8,俺、泊まりました。
生徒たちは下校のチャイムと共に学園の敷地を離れていく。上を見上げると、太陽の沈みと共に、ユグドラシルが赤く輝いて、美しい。
さて、俺はというと。
「ここって全寮制じゃないんだな。」
「うん。」
「いや、普通さ。学園ものって言ったら全寮制じゃん!?なんでここはないのよ!!空気読めねぇのか!?おいっ!!」
「お前の言う学園ものの意味が分からないが、とにかく今日はどこか宿を探すしかない。」
寝泊まりする場所が無く、立ち尽くす俺と、ナビィ。こうしている間にも、学園内の生徒はどんどんと減っていく。
「ホテルとか無いのか?」
「あるが、お前今リルもってねぇだろ。」
「えー、お忘れの方も多いと思うので、一応説明。リルとはこの世界の共通硬貨です。」
「誰に向かって言ってんだ?」
「この作品を読んでいただいてるご親切な読者の皆様に。」
「だからどーゆー意味だよそれ。」
すると、俺の背後から一つの影。
「……わっ。」
「どぉうえはぁっ!!!?!?」
「わ、驚きすぎ。」
「な、なんだ、伊波か。はぁ、びっくりしたぁ。」
俺に『後ろから背中を叩いてわっ』をされて全身を使って盛大に驚かせた人物は、銀髪美少女こと伊波志穂である。
「こんなところで、どうしたの?」
「え?い、いやぁ、別に。」
帰る場所が無いなんて、恥ずかしいからな。一文無しとも思われたくないし。べ、別に俺のプライドが許さないとかじゃないんだからねっ!
「……帰る場所がない……とか?」
「鋭っ!!……あ。」
「その反応……図星だね。」
くっ……てか、マジで鋭いなこいつ……。
「まぁ、そーなんだよ。ここに来たばっかでリルもないし…。困った困った。はは…。」
思わず乾いた笑いをこぼしてしまった俺。
どしよ…絶対笑われる。うわぁー、恥ずかしい!
「じゃあ、家来る?」
「いや!そんなに…笑わないでぇーーー!!ってえええええええ!?!?」
爆弾発言しやしたぜこの人!!
「え?え?い、良いの!?」
「別にいい。」
「でも、ご両親の許可はとれてないだろ?」
「ううん、私、両親いないから。」
あ……なんか、聞いてはいけないことを聞いたかも…って
「アウトーーー!!!」
「…よく叫ぶね。」
「まてまて!両親いない!?そんな状況で男連れ込むとかなかなかだなあんた!!まだ会って一日も経ってないんだぞ!?」
「うーん…まぁ、なんかしたらなんかしたで…おっけ。」
「おおおおおい!!?ダメだろそれは!?」
ったく!俺にかなちゃんという彼女がいなかったら120パーセントついていって犯罪を犯してたとこだぞこれ。
「でも、困ってる。」
「そ、それはそうだけど…。」
「大翔。今の状況じゃ、こいつの家に泊めて貰うのが懸命だ。夜からは魔物も狂暴になるし、何よりお前はまだ魔法が使えねぇじゃねぇか。」
ナビィが横から口出ししてきた。
それもそうだけどさ…。
「ほら、そこの妖精さんの言う通り。」
「…ほ、ほんとに良いのか?」
「うん。」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて。」
そうして、俺は今夜、美少女と一つ屋根の下過ごすこととなった。
***
「入って。」
伊波の家は、本当にマンションのような建物の一室にあった。7階建てで、規模は割りと大きい。学園からも遠くなく、都市内にある。どうやら、学園の学生が住めるように家賃も比較的安く、お手頃な物件となっているようだ。
俺は6階からの景色を眺めながらも、恐る恐る部屋に入った。
「お、お邪魔しまーす…。」
伊波は電気をつけて、そのまま左にある部屋へと入っていった。
「じゃあ、ここが、大翔の部屋。」
「…わかった。」
そこは使われていない部屋らしく、何も置かれていなかった。かといって、掃除していないわけでもなく、人が住もうと思えば十分な部屋だった。
俺は伊波の次の指示を待った。
「ご飯は…ちょっと待って。あ、お風呂…入る?」
「お、おう。入る。」
き、来た…!『お風呂イベント』
※ここからは佐々寺大翔の妄想となります。
「ふぅー。いい湯だなぁ。しかし……まさか同い年の女の子と同居することとなるとは……。」
がちゃ。
「え?」
「やぁ。」
「ええええええええ!!!な、ななな、なんで伊波が!?!?」
「……大翔の体を洗おうと思って。」
シャアアアアア……。
「ほら……背中…流すよ?」
「そ、それはまずいって!!」
「はやく…。」
「う、うわあ!!ち、近付くなって!!み、見えてるからぁっ!!ちょっ…!!」
「あ、それと、私は入らないから、湯沸し器の電源切っといて。」
「ですよねーーー!!」
変な妄想した俺が馬鹿だったよ。
「ふぅ……いい湯だ。」
お風呂って本当気持ちいいよな。
「ナビィも入れよ。ほら。」
「いや、俺はそんな高温の液体に入ったら溶けちまう。熱気だけで十分だ。」
「そうなんか。」
ナビィは俺の頭上でくるくると旋回し、言葉を発した。
「なぁ、お前、魔闘会で優勝する気は無いか?」
「うーん…魔法が使えない今、そんなこと聞かれてもなぁ…。」
「……多分だが、魔闘会で優勝できるようになれば、地球に転生出来ると思うぞ。」
「マジ!?」
それは嬉しい。
「多分な。そこまでの実力を持つことが出来れば、十分だとは思うんだがな。」
「おお!ちょっとモチベーションが上がってきた!」
「いや、モチベーションもなにも、お前は属性が見えるのを待ってるだけじゃねぇか。」
それを言われると痛い。
でも、今の俺の状況は、本当に前途多難だ。待つことしかできない。
その時、本当に不意に、沙菜の言葉を思い出した。
――瞑想でもしてれば!?
「……。」
「……?どした、大翔。目なんか瞑って。」
ナビィの声が聞こえる。
別に本当に瞑想が効果的だなんて思っていなかった。気休め程度にしていただけだ。
「おーい。寝んなよー?おいってば!」
どんどんとナビィの声が遠くなっていく。
そして全く聞こえなくなった。
これが……瞑想の真髄なのか……?
もしかしたら見えるのかもしれない。
適性属性というものが。
そんな淡い期待と共に、俺は意識を失った。