4話12 貴方は化け物
後ろに一歩だけ身を引いた瞬間、レイスを拘束する大小様々に形を成す黒い瘴気が四散する。
「や・・・。」
自分の犯したミスを俺はいつまでも悔やむだろう。そう確信を持った時には自身の腰より少し上がレイスの拳にくり抜かれ大きな穴が空いていた。
そして時が動き始める様に血飛沫が背後で扇状に広がり、俺はその赤く染まった地面に膝をつく。
決して知らなかったわけではない。自身のみの場合の黒い瘴気の有効範囲を。元より瘴気を無制限に使えたのは体内で魔力として寄生するシャドの影響だった。
それが本来の持ち主でもない俺が使おうとした所で何のデメリットも無しに使えると思ったら大間違いだ。
まず有効射程の収縮、自分を中心に半径3メートルが限度らしい。それと黒い瘴気の物質化に伴う耐久力の低下。
内心、レイスの蹴りを防御した時は冷や汗をかいた。が、上記のデメリットは事前にシャドから知らされ今回の戦いでもそれを忘れた事は一度も無かった。
はずなのに、レイスの瀕死の姿を見るや頭の中で考えるはずが無いある疑問が生まれた。
父を、友を、大勢の仲間を殺されてから今まで生きてきた理由でもなるレイス討伐を、まさか自分自身で問うとは思わなかった。
でも所詮は疑問とあしらってレイスに止めは刺せた。しかし、出来なかった。できそうになかった。
その事実に俺は一歩、後ずさってしまったのだ。
俺は力無く崩れ落ちる中、背後を見るとそこには居る筈の無い母の姿を見た。
「・・・ざっけんな!!!!!!」
意識が途切れようとした瞬間、地面に倒れ込むギリギリの所で俺は拳を地面につける。
「なんで、そこで母さんが出てくんだよ・・・。」
母親は俺が生まれた直後に自身の持つ持病に耐え切れずこの世を去った。
だから俺は親の姿は写真でしか知らなかった。
なのに、その姿がほんの僅かの間、薄れる意識の中ではっきりと色となってレイスに重なったのはなんでだ。
どうしてその瞬間、なにに対する怒りかも分からず俺はなぜ親父を憎んだ。
そのあり得ない考えが俺から離れる意識を辛うじて繋ぎ止めた。
「んな事、今まで無かったのによ。」
俺はよろよろとその場で立ち上がる。ふと、穴の開いた箇所を見るとどうにか無意識の内に瘴気が空いた箇所を修復しようと世話しなく動いている。
恐らく、さっき倒れていたら意識が無くなると同時に延命処置であるこの瘴気も消えていただろう。
だが、負った傷が致命傷なのに変わりはない。現に立っているのが精一杯といった具合だ。
その様子をただジッと観察していたレイスは俺が立ち上がった事に警戒したが、すぐさま飛び掛かる。
が、振り下ろされた拳は突如、現れた小さな少年によって防がれた。
「うん、久しぶりだね、レイス。」
『ウェイキュ!?』
ニコッと笑みを浮かべた白髪の少年に合わせて少年の背後から何本もの白い鎖が現れたと思うとそれらはレイスを穿たんとそれぞれ突撃し始める。
「シャ・・・ド・・・?」
どうにか振り絞る様に出された声にシャドは顔だけこちらに向け・・・。
「おっと?」
と、そこで力尽きた俺はシャドに覆いかぶさるように倒れ込む。
「なんだい、なんだいなんだい。今更になって僕の誕生を祝ってくれるのかい?」
陽気に答えるシャドだが俺にはそれに答える余裕も力も無い。
そもそも今、戦闘中だぞ・・・。
心の中で力無くツッコんでみるも当然、相手には届かない。しかし、その間、レイスはシャドの出したん鎖を避けるのに集中している。
「まぁ、ネロはゆっくり休みなよ。僕とババアの予想が当たっていればその傷を負う原因になった出来事は言わば兆しだ。」
シャドの言うことが理解できなかった。兆し?予想?一体なんの事を言っているのだろうか。もし仮に俺がレイスを殺すのを躊躇することをルアスが予め知っていたのなら後で問いただす必要がある。
そこまで考えて俺はシャドにダメ元で向こう側の事を聞いた。
「ロロは・・・ロボは上手くやったか・・・?」
「あぁ、大丈夫でしょ。あっちには・・・」
そこまで言ってシャドは俺を抱えたまま大きく後ろに後退する。
それと同時に俺達の居た場所にレイスの拳が突き刺さる。
「・・・怖~い隠居ババアが行ってるから。ネロは大船に乗った気分で寝てていいよ」
「そう・・か・・・。」
なら、俺はシャドの言う通り安心してもいいのかもしれない。にしても俺、やられ過ぎ・・・。と、自身に突っ込むと同時に張り詰めた糸が切れる様に俺の意識は深い闇に沈む。
「寝ちゃったか・・・次に起きた時には朗報を聞かせる準備をしておくよ。」
『ウェイキュゥゥゥゥ!!!!!!!!』
「うるさいなぁ、ネロが起きちまうでしょ。さすがに僕は貴方を悲しく思うよ、だって・・・」
『ウェイキュユユユユ!!!!!???』
「なんだし。だから何にも思わない訳ないしネロを傷つけても一般的には文句は言えないだろうけど・・・。」
途中、聞く耳を持たないレイスの叫び声を前にしてもシャドは止まらず喋り、自身の肩に寄りかかる青年の髪を撫でて微笑んだ。そして。
「でもさ、それは化け物になった貴方が出来る立場じゃないよな。」
最後に今まで見せた事の無いぐらいの眼力を相手に浴びせた。




