17,俺、魔闘会しました。3
『たいへん長らくお待たせしました!ただいまより、三回戦を開始したいと思います。』
俺は準備室にある窓から見える、会場を眺めていた。今から一人目の戦いが始まる。
ジャイアンチームの一人目は、平均的な慎重で、特に特徴のない男子生徒だった。
対するこちらのチームの一人目は、香穂だ。
「今年は勝てるのかしらねぇ?」
俺の隣に座る悪魔女がそう呟いた。
「今年は……って、去年は駄目だったのか?」
「あいつ、下級魔法しかコントロール出来ないから勝負の決め手に欠けるのよ。」
試合開始のブザーが鳴る。
俺はそれに反応して、慌てて会場へ顔を戻した。
「ウォータスキン"ブレイド"!!」
相手側の男子生徒は、先制攻撃を仕掛けた。どうやら水属性の魔法の使い手のようだ。
彼の周りに取り巻く水が、みるみるうちに剣へと姿を変える。そしてそれらが蛇のようにうねりながら、一列に並んで香穂へと向かった。
「ウォータスキン"シールド"」
すると香穂は目の前に水の壁を生み出し、剣の攻撃を防いだ。
「おおっ、香穂って水属性の魔法の使い手だったのか!」
「水属性って四属性の中でもバランスがよくて、コントロールしやすい魔法なの。使い手次第では、トリッキーな動きや、持ち前の器用さで、敵に抵抗させることなく翻弄することが出来るんだ。」
ご丁寧に説明してくれたのは、奈央だった。
コントロールしやすいって言ってる割に、香穂はコントロールが出来ないんだな……。
「ウォータスキン"ランス"!」
「ウォータスキン"シールド"」
男子生徒は、今度は槍状の魔法を発動し、それを香穂にぶつけたが、やはり香穂は水の壁で攻撃を防いだ。
「これじゃあ拉致が空かないな。」
男子生徒がそう言うと……あ、何で観客にも会場の選手の声が聞こえるかというと、マイク的な何かによって魔闘会場全体に響くように出来てるのだ。
さて、話を戻すと、男子生徒は両手を前に掲げ、魔力を込めた。
「はぁぁぁ!!」
「……。」
香穂は身構える。
男子生徒の周りからは魔力による旋風が巻き起こっていた。
「ウォータスキン"ブレス"!!」
男子生徒の掲げた両手から、巨大な水の渦巻きが、まるで竜の放つブレスのように香穂の元へと放たれた。
「っ……!」
香穂は横へ旋回するように回避する。しかし、水のブレスは香穂を追うようにして曲がった。
「すげっ!!」
「あれが魔法をコントロールするって事よ。ただ単に魔法を相手に放つだけでは避けられる可能性がある。」
悪魔女…もとい、沙菜が言った。
会場へ目を戻すと、香穂は明らかに男子生徒へ向かって走っていた。
「…あっ!なるほど!自分で発動した魔法を敢えて誘導させて、ギリギリまで相手に近付いたところをかわして、自らダメージを与えさせるって戦法か!」
我ながらよく気づいたと思い、優越感に浸っていると。
「果たして、そう上手くいくかしらね。」
沙菜は険しい顔をして言った。
俺はその顔に不吉な物を覚えながらも、会場を見る。
香穂は俺の予想通りに、ギリギリまで相手に近付いた。すると相手は、左手でブレスを発動したまま、右手を香穂に向けて差し出した。
「ウォータスキン"キャノン"!!」
「っ!しまった……!!」
なんと、魔法を同時に二種類発動させた。
相手の右手から放たれた、大砲のような水の球は、香穂の体に直撃し、後ろへと吹き飛ばした。そして、香穂の背後から迫っていた水のブレスが背中を襲う。
「っっ!!」
香穂のHPが半分ほどまで、一気に減った。
「二重魔法……。」
俺は呟いた。これは前に一度、授業で習った事がある。
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「二重魔法とは、一度に二種類の魔法を発動させることです。魔法を一度に二種類発動させることは、通常よりも魔力の消費量が大きく、約10倍になると言われています。」
