三話6 混沌のシャド
俺は振り抜いた剣を強く握り絞める。小さく息を吐き、目標を見定め、身に染みついた構えを取る。その間、剣は自身の魔力を蓄える事で薄暗く発光していた。あの頃の俺なら一人でホロウと戦う勇気も戦うだけの力は無かった。これは俺がこの数年の苦難が無駄で無かった事への証明だ。
「行くか。」
俺は再度、剣を強く握り絞めると蓄えた魔力を、剣を水平に薙ぐと同時に放出。自身も振り抜いた瞬間に全力で床を蹴る。水平に飛んでいく薄暗い斬撃は先方の魔物を半身に斬り分ける。そして俺は斬撃を盾にするように高速で移動し、素早く魔物の群れに飛び込んだ。
広間の中は混沌を極めていた。幾億の魔物の死体の山が築かれ始めて10分が経とうとしている。その間、奥に居座るホロウと、その付近で徘徊しながらも常にこちらの様子を疑う三体の魔物。
一匹は全身黒い体毛い覆われ頭に牛頭を被っていた。しかし、サイズがずば抜けて大きく、こちらを見つめるだけでその存在感が伝わってくる。
そのほかに、姿こそ人間のそれに近いが顔が無く、全身が薄気味悪く光に反射する魔物。見た目は似ているが顔には無数の複眼が存在し、背中には結晶体の様な翼が生えた魔物は両腕にも結晶で作ったであろう槍を携えていた。
そのどれもが目た事の無い様な姿をしている事から、あの三体が厄災戦時の化物だということは明白だ。
しかし、幸いかそれ以外の大型の魔物達は広い空間での戦闘が基本なのか、巨体に似合わないこの広間での戦闘ではさほど脅威には感じなかった。
問題は人間サイズの魔物で、動きも早く、それぞれが独自のチームワークで追い詰めてくる。が。
「ロボ達の方が早さも力も強かったな。」
そう言いながら俺は飛び掛かる魔物を微塵に斬り刻む。その時、背後から一匹の巨大な魔物が上空から飛び込んできた。
俺はそれを危なげなく銅と腰を斬り分ける。と、そこで胴体からこちらを覗く不気味な複眼に気が付いた。俺はそれに狙いを定め、跳躍する。が、突如、足を大出量の何かに掴まれ俺は目を見開く。
それは巨大な手だった。その正体はついさっきまでホロウの近くで闊歩していた全身黒い毛並みで覆われた牛頭は音も無く背後に忍び寄ると掴んだ手とは逆の手で俺の胴体を鷲掴みにし、真紅の瞳で俺を凝視する。
「!!!」
完全に気配と音を消し去ったその奇襲により一瞬反応が遅れた俺は手から逃れようと力を込めるが、次の瞬間には魔物の咆哮と共に俺は目にも止まらぬ速さで入り口付近の壁に叩きつけられていた。
「痛って・・・。」
叩きつけられた全身に鈍い音と痛みが走り抜ける。多分、骨が二本は逝った。想定外だ。あの牛頭、多分。純粋な戦闘力だったらホロウより上だろう。しかし、想定外というのは自分の体に対してだ。
俺はどうにか立とうとするが上手く体が起こせない。そしてロロが突然飛んできた俺を見て駆け寄ってくる。
「ネロ!?」
「驚かせたか?」
俺は膝を着きながらも姿勢を立て直す。どうやら体が本調子じゃないらしい、今の一撃だけでも体の節々がまだ悲鳴を上げているのがいい証拠だ。そもそも、いつもなら掴まれる事さえなかったはずだ。さっきまではロロとの事で調子に乗ったが、今はあいつ等を倒せる気がしない。苦笑しながらも俺は頭の片隅に奥の手を使う。という考えも置いておいた。
「その腕・・・。」
しかし、ロロが声を上げた理由は俺が飛んできたことではなく、俺の胴体を掴む巨大な腕に驚いていた。
「腕?あぁ、ちょっと掴まれてな。地面に叩きつけられる前に斬ったらここまで飛ばされた。」
冗談めかしに笑い、俺は腕を斬り落とすのを見てロロは呆れたように枯れた笑い声を出す。
「ハハ、なんで笑ってられるのよ・・・。怖くないの?怖いわよね?あんな自分より数倍大きな魔物を相手にどうして・・・。」
「護りたいものがあるから。」
即答だった。ロロが呆れたように笑った時からなんとなく何を言われるか察しがついていた。
「ロロはまだ弱いからわからないだろけど、自分より大切な物を護れなかった奴は死ぬよりも、また次に大切な物を護れない方が死ぬより怖いんだ。それがロロを護る俺の原動力。それも踏まえて喋ろうとしたんだが、中々喋る機会を与えてくれないな世界って奴は。」
俺はかっこつけるようにそう言うと再び魔物の軍勢に向けて歩を進めた。しかし、完全に強がりだ。だが準備も万端、だいたい敵の強さもわかった。どうやら脅威なのはホロウと数匹だけみたいだ。俺は魔物の軍勢の周りに漂う黒い瘴気を見て嘲笑う。
が、それは全て本調子だったらの話だ。魔力切れ、体力切れの今の俺は恐らくロボ単体どころか魔物の一匹二匹でいい勝負だ。しかし、先の戦闘中、俺は敵に気づかれぬ様に微量ながら体から黒い瘴気を振り撒いていた。それは前に魔狼に使用した技だ。そのせいで黒い瘴気を戦闘には回せなかったが、俺は小さく息を吸うと魔狼との戦闘中に言った言葉に『最大火力』と付けたし俺の全魔力を込めて言い放つ。
