4話17 二対一
突如、目の前に落ちた時計塔は黒い化け物を飲み込むとその勢いを止めず地面と接した。
途方もない質量は接触と同時に周囲を己の生み出した衝撃で次々と瓦礫の山へと変えていく。
落下地点のすぐ傍に居たガンド自身もその衝撃を受け、どうにか吹き飛ばされないよう短剣を地面に突き刺し耐え凌ぐしかなかった。
ただ、通り過ぎる暴力を前にガンドは目を開ける事も叶わない。耳も何かが壊れる音と風の音で何も聞こえない。
だが、徐々に暴風は収まり始め、たった数秒の過ぎ去った暴力の嵐にガンドは安堵すると剣を地面から引き抜き、頬を拭うとよろよろと立ち上がる。
そしてあれだけの衝撃だったにも関わらず奇跡的にも飛び回っていた瓦礫は膝をついていたガンド、後ろに背負っていたネロには一度も当たる事は無かった。
が、それでも小さな破片や瓦礫は服や肌を切り裂き大量の切り傷を残していった。と、立ち上がったガンドは背負っていネロの様子を確認し呆れる声を上げる。
「どうなってんだよ。」
自身がすでにボロボロの状態の中で背後で寝息を立てるネロの皮膚には擦り傷一つ見つからない。
もしかしたら俺が小石避けになったのか?一瞬そう考えたが、ネロの服は明らかに背負う前より劣化しているのを見るとその考えが間違っていることがわかる。
となれば答えは簡単だった。今の死ぬかもしれないとまで思わせた出来事はこの化け物にとってはただの強い風ぐらいだったのだろうか。
そんな事を思い始めるとなお一層に呆れてしまう。もはやこの男は人間じゃないんじゃないか?そう考えた方が妥当だとも思ってしまう始末。
しかし、今はそんな他人のどうでもいい事を考えている暇はない。ガンドは身体についた砂を大雑把に落とすと周りを何度も見渡す・・・が、変わり果てた街並みに表情が濁る。
「ミルたちの居る方向どっちだ・・・?」
許容範囲を超えた移動に破壊尽くされた街並みは完全に自分が居る方向を見失わせていた。
「何を呆けてるんだい?」
突然、声をかれられガンドは肩を竦ませる。いつの間にここまで移動したのだろうか、鎖で身を包んだ少年がガンドの隣に音も無く降り立った。
「帰り道分かんねぇんだけど。」
ガンドは相手の姿を確認して、こうして元来た道を見失う羽目になった少年に目を細め手睨んだ。
「あぁ、そういう事ね。」
なるほど。そう付け足しながら少年は渋る様に指を指す。
「あっちに走って行けば・・・ルアス達には合流出来ない事は~無いけど・・・。」
渋りながらも少年は「行かせた方がいいのかなぁ」と、首を傾げる。
「何かまずい事でもあるのか?」
もし仮に今、目の前で話している相手が一般人ならば手に止めず走り出す場面だっただろう。だが相手が相手。自分より遥かに強い人が渋っているのだ。その判断が死を招く可能性は十分に高かった。
だから俺も相手の答えが出るまでその場で立ち止まる。
「向こうはこっちより混沌としてるんだよね~・・・。正直、そんな所にネロを連れて行きたくない・・・(笑)」
行っていいのかわからない絶妙な言い方にガンドは判断しかねていた。その後、少年はその場で数秒、思考し考えが纏まったのか唐突に頭を覆っていた鎖が四散した。
鎖の鎧で隠れていた素顔を見せつけられガンドは目を見開いた。
それもそのはず、中に入っていたのが少年だという事は声音や丈からして大体予想はついていたがまさか少年の顔が今も背負っている男と瓜二つとなれば驚きもするだろう。
「兄弟か・・・?」
「んや、赤の他人だよ。そもそも僕は魔物だからね。」
堂々と、そして軽々と自身が魔物だと告白した少年に更に驚きを付け足されたガンドは口を開きっぱなしになるが少年は無視しこう続けた。
「そんな驚かないでよ、なんだか恥ずかしいな~。ともあれ、少なからずここからは君にも手伝ってもらうんだ。素性をばらした方が信頼してもらえるってネロが前言ってたし?」
まるでつい先日覚えた知識をお披露目した子供みたく眉を上げる少年にガンドはどうだがと口を動かす。
「いや、人にそればらしたら逆に信頼されないぞ・・・。」
「そうかな?」
無邪気に笑みを浮かべる少年を見たガンドはもう半ばどうでも良くなったのか少年に笑みを浮かべる。
「でさ、気になったんだが俺は何を手伝えばいいんだ?」
目の前の大きな脅威が無くなった今、残されているのはこの瓦礫の後片付けか、もしくは死体の回収か。なんにせよ、まだ楽なのには変わりないはずだ。
「あぁ、あぁ、なるほどね。もう終わったと思ってたんだ。そうだね、もうそろそろかな。」
「もうそろそろって何が・・・。」
少年の言葉に疑問を抱くガンドだったが、次の瞬間には少年の言うそろそろの意味を理解する。
ちょうど時計塔の方角から何かが崩れる音が二人の耳に入る。
「・・・・あぁ・・・理解したよ・・・。」
