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ありがとう

作者: ぷう

ここはどこだろう?


なんだか白くてふわふわしてる


お空も白いし、なんだか少しまぶしいんだ




そこは雲の上のようでした。


どこまでも続く真っ白な世界。


はるか彼方まで、雲と白い空のほかには何も見えません


ふわふわの雲の向こうは、もやのように霞がかってぼやけています


音ひとつなく、しんと静まり返っているのに、なんだかとっても気持ちいいんです




そうだ、ぼく・・・。


そう、ぼくは。




雲の上にいるのは、小さな赤ちゃんでした。


まだ一歳になるかならないかでしょうか。小さく澄んだ目をぱちくりしながら、ちょこんと雲の上に座っているのでした




あれはいったい何でしょう?はるか向こうから何か黄色く光り輝くものが近づいてきます


ゆっくりゆっくり。それでいながら気が付けば、光はもう赤ちゃんの目の前まで来ていました


光は少しずつ小さくなって、姿を現したのはお地蔵様でした。






ああ、そうだ。思い出したよ


ぼく生まれなかったんだ。


なんだっけ


覚えているのは桃色の世界。


優しく静かな桃色のゆりかご


大きな優しさに包まれて、静かにゆらゆら揺られてたんだ


あれは、そうだよ。お母さんのおなかの中


でも、急に暗くなって、それから、それから・・・・








目の前のお地蔵さまの目は、なんだか悲しそうなのに、どこまでも深い慈しみにあふれていました。


お地蔵さまは、赤ちゃんの方へと歩みよりました


すっと手をのばすと、やさしく赤ちゃんを持ち上げ、そのまま胸へと引き寄せました


お地蔵さまは赤ちゃんを抱きかかえたまま、すーっと上の方へと浮上していきました。




あれ?僕の体が宙に浮いてる。


そっか、お地蔵さんに抱きしめられて上に登っているんだ



さっきぼくがいたところが、もうあんなに下に見える




お地蔵さまは、赤ちゃんを抱えたまま、どこまでも白い雲の地平線に向かってどんどんと飛び続けていきます


大きな山がありました


山を越えると、そこは一面、緑の大地でした


赤、青、黄色、白、ピンク


色とりどりの花が咲いています


どこまでも澄んだ青空には小鳥が舞い、まるで春の花園に迷い込んだかのようでした


大きな川が流れています。


川のこちら岸には、何人かの人がいます


向こう岸にも何人かの人がいます


川は浅く、流れも緩やかなようですが、向こう岸まではとても遠く、その川を歩いて渡っている人たちも見えました


川の向こうは、真っ白な雲の地面と、真っ白な空。なんだかさみしい風景です


どれくらい飛んだことでしょう


二人は、天まで届くような大きな赤い門の前にいました


門の右側には大きな鏡がありました


鏡にはお地蔵さまと、赤ちゃんが写っていました。


くるんくるんとした小さな澄んだ目


もみじのようなちっちゃな手




ああ、これが僕なんだ


もし生まれていたなら、ぼく、きっとこんな赤ちゃんになったんだろうな







赤ちゃんは首をかしげながら、鏡をみつめました


鏡は白く光ると、どこか別の場所の風景を映し出しました


鏡の中には、泣き崩れている女性がいました


暗い部屋の中、女性がただ一人肩を震わせ泣いているのです




あっ、お母さんだ・・・。


お母さん




お母さんから生まれることのなかった赤ちゃんにも、それが自分の母親ということはすぐに分かりました。だって、ついさっきまで、お母さんのおなかの中にいたのですから。




お母さん、ねえ、そんなに泣かないで


ぼくね、お母さんは多分知らないだろうけど、お母さんの優しさ、ずっと感じていたんだよ。


ぼくら生まれるのと引き換えに記憶をなくしちゃうんだけど、ぼく母さんのおなかの中で、ずっと感じていたんだ 。お母さんがぼくを想ってくれる気持ちを


いつも語り掛けてくれたよね 。わたしのかわいい赤ちゃんって


いつも優しくお腹さすってくれてた


お腹の中でもね、ずっとお母さんの愛、感じていたんだ


いつも言ってくれてたよね


早く生まれてきてね、わたしの赤ちゃん


早く会いたいわ、わたしの赤ちゃんって


ぼくね、生まれてくることはできなかったけど、お母さんのおなかの中で幸せだったんだよ


ほら、いつだったか、まだぼくが生まれる前からおもちゃ、たくさん買ってきたことあったでしょ。


まだ早いよ、と思いながらも、ぼくすごく嬉しかったんだ


おじいちゃん、おばあちゃんにも、ぼくがお腹に宿ったこと、本当に嬉しそうに話してくれたよね


ぼく、お母さんとお父さんがあんなに喜んでくれて、本当に嬉しかったんだ


だからね、ぼく、本当に幸せだったんだ


お腹の中で、一緒に幸せ感じてたんだよ


お母さんの時間では、ほんのわずかだったかもしれないけど、お腹の中の時間ってね、見えない時間、見えない宇宙とつながっているんだ


