私の主人はヘタレの天然で困ります。
あんなあらすじでここを開いてくださりありがとうございます。
初めての短編です。
楽しんでいただけたら幸いです。
手を伸ばしてくれたその人に、永遠を誓う。
どれ程辛い道でも。
どれ程貴方が振り向いてくれなくても。
助けてくれた貴方の為に。
たった一人の貴方の為に。
永遠の忠誠を誓う。
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美しい花々が咲き乱れる王宮の庭園。その中でも今代の王妃が一等気に入っている七枚の花弁の花は、広い庭園の大半に植えられ育てられていた。天使の羽のような真白き花弁。太陽光に照らされて艶やかな花弁の光沢に磨きがかかり、人々の目を魅了する。
その庭園の様子を二階の窓辺からいつまでたっても離れずに見続ける主人の姿に、ヴィシックは眼鏡越しに紫の瞳を伏せてそっと溜息をつき、執務机の上に書類の束を置いてから声をかけた。メイドの付ける白いキャップから零れ落ちた黒髪が、風によってなびいた。
「ジェイク様、そろそろ執務に戻って頂かないと書類が溜まって仕方がないのですが」
思わず、といった風に主人の肩がピクリと震えた。
「大体、いつからそうやっているんです。先刻持ってきた書類、何も進んでないですよ」
「…………」
「“花”に見惚れるのもいい加減にして下さいませんと。もう既に、と言うか最初から?ジェイク様のものではないんですから」
「う、うううううるさい!!なんだっ、今日はやけに辛辣だなヴィシックっ!」
「辛辣にもなりますとも」
ヴィシックはツカツカと主人の元に歩み寄った。風が吹いてヴィシックの黒髪を弄ぶ。
大きく開いた窓の外。真白き花々。美しい緑の庭園。その中に2つ、人影が見える。やっぱり。
それは一組の男女の姿だった。
一人は柔らかな金茶の髪の男性。
一人は美しい深緑の髪の女性。
なんとも穏やかな恋人達だった。
ヴィシックは溜息を吐きたくなった。
「折角の王太子殿下の結婚式も近づいてきていると言うのに、弟である貴方様がそんな風でどうします」
「…………うるさい」
拗ねたような物言いで、少し陰りを見せた瞳で、彼は陳腐にそう言った。それ以上の反論もなく執務に戻る。
ぽそりと、静かな声が漏れた。
「…………別に嬉しく思ってないわけじゃない」
ーーーー溜息を、吐きたくなる。
私の主人は手に入らない“花”に恋をした。最初から手に入る余地も無いとある“花”に。
出会った瞬間から、その女性は別の人のものだった。彼の兄、王太子殿下の花嫁として、彼女はこの国にやってきた。
そう、私の主人は。
不毛なことに、兄嫁としてこの国に嫁いできた女性を、好きになってしまったのだ。
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この国、イリスティアには二人の王子がいる。
穏やかな気風の第一王子と、真面目な性根の第二王子。
第一王子は、外交上必要だと判断された国の姫と婚約をし、出会い、本当の恋をして、幸せな結婚をしようとしていた。
その結婚も間近に迫り、国中も、王宮も、国民も、何処と無く浮ついた様子を見せ始めている。
ただ、当の本人達はそれだけに拘っている訳にもいかないようでーーーー
「で、ここの流通路に関してなんだけど…………」
穏やかな柔らかい声質。すっと耳に入るそれは第一王子、エリオスのものだった。
「わが国の特産品、ハルシャ織の布がライセン国は輸入することになったんだけど、その途中にあるフォース街道は今現在地震による影響で通ることができなくなっているのは知っているね。商人達からの嘆願で復興を早めて欲しいと言うことが届いている。けど直さなきゃいけない主要街道は他にもあるしそうもいかない」
何か良い案はあるかな?と何気ない風に問うてきた。
今この部屋にいるのは第一王子エリオス殿下、第二王子ジェイク殿下、エリオス殿下の婚約者アリッサ様、お三方の護衛兼使用人の私達数名、と言うところである。つまり、何故だか会議の様な体になっているが、これは結構プライベートな時間。それに態々仕事の内容を持ち込むとは、エリオス殿下が仕事人間である証なのか。しかもそれを尋ねられたお二方はきちんと真剣に悩んでいる。ここにいる王族の方々は仕事が好き過ぎる。
「入港するのはオルレリアでしたか?直通港がフォースにしかないのも痛いな」
「フォース港自体の運営はされているみたいですけれど、其処までの道程を考えるとやっぱり高くつきます。ハルシャ織が売れるとしても商人達にはあまり考えたくない出費でしょうね」
