ルークの中で事件は起こった
――プロローグ――
春の暖かさを感じながらする食事というのも悪くない。体育館の裏で、誰にも見つからないようまるで逃亡犯みたいに昼食のパンを食べつつ、お気に入りのヘッドフォンで音楽を聴きながら、そんなことを思っていた。
高校に入学して一週間。元々人付き合いがいいという性格ではない。中学でも友達は確かにいたが、ここで新しく作るというのは少し気が滅入っていた。一人でも別に構わないので、面倒なことは避けて、クラスメイトがひしめく教室ではなく、こんなところで食事をしている。
誰かが近づいてきているのに気がついたのはパンを一つ平らげて、もう一つ食べようと袋を開けようとしたときだった。
足音のする方へ視線を向けるとかなりのロングヘアーの女子生徒がいた。スリッパの色で三年生だとすぐにわかり、舌打ちをしたくなる。面倒を避けてここに来たのに、面倒がやってきた。
軽く頭を下げてすぐに立ち去ろうとすると、ストップと声をかけられた。
「何も逃げること無いじゃない。少しお話しましょうよ」
立ち去ろうしたのに腕を掴まれて、無理矢理その場に座らされる。
「一人でこんなところで食事して、寂しくないの」
「……別に」
早く会話を終わらせて離れたいので素っ気なく答える。
「昨日もここで一人で食べてたわね」
「見てたんですか」
「うん。ずいぶんとかわいらしい子が体育館の裏なんかに行くから、どうしたのかって思って」
その言葉で見てたんじゃなく、つけてたんだと察した。人の気配には気を配っているが、+昨日はそんな怪しい気配は感じなかった。注意力が足りなかったのか。
「友達と食べないの」
「友達はいません。作るのも面倒ですから、これでいいです」
その答えを聞くと彼女は腕組みをして急に何かを考え出した。なんだこの人は思っていると急に、本当に突然、首にかけていたヘッドフォンを取られた。そして取った当人はなんとそのまま走り出した。
「ちょっと――」
待ちなさいよと止めようとしたが、それはできなかった。
「私は三年の春川。これを返して欲しかったら放課後に図書準備室に来なさい」
それだけ言うと彼女は走り去っていってしまった。三年の春川。とりにかくそのことだけを深く記憶して、水をさされた食事を再開する。ぶつけようのない怒りを表すように、力いっぱいパンに噛みついた。
放課後、言われたとおりに図書準備室へ行くとテーブルに腰掛けながら一人の男子生徒に何かを指示している春川の姿があった。
「ああ、来たわね」
テーブルの上には昼に盗難されたヘッドフォンが置かれていた。それに手を伸ばしたが、その手を掴まれた。
「駄目よ。返して欲しかったら、私の言うとおりにしてちょうだい」
睨み付けても春川はにこりと笑うだけで怖じけない。悔しいと思いながらも、指示に従うことにした。
「仕事はこの彼に言ってあるから、一緒にそれをして」
春川はさっきまで指示を出していた男子生徒を指さした、彼はぺこりと頭を下げると、簡潔な自己紹介をしてきた。
「楠野っていうんだ。よろしく」
拍手を求められたが無視をして、彼に仕事の内容を聞いた。どうやら図書室の仕事を命じられたらしく、この春に入ってきた大量の本を職員室から運ばなければならないのと、図書室の本の整理が仕事だった。
非常に面倒だったが返してもらわないと困るので、楠野と二人で何とか一時間半でその作業を終わらせた。楠野と二人で図書室のテーブルに腰掛けて疲れを癒していたら、突然頬に冷たさを感じた。
「ひゃっ」
思わず情けない声をあげてしまう。背後からくすくすという笑い声が聞こえてきたので振り向くと、缶ジュースを持った春川がそこに立っていた。
「反応がかわいいわ。そんな怖い目しないでよ。ほら、お疲れ様」
彼女はそう言うとさっき頬に当ててきた缶ジュースを渡してきた。奪い取るように手にする。春川はそんなことを気にはしないようで、楠野にも同じように缶ジュースを渡した。
そして首に懐かしい重みが帰ってきた。
