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第1話 カナリアの秘密

各話8千~1万字の読み切り連作、書けたら掲載の不定期更新でいきます。

慣れていないため人称が乱れますがご容赦ください。書いて慣れます。

アクセス数など前作の各種記録を上回ることが目標です。

しかし、前作も読んでいただけると禿げ上がるほど嬉しいです。

それではよろしくおつきあいのほどを。

1.決戦の前に


 テントの中でオイルランプの火が揺れている。

 ランプに照らされたベッド、そしてベッドにうつぶせの女。


「ん……っふぅ…………んっ」


 女の横には男の影があった。


「ぁあ…………いい……」


 女がたまらず声を上げると、男がたずねた。


「ここですか?」

「ああ……うん……そこ……」

「では、もう少し念入りに」

「む……うん…………ん……」


 男は女の腰と尻との境界あたりを念入りに手の付け根で押す。


「カナリア様、疲れが酷くたまってます。いくさはあとどのくらい続くのですか?」

「明後日が山だな。勝ち方次第では大勢が決まる。そうなったらクロウ、お前には部屋を作ってもらうぞ」

「承知しております」

「風呂と、それからアレもたのむぞ」

「もちろんです」

「よし、そうとなれば、あと少しがんばるとしよう」


 クロウと呼ばれた男は、女-カナリアの背中から肩にかけて押し続けた。

 カナリアは目をつぶってマッサージをうけていたが、眠くなってきたらしい。


「クロウ、もういい。このまま眠る」

「かしこまりました、それでは姫様、お休みなさいませ」

「うむ」


「ご武運を」


 クロウはカナリアに毛布をかけ、テントの奥へと消えていった。



2.戦場にて


 水源地をめぐる戦いに決着がついた。

 倒れた兵士で川の中洲は埋まり、砦からは黒い煙が何本も上がっていた。


 中央の広場に甲冑姿の兵士たちが集まっていた。

 血にまみれた男達の集団からは、赤い、鉄くさい蒸気が上がっているようにも見える。


 集団の前方にある壇に女が上った。


「注目!」


 高台に上がった女、ロビンが声を発した。


 ロビンはオルニト王国が誇る5人の戦姫せんきの1人。

 剣の勝負でロビンにかなうものは王国にいない。

 身長は男達よりも拳ひとつ分低い。

 革の鎧、腰には長剣。

 茶色の髪は太ももまで伸び、毛先の近くで一つに束ねられている。


 ロビンは眼下の男達をぐるっと見渡した後、後ろに向かって呼びかけた。


「カナリア隊長、部隊長がそろいました」


 その呼びかけに応じて、また一人の女が壇上に上った。


 カナリア。

 オルニト王国の王女であり戦姫のリーダー。

 今回の戦争のオルニト軍の総隊長でもある。


 総隊長のシンボル、地面から胸元まで届く大剣を体の前で構えている。

 銀色の胴鎧と籠手。銀色の髪飾りが遠くからも目立つ。

 髪は肩の高さでそろえられていて、色は灰色だが光のかげんでピンク色にも見える。


 カナリアは男たちに向かって通る声で話し始めた。


「敵ヘルペト軍の主力は壊滅した…………我らオルニト軍の勝利だ!」


 男達から歓声があがる。


「ヘルペトの生命線である水源地も確保できた。今後は降伏勧告を行っていく。この水源地からヘルペトに圧力をかけ続ける、それがこれからの我が軍の役目だ! ロビンより各部隊に指示を出す! 遂行せよ!」


