二話8 全力と場数の差
満月の光が照らされる中、陰から陰に移動するその真紅の眼光が消える。すでに俺の横腹は痛みこそあるものの黒い瘴気により一時的に抑えられている。
「ワカレノキスハスンダヨウダナ!!!!」
声と共にロロの背後に現れた狼男が右のかぎ爪でロロの首を狙い水平に薙ぐ。しかし、薙いだはずのロロの首は健在で逆に薙いだかぎ爪は音も無く切り裂かれたように血を吹き出していた。
「ナンダト・・・。」
「え!?何!?」
狙われた本人は攻撃された事すらわかっていなかった。俺はあの現象を見たことがある。ダールの防御魔法、敵の攻撃を攻撃された座標に弾き返すらしい。
一度に反射する際の魔力は膨大で発動者の魔力量で反射できる威力が決まるがアウロラの花を体内に取り込んでいるロロならほぼ際限無く敵の攻撃を反射するはずだ。
攻撃をしたはずの手が逆に攻撃を受けた。咄嗟の判断で狼男は横に飛び退く。しかし俺はそれを見逃さなかった。咄嗟に飛び退いてくれたおかげで狼男の最大の武器である瞬発力が失われる。
「いきなりレディに手を出すのは・・・ダメだろが!!!!!」
俺は手にした剣を狼男に重なるように全力で横に振る。ただの素振りだ。しかし、人間離れした速度で振り抜かれた剣で起こる風圧が刃となり狼男の胸をなぞる様に切り裂かれた。
剣圧を空中で食らった狼男は意図せず態勢を崩される。それに対して俺は畳み込むように地面に震脚を放つ。地面が割れ、地割れの隙間からは真紅の眼光が映る。
「さすがに二度は食わねぇよ。」
短く告げると俺は小さく息を吐き出す。その瞬間、世界がスローモーションのように映る。空中の狼人間が地面に落下するまで約1秒半、軽く・・百回は斬れるな。息を吐き出した俺は先ほどとは違い剣に魔力を流し込み刃状にして相手に飛ばす。
ロロから見れば俺は一度しか剣を振っていないように見えるだろう。そればかりか剣が瞬間移動したとさえ思うかもしれない。しかしその間に約百回程度は剣を振り切っていた。
何層にも重なった魔力の斬撃が狼男に向かっていく。その刹那、地面に隠れていた狼男が空中にいる仲間を地面に引き寄せる。その際、引き寄せられた狼男の人間の肘に当たる右腕までが斬撃に触れる。軽く触れた範囲の右腕は一瞬にして細々に斬り裂かれ狼男は小さく悲鳴を上げた。
そして引き寄せるのを見越していた俺は足に力を入れ地面を蹴っていた。蹴りの反動で大きく地面は抉れ、狼男に剣の届く間合いまで一瞬で距離を詰める。勢いよく間合いを詰めた結果、周り一帯に砂埃が舞い視界が灰色に変わる。しかしすでに位置を確認した俺はそのまま力強く踏み込むと剣を振り抜く構えを取る。そして勢いよく踏み込んだ際に震脚で崩れかけてていた地面をさらに崩壊させる。
わざと地面を崩壊させる事で敵の踏み込みを弱め機動力を下げ回避能力を下げつつ砂煙で残りの敵の目を眩ませるのだ。
間合いまで踏み込んだ俺は一切の小細工無しでただ素早く剣を振り抜いた。振り抜いた風圧で砂煙が一瞬で晴れ、状況を確認。その結果、砂埃に乗じて襲い掛かる二体の狼男を視認する。しかし、それでも仲間を救った狼人間は咄嗟に避け、砂埃が晴れた後に右腕をなくした事で回避に時間がかかった狼男の首が音も無く落ちていた。
「キサマ、ザッシュノブンザイデ!!!」
やられた仲間を見て砂埃に紛れて攻撃をしかけた一体が激情して襲い掛かってきた。怒りに身を任せる奴ほどわかりやすい攻撃は無い。俺はその場で今までの振り抜く速度とは明らかに遅く剣を数回振ると後ろに少し後退する。
「ニゲルナナァァ!!!」
「マテ!!フィーア!!!!」
俺の後ろから回り込む狼男が叫ぶ。恐らく激高する狼男の名前だろう。だがもう遅い。既に俺の作り出した魔力の罠の範囲内だった。俺の目の前まで迫った狼男は体の異変に気がつく。自分の腕が無い事に、しかしそれに気づいた時には体は切り刻まれた落ちた後だった。