ぼく十分な時間を楽しんだよ


だから、もう、ね。泣かないで


悲しんで泣いてくれて、そして立ち上がって前を向いてくれること。


それだけで、ぼく嬉しいんだ


本当にありがとう












鏡がまた白く光ると、別の光景が浮かび上がりました


そこには可愛らしい保育園ぐらいの女の子が写っていました。


くまのぬいぐるみを抱いて、おままごとをしています




ああ、ぼくのお姉ちゃん


ぼく、お姉ちゃんに会いたかったな


ぼく生意気だから、もし生まれたらおもちゃの取り合いしたり、けんかもしたかもしれないね


でもきっと仲いい兄弟になれたと思うよ


ぼく、おままごとはしたくないけど、でもお姉ちゃんといっぱい遊びたかったな










次に鏡が光るとそこに映し出されたのは父親の姿でした


父親は、青ざめた表情で会社の机で書類に向き合っています。


ときどき手がとまっては、放心したように固まっています




ねえ、お父さん。


お父さん、ぼくが生まれたらいっしょに野球するんだって、グローブ買ってくれたよね


でも、ぼく、もし生まれたら野球よりサッカーしたかったな


お父さんと泥んこになって遊びたかった


ああ、でもやっぱりキャッチボールもいいかもしれない


そうだね、お父さんとキャッチボールしたかったよ


大きくなったら一緒に山に登ったり、海やプールで泳ぎたかったな


ありがと、お父さん




鏡からスーッと父親の姿が消えて、再び赤ちゃんとお地蔵さまを映し出しました


お地蔵さまは、口を開きました


「今、おまえが見てきたのが向こうの世界を映し出した鏡なのだよ。そして、さきほどわたしと超えてきた川が三途の川と呼ばれる川なのだ。お前の心は朝の湧き水のよりも澄み切っている。だから、何も問われることはない。私とともに通り抜けてきたのだ。」


お地蔵さまは坊やを抱えると上へ上へと昇っていきました


高く高く


「ねえ、どこへ行くの?」


赤ちゃんの問いにお地蔵様は黙って静かにうなづきました


雲の上の世界のさらに上に別の雲の世界がありました。


ほら、ごらん


お地蔵様が雲の裂け目を指さしました


以前の世界がみえます


あちらの世界では雨が降っているようです。


しとしとと静かに降っています


雨の中の住宅街


一件の小さな白い家がありました。


その中にある家族の寝ているのが見えました


「あ、お母さん、お父さん、お姉ちゃんだ」


「ねえ?」


赤ちゃんがお地蔵様をみやると、お地蔵様は優しく大きくうなづきました。


赤ちゃんも「ん」と小さくうなづくと、お母さん、お父さん、お姉ちゃんに向かって話しかけました。


「ねえ。お母さん。お父さん。お姉ちゃん。ぼくね、生まれてくることはできなかったけど、でも、とっても、幸せだったんだよ。


お母さん、お父さんの子供で、お姉ちゃんの妹で本当によかったって思ってるんだ


お母さん、お父さん。いつまでも喧嘩しないで仲良くね。お姉ちゃん。幸せになってね。


ぼく、ここでお別れになるけど悲しまないでね


明日の朝、外見てみてよ。きっとぼくがいるはずだから」


言い終わると


赤ちゃんの体は光に包まれていきました。


まばゆい光はふわっと宙に浮き、


そして、静かにお地蔵さまへと吸い込まれていきました


翌朝のこと


「ねえ、あたし昨日あの子の夢をみたの」


赤ちゃんの母親が言いました


「そうか。実はオレもなんだ」


お母さんとお父さんはお姉ちゃんを連れて外へと出てみました


山の向こうには虹がかかっていました


母親と父親にはそれが、生まれてこなかった赤ちゃんからのメッセージのように思えました




その日の午後、家族はお寺でお地蔵さまの前にいました。


「どうか、あの子が天国でも幸せでありますように」


その声はお地蔵さまの中の赤ちゃんにも届いたことでしょう


そして、赤ちゃんからの想いも、きっと3人にも届いたことでしょう


「ねえ、お母さん、お父さん。お母さんやお父さんたちが、お地蔵さんに手を合わせてる時、ぼくも一緒にお母さんやお父さんに手を合わせてるんだよ。悲しんでくれて、そして立ち直って、また歩き出すこと。それがね、ぼくら生まれなかった赤ちゃんへの最高の供養なんだ。だから、もう泣かないでいいんだよ。これからは僕がお母さんたちを守ってあげるからね」


空には雲一つないどこまでも澄んだ青空が広がっています


雲雀の鳴き声がどこからか聞こえてきます


きっと明日もいい天気でしょう



おわり









ありががとうございます

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても心温まる物語でした。 [一言] 文章構成も何一つ違和感無くとても良い小説でした。 このような心温まる物語はいつ読んでもいい物ですね。
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