「はい、ごめんね。けどこれくらいしないと来てくれないと思ったから」
ヘッドフォンが返ってきたならそれでいい。ジュースを持って席を立ち、早急に返ろうとしたらまた呼び止められた。今度は何だと苛立ちながら振り向く。
「名前、まだ聞いてないわ」
「……彩原です。彩原七色。七色って書いてにじって読みます」
「へえ、いい名前ね。じゃあ、ナナ、明日も来てちょうだい」
絶対に来るもんかと思ったのだが、春川の顔を見てその決意が揺らいだ。どこまでも余裕があるその笑みが、どこか心地よかった。彼女は来てちょうだいと言いながらも、そこに今日みたいに強制をすることはなく、純粋にこっちの意志に任せていた。
結局、自分でも馬鹿だと思いながらも翌日も図書室へ足を運んだ。そしてそんな日が続いて、いつの間にか図書委員になっていた。けれどそこに属したおかげで、友人もできた。
「まさか、私に友達を作らすためにヘッドフォンを盗んだんですか」
しばらくしてから春川と二人きりになったときを狙いそう質問すると、違うわと否定された。
「私があなたみたいな後輩が欲しかったのよ。かわいくて意地っ張りな後輩がね」
そう明言されたとき、ああ私はこの人には適いそうにないと思った。
第一手【ルークの中で事件は起こった】
今日の鞄はいやに重たく感じてしまうのだが、いつもと重さは変わらない。それどころか質量的にいうなら他の生徒たちが持つ鞄よりは圧倒的に軽いはずだ。なにせ自宅学習なんてものをする気がないから教科書などは全て教室の机の中。いや、普段からそんなことをしているから、今日、こんな気分になってしまったのだろう。
今、かばんの中には筆記具と本と空になった弁当箱、そして先週まで受けていた期末テストが入っている。このテストこそが鞄を重くしている。もちろん本当の重さは数グラム単位のものだが、そんな話をしているんじゃない。
自然とため息がこぼれる。もちろん、この結果は誰にも責めることは出来ない。どちらかというと僕が両親から責められることになるんだろう。もちろん悪いとは思っているが、仕方ないじゃないかとも思っている。口が裂けても両親の前では言えないが。
放課後の廊下を幾人もの生徒が走り回っている。この高校に入学して三ヶ月。ようやくこの雰囲気にも慣れてきた。廊下や階段の所々で座り込んで話し込んでいたり、暴れまわってたり生徒たちを器用によけて目的地へ目指す。
夏の容赦ない日差しが窓から廊下を突き刺す。額の汗を拭い取り、ポケットから携帯電話を取り出してメールの受信ボックスを開き、昨日の晩に春川先輩から送られてきたメールを再度確認した。
『明日の放課後、図書準備室に来てください。お話したいことがあります』
絵文字などは一切使っていないなんとも質素なメールで、非常に不気味だ。いつもの先輩のメールはもっと華やかでいかにも女子高生らしいものなのに。
どうしてですかという返信をしても返事はなかった。何か緊急事態か、それとも単に返信する時間がなかっただけか。どちらにしても命令に背くわけにもいかないので今こうして早足で図書室へ向かっている。
僕だけが呼び出されたわけじゃないだろう。多分だけど彩原も同様のメールをもらっているはずだ。春川先輩は基本的に僕たちをコンビだと思っている。僕に用事を頼むときはふざけ半分でいつも彩原にも同じ頼みごとをしていた。
しかし今までの頼みごとというと図書室から不要になった大量の本を運び出す作業だったり、明日暇だから遊びに付き合ってだとかいうそんな切羽詰ったものじゃなかった。
メールを受け取ってからずっと嫌な予感がしていて、そしてそれは徐々に僕の心を侵食している。本当に嫌になるがこういう予感はあたる場合が多いのだ。
携帯をポケットにしまってふと立ち止まり、廊下から外を見渡すと、運動場では元気な生徒たちが盛んに部活動に取り組んでいる。先週と先々週はテスト期間中とテスト前ということですべての部活動が休止していたが、それも今日から再開。二週間ためていたエネルギーが今、運動場に放出されている。