 ロビンが後を続けた。


「第1隊及び第2隊! ここの上流に水くみ場を作れ。村から来た者にはそこを使わせろ。川には絶対に近づけるな!」

「第3隊、第4隊、第5隊はヘルペト側に警戒線を築け! 戦力は削いだがゲリラ戦をしかけてくる可能性がある。気を抜くな!」

「第6隊と第7隊は砦の修復!」

「第8隊は捕虜の収容と遺品の回収!」

「第9隊は下流の村の警護だ。略奪は絶対にするな!」


「ロビン、質問いいかー?」


 壇の下から女の声と手が上がった。


「スワン、話の途中だ。大事な話か?」


「ああ。たとえばの話なんだが……」


 ロビンに質問をしたのはスワン。

 赤い毛を頭の上でまとめている。

 身長はカナリーやロビンより高くがっしりした体格だ。

 簡易な胸当てを装備、背丈より高いウォーハンマーを片手で持っている。

 彼女も戦姫の1人だ。攻城戦と防衛戦では一騎当千の働きを見せる。


「村の警護でさ、村人から酒をゴチになるってのは……」


「ふざけるな!」


 ロビンの右手が剣の柄にかかった。


「いや、ふざけてるわけじゃ……」


 ロビンが兵士達に向き直って宣言する。


「村人から饗応を受けることも厳に禁ずる! 違反者はこの地で処断! 遺体・遺品も国には持ち帰らん! 肝に銘じろ!」


「カタッ苦しくない?」


「スワン! 戦姫のお前が規律を乱すんじゃない!」


 カナリアが手を上げて言い争いを終わらせ、兵士に向かって話しだす。


「王都から離れて半年、長い遠征になってしまった。そしてこの戦争の終結にはもう少し時間がかかる。しかし、皆にはもう少し頑張ってほしい。全員だ、全員そろって、笑顔で、家族のもとへ帰ろう」


 ロビンはスワンをにらみつけ、スワンは目線をそらしてとぼけている。

 兵士達は国に残してきた家族のことを思い、気を引き締めなおしていた。


 カナリアはロビンに話を続けるよう視線で促した。


「第10隊は負傷者と遺品を本国へ送る準備をしてくれ。次の報告は明日夕刻! 以上、総員かかれ!」


 兵士達が四方に散っていった。


 その場に残ったのは四人の女。

 壇上のカナリアとロビン、壇の下にはスワンともう一人だ。


 もう一人の女、名前はスワロウ。

 背丈はスワンと同じくらい。胸と尻は大きいが腰は折れそうなほどに細い。

 金色の長髪を風になびかせ、杖を持って立っている。

 四人目の戦姫。一人で戦局を動かす魔法使いだ。


 カナリアが話を始めた。


「スワン、手のもので幕舎の警護を頼む」

「あいよ、隊長」


 大柄な赤毛女が片手をあげて返事をし、離れていった。


「ロビン、スワロウ、今後の進め方で相談したい、私のテントまで来てくれ。」

「はっ」

 壇上のロビンが返事。

「わかったわぁ」

 金髪の女、スワロウも言葉を返した。


 歩き出したカナリア。ロビンとスワロウが後に続く。


「スワンの奴はどうにかならないのか。あれでは兵に示しがつかない」


 ロビンがぼやいた。


「でも、スワンのおかげで絶対にダメだってことがみんなにも伝わったんじゃない? ロビンの怖さも伝わったし。スワンなりの役目を果たしたんじゃないかしら?」


 スワロウがスワンの肩を持った。


「私が怖いは余計だろう!」

「ロビン、スワロウの言う通りだ。スワンは兵士たちが表だって聞けないことを代わりに質問したんだ。もちろん答えがわかっている上で。長い付き合いだ、そんな奴だってことはお前も知っているだろう?」

