅いで、大きく息をはいた。


「よろしい。じゃ、おやすみ」


「おやすみなさい。おねえちゃん」


 徹夜明けのスワロウは、あっと言う間に深い眠りに落ちた。


 レンはスワロウの腕から抜け出ることができるか、数回試したあと、諦めた。

お読みいただき、ありがとうございます。

次回「第5話 フィンチの安全地帯」お楽しみに。


なお年内には更新の予定。

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