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隔離

 慎が居なくなって全てがモノクロの世界になった綺羅々は、なぜか血を見ると落ち着いた。慎以外、他のものに色は無かったはずなのに、血だけはきちんと赤く見えた。その鮮血を見ると、綺羅々はますます血が欲しくなり、自傷癖はますますひどくなった。すっかり事故の怪我は癒えたが、包帯が身体から取れる日はなくならなかった。


 藤治と沙喜は綺羅々の精神的な不安定さを事故による後遺症だと素人ながらに考え、医師にも相談したが、綺羅々の行動が常軌を逸脱していることに不安を感じずには居られなかった。綺羅々は血を見ると笑うのだった。そして、自分たちが止めに入ると、綺羅々は光の無い瞳で自分が割った鏡の破片を向けた。二人は綺羅々が恐ろしくなった。まだ小学生なのに、こんなに多感で攻撃的な子どもは周りを見ても誰も居なかった。


 とうとう綺羅々は精神科に入院することになった。あまりにも自分を傷付けるので、命の危険があると判断されたことと、藤治と沙喜では対処しきれなくなったためだった。最初は小児精神科の閉鎖病棟に入れられ、綺羅々はほとんど何も置かれていない部屋で鉄格子の窓の外を眺めつづけた。そして、慎と自分が結ばれた時のことを夢想しては、それが叶わないことに対して癇癪を起こした。


 看護師と医師は優しかったが、綺羅々は決して自分の失恋を話さなかった。それを理由に病気扱いされるなんてごめんだった。私は病気なんかじゃない。ただ、心が痛くて、身体がそれを代弁しているだけだ、そう綺羅々は思い込んだ。自分のことをよく知らない人に未来について説いて欲しくもなかった。綺羅々はどうしても慎と結ばれたかった。

 それが叶わないのなら、自分は生きていても仕方が無い。心が痛い。全部痛い。唯一、血を見ている時だけが綺羅々を落ち着かせた。入院初日に早速個室の洗面所の鏡を割り、自分の腕を傷付けた。それ以来、綺羅々の個室の洗面台からは鏡が取り除かれた。


 結局、綺羅々は思い込みが激しく、何かしらの精神疾患を抱えているが、その原因は不明ということで、しばらく入院をすることになった。藤治と沙喜は理由を気にしており、幼い時に母親が出て行ったこと、そして半ば強引に藤治が新しい母親を探そうとしていたこと、そして従兄の慎とのことに関係があるのではないか、と医師に話したが、本人が話すことを拒否している限り断定は難しいとのことだった。しばらく投薬治療を続け、そして自傷癖を落ち着かせることが先決だった。


 綺羅々は早速投薬治療を開始し、日中は眠くなる時間が多くなった。ベッドの上でまどろんでいると、よく慎の夢を見た。

 その夢では、綺羅々は大人の女性になっていた。

 ある時は、慎と二人で肩を並べて歩いている。慎の手は温かかく、心が落ち着いた。

 ある時は、同じ部屋のソファでくつろげ、慎が頭を撫でてくれた。

 ある時は、同じベッドで眠り、そして愛し合った。


 愛し合うと言う行為について、お洒落を教えてくれた同級生の女の子は「好きな人と裸で抱き合って気持ち良くなることだ」と言って、漫画を貸して教えてくれた。その漫画では男女が身体を重ね、吐息を漏らしていた。夢の中で抱き合う綺羅々と慎の身体の体温はとても熱く、綺羅々は目が覚めても身体の火照りがしばらく収まらなかった。


 綺羅々の状態は投薬治療のおかげで一旦は回復し、一時帰宅出来るまでになったが、家に帰っても特に楽しいことは無く、部屋で横になっていることの方が多かった。しかし彼女は随分学校に出席していないため、勉強が遅れていた。そのため、藤治は家庭教師をつけて彼女の勉強をサポートした。その家庭教師は女性で、大学生だった。

 女性は明るく、綺羅々の身体の傷についても特に何も触れずに普通に接してくれた。もともと勉強が好きだった綺羅々は、その家庭教師のおかげで少しずつ学力を取り戻し、そして数ヶ月であっという間に追いついた。


 こうして綺羅々は十一歳になる年の新学期、学校にも復帰した。しかし、身体の傷への配慮があり、体育の授業や水泳の授は見送られ、夏場も長袖という彼女の出で立ちに、同級生は次第に「自分たちとは違う」という眼差しを向けるようになった。そして綺羅々を一番傷付けた言葉は、女の同級生が、綺羅々の右瞼についた小さな傷を見て「綺羅々ちゃん、美人なのにこんな傷がついて可哀想」と言ったことだった。何気ない一言だったが、綺羅々の心には深く突き刺さった。女の子は顔に傷がつくと駄目なのだろうか。慎に聞いてみたかった。


 学校に復帰しても、綺羅々は孤独感を一層深めるだけだった。そしてまた、彼女の自傷癖は始まった。病状は一進一退を繰り返し、残りの学校生活は殆ど家か病院で過ごすことになった。やっと、中学生になる頃に一旦小康状態を迎えた。


 小学校を卒業したタイミングで、占見家は住んでいた売り、新しい家で暮らすことになった。顔見知りが居る中学校よりも、顔見知りが居ない中学校の方が良いと考えたからだった。その後、綺羅々は「美人だが地味で目立たない子」として、中学三年間を過ごすことになる。どちらかと言えば一匹狼としてどの女子グループにも入らなかったが、学校の成績が良かったため、ある意味では一目置かれ、いじめを受けるようなことも無かった。時折他の男子から告白されることもあったが、綺羅々は全て断った。綺羅々の心の中に居るのは慎だけだったからだ。


 時が経つにつれて、慎の生きた記憶は徐々に薄れていったが、かえって綺羅々の中で美化されていくことになった。そして、彼女は小説を書き始めた。「包帯の姫君と執事」というタイトルで、モデルは綺羅々と慎だった。自分をお姫様にし、慎を執事にすることで、自分の叶えられなかった欲求を全て叶えさせようと思ったのだった。その小説を書いている時だけが、唯一綺羅々にとって楽しいと思える時間で、モノクロの世界が華やかに色づくのだった。


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