「それって結構不憫じゃね?てか使う人とか居るんスか?」
「戦術として候補に入れておくのは大切ですが、魔力効率は非常に悪く、使い勝手も難しい物があります。更に、一つ一つの魔法のクオリティーも下がってしまうので、かなりの訓練が必要となります。これが使える者はかなりの実力者と思って良いでしょう。」
沙羅先生の授業はかなり分かりやすかった。
「なぁ、沙菜。お前って使えるのか?」
「使えないわよ。」
「うわ、意外。」
「ムカつくわね、その言い方。必要ないだけよ。私の属性である『光』は速度、威力、安定性どれをとっても十分なの。だから一度に二種類の魔法を発動させることなんてまず必要ないわ。大体、そんな効率の悪いことしてたら、戦場ではまず一番に死ぬでしょうね、その可哀想な馬鹿は。」
なーんて粋がってたな、こいつは。
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香穂は急いで相手から距離をとる。
肉体的なダメージは無いので、体を素早く動かせることは可能なのだ。
「さて、ここからが正念場ね。」
「え?」
「相手が仕掛けてくるってこと。相手からしたら、香穂が残りHP半分になってる状態なんだから、勝負を決めようとしてもおかしくないってこと。」
「てことはつまり?」
なかなか沙菜の言いたいことがわからない俺に呆れるように、沙菜ははぁーと大きなため息を吐いた。
「中級魔法から上級魔法を使ってガンガン攻めていくってことよ。」
「エルウォータ"天津風"!!」
男子生徒は両腕を大きく広げ、唱えた。すると彼の周りから水柱が立つ。それらが渦を巻いて天に登り、一つの大きな竜巻のようになった。
「なぁナビィ。『エル』ウォータって何だ?」
「エルは詠唱用語で、中級魔法を意味する。ちなみに上級は『グラン』、究極は省略されることが多いが、『アルテマ』となる。」
か、かっちょえぇ……。って、そんな場合じゃねぇ。香穂大ピンチ!
「ウォータスキン"ウォール"!!」
香穂は焦るように、シールドとは違い、規模の大きいウォールを発動した。それを半球を造るようにして、自分の周りを囲み、相手の攻撃を防ごうとする。
「無駄だっ…!!重複魔法・"水竜"!!」
男子生徒は更に魔法を発動した。それにより、竜のような、蛇のような形をした水流が天津風と重なり、より一層威力を増して香穂を襲った。
ドゴォォッ!!
「くぁっ!!……!」
水の壁をいとも簡単に破壊され、ダメージを受ける香穂。彼女のHPは1割にも満たない程になっていた。
「なんだ、今の!?」
「重複魔法…オーバーラップって言うんだけど、その名の通り魔法に別の種類を重ねる高等技術だよ。」と奈央が説明してくれた。
「つまりは、二重魔法の応用バージョンって感じね。重ねる魔法の相性が良ければ威力は何倍にも増すわ。これは自分だけではなく、他人とも魔法を重複させることが出来るらしいわよ。でも、かなり息が合ってないと出来ない代物だけど。」と沙菜。
「あいつ、地味な顔して結構優秀なんだな。」
「腐っても本校の人間だからね。」
どうするんだ、香穂――。
そんな心配をしながら俺は香穂を見る。
肉体的なダメージは無いものの、体力は減るのだ。肩を上下に揺らし、ハァハァと息を荒げていた。もう長くは持たないだろう。
香穂は未だ防戦一方。一度も攻撃を決めれていない。コントロールが効かないのが怖いのか…?
しかし、俺のそんな愚かな考えは、彼女の目付きで崩れる。
「――さぁ、やっと香穂も仕掛けるみたいよ。」
沙菜は自分の事のように、自慢げに言った。