ジェイク様が発言したことに対して頷きながら、更に続けるアリッサ様。のほほんと何気なく言っているが、唯のお姫様が言えることではない。地震後の国の各機関の運営状況と、ハルシャ織のライセン国での定価、更には別ルートで商隊を動かした時の費用、つまりは食費・車馬代・護衛の給金等などを一瞬で演算して発言しているのだ。ーーーー他国から来たお姫様が。
王太子殿下が選んだ方が唯のお姫様であるわけがないとは思っていても、こうして見る機会がある度、話す度々にその片鱗を見せられると目眩がしそうだ。
「…………流石ね」
ぼそりと呟いた声は離れている主人達には聞こえなかったようだ。
けれど隣にいる、エリオス殿下付きの侍従長であるカインには聞こえていたようだった。
「当たり前でしょう。エリオス様が選んだ方が無能であるはずがない」
思考を巡らせ、私が考えていることに対して偉そうに返答するこの男。同じ時期に両殿下それぞれに使えたこともあって妙なライバル心がある。
「そうね」
だからこそ、ジェイク様もアリッサ様を好きになってしまったのだ。可愛らしく前向きで、能力もある。度の過ぎた善性がありながら、敵対する勢力の話も聞く度量もある。イリスティアは王配に発言権はないに等しいが、上手くすれば夜会や茶会での会話中にそうと知られずに情報を流すことも容易だろう。
アリッサ様は、そういう女性としては出来過ぎな方だ。
「珍しいな」
「…………何?」
「あなたが俺の発言を反論せずにまともに肯定するところが」
「…………。あなたの中のヴィシック像を問いただす必要性を感じるわ」
だが確かに珍しいかもしれない。けれど、エリオス殿下とカインだけならば政敵なので反論もするが、今ここで否定すればジェイク様の趣味を悪いと言っていることになる。ヴィシックだって自分の主人を否定する発言はしない。
だがジェイク様は周りの誰にもアリッサ様を好きだなんて言ったことがない。私だって気づいただけだ。
ずっと傍にいて、見守ってきた主人なのだから。
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「…………ねぇ、アリッサ。君は最高の女性だよ。しっかりしていて気が利いて、とても可愛らしい。君と出会えた私は本当に運が良かった」
輸出路に関しての一定の案が出ると、紅茶に口をつけるアリッサ様へ、エリオス様が甘く囁いた。アリッサ様の手がふるりと震えて、カップの中の液体を揺らす。大丈夫かい?といたずらに微笑む顔に、アリッサ様が顔を真っ赤にしていた。
「きゅ、急にそんなこと言わないでください」
「急?よく言ってると思うけど?」
「あんまり言われるから嫌がらせかと思いましたわ。あなたにそう言われる度に、粗相をしてしまいそうになります」
「心外だな、本気なのに。君はなかなか信じてくれないけど、私は君が美人になる素質が十分にあると思っているんだ。きっとあと数年もしたら凛とした美女になるよ?今は可愛いの方がぴったりだけどね」
甘い甘い極上の笑み。
気まずそうにしているが、耳まで赤くなっているアリッサ様はどことなく嬉しそうだ。恋人に褒められて嬉しくない訳がないのだろう。
寧ろ気まずいのは私とか、カインとか、または我が主人の方である。
カインはエリオス様の使用人達だけでなく、ジェイク様の使用人の前でそれが行われていることに居心地悪そうに肩を揺らした。エリオス様付きの使用人は皆似たり寄ったりに苦笑か困った顔をしている。慣れたものなのだろう。
ちなみにジェイク様付きの使用人は砂を吐きそうな感情を押し殺していた。この頃恋人と別れた子はリア充爆発しろと、ニコニコ笑いながら思いが漏れ出していた。主人達の前で止めなさい、とは主人達の前では言えない。
「賭けてもいい。君以上の美女にはきっとお目にかかることはないだろうね。可愛い私の姫君」
いや、止めてくれと言わなければいけないのはエリオス様の方ではないだろうか?ジェイク様は(ヘタレなので)こんなことは言わないので、聞きなれず鳥肌が立ちそうだ。
恋人の甘い言葉に胸踊らせる子ならいざ知らず、自分のようなものには場違い過ぎてええっと……の状態だ。
そもそもジェイク様は大丈夫だろうか?精悍な顔立ちに似合わず、あれで乙女なのだ。女々しいのである。
自分の好きな相手と兄が目の前であれほどいちゃいちゃしているのを見て平静でいられるものか…………
と見れば、ジェイク様は二人の様子をなんとも言えない顔で見ていた。やはり辛いのだろう。好きな相手が幸せそうに笑っている。それを壊すような主人ではない。だが、それとこれとはまた別なのだろう。
ソファーの肘掛に肘を立て、頬杖をつく。それは二人の様子を呆れたように見ているだけに見えたが、その顔がつ……、とこちらを向いた。
納得、という視線。?何に納得したのか?
