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復讐

 綺羅々の高校生活は、今までの人生の中で一番穏やかな生活になった。綺羅々は相変わらず人見知りなところがあったが、一年生のクラス分けで、偶然前の席の女子生徒が明るく社交的な性格ということもあって、綺羅々はその女子生徒と打ち解けることが出来た。


 女子生徒の名前は、「有栖川未加ありすがわ みか」と言い、茶髪のショートカットで切れ長の二重が印象的な中性的な顔立ちの生徒だった。綺羅々とは正反対にボーイッシュで、筋金入りの演劇ファンであり、そして、一年生で自ら演劇部を自ら立ち上げて部員をかき集めてしまう程行動力があった。綺羅々が小説を書いているということを知ると、未加は演劇部に入って脚本を書かないかと言い、誘われるがまま綺羅々は演劇部に入部して脚本も書くようになった。


「綺羅々の書く脚本って、何かこう、ドロドロしてるよね」

 演劇部の部活の帰り道、肩を並べて歩いていると、未加が唐突に呟いた。

「どうしてそう思うの?」

「何でだろ。上手くは言えないけど、人間の奥深くに眠ってる深い感情っていうか、欲求とか、葛藤とか、そういう闇の部分を書くのが上手だなって思う」

 そう言うと、未加は綺羅々の肩をぽん、と叩いてからかうように顔をのぞき込んだ。

「綺羅々って普段おとなしいけど、実はすっごい大きな爆弾を抱えてるんじゃない?」

 未加の何気ない一言に、綺羅々の鼓動が早くなった。爆弾、か。

「……ふふ、」

 思わず可笑しくなって吹き出すと、未加は物珍しげに目を丸くした。

「綺羅々が笑うって超珍しい。まさか、ほんとに爆弾抱えてるの?」

「……さあね、どうだろ」

「えー、何それ、おしえてよー」

 いつの日からか影を抱えた綺羅々とは異なる、天真爛漫な未加の明るい声が夜空に響いた。未加と居ると、綺羅々は自分の中の暗い何かが少しだけほぐれていくのだった。


 こうして友人に恵まれた綺羅々は、初めてまともな学生生活を送れるようになった。慎への想いは相変わらず持ち続け、小説を書いたり、慎が紹介してくれた本を読んだりして想いを馳せていたが、直接会う機会がなかったために、「綺羅々の中の慎」だけで済んだ。


 高校三年間のうち、何度か先輩や同級生から告白される機会があったものの、綺羅々は断り続けた。理由は慎への想いからだったが、未加と綺羅々があまりにも仲が良く、また、未加も彼氏を作らなかったことから、一部では勝手に百合説もささやかれたこともあった。


 そして青春時代の三年間は実にあっという間で、綺羅々は受験勉強の時期を迎えた。未加は勉強することが苦痛だとよく勉強をサボっていたが、綺羅々はあと少しで、慎と同じ大学生になれることを嬉しく思っていた。かつて慎が言っていた「自由」とは、一体どんなものなのだろう、やっと慎と同じ目線で物事が見られるようになる…そう、期待していた。


 しかし、現実はいつだって残酷だ。


 綺羅々はある日、郵便受けに入っている「あるもの」を見つけたのである。


 それは、慎からの手紙だった。綺麗な封筒に、横書きで、自宅の住所と、「占見 藤治様 沙喜様 綺羅々様」と書かれていた。

 嫌な予感がして、綺羅々はその場で開封して中身を確認した。


 それは、慎の結婚式の招待状だった。


 綺羅々は心臓が止まりそうになった。

「慎くんが、結婚……?」

 そこには紛れもなく、来年の3月に挙式をすると書かれてあり、出欠の有無を確認する返信用の葉書も同封されていた。


 慎の結婚相手の名前は「佐倉静音さくらしずね」と書かれていた。

 サクラシズネ、綺羅々は心の中で何度も名前を唱えた。ウラミマコトとサクラシズネ……二人は夫婦になる。慎くんは別の女のものになる。


 ――そんなの、絶対、許せない。


 いつか訪れるであろうこの時を、綺羅々はずっと考えないようにしてきた。でも、その時は唐突にやってきてしまった。ようやく折り合いがつきつつあった気持ちが、急激に膨らんでいくのを感じた。


「あれ、綺羅々ちゃん、どうしたの?」

 買い物からかえってきた沙喜が門の内側で立っている綺羅々を見て声をかけた。綺羅々は膨らんで破裂しそうな想いを堪え、

「鍵、忘れちゃって」

 と適当に嘘をついた。

「寒かったでしょう、中に入りましょう」

 沙喜は鍵を取り出し、玄関の鍵を開けると、中へと促し、二人は家に入った。

「何か手紙来てた?」

「これ。……慎くん、結婚するんだって」

 綺羅々はすでに開封した結婚式の招待状を沙喜に渡した。そしてそのまま沙喜の顔を見ないまま、靴を脱いであがり、そして自分の部屋へと逃げるように階段を上っていった。

「綺羅々ちゃん……」

 沙喜は部屋へと駆け上がっていく綺羅々の後ろ姿を見て、過去の綺羅々の姿を思い出し、心が痛むのだった。


 *


「結婚」という文字を見てから、綺羅々の心の中は、どす黒い感情で黒く染まっていた。

 どうしても慎くんを結婚させたくない。そのためには、どうすれば良いだろう。


 綺羅々はパソコンであらゆる方法を調べた。慎の結婚を阻止する方法、そしてあわよくば、自分と結ばれる方法。惚れ薬の調合という怪しげなサイトもあったが、普通の方法では入手できそうにない材料ばかりで断念した。心中して来世で結ばれるのでもいいから、とにかく慎を他の女に渡したくなかった。


 普通に検索しても怪しげなサイトが出てくるばかりで当てにならなかった。そして、最後の方は半ば投げやりになり、ヤフーの知恵袋で「好きな相手と来世で結ばれる方法はありませんか」と書き込んでみた。

 想定通り、返信のほとんどが冷やかしの返信であったが、一つだけ気になる返信があった。


「黒宮神社という縁結びの神社があります。URL:○○○……」


 思わずそのURLをクリックすると、個人の誰かが作ったと思われるサイトが出てきた。そこには黒宮神社にまつわる伝承と、好きな人と結ばれる方法が詳細に書かれてあった。


 “自分の全財産を神に捧げ、紙に書いた想い人と自分をひと思いに殺せば、転生先で自分が思い描いた人生を相手と歩むことが出来る”


 綺羅々はこの伝承に賭けてみることにした。誰かのものになるくらいなら、いっそ心中してしまった方が良い、そんな歪んだ考えが綺羅々の頭の中に広がっていった。


 黒宮神社のアクセスを確認すると、それは自宅から電車を乗り継いで一時間ほどの駅を下りて、徒歩三十分の山の中にあると書かれている。自分でも行けない距離ではない。

 確か、結婚式の招待状に、慎の自宅の電話番号が書かれていたはずだ。慎を呼び出して、そして心中しよう、綺羅々が心に抱える爆弾のタイマーが、静かにカウントダウンを始めた。


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