「はあ。まあ」

「お前が怖いのも事実だしな」

「隊長まで!」


 ロビンが顔を赤くして抗議した。


「ははは」

「うふふふ」


 3人が並んで指揮官用の幕舎に入ると中で一人の女が待っていた。


「フィンチ、どうかしたのか?」


 小柄な体格、黒髪で短髪。

 濃紺で体に張り付いた服を着ていて、そのシルエットから女だとわかる。

 5人の戦姫、最後の一人だ。

 カナリアの影にかくれ、警護と情報収集をこなす。


 フィンチはカナリアに近寄り、カナリアだけに聞こえるよう耳元でささやいた。

「クロウから伝言」


 カナリアの頬が少し緩んだ。


「明後日には部屋の準備ができる、とのこと」

「そう。じゃあ夜に行くって伝えて」


 フィンチはコクリとうなずくと音を立てずにテントから出て行った。


 カナリアはしばらく目を伏せてほうけていたが、2人の視線に気づいて姿勢を正した。


「ま、ず、は、本国への勝利報告と講和条件の打診だな……」


 若干冷めた視線を受けながらわざとらしく声に出して考え事を始めた。


「あと2日、まずはあと2日がんばろう」


 カナリアは心の中でつぶやいた。



3.秘密の部屋


「ックーーーー! 風呂で飲むサイダーは最高だな!」


 カナリアはたまらず大声を上げた。


 5メートル四方ほどの風呂にカナリアは胸まで浸かっている。

 色白の肌は上気してピンク色だ。

 髪の毛はクリップでまとめてあり、右手にタオル、左手にガラスのコップを持っている。


「ブクブクは無いのか? ブクブクは?」


 ついたての向こう側に声をかけた。


「申し訳ありません。ブクブクは作るのが間に合いませんでした」


 男が返事をした。


「そうか、それでは次回の楽しみだな!」


 カナリアはコップの残りを飲み干すと湯船から上がって洗い場へと移動した。


「クロウ、髪をたのむ」

「はい。カナリア様」


 ついたての影からクロウと呼ばれた男が入ってきた。

 短い黒髪、目は糸のように細い。

 戦姫や兵士達の肌が白いのに対して、クロウの肌はうす黄色い。

 腕まくりした白いシャツ、裾をまくった黒いズボン、首にはタオルがかかっている。


「それでは失礼します」


 クロウはカナリアの後ろにしゃがみ、洗面台のシャワーヘッドからお湯を出して、自分の手で温度を確認したあとカナリアの髪の毛を洗いはじめた。


「ひさしぶりの風呂はやはり気持ちいいな。クロウ」

「転戦が続いていましたからね」

「ああ。部屋を作ってもらう暇もなかったな。和平にも目途がついたし最高の気分だ」

「それはなによりです」


 お湯で髪を十分流したあと、クロウはボトルからシャンプーを出して手で泡立て始めた。


「これでサッパリとした後は、アレだな? クロウ」

「もちろんです。カナリア様。用意してありますよ」


 クロウは口角を上げて笑顔を作った。目は糸のようなままだったが。


「あー楽しみだなあ。何日ぶりだ?」

「そうですね、30日ぶりくらいでしょうか」


 カナリアの髪の毛を泡でモコモコにしながら、クロウが答える。


「そうかそうか。待つほど恋しくなるとは良く言ったものだ」

「カナリア様、シャンプーを流しますので」

「ああ、わかった」


 カナリアが目をつぶった。

 クロウはシャワーからお湯を出し、髪の生え際から洗い流しはじめた。


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「カレーは中辛に限るな!」


 風呂上がりのカナリアは髪をタオルで巻き上げ、パンツにロングTシャツという姿で大皿に盛られたカレーをもりもりと食べていた。


「カナリア様、それでも甘い方でございますよ」


 黒いズボンにワイシャツ、ギャルソンエプロンをしたクロウがそれに答えた。


「そうなのか?」

「ええ、もっと辛い中辛もあるのです」

「辛い中辛は中辛なのか? 別の言い方があっても良さそうだが」

「そうですね、辛さだけじゃなく癖の強さとか、いろんな材料が売られているんですよ」

「以前お前が言っていたカレールウというやつか」

「その通りです。今使っているカレールウはどちらかというと子供向け」

「私が子供だというのか? 17だぞ!」

「滅相もない。ただ、慣れてくるとより辛いものを食べたくなるもので、これは中辛でも入門用なのです」

「んー、まあいい。私はこれが好きだ。次もこのルウで頼むぞ」