「兄上」
さっと席を立ち、二人に向かって礼をする。
「有意義な時間でした。…が、人前でそういうことをするのは止めていただきたい。せめてご自分の使用人の前だけでお願いしますよ。俺はもう戻りますから、後はーーーー……、、ご存分に」
ーーーーそんなに溜めなきゃいけないくらい言いたくないんなら止めればいいのに……。
内心を考えると可哀想だが、客観的にはヘタレだ。
「ま、まぁ、……ジェイク様ったら…」
「ふぅん、ありがとう。良い弟を持って幸せだね」
恥ずかしがるアリッサ様。にこりと笑うエリオス様。
いや、通じてないみたいで良かったのか可哀想なのか。
完璧に打ちひしがれている様子を見てとって呆れしか出てこない私も私だが…
「ヴィシック、お前は執務室まで付いて来い。他は仕事に戻っていい」
部屋から出て一番最初の言葉だ。
「え、しかし……」
「護衛ならお前だけでいいだろう?」
信頼の言葉を寄せられて嬉しくないわけがない。何故一人なのかと言う疑問は横に置いて、他の使用人に解散を言い渡した。
「それで、一体どうされたのです?」
「あぁ、いや、だな」
執務室の扉を閉めながら聞けば、ジェイク様が頬をかく。
「兄上がアリッサのことを美人だと言っただろう?」
「え?ええ、はい」
「俺はな……アリッサのことを美人だと思ったことがないんだ」
「は……?」
「いや、別に顔が良くないと思っているわけじゃない。可愛い。アリッサは凄く可愛い。だがな……」
「…………。(その可愛いは本人には何故言えないのか)」
「兄上が君以上の美女には会えない、と言った瞬間違和感があったんだ。なんでかって考えて、だな」
悩ましげに顔を歪めてヴィシックの顔を指差した。
「ヴィシック、眼鏡外してくれないか?」
「え?は、い?」
「いいから。あとキャップも」
「い、いや駄目ですよ。仕事中ですし私髪が長いから入れるの大変ーーーー」
「早くしろ。確かめたいんだから」
「あ、ちょっーー」
主人相手に本気の抵抗はできない。泣く泣く奪われてヴィシックは溜息をついた。
「一体なんだって言うんです。顔自体はいつも見ていらっしゃるでしょう?」
「…………そうだな、だがーーーー」
ーーーーお前が一番、やっぱり美人だ。
そう、その男は言った。
あまりにも自然にそう言われたから、ひゅっ、と息を飲んだ。
「その姿だと出会った頃を思い出すな。紫の瞳。紫銀の一族の特徴、か。髪もどうせなら銀色のままで見たかった」
零れたまっすぐな“黒に染め直した髪”を掬い上げて、そんなことを言う。
紫銀の一族。
紫の瞳と銀色の髪を持った少数民族で、その色彩の美しさから捕まれば高値で売り買いされる。ヴィシックがそうだったように。
そう、ヴィシックはかつて奴隷だったのだ。逃げ出した先で気まぐれにこの人が助けてくれるまで。
「今更、あの色を人前には出せませんよ」
今でも折を見て染め直す銀糸の髪。そうか……と何処かつまらなそうに溜息をつかれた。
「まぁ、アリッサも可愛いんだが、お前はまた別なんだよな。見慣れない色だし、お前以外に紫銀の一族にあったことはないけど、お前以上はいないと思う。まっすぐな瞳も、やっぱり綺麗だ」
躊躇いのない言葉。まっすぐに見つめるのは貴方だと叫びたいくらい恥ずかしくなる。
「ぁ、あのですねっ、そう言うことはアリッサ様に言うべきです!私を口説いてどうするんですっ」
「口説く?!いや、そんなつもりはっ!美人はお前だと言っただけだろう?!」
「〜〜〜〜〜〜っ(あぁもうっ)!!」
馬鹿者それを口説くと言うんだ!
それを口に出せればどれ程楽になっただろう。
けれど口に出せぬまま、真っ赤になった頬を隠すために俯くしかなかったのである。
ーーーーーーーー
『お前、俺のところに来るか?』
そう言って伸ばされた手を取った瞬間に、私の運命は決まった。
その人が私の光になった。
この人の為に在りたいと思った。
「頰が未だに熱いじゃないの、馬鹿」
冷たい手で頬を抑える。
ーーーー嬉しくないわけがなかった。
自分の容姿を褒められて嬉しくないわけがなかった。
ーーーー例え別の方に恋していても、その方を差し置いて美人だと、綺麗だと言ってもらえて嬉しくないわけがない。
ずっと見続けた人だった。
ずっと大切な人だった。
多分ずっと叶わない、そんな恋を続けて。
けれどこのまま一番近くで大切な人を見ていることのできる私は幸せなのだろうと、月夜の中思ったのだ。
続きそうな終わりになって申し訳ないです。
暇つぶしに書いたにしては登場人物達を気に入ってしまいました。ヴィシックの心のツッコミのキレをもう少し出したかった。連載してるのが落ち着いたらまた書きたいですね。
最初の方に出てきた国名、イリスティアとライセン、ピンときた方今週は本当すみませんでした。