3話17 泥
抱きしめながらも怖い夢でも見た子供の様に話し始めたネロは自身の持つ過去や真実を全て聞き終えるには何分・・・いや、一時間ぐらい掛かっただろうか。
ネロが実はバスネスタからそう遠くない国の王様と聞かされた時はどうしても疑ってしまった。だが、そんな浅はかな疑いは国の名前を聞いて一蹴された。
ゼウドラ、位置的に言えばバルネスタから北に二日程度歩いた場所にあるのだが、場所が場所、そこはすでに魔族領と成り果てた壁の向こう側。
数十年も前にゼウドラ国の王が狂った・・・。と、私はそこまで説明したところでネロを見て口を紡ぐ。
しかし、ネロはそれは仕方ない。と一言で済ませ真実を話す。
その内容は十数年前にゼウドラ国の王が反乱・・・という事実は本来の事件を隠す為の虚偽であると、その真相をネロ本人から聞かされ鳥肌が立った。
ある二国の反乱と同時に魔物の大群が人類領目掛けて進行してきた。それをどうにか人類側は様々な国が同盟を組み二国の反乱と魔物の進行を阻止。
したものの代償として大量の人々と領土を失ったらしい。その失った領土にある国の一つがゼウドラ。そしてネロはその時に父親はネロを助けるために忘却、つまり世界からその存在を忘れさせるレイスという化け物に殺され、世界から姿を消した・・・。
その話だけでも相当な驚きだったが、更に驚かされたのはその戦いにネロはお父様、さらにはシーナとレイス討伐に参加していたというから少々疑惑の念が湧く。
さすがにそれはどうかと問いただせばネロはレイス戦の代償に肉体の劣化の時間を止められたらしく、ホロウに食われていたシャドはその時にはすでに体内に侵入していたおかげもありどうにか存在までは消されなかったらしい。
シーナについてはシーナ自身の話なのもあり話してくれはしなかったが、ネロは一日にして父親、家、友、そして魔王としての業を背負い、死人の様に魔族領を彷徨い続けたそうだ。
そしてルアスと出会ったネロは力を付けつつ徐々に心の傷を癒すのではなく隠し、そして唐突にルアスの元を離れた。
それから私に会うまでは何度かゼウドラやバルネスタには顔を出したらしいが目立った変化は無く、ゼウドラに関してはネロが魔王だという事実を信じず、尊敬のまなざしさえ向けた。それがネロは途轍もなく気持ち悪く。
それはレイスの魔力でネロのお父さんの死が無かった事にされているせいで父の威厳が俺に流れただけだと知ったネロはその重圧に耐えられず旅に出た。
旅に出たネロは世界の端っこまで歩いたとその時の感情を乗せ喋り出す。
始めから父と何人もの仲間を死に追いやった罪の意識、父の業績を全て乗せられた重さを乗せた旅は夜は魘され、酷い時には幻聴さえ聞こえたらしい。そんな中で途中、魔物を飼いならす盗賊に襲われている商人を助けた事でさらにネロを苦しめた。
余りにも圧倒的な力の差、欠伸一つで肉塊と化す魔物、それだけでも普通の人間には恐怖だったが、助けた商人はネロを見て震える指でこう叫んだらしい。
『ま、魔王ネロだ!!寄るな化け物。おおおおい助けてくれ!!!』そう叫びながら商人が盗賊の元に駆け寄るのを見てネロはどう思ったと思う?そうネロは精一杯の軽口を叩く。
その後も行く先々で魔王、化け物、人外、殺人鬼、生きる死神、悪魔等様々な呼び方をされ続けたネロは人類領の端でとうとう隠し続けたボロボロの心は人としての感情と一緒に歪な音を出し壊れ、割れた感情の中からあふれ出したのはどす黒い復讐心だけだった。
世界の端で頭を抱えるネロに世界は優しくは無く、優しさと言う理不尽をネロに押し付ける。壊れた心に惹かれ海の向こうから声が聞えたらしい。その声に答えてしまったネロは気づけば向こう側の世界に立たされていたらしい。
ここから向こうの世界の話はネロ一人で話していいのかわからないからとあやふやになったが、向こう側で心は直され、人としての感情を強引に持たせれたまま過ごしていく内にある集落に辿り着いたらしい。
そこでネロは魔王としてのネロでは無くただの旅の迷い人として迎えられた。久しぶりに感じた人の優しさはルアスや向こうの住民にも治せなかったネロの心をゆっくりと治してくれた。