 カナリアはカレーをほおばった。


「はい。わかりました」


 クロウはガラスのコップに氷と水をつぎ足す。


 二人がいるのは風呂とは別の部屋。風呂と同じくクロウが作ったリビングだ。


「子供といえば、クロウと出会った時の私はまだ子供だったな」

「もう10年になりますか。私が森をさまよっているところを姫に拾っていただいてから」


 クロウは日本人である。

 学生だったある日、目覚めると着の身着のままで深い森の中にいた。

 わけもわからずさまよっているところをカナリア含む領内視察団に見つけられたのだ。


「最初はお前が何を話しているのかサッパリわからなかったぞ」

「ええ、私もそうでした」


 双方言葉が通じず、怪しい者として兵に殺される直前、騒ぎに気づいたカナリア姫によって助けられるという出会いだった。


「よくここまで話せるようになったな」

「カナリア様が士官学校に通われていた間、必死で学習しましたから」

「部屋のことがわかったのもその頃だったな。あとおかわりたのむ」


 カナリアが皿を差し出し、クロウが受け取ってキッチンに向かった。


「いつでしたか、突然、城の部屋に扉が現れたのです。その扉の向こう側は、以前自分が住んでいた部屋でした」


 カナリアにカレーのおかわりを差し出しつつ、クロウが話を続けた。


「ニッポンとか言ったな」

「はい。自分がひとり暮らしをしていた部屋そのままでした。机も、ベッドも、本棚も。日本に戻れたと最初は喜びました。しかし、その部屋から外には出られませんでした」

「お前が行方不明になったという連絡があったときは驚いたぞ」

「部屋から脱出しよう、もといた日本に戻ろうと色々試していたのです」


 目がつねに細いので分かりにくいが、クロウが表情を曇らせた。


「唯一の扉は城と繋がっていて他に出入り口はなし。外と連絡を取ることも、窓や壁をやぶることもできませんでした」


 クロウは続けた。


「それから数日は自分の部屋にいました。今晩寝れば、明日起きれば、もとの部屋に戻っていて、もとの生活に戻れるに違いないと思い込んだのです。でも戻れませんでした」


「最後は部屋に火をつけました。それでも外からの助けは来ず、炎で部屋が崩れるより早く私に限界が来て、仕方なく扉を使って城へと戻ったのです」

「珍妙な話だな」

「今はこちらの暮らしに慣れました。カナリア様には良くしていただいていますし」

「なら良いが……そういえば、これから部屋はどうしていくつもりだ?」


 クロウは異世界に飛ばされてきた日本人であった。

 そして、異世界に扉を作り、扉の向こう側にイメージどおりの部屋を作ることができる特殊能力を身につけていた。

 ドラッグストアやスーパーマーケットの部屋を作ることもできた。

 風呂場で使ったシャンプーやカレーの材料はそうやって手に入れたものだ。

 それらの部屋は外界とは一切繋がっていない。しかし、電気ガス水道は供給されていて、商品は常に潤沢に揃っていた。


「そうですね。とりあえずは寝室をいくつか用意します。あとは戦姫の皆様のご要望次第でしょうか」


 一つの部屋に扉を作り、複数の部屋をつなぐこともできた。

 今は、リビングを中心に、キッチンと風呂が別の部屋としてつながっている。

 クロウの想像が及ぶ範囲でどんな部屋でも作ることができた。

 ただし、大きい部屋、複雑な機能を持った部屋は作るのに時間がかかる。


「ああ、以前の私の話を覚えていたか?」

「もちろんです」


 カナリアは優しい笑顔になった。


「あいつらは仲間、私を支えてくれる側近、そしてなにより友人だ。あいつらにもクロウの部屋に来てもらいたいとずっと考えていたんだ」

「ええ。私もお役にたてるなら本望です」

「まずはロビンあたりに話してみようと思う」

「いつでもどうぞ。準備をしておきますから」

「よろしく頼む。そしてもう一杯おかわりだ」

「カレーばかり食べると全身がカレー色になっちゃいますよ」

「それは本当か!?」


 カナリアは焦って問いただす。


「ウソです」

「お前という奴は、真面目な仕事のあいだに変な冗談を入れる」

「生まれもっての性分でして。それでも姫様、またお腹が痛くなりますよ」

「うーん。それは嫌だな。デザートはあるんだな?」

「はい。イチゴが入ったヨーグルトです」

「イチゴか。じゃあそれを頼む。イチゴは大好きだ!」

