カノン
海底には、骸と命が同じ顔をして沈んでいる。ただそれだけ書き残して、あなたは死んだ。後には、何も無い。
GPSを頼りに、何日も連絡の取れないあなたを探してみれば、崖を覗きこむあなたの弟、あなたは崖の下。探しに来た甲斐がない。
「薄情な人を好いたんですね、君は」
あなたの弟は、シャツの袖を捲って私を抱き寄せた。あなたと同じ香り、同じ顔の、声だけが少し違う男の人。
「僕にしときなさい、ほとんどあの人と同じだ」
そう言って口づけた。私は薄く唇を開いたまま、ぼんやりとそれを受け入れた。どうでも良かった。
「ちょっとは嫌がったらどうですか」
あなたと似たような指先で彼は、私の鼻をつまんだ。
「私には、あなたもあの人も違いはないもの」
「嘘だな」
私の頬を知らぬ間に濡らした涙を、静かに指で拭って、目を覗き込んだ。
「目が真っ赤だ」
目を逸らした私の頬を両手で包んだ彼に、なにか違和感を覚えた。
「ね、あなた」
「言うな」
私が気づいたのと、それを彼が察したのは同時で、私はそれに怯えた。
「帰ろうか」
「だめよ」
私は彼を引き止めた。
「いいのよ、生きていたなら」
あなたが生きていたなら他は些細なこと、そう言いかけて、言葉を飲み込んだ。あなたが震えていたからだ。
「なにも言うな」
「大丈夫、私は今までと変わらないわ」
それだけ言って、あなたの頭を撫でた。
誰が死んでも同じことである。まして、それがこちらの生活を変えない死であれば。人の死に特別の意味などない。
「君をほしいと言ったんだ、やつは」
怯えた仔犬のようなあなたの告白も無視して、私は、意味も無く身を乗り出して崖の下を覗き込んだ。すると、さっきまでそこに寝そべっていたはずの死体が、立ち上がりこちらを見ている。
「あら、生きてるわ」
私が、間抜けな声をあげると、あなたはため息をついた。
「またか、いったい何度」
死んだはずのあなたの弟は、こちらを指さしなにか叫んだ。その声は風の音にかき消されたが、そばにいるあなたの声は微かに聞き取れた。
いったい何度、殺せばいいんだ。
あなたは確かにそう言った。