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初恋

 綺羅々と従兄との出会いは、十一年前に遡る。十一年前、綺羅々の両親は離婚し、親権は父親が持った。そもそもの離婚の原因は、母親の不倫だったからだ。しかし、多忙な父親は、まだ八歳の綺羅々の面倒を見る時間が十分に取ることが出来なかった。


 そこで、父親の兄の息子である大学2年生の占見慎(うらみまこと)が綺羅々の兄代わりとして、週に2、3回程、綺羅々の様子を見に来てくれることになった。父親と伯父は昔から仲が良く、父親と慎の関係も良好だったため、父親の申し出に慎は快諾したのだった。


 綺羅々は最初に慎に会った時、身長が180cmもある慎のことを率直に「怖い」と思った。しかし、緊張した面持ちの綺羅々に気付いたのか、慎は綺羅々の前に跪いて綺羅々と目線を合わせ、

「初めまして、占見慎です。綺羅々ちゃんのお父さんのお兄さんの息子、なんだけど、そんなの難しいよね。慎くん、って呼んでくれたら、それでいいから」

 と言った。その時の慎の、はにかんだ優しい笑みが、今でも綺羅々の脳裏に焼き付いている。


 慎は180cmの長身を生かして、バスケットボール部に所属しているということだった。なで肩ではあるが、鍛えているのか、服の上からでも胸の筋肉が少し盛り上がっているのが分かる。髪型は競技の邪魔にならないように黒髪短髪にし、前髪は綺麗に切りそろえており、唯一トップは少しパーマをかけて緩いウェーブにして、一応はお洒落にも気を配っている。眉は男性らしく太めで、必要以上に整えている雰囲気はないが、目は奥二重に近い二重で、目尻は少しだけ垂れているところは、男性にしては童顔な印象を与える。

 飛び抜けて美男子という訳ではないが、笑顔は人を惹き付ける温かさを持っており、伯父は、ムードメーカーとして人気があると息子を少しだけ自慢した。


 人見知りがちだった綺羅々も、慎の物腰の柔らかさにすぐに打ち解け、何回か会ううちに、本当の「お兄さん」として慕うようになった。慎は学校の宿題を見てくれたり、ボードゲームやトランプで一緒に遊んでくれた。時々、図書館から、自分が綺羅々と同じ年くらいに読んでいたという本を借りてきて、綺羅々に渡してくれたりした。そんな慎の存在に綺羅々は支えられ、両親の喧嘩が絶えずに、子ども部屋でおびえて過ごしていたあの頃よりも、ずっと今の方が幸せだと思った。


 綺羅々と慎のそんな生活は、約1年半続いた。しかし、1年半も経つと、慎はすでに大学3年生の後半になっており、就職活動をしなければならなくなった。そして、慎はある日、綺羅々に、

「綺羅々ちゃん、ごめん、俺、就職活動するために、今より綺羅々ちゃんに会う時間が少なくなるかもしれないんだ」

 と神妙な面持ちで正直に打ち明けた。綺羅々は一瞬頭が真っ白になった。「シュウショクカツドウ」の意味が分からなかった。

「シュウショクカツドウって、何?」

「自分の力で生きていくために、人間は働いてお金をもらわなくちゃならないんだ。君のお父さんや、俺のお父さんのようにね。俺も、同じように働いてお金をもらうために、自分が働く場所を探さなきゃいけないんだ」

 綺羅々はたちまち不機嫌になった。自分よりも「シュウショクカツドウ」を優先する慎が許せないと思った。

「じゃあ、うちで働けば良いよ。慎くんはずっと綺羅々の傍にいてよ」

 投げやりに綺羅々が言うと、慎は困ったように眉を下げて笑った。

「お父さんからお金をもらうのは、ちょっと気が引けちゃうな」

「じゃあ、綺羅々がお金を払ってあげる」

 綺羅々は机の上にある自分の貯金箱から四つ折りにされた千円札を取り出して慎の前に置いた。


「これじゃ、駄目?」

 慎は綺羅々の行為に切なげに目を細め、綺羅々の頭を何度か撫でた。そして、千円札を大切そうに手に取り、綺羅々の貯金箱の投入口にそっと戻した。

「綺羅々ちゃんからお金は受け取れないよ。俺は、一旦は就職活動で綺羅々ちゃんと少し会う回数は減ってしまうけれど、でも、会える日はちゃんと会いに来る。綺羅々ちゃんは俺の大切な妹だもん」

 

 慎は綺羅々に対して度々「妹」という言葉を使った。しかし、妹、と言われると綺羅々は何とも言えない気持ちになった。慎が綺羅々に向ける目は、可哀想な境遇の従妹に寂しい想いをさせないための行為だった。そこには当然、恋愛感情はない。

 しかし、綺羅々の方は違った。小学校の同級生の男子よりも、慎はずっと格好良くて大人っぽくて、魅力的な「男性」だった。つまり、綺羅々は、九歳にして、慎に恋をしていた。だから「妹」と言われると、胸の奥がぎゅっと締め付けられるように苦しくなって、泣き出しそうになるのだった。



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