そうしてしばらくの時間を過ごしたのちに、ダールから手紙が届き、再びダールに再開しよう城に向かう途中、私にあったらしい。
そこからネロはたった数日の事を思い出の様に喋り始める。向こう側で人間の心を取り戻せたおかげで私と出会えたとか、私のおかげでどろどろの感情が消えたとかこっ恥ずかしい事を生き生きと喋るネロは最初の脅える顔とは一変、夢を語るこどものようだった。
その後も今までの事を一通り話切ったネロは最後に「もうひとつだけいいか?」と、確認を取ると、あるおとぎ話。一人の英雄について喋り始めた。
「これは今では忘れられた英雄の話。
昔、マモノと私たちは敵対していました。マモノは人の事を食べ物としか見ておらず、私たちはマモノを敵としか見ていなかったからです。
何百年もマモノと戦っていく内に私たちは疲弊し、徐々にマモノが力を強めていきました。
みんながこのままでは負ける!どうしよう!そう声を出していると、一人の少年が笑いながら言いました。その言葉を聞いた大人たちはその日からある物を捨て始めました。
人としてあるべき理性をみんなは敵を倒す為だけに捨てていきます。
その結果、森は溶け、海は黒く、空は血で赤く染まりました。その様子を見ていたある国の落ちぶれた若き王が英雄になると錆びたかけの剣を取りました。
それは愛しき妻の為、これから先、生まれてくる我が子の為に世界を平和にしたいという純粋な願いの為でした。
英雄は仲間を集めるために旅に出ました。時に賢く、時に強引に、時にはずるをして9人の信頼できる仲間を手に入れたのです。
そして英雄は反撃に出ます。火を吐く鯨、狼男毒を撒く奇鳥、狂わせ夢、地を食らう蛸、牛頭の巨人、七面鰐、人間の真似をする悪魔、そして人。
中には話が出来るマモノもいました。でも、ほとんどが私たちの事を食べ物としか見ていませんでした。
そして英雄たちは時に喜びを分かち合い、仲間の死を嘆き、とうとう魔物は絶滅寸前まで追い詰められました。
その様子を見て慌てふためく魔物側の七人の王。そこに英雄はある提案を出しました。
『世界の半分をあげるので戦うのは終わりにしませんか?』
その言葉を受け七人の王は困り果てます。が、その内の二番目に強い一人の王が満面の笑みで答えました。
『ワカッタ、モウタタカワナイ。シンジテアゲル!』
その意見に一番強い王も頷き、二つの強大な力を持つ王を前に他の王たちも喜びました。
そして、魔族側は大きな棒で線を引くと人間とマモノの間にはとても大きな溝が出来上がりました。
そこに二人の王と人間側の魔法使いは互いに来れないように毒の雷を降らせ、その谷をアルブランの摩天と名付けました。
そして無事、世界に平和を作った英雄は家に帰り幸せに暮らしました。
とさ。」
「凄く家族思いのお父様だったのね。」
話終えたのを見計らい呆れるように言った私の言葉にネロは面食らったように目を点にする。
「なんでわかったんだ・・・?話的に何百年も前の話だぞ!?」
「その話って厄災戦の話ででしょ?何百年も続いた厄災戦は10人の英雄のおかげで二年で終らせた。でも誰もその英雄たちの事を覚えてない。完全に貴方の身内の話じゃない。それに色々と言いたいことはあるけど貴方の今の話し方、城の子供たちが親の自慢話を私にしてくる様にソックリなんだもの。」
ネロの肩に頬をくっつけ笑うように答えると、ネロは思い出に浸った顔でどこか遠い空を見上げる。
「誰かに・・・誰かに覚えてほしいから。凄いのは俺じゃなく親父が凄い奴なんだって・・・。」
涙を噛みしめる様に目を擦るネロの髪を私はそっと撫でる。
「大丈夫よ、もう忘れないわ。貴方の大好きなお父さんの事・・・そして貴方もお父さんに負けないぐらい凄い人よ、絶対に。」
「ありがとう。」
照れくさそうに礼を言うネロを見て「やっぱりね。」そう私は薄っすらと頬に笑みを浮かべながら立ち上がる。
「どうしたんだ?」
突然、立ち上がる私の様子を見てネロは少し困惑するがその様子を見て私はどうしようもないわねと口をぽかんと開ける。どうもこの男は時々常人離れの馬鹿になる。しかも、今のネロはいつものかっこよさの欠片も無い。むしろかっこ悪い。
目の前でのノホホーンと困惑するネロの様子はまさに子供そのものだ。それはそれで可愛い・・・けども!