「黒き我が焔で我が障害よ・・・『爆ぜろ!!!!最大火力で!!!!!!』」
「・・・!?」
言葉に反応し、黒い瘴気がせわしなく蠢き始める。ひとつずつが生き物の様に魔物達を包み込む。魔物がそれを危険と感じた時にはもう遅い。入り口から最も近い魔物付近の瘴気が光を放つと、途端に周囲の魔物を全て呑み込む程の黒炎の大爆発が起きた。
あまりにも大きな爆発は広間の半分を埋め尽くし黒炎の壁が出来る。一般的な炎と違い、黒い炎は俺の意志で燃える勢いも進行方向も変えられる。
空気の変わりに燃やすのは俺の魔力だ。目の前で次々と魔物が燃えカスになる中、ホロウ含む数体は悠々とこちらに迫っている。
「やっぱりこんなんじゃやられねぇか・・・。」
と、その時、ホロウが動いた。鰐の四俣に分かれた口を開け・・・。
「く・・・!!!」
俺は寸での所で右に姿勢を崩す。俺が居た所には互いに絡まった三本の舌が黒炎を縦に切り裂き床をも切り裂いていた。その様を見てホロウを見据える。
「ルアスの世界にも干渉出来んのかよ。」
ホロウの能力、レイスと対になるその力は記憶。ホロウの体液に触れたものは決してそこから形を変えない。木を切ればその木は永遠に切れたままで腐敗もしなけれな加工も不可能。ホロウに噛みつかれればどうやっても治せないが、悪化もしない。
つまり、神羅万象あらゆる物をそのままの状態で永遠に保存できる。が、それはホロウの自由だ。ホロウが変わるなと思えばそれはそこから変わらない。逆に変われと思うとそれはこらからも変化する。
そしてこの空間、ルアスの広間はルアスの意志無しでは物さえ動かせない。事実、あれほどの大爆発にも関わらず木製の椅子は炎の中で佇んでいる。
と、その時だった。ホロウの姿が消えた。まるでルアスの使う移動魔法の様に・・・。が、ルアスとは違い微弱魔力が移動している。その方向には。
「ロロ!防御魔法だ!!!!!!!」
声を荒げるがロロは俺の方を振り向くだけだった。違う、そうじゃない。すでにロロの背後から獣の様なカギ爪が、正面には黒い体毛の腕が迫っていた。跳躍すれば間に合うかもしれない。そう考え、足を蹴ろうとするが力が入らない。さらに俺の腹部に激痛が走る。それは結晶で出来た半透明の槍だった。
ルアスの加護のおかげで致命傷にまで至らなかったが、時空の切れ目の様な空間から姿を現した魔物はしめしめと喉を鳴らす。足止めをするには十分だ。
毎回、俺の一瞬の隙にロロが狙われる。どうも他者を護るのは苦手らしい。さらに連戦に次連戦、俺の体、魔力は残されていなかった・・・・・はぁ・・・・やるしかないか。
『やるの?』
どこからか発せられた声。それと同時に・・・・世界が停止した。勿論、本当に時が止まっているのではなく、限りなく遅く動いているのだ。
『どうする?』
再度、同じ声が頭に響く。
「久しぶりだな・・・。」
『そかもね。』
俺の問いかけに答えるように黒い瘴気が溢れ出ると、次第に姿を変え現れたそれは幼い頃の自分そのものだった。
「戻れると思うか?」
『最近、力使い過ぎたからね。でも大丈夫でしょ。いざとなればロロが助けてくれるよ。』
「戻れなかったら?」
『その時はもう二人ともおしまいだ。』
少年は幼子の様に笑う。そう、俺は黒い瘴気と話をしていた。自身の力とは別の、もう一つの魔力。レイス討伐戦からきっかけに使えるようになった黒い瘴気。
その正体は第三の魔物。本来ならば三体が地上に出るはずだった忘却のレイス、記憶のホロウ、そして混沌のシャド。しかし、迂闊にもシャドは生成直後にホロウに捕食され肉体を失い、ホロウの中で復讐に身を燃やしていた。
そんな中、ホロウを倒した俺に惚れ込んだシャドは俺の魔力の一部となっていてルアスのある修行で自我が目覚めたという。普段は喋る事が出来ないのだが、俺が暴走する直前にはこうして現れる。
「すまんな、お前にはいつも助けてもらってる。」
『僕は君だ。そしていつも僕に面白い景色を見せてくれる。まず自我に目覚めれたのも君のおかげさ。でもいいの?そのあとの暴走でロロを殺しちゃうかもよ?』
暴走、俺は意識をシャドに預ける事で数倍以上の身体能力を得る。しかし、その後、シャドの意識が切れるとしばらくの間は意識を瘴気に浸食され暴走する。今まではルアスにどうにかしてもらっていたが今は違う。
「お前を信じてる。」
『それは僕のセリフだよ。じゃあ覚悟はいい?』
覚悟は・・・・さっき・・いや、ダールからロロを奪った時に決めている。
「頼んだ。」
俺の力強い返事に少年は笑う。
『任された。』
次第に時間の流れが元に戻り始め、魔物は目の前で対峙していた人間の雰囲気の変わり方に戸惑う。魔物の紅い複眼には色を失った目が映り込む。そして俺の背後で蠢く黒い瘴気が不気味に笑った。ように見えた。
「ネロの邪魔しないでくれるかな?」
穏やかに微笑むその顔はなぜか幼子のように見え・・・・そう思う頃には魔物は黒い瘴気の渦に飲まれていった。




