10,俺、死にかけました。
「うおお…結構薄暗くて怖ぇなぁ…。」
「おーい大翔。そろそろ帰ろうぜー。」
「まだ言ってんのかナビィ。魔物は出ないから!」
しかし、太陽も暮れ始めたこの時間帯によって森の中はかなり薄暗く、不気味な雰囲気なため、魔物は出そうな感じだった。
「おっ、こことかいいんじゃね?」
僅かに、本当に僅かにだが、夕暮れの日が射している岩場があった。俺はその岩の上にのってあぐらをかいた。
「よーし、集中できそうだ。」
「はぁ!?こんな危険なとこまで来てやることは瞑想かよ!!」
「だってそれしか出来ることがねぇんだよ!ていうか、ここは危険じゃねぇって!」
「あー、そうかよ!じゃあ勝手にそこで食われて死んじまえ!」
「望むところだ!覚醒した魔法で返り討ちにしてやるよ!!」
ナビィは「けっ!」と言って来た道を戻っていった。いわゆる喧嘩というものをしたのだが……ふん!しつこく言ってくるあいつが悪いんだ!
俺は目を瞑る。
ただでさえ静かな森がよりいっそう静かに感じる。しかし、その静寂の中にも微かに鳥のさえずりや、草木の揺れる音。そんな自然を感じれるんだ。
良い感じだ。
これは見えるんじゃないか?適性属性が。
だんだんと音が消えていく。
ふと、足の裏が痒くなった。そのせいで集中が切れてしまう。
「あー、くそ!なんでこんなときに限って…。」
それからずっと目を瞑っていたが、どうにも集中出来ず、時間だけが過ぎていった。多分、15分は過ぎただろう。
――聴こえてきた。
草木の揺れる音。そしてコオロギのような、虫の声。そして、まるで人間の腹の鳴る音のような魔物の唸り声。
そしてだんだんと意識が――って…え?
目を開けると、目の前には魔物がいた。
「うおええええええい!?!?」
「コロロロロ……。」
「魔物って言うより……ロボット?」
そう、見た目は完全にロボットで出来た、獣の様な姿形の魔物だった。大きさは俺の倍以上ある。
『ギュイィィン!』
「なにその効果音!?そしてそれに連動するようになんで目が赤く光る!?」
『ピロリロリ……ピー、ピー、プシュゥゥー。』
「……っ……!!」
如何にも機械音というような音と共に、魔物は一歩をこちらに踏み出した。
俺はゆっくりと立ち上がり、とりあえず岩から降りようとした。すると魔物は……
約20メートルの距離を、数秒で縮めてきた。
強靭な前足を俺に向かって降り下ろしてきた。
「うぉわっ!?」
咄嗟に、岩から右へ避けるように飛び降りた。岩を見ると、これでもかというほど粉々に粉砕されていた。
「ま、マジで……?」
今更になってナビィの忠告を聞いていればよかったと後悔する。
全力で逃げたとしても、絶対に追い付かれる。死んだフリも無理。ゆっくり遠ざかろうとしても多分駄目だろう。まるで熊と対峙しているような気分だ。
絶体絶命。
これが今の俺の状況を表すに相応しい言葉だと思う。
やっべ……動けねぇ……。人って死に直面すると動けなくなるんだな。まぁ、一回死んでるやつが言う言葉じゃねぇけど。
そうしている間に、ロボット魔物は目前まで迫っていた。
そして、前足を振り上げる。
「うっ……!!」
死を覚悟したその時。俺はとうとう見えた。
いや、適性属性じゃなくて、真っ白なパン――
「何見てんのよ、変態っ!!!」
「どげぶっ!!!」
何が起こったかを説明しよう。
俺は魔物に殺られそうになる。すると、誰かが俺を庇って、魔法の何らかの力で魔物の一撃を防いだのだ。その際に、その者の真っ白なパンツが見えたと言うわけだ。
誰かって?……信じたくないが、こいつにだけは借りを作りたくなかった。
七騎沙菜だ。
「あんたは早く下がってなさい!巻き込まれるわよ!」