「あのね、さすがにこんな長時間も抱き着かれてたら辛いわよ・・・?」
「た、たしかにそうだな・・・。」
ネロは自身がもし1時間も抱き着かれたらと想像したのか一瞬だけ嫌な顔をするが、すぐさま何かを思い出したように指を鳴らす。
「なら、なんで退かなかったんだ?」
「貴方から抱き寄せたからよ!」
「た、たしかに!」
「まぁ・・・・許す・・。」
今はこんな事でネロにがみがみと言ってる場合じゃない。もっと大きな収穫があったのだから。そう考えるとネロの顔を見るだけで頬は紅潮し、目も合わせれない。
「どうしたロロ・・?もしかして・・・嫌」
「こんな事で嫌いにならないわよ!」
弱弱しいネロを尻目に私は顔を隠すように背中を見せ一言。『解除』と、声に出すと同時に今あった白い世界が砂のように崩れ落ちる。この崩れ落ちる演出も私なりに考えたこの空間の消滅方法だ。
白い砂埃に目を奪われた次の瞬間には私とネロはルアスの家にある椅子に腰掛けている。まるで今まであったことがなかったように。
「あ、え?は!?」
いきなり現実に戻されたネロは身体のあちこちを触る。その様は、対面に座るロボからすれば唐突に慌てる危ない人だ。
互い戸惑うネロとロボを見て笑っていたいのは山々だが今は時間がない。私は二人を差し置いて急ぎ足に自室へ向かう。
そして部屋に駆け込むなり鍵を閉め私はベッドに転がり込んだ。
「ネロ・・・ネロネロネロ・・・。」
ベッドで私は悶えるように胸に抱く感情に浸る。胸が痛い。まるで深い泥に嵌るように体中をある感情が纏わりつく。それは目を閉じれば余計に感じ、胸はより締め付けられる。
今日、ネロの話を全て聞き、それでいてネロの全てを知った。だからこそ私は余計にネロを放したくない。これ以上今日みたいな弱気なネロを見たくない。
そう思うと同時に私は不確定な予感が的中していることに気が付く。それはまるで黒い泥のような物が脳に染み渡るような気持ち悪い感覚で、その事をネロやルアスに話そうとしても声が出ない。
すでに黒い泥に浸食された脳はどれだけ別の事を考えてもある事しか頭に思い浮かばない。
離れたくない。
離れたくない。
離れたくない。
離れたくない。
離れたくない。
離れたくない。
傍に居たい。
傍に居たい。
傍に居たい。
傍に居たい。
傍に居たい。
傍に居たい。
―――――誰にも渡したくない。
あぁ、これが恋なの。苦しい。前はネロの傍にいるだけで嬉しかったのに、今は誰かと口を聞くだけで胸が張り裂けそう・・・。ネロとならどこにでも行ける気がする。そう、二人だけの世界に・・・?
「あぁ。ネロ・・・貴方を独占したい。貴方の中で永遠になりたい・・・。なっちゃ・・・だめなの・・・?」
その時、私の中で蠢く泥のような種が発芽する。白い花はそれに気が付かない。それが私の意志だと思うから。
誰か・・・助けて・・・自分が自分じゃなくなりそう・・・ネロ・・・・助けて・・・。
助けを呼ぼうとしても声が出せない。
頭の中で自分の意志に関係なく言葉が木霊する。
これが本当の私。
何も怖がることは無いわ。
だから助けを呼ぶ必要もない。
貴方はただいつもの私を演じればいい。
それはまるでもう一人の自分に口止めされてるような錯覚に陥ってしまう。自分にあらがう方法などわかるはずがない。
―――――そうすれば・・・ネロは貴方の物。
その時、張り詰めた糸が切れる様にベッドで縮こまり胸を押さえていたロロは胸から手を下ろすとそっと目を開く。その眼光は途轍もなく綺麗な赤色に輝いていた。
「ネロ・・・殺したいほど好きよ。」
そこには純粋にネロを求め、ネロの事が好きだったロロの姿は無い。広間で戦った魔物に浸食されたロロの感情は徐々に、しかし早く、その純粋な色を変えた。