中学までは陸上部で短距離をしていた。高校でも続けようかと思っていたが、体験入部をした時にやる気が失せたので結局運動系の部活にははいらなかったのだが、どういうことの成り行きか自分でもよくわからないうちにその体験入部先でたまたま会った春川先輩に誘われて図書委員会に入った。
春川先輩はその時、陸上部の臨時マネージャーとして部室にいたのだ。それで次にたまたま校舎ですれ違ったときに、もしも暇ならうちに来なさいと言われた。彼女の言う「うち」というのがつまり図書委員会で、彼女はそこで委員長をしていたのだ。
その誘いのおかげで色んな人と出会え、楽しく充実した学生生活をおくれている。そういった恩を感じているので、そんな方から来いと言われたら断るわけにはいかない。
図書室に入ると心地よく涼しい風が体にあたった。ここのクーラーには今後三年間、ずっと世話になるのだろう。静かで涼しくて居心地がいいなんて三拍子揃った場所は、この学校にはここしかない。
扉を閉めて中に入った。いくつも並べられた長椅子では数名の生徒が自習をしたり本を読んだり、寝たり小声で話したりしてる。喋ったり寝たりしている生徒はここのクーラーが目的なのだ。
その長椅子の先にカウンターがあり、その中では暇そうな顔見知りの図書委員が椅子に座りながらイヤホンで音楽を聴いていた。片手を挙げて挨拶をすると、向こうも返してきた。月曜の当番の大沢君という隣のクラスの子だ。
図書委員は二週間に一度担当の日をもっていて、その日になるとカウンターで図書室の見張り番をしなければならない。当番はだいたい一年生か二年生だ。三年生は好き好んでやってる委員になった人がたまに手伝ってくれるくらい。
そうは言っても当番の仕事はほとんどない。たまに書籍を借りにくる生徒の学年と組と出席番号を貸出ノートと言われる物に記入して、もう一冊、図書日誌と言われるものにその日の特徴を書くことだけだ。
貸出ノートは本を借りにくる人がいないと書かなくていい。そもそも書けない。そして本を借りにくる人は本当に少なく、つまり仕事も同様になる。そして図書日誌には日付と当番の名前と、そして「本日も特に何もなし」と書けばいい。
仕事と言えるかどうかさえ疑わしい。
「春川先輩に呼ばれたんだけど。隣にいるの?」
なるべく小声で、けどイヤホンをしている相手にも聞こえるような、微妙な音量で大沢君に訊いてみると彼はイヤホンをつけたまま頷いて、自分の後ろ側にある壁を指差した。
「ああ、いつも通り隣の準備室に篭ってる。またチェスでもやってんじゃないか」
「そう、ありがと」
礼を言ってカウンターの後ろにある扉へと足を進めた。この図書室には一つの扉で繋がれた部屋があり、それが図書準備室だ。ここへ通じる扉はカウンターの後ろにあり、常に「図書委員以外立ち入り禁止」という張り紙がされている。
扉の前に立ち、二度ノックをした。
「春川先輩、楠野です。お呼びですか」
図書委員以外立ち入り禁止と言っても事実上、この準備室に自由に出入り出来るのは司書と、委員長である春川先輩だけだ。
「どぉぞ、入ってきて」
中から先輩の声で返答があったので失礼しますと言いながら扉を開けた。ここに入るのには委員でも春川先輩の許可がいる。先輩は放課後、基本的にここにいる。それはもうテスト前だろうと期間中だろうと関係ない。常にいるのだ。まるで住んでるように。
部屋の中は壁を覆い尽くすように本棚が並べられていて、その前には何個ものダンボールが積まれている。ここは隣の図書室に置かなくなった本を置いたり、これから置く本を一時的に預かったりする場所だ。彩原曰く、物置。
その本棚やダンボールに囲まれるように一つの円のテーブルがあり、それには四つの椅子がついている。そして今、その机の上にはチェス盤がのっていて椅子の一つには春川先輩が眉を寄せて、顎に手を当てた険しい顔で座っている。