「存じております」


 クロウ、本名を拓郎という日本出身の男はにっこりと笑った。


------------------------------------------------------------


 食休みをはさんだ後、カナリアは小さなベッドに横たわった。

 ベッドは普通のものよりも高さがあり、長い脚には車輪がついている。


 場所はリビングだが、先ほどより照明が暗い。


「それでは、仰向けになってください」


「ああ、いつものように頼む」


 クロウは手にクリームを取り、カナリアの右手を握った。

 最初は手の全体にクリームを行き渡らせ、次に爪の一枚ごとに塗り込んでいった。

 そして、カナリアの指の先をクロウが指ではさむようにしてマッサージを始めた。

 親指から小指へ、これを3回ほどくり返すと指全体を握るように揉んでいった。

 続いて指の付け根、そして手の平のマッサージへと移行していった。


 手を揉まれると全身の力が抜ける気がする。カナリアはそう思った。

 クロウの温かい手で揉みしだかれ、自分の体にクロウのマッサージを受ける準備ができていくのを実感する。


 右手が終わると今度は左手側に移動、クロウは同じ事をくり返した。


 カナリアは内心、はやく足に移って欲しいと思っていた。

 手を揉まれている間に足がジンジンと痒くなってきたからだ。


 両手のマッサージが終わると、カナリアの希望通りにクロウは足下に移動、手と同じようにクリームを塗るところからはじめた。


 手は、いつのまにかクロウによって手袋をはめられていた。

 サラサラと手触りがよく、ポカポカと温かかった。


 カチカチに固まって荒れたかかとに入念にクリームが塗り込まれた。

 女にふさわしいかかとではないが、戦姫たる私を支える足だ。誇らしくもある。


「んっ」


 手の指と同じように、足の爪が揉まれた。指が引っぱられた。

 そしてかかとに指が強く押し込まれた。

 かかとから土踏まず、土踏まずから指の付け根へ。

 かかとから足の側面、側面から足の甲側へ。

 足のマッサージが続けられた。


「う……ふっ……」


 痛くすぐったさに体が反応し、声が出てしまうことがある。


「カナリア様、痛くはないですか?」


「ああ、大丈夫だ。続けてくれ」


 足が終わると、クロウは一度手を洗った。


 今度は顔と頭だ。

 クロウの手がカナリアの顔にクリームを広げていく。

 髪の毛の生え際、おでこから耳の後ろ側にかけて揉み込まれていく。

 両の耳たぶが指ではさまれ、揉まれ、上下左右に軽く引っぱられた。


 頭の皮を揉まれた。

 クロウの指が立てられて、皮が集まるように、広がるように。

 縦横に。円を描くように。


 おでこの中央からあごの先まで、顔の真ん中を押された。

 顔の筋肉が緩むのを感じる。

 ロビンほどではないにしても、ずっと顔をこわばらせていたのだろう。

 今、鏡で自分の顔を見たら、だらしなく笑っているにちがいない。


 眉の上、眼窩のふち、鼻のわき、そして頬の上から歯茎と優しくマッサージされた。

 カナリアは少し眠くなってきた。


「カナリア様、うつぶせになってください」


 ベッドの枕を動かすと穴が空いていた。

 そこから鼻と口を出すようにしてうつぶせになって、目をつぶる。


 マッサージは右腕から再開された。

 手首から肩へ向かって、筋肉の分かれ目にそって軽く揉まれていく。

 また足の方がムズムズしはじめた。

 揉まれているのは腕なのに不思議だ。いつも不思議に思う。


「クロウのこれは、もともと身についていたものか?」

「いえ、マッサージはこちらに来てから本で学びました。付け焼き刃です」

「謙遜するな。上手いものだ。とても気持ちいいぞ」

「ありがとうございます」


 クロウは最初、自分のためだけに部屋を作った。

 マンガを読んだり、ゲームをしたり。美味しい物を自分だけで食べたり。

 しかし、これらは全く楽しめなかった。

 カナリアを先頭に、周りの皆が国のため家族のために頑張っているのを見ていると、そんな小さなことでは心が動かなくなっていたのだ。

 そして、やっと自分の目的を見つけた。

 自分の能力を、命を救ってくれたカナリアに役立てようと決めたのだ。

 最前線で戦うカナリアの疲れを取り、姫の美貌と健康の維持に、オルニト国の平和と発展に、自分なりに全力を尽くすことにしたのだ。