剣を振った軌跡に魔力を空間に定着させる。昔に教えてもらった高度な技術とその繊細さ故に定着させれる時間は数秒、そして通常の速度で斬ろうとすれば魔力はその場で定着させることはまず無理だ。しかし定着した魔力の網は数秒間は無類の盾となり目視での確認はおろか存在に気づくことはほぼ不可能。だが、背後から迫る狼男だけは俺が張り巡らせた網に気づいている。
「攻めて来ないのか?」
「キサマ・・・ナニモノダ。」
「その言葉最近よく聞くけど俺はロロを護るだけの人界最悪の王様だよ。」
「マサカ・・・キサマガ・・!?」
しかし狼男の言葉が言い終わる前に俺は狼男に斬りかかる。それを相手は俺に刺突を食らわしたのと同じ様に両手を光らせると素手で俺の剣を受け止める。俺の渾身の一撃を受け地面が陥没する。すでに森の中の小さな広場はそこだけ地震が起こったかのように荒れ果てていた。
「それは後で俺からロロに伝えなきゃいけないからな。それより今倒した二体は安易な言動や感情を剥き出す辺り明らかに戦闘経験が浅い。そして残りの二体もお前ほど戦い慣れしているようには見えないな。それに比べてお前はこの中じゃ一番場馴れしてるが・・・言うならどこか焦ってるように見えるな。」
俺の言葉に少し目を見開くがすぐに表情を元に戻す。
「ナニガ・・イイタイ・・。」
俺に力で抑えられる狼男の手に徐々に剣がめり込み始める。徐々にめり込む剣を見て狼男は突然遠吠えを上げた。それを合図に左右からは二つの巨大な岩が俺を挟むように飛んでくる。
「それは舐めすぎだ。」
飛来する二つの岩石に対して黒い瘴気が一斉に体から吹き出ると手のように形作りそれを受け止める。岩に隠れて飛んだ一匹は空中で受け止められた岩石に着地し。もう一体は鍔迫り合う狼男の頭上から俺に襲い掛かる。しかし、二体は同時に黒い瘴気が突き刺さる。片方は岩と狼男ごと突き刺し、もう一方も同様に黒い瘴気に突き刺される。しかしまだ終わらない。突き抜けた瘴気は幾つもの棘となりそれぞれの体中から突き抜ける。
岩石を迎撃するために離れることを前提にした作戦は俺の魔力で塞がれた事に目の前の狼男は初めて顔を驚愕に染める。
「ロ・・・ボ・・・。」
そしてリーダーの名前であろう名を呼んだ二体の狼男の意識はそこで途切れると、黒い瘴気は霧の様に飛散し、宙に浮かぶ二体の狼人間と岩石が地面に落下する。
「ツヴァイ!!アインス!!」
刺された二匹の名を呼ぶ目の前の狼男を見て確信する。
「さしずめお前はヌルか。」
唐突に名前を言い当てられ均衡していた力が僅かに弱まる。俺はこの隙を見逃さなかった。そして次の瞬間にはロボと呼ばれた狼人間の両腕は切り落とされていた。
「グァァァ!!??」
「卑劣めいた真似してすまないな。」
「マダオワッテナド・・!?ウデガサイセイシナイ・・・?」
「俺の魔力の特徴だ。一度俺の魔力に触れた傷は何が何でも治せない。例え狼男の並外れた再生能力でもな。」
「ソウカ・・・オレハマケタノカ・・・。ニドメハコチラガユダンシタヨウダ。」
諦めるように告げる狼人間に俺は言葉を無視するように剣を突き付けられた所で狼男は燃え盛る戦意を喪失させた。
「言ってもいいか?」
「スデニシヌミダスキニシロ。」
「まず人型に戻ってくれ、止血しづらい。」
「ハ・・・?」
俺の言葉に狼男は気の抜けた声を出す。
「聞こえなかったか?体毛が邪魔で止血できないって言ってんだよ!!後、そのなんだ?変な声も何言ってるかほとんどわからん。さっきの言葉もソウカまでは聞こえたけど後は何言ってるかまるでわからん。」
俺の言葉が聞き間違えじゃない事を確認した所で狼男は戦闘中に見せなかった驚愕の表情を見せる。
その後、俺達二人のやり取りを見て始終、借てきた猫の様に動かなかったロロが俺のもとに駆け寄って来る。
「終わった?」
「あぁ終わったよ、こいつらが戦う意思が無ければな。なぁロボとやら、取引と行こうじゃないか。」
取引と言う言葉と共に不敵に笑う俺を見てロボは人型に姿を変えながらも冷や汗に似た汗をかいていた。