ボーイッシュな短髪に、頬についたそばかす。それが彼女の特徴だ。ただ短髪にしたのはつい二週間ほど前、それまでは女子が羨ましがる様な綺麗なロングの黒髪をふわふわとさせていた。なんでも占いでイメチェンをすると運気が上がると言われ、思いきってバッサリと切ったらしい。
「先輩、また一人チェスですか。よく飽きませんね」
そう声をかけると今まで真剣な顔をしていた先輩が盤から目を離して僕を見てきた。
「飽きないわよ。これね、もうかれこれ三年やってるけど全然飽きないの。まあもちろん、誰かと対局したほうが断然面白いんだけどね。けどあなたを含めて、誰も付き合ってくれないじゃない」
「それは先輩が容赦ってものを知らないからでしょう。素人の僕相手にも本気出してきたじゃないですか。そりゃ嫌になりますよ」
僕がそう反論すると彼女はわざとらしくため息をつき、分かってないわねぇとぼやいた。
「試合に集中すると我を忘れちゃうのよ、私は。そんな私に手加減を求めるなんて……」
僕はわざとらしくじゃなく、本当にため息を吐いた。言うだけ無駄だった。
先輩は大のチェス好きとして知られている。そしてその腕は相当なもので、とてもじゃないけど適わない。噂によると全校生徒の十分の一は彼女と対局したことがあるそうだが、今まで彼女が負けたことは一度たりともないと聞く。
負けたことがない、ただの一度も。しかしこれを全勝ととらえるのは間違っている。
「けどやっぱり対戦相手はナナがいいわ。あの子とならいい勝負ができるもの」
彼女の言うナナとは、彩原のことだ。彩原七色というのが彼女のフルネームで、七色と書いて「にじ」と読む変わった名前だ。しかし彼女を本当の名前で呼ぶ人はいない。みんな、苗字かナナイロか、先輩のようにナナと呼ぶ。
「そりゃあ無理ですよ。あいつはあの試合がよっぽど悔しかったのか、チェスの話題は私の前でするなって怒ったことさえあるんですよ。一人チェスで我慢してください」
一人チェスとは先輩がいつもしている遊びだ。言葉どおり、一人でチェスをする。彼女曰く、自分の中にもう一人自分を創って、それと対戦するらしい。彼女の目の前には僕らには見えないもう一人の「彼女」がいるという。普通なら考えられないし、できそうにないと思えるが、彼女はこれができるのだ。
先輩を両腕を思いっきり伸ばして、うぅんと声をあげる。
「うぅん、惜しいわ。あの子はきっとすごく上手になれるのに」
「負けず嫌いのあいつのことですから、きっと先輩にまた負けるのがいやなんでしょう」
僕がそう小さく笑うと、突然頭に鋭い痛みがはしって堪らなくて、いたっと叫びながら後頭部を抑える。何となく何が起こったか予想できてるものの、一応念のため確認しておこうと思い、頭を抑えながら振り向くとそっぽを向いた彩原が大きなハードカバーの本を片手に立っていた。
どうやら本の角で殴られたらしい。彼女が時々使ってくる攻撃で、毎度危ないからやめろと言っているのだが、彼女が僕の言うことを素直に聞くわけがないのは重々承知している。
上のフレームのないメガネを少し下げてかけて、腰くらいとまではいかないが、とにかくそれくらい長い黒髪で、そしていつもどおり目立つ程大きなヘッドフォンをした彼女は殴った僕を見向きもせず先輩のほうに睨みをきかせている。
「なんですか、あのメールは」
えらく不機嫌でどすのきいた声で彩原が先輩に訊くと、彼女は実に楽しそうにくすくす笑い出した。
「ちょっとした遊び心よ、そんなに怒ることないじゃないの」
先輩がどんなメールを送ったかは知らないがそれに対して彩原がかなり怒っているというのは目で分かる。まるで鬼のような目で先輩を見ているのだ。しかし先輩はそれをもろともせず笑っている。一応は三年の先輩で委員長である先輩にそういう態度をとれる彩原もすごいが、先輩もまた負けずとすごい。
先輩を睨んでいる彩原の腕を掴むと彼女は相変わらずの目つきでこっちを見てきた。一瞬、怖さでどきっとしたがこっちだって言っておきたい事があるのだから負けてられない。
「本の角はやめろって散々言っただろう。本当に痛いんだから」