 クロウの手が、足からふくらはぎ、すね、ひざ、太ももへと上ってきた。

 手はさらに太ももから体の外側へと移動し、お尻の盛り上がりから腰にかけて指が押し込まれた。


「うっ……」

「やはり疲れがたまってます。あまり無理をされぬよう」

「……とは言っても、私がやらねばならぬことが多くてな」

「カナリア様が倒れられては元も子もありません」

「そうだな。というわけでクロウ、私の疲れを取り除いてくれ」

「そう来ましたか。せいぜい頑張ります」


 クロウがカナリアの尻、腰、背中、肩へとマッサージを続けた。


 カナリアは最初こそくぐもった声を上げていたが、そのうち静かになった。

 眠ってしまったようだ。スースーという寝息だけが聞こえる。


 クロウは肩から首にかけて入念にマッサージしたあと、台車つきのベッドをリビングの隅まで動かし、カナリアを大きなベッドへと移しかえた。


 足の指に指枕、かかとにシルクのかかとカバーをかぶせた。

 布団をかけ、カナリアの首の周りにいくつかのクッションを詰め込んだ。


「ゆっくりお休みください。カナリア様」


 クロウはキッチンに入り、リビングの照明が落とされた。



4.水源砦の朝


 窓のないリビングがゆっくりと、時間をかけて明るくなっていった。

 調光機能付き、昼光色のLED照明だ。

 明るさが最大になったころ、カナリアが眠りからさめた。


 カナリアは左右を見渡してから上半身を起こし、そして風呂へと移動、トイレを済ませて戻ってきた。


 足の裏からは木の板でできた床の凹凸が伝わってくる。

 カナリアはその感覚が好きで、しばらく床を足でスリスリした。


「カナリア様、おはようございます」


 水差しとコップを持ったクロウがキッチンから出てきた。


「おはよう、クロウ。良い朝だな」


 クロウが差し出したコップを受け取り、水を飲んだ。


「うまい。そういえば、この冷たい水もここでしか飲めないな。」

「もう一杯どうぞ。『朝の水は金』と言います」

「本当か?」

「私が言っているだけですが」


「やはりそうか。まあいい。もらおう」

「ゆっくり飲んで下さい。すぐに朝食をお持ちします」

「カレーか? 昨日のカレーか?」


 クロウは静かに笑った。


「そのとおりですが、ちょっと違いますよ」


 カナリアの前に朝食が並べられた。


 厚切りトーストの上にカレーが乗り、チーズと黒胡椒がトッピングされている。

 あとはイチゴとバナナ、フルーツジュースとミルクティーだ。


「カレーをこうやって食べるのも大好きだ!」

「ええ、私も好きでした」


 クロウの糸目が何かを思い出すように遠くを見た。


「一晩おいたカレーがまたうまい!」

「そうですね」


 カナリアは子供のようにはしゃぎながら朝食を平らげた。


「カレーを外に持ち出せないのが残念でしかたがない」

「もう十分お食べになったじゃないですか」

「そうなんだがな……」


 クロウの部屋の物は異世界に持ち出すことができないのであった。

 食べたり吸収したりしたものは例外だが、衣服や道具の類は一切持ち出せないのだ。


「次が待ち遠しいな」

「次はロビン様ではなかったのですか?」

「しまった。ロビンだ。うーん、その前にもう一度くらい私が……」


「ご一緒でも構いませんよ」

「いや、最初はあいつ一人で楽しんで欲しいのだが、うーん」

「まあ、どなたであっても私はおもてなしするだけですが」


「うーん、うん。最初はやはりロビンにしよう。あの四角四面がここでどうなるか見てみたい。全力でもてなしてやってくれ」

「かしこまりました。お待ちしております」


 カナリアがクロウの部屋から出た。

 出た先は水源地の砦、砦内に設けられたカナリア専用寝室であった。

 振り返ってもクロウの部屋への扉は消えてなくなっていた。


 カナリアは窓から砦の外を見た後、もう一度伸びをした。


「んーーーーー!! よし!」


 そのタイミングでドアがノックされた。


「カナリア隊長、朝の点呼の時間です」


 ドアの向こうからロビンが呼びかけてきた。


「わかった! すぐに出る」


 秘密の部屋で鋭気を養ったカナリアが、元気いっぱいに部屋を出て行った。

次回「第2話 ロビンの願い」どうぞお楽しみに。

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