「っ……!!た、助かる!!」
俺は足手まといになりたくなかったので、今更ながら動く体でその場を離れる。
魔物は魔法によるバリア(的なもの)で防がれていた腕を離し、体勢を立て直した。
「シャインスピアを精製……!」
沙菜はそう言って右手を上に掲げる。その時、魔物は動きだし、攻撃に出た。
ふと、沙菜の掲げる腕の先を見ると、何本かの光の槍が浮いていた。
「な、なんじゃあれ……。」と思わず声を漏らしてしまった。
「"シャインレイン"!!」
そして、沙菜は掲げていた右手を下へ振り下ろす。すると、宙に浮いていた槍が、雨のように魔物へと降り注がれた。
機械のような身体をザクザクと貫通していく光の雨。やがて魔物は大きな音を立てて地面へ倒れた。
『ギュィィィ……ン……。』
魔物の赤い瞳は暗転した。
俺は沙菜に近付いていく。
「あ……そ、その……助かったよ。ありがとう。」
「ふん、別にあんたを助けるためじゃないんだからね!魔物が居ると聞いてここに来ただけなんだから!」
典型的なツンデレ発言。ここで彼女の顔が赤く染まっていれば完璧だったが、嫌に真剣な顔をしながら言われたので、恐らく本当に魔物を倒すのが目的だったのだろう。って……魔物が居ると『聞いた』?
「なぁ、誰から聞いたんだ?魔物がここにいるって。」
「え?そりゃあ、あんたといつも一緒にいるあの精霊よ。」
「!!」
ナビィが!?…………そ、そうだったのか……。……。……。
「どうかしたの?」
「えっ!?あ、いや、何でもない。ところで、こんなロボットみたいな魔物なんて居るんだな。」
「ろぼっと……?変わった方言ね。あんたの出身地ではそういうかもしれないけど、これは標準語で『亜人』と呼ばれるの。」
おっと、ロボットって言葉ねぇのか。気をつけよ。
「亜人?」
「ああ、あんた編入してきたから習ってないわよね。亜人の存在は政府に関わる集団及び人物しか伝えられていないのよ。だから、学園の人間は亜人の存在を知っていても、そこらへんの一般人には知らない存在なの。」
「そ、そうなのか。」
そっちの方が自然と質問できるから都合が良いな。
「何でその…政府?に関わる人間にしか伝えられてないんだよ?」
「この世界には魔学を中心とした考えが浸透してるの。でも、生まれつき魔法の能力が少なかったりすると、就職なんかが不利になってしまうの。」
就職って……妙に地球的な単語が出てきたな。
「更に、魔法の能力が無いだけで、差別されたりと、ひどい扱いを受ける人が少なからず居るのよ。その人達が集団となり、反政府組織として勢力を上げたのよ。」
反政府組織だって……うわぁ、異世界ものっぽい。めっちゃぽいよ。
沙菜は一通り語り終わると、一旦休憩を挟み、帰り道を歩いていった。俺もそれについていく。
「でも、魔法の能力の無い人々が束になったところで、政府の軍勢力には及ばない。だから政府もその組織を甘く見て、放置していたの。しかし、ここ数年、反政府組織は魔学とは別の、『科学』というものを研究し、それによってこの『金属』とよばれる特殊な物質で造り上げた、『亜人』を産み出したの。」
俺はまだ、この世界に来て数日しか経っていないが、この世界には俺の住んでいた世界の文化がほとんど無いということに気が付いた。
沙菜の口調は、まるで今まで知らなかったものを口にするかのように、科学や金属という言葉をくちにしていた。実際そうなのだろう。しかし、その事から俺とこの世界の知識や文化の圧倒的違いを思い知らせるのには十分だった。それは、俺に不安を与える。
何も知らない不安。
――俺はこの世界で生きていられるだろうか……?
そしてようやく森の入り口にあった、二つの岩が見えた。