僕の抗議に対して彼女がとった反応は、ふんと鼻を鳴らしただけであった。流石にあんまりではないか。
「聞いてるか、君」
「聞こえてるわよ。ああ分かった、反省します。これで満足でしょ」
彩原が同級生の男子なら迷わずにパンチの一発でも頬にいれてやるのにと悔しい思いをしていると、はいはい喧嘩はそこまでねと先輩が僕らの間に入って仲裁をし出した。
「ナナ、暴力は良くないわね。しかも道具を使うなんて絶対にダメよ。以後しないと誓いなさい」
彩原はばつが悪そうな顔をして先輩から目を逸らしたが、先輩にこっちを向きなさいと言われるとゆっくりとだが指示に従い彼女と目をあわす。
「誓いなさい。いい?」
「……はい」
決して納得はしてないようだが彩原は頷いた。彼女がここまで素直に誰かの指示に従うことは非常に珍しい。ただ先輩は彼女にとっては憧れなのだ。だから悔しいとか思いながらも反抗は出来ない。
彼女は強気な態度をとりながらも先輩を慕ってるし、尊敬している。彼女がそんな目で見ている人は少なくとも学校の中では先輩だけだ。だからこそ先輩も彼女を可愛がっているのだろう。少し前は自分の次の会長は彩原に譲ると言っていた。本気かどうかは置いといて、先輩も彼女をそれくらい評価しているのだ。
時々、この二人が姉妹に見えたりするときもある。例えば今みたいなときだ。けど同い年の親友同士に見えることもある。なんというか不思議な関係だ。
先輩は今度はこっちに目を向けると結構強めのでこピンを食らわしてきた。
「君もよ、楠野君。あんまり人が気にしていること言うのは良くないわ」
「分かりましたよ。以後気をつけます」
僕の返答に満足したのか彼女は笑顔で大きくうなずいた。こうやってたまにとんでもなく先輩なんだと感じさせられる。いつもはそんな雰囲気は微塵も出さないのだが。
「それにあの勝負でナナは負けてないわよ。あれはステイルメイトだったもの。言わば引き分けよ。……まあ、今日はそんなことはどうでもいいわ。メールでも言ったと思うけど、今日はお願いがあってきてもらったのよ」
そういうと彼女は僕と彩原にいすに座るよう勧めた。僕らが座ると彼女は急に真剣な顔をして、実はちょっと厄介なことなのと切り出した。
「二人とも、宮田荘一は知ってるわよね」
僕は頷くが隣の彩原は首をかしげた。
「生徒会長の宮田先輩だよ。ほら、朝礼とかで挨拶してる人」
そう説明すると、ああと声だして手を打った。自分の関心があること以外は全く覚えようとしないというのが彼女の悪癖である。確かに生徒会長なんてどんな仕事をしているかも知らない人で僕も興味はないが、何度か朝礼などで見かけるうちに自然と覚えてしまった。
「そう、その宮田君。実は彼、私のクラスメイトでクラス会長もしてるのよ。ちなみに、副会長は私ね」
先輩がクラスで副会長をしてるのは知っていた。図書委員長でクラス副会長。それに何でも生徒会にもある程度の力を持っていて、先生たちからも全幅の信頼を受けていて時々先生たちにアドバイスをすることさえあるらしい。つまりこの学校では彼女はかなりの権力者なのだ。下級生の間で女王陛下などと呼ばれているのはその由縁だったりする。
「実はその宮田君、先週の木曜日……つまりテスト最終日の前日の夕方、校舎内で誰かに襲われたの」
僕と彩原がお互い目を合わせて驚いた。そんなことは学校で噂にもなっていない。
「それで二人にするお願いっていうのが――」
先輩はそういうと僕と彩原を交互に見て、いつになく真剣な声を出した。
「宮田君を襲った犯人を、突き止めてほしいの」
以前に別のサイトで投稿していたものを投稿してみました。
米澤穂信『愚者のエンドロール』という作品(『氷菓』というタイトルでアニメ化もされていたもの)に感化され、5年ほど前に書いたものとなっております。
いわゆる人が死なない日常の謎となっており、派手なことは起こりませんが、地味ながらも着実な推理劇が広げられたらなぁと。
もしお付き合いいただけるようなら、よろしくお願いいたします。