その様子を見てガンドは少年の言う意味を理解した。刹那、目の前には数えきれない量の白い鎖が奥行きを持たせて網状に張り巡らされる。そこへ時計塔から勢いよく飛び出してきた黒い化け物が鎖に吸い込まれるようにその身を食い込ませた。
『ギュルラガァァァァァ!!!!!!!!!!!!!』
これまで見ていた化け物とはまるで別種と思わせるほど荒々しく突撃してきた化け物は時計塔からガンド達の中間辺りまで突進の勢いで鎖を破壊して進行するが、そこで勢いを殺され停止する姿を見てガンドは内心、ほっとする。
が、それも束の間、一度停止した化け物は残りの鎖を鎖を喰い千切る、引き千切るなどして徐々にガンドとの距離を縮めていく。
まだ二人と化け物の間には大きな余裕があるにも関わらずガンドの背中には殺気の刃が突き刺さった。
「怒り狂ってますね~。そりゃ頭にあんなのぶつけられたらキレますか。」
「何この状況で余裕見せてんだよ。」
俺は今も進行する相手の純粋な殺意に目を逸らせない中、横から聞こえる余裕たっぷりの声音に余裕が全くない俺はつい強気に言葉を返してしまう。
「大丈夫ですよ、このままゆっくり後退しながら削れば・・・!?」
正直、この少年はどういう訳か相手を侮っていいたのだろう。そうでもしなければこんな目を離せない状況で俺の方を見はしないだろうから。
故に、その一瞬を突いた相手の行動は完全に少年の上を行った。
一瞬にして砂煙を上げ身を眩ませた相手に少年は戸惑った。が、ガンドは相手の行動を読んでいた。
「下だ!!!!!」
「くっ!!!」
ガンドの声を聞いた少年は咄嗟に白く棘が付いた鎖を地面に広げ飛び退くと同時に地面から化け物は棘に身を裂かれながらもガンドの身体を上回るほどの大きさの腕が少年の足を掴み上げる。
「おらぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」
力の限り声を上げ繰り出した刃は、化け物が腕に力を入れるより早く剣先が黒い腕を断ち切った。
ただの青年かと思っていた人間がレイスの腕を断ち切る姿を見た、その断面の様子を見てシャドは目を大きく見開いた。そしてそれはレイスも同じで、それがこの二人の生死を決める大きな糸口となったのだった。
自身の腕がもがれた事に黒い化け物は驚異の優先度を鎖の少年から横の人間に切り変えた。そしてそれは相手にも伝わったのだろうか真紅の右目に研ぎ澄まされた茶色の双眼が移り込む。
ガンドも相手の狙いが自分だと気づいたがそれよりも一歩、早く行動に移した化け物はガンドが咄嗟に剣を構え直す時には地面から突き出た尾の様な細長い触手が数本、ガンド目掛けて薙がれる寸前だった。
狙いがガンドに変わったことにガンド自身が理解するより先にその事に気づいたのはシャドだった。
自由落下する中でガンドの周りに白い鎖を生成させる準備はすでに終えていた。
そのおかげで尾が地面から突き出すと同時に生成された白い鎖は全ての尾を迎撃し地面と尾を縫い合わせる。
が、それは相手のレイスもわかっていたのだろう。自身の触手が縫い合わされる。相手の意識が逸れる瞬間に、地面から振り抜かれた左腕がシャドに迫る。
迫る左腕を前にシャドは辛うじて生成した四本の鎖で攻撃を出来る限り抑え込んだ。ふと左に目を向ければネロを背負った青年が援護しようと動こうとしていた。
「ニンゲン!!!!目だ!!!!!!!」
名前も知らない相手だ。こう言う以外他なかった。それでも、シャドの不安を掻き消す様に青年の短剣は一筋の線となり迷うことなくレイスの右目に深々と突き刺さったのだ。
それでも化け物の腕は止まらない。気持ち程度に抑えた腕はガンドが右目に到達する時間稼ぎにはなったが威力は抑えてくれなかったようだ。
その間にも両腕に巻き付けた鎖で化け物の左腕を受けるが少年は凄まじく大きな鈍い音と共に一瞬にして遥か彼方へ吹き飛ばされた。
ようやく一人減った厄介者に化け物は歓喜の叫び声を発す。これまでの戦いで溜まりに溜まった言いようの無い感情を右目を潰した相手にぶつけられると思うと右目の痛みも和らいだ。
『ッ!!!!』
が、次の瞬間。一匹の敵を飛ばした方から音がなる。それはこの戦闘で最も聞いた音・・・甲高い、鉄と鉄が擦れ合う音だった。
咄嗟に音のする方角を向くと一本の鎖がかなりの速度で地面を抉る様に吹き飛ばした敵の方に向かって張り詰めていた。そして鎖はどこかと繋がっているようだ。その鎖の根元は・・・と、レイスは横で剣を下段に構える人間に目をやった。
正式にはその青年の後ろで巻き付く鎖に目をやったのだ。つい先ほど、戦い致命傷を負わせ、戦闘不能まで持ち込んだ天敵と人間を巻くその鎖は地面へと伸びていて・・・そこでようやくレイスが理解する頃には人間は一瞬にして鎖に連れられその場から姿を消し、自身の両足は分断されていた。




