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世にも奇妙な短編集

処刑セット

角川つばさ文庫『世にも奇妙な商品カタログ(1)』収録作品です。

角川つばさ文庫公式サイト → https://tsubasabunko.jp/product/catalog/321809000128.html

『このセット一式があれば 誰でも簡単 お手軽に 処刑ができる!』


 そんな謳い文句の書かれたネットの広告に、男は思わず目を留めた。

 

「処刑セット……?」

 その商品名を口の中で呟いて、画面上に出てきたバナー広告をクリックする。

 カチリ。

 一瞬後、画面が切り替わる。

 開かれたそのページには、「処刑セット」なる商品の詳しい説明があった。

 男はページをスクロールして、とりあえず、目に付く大きな文字の部分だけを読んでいく。



『 悪人を 自分の手で裁いてみたい…!

 お客様の そんなニーズにお応えして生まれた商品が この「処刑セット」です。

 処刑に必要な あらゆるアイテムを あまさず詰め込んだ 非常に便利な「処刑セット」

 このセット一つで 誰でも簡単 お手軽に 自宅で処刑が行えます!

 正義感の捌け口に!

 日ごろの鬱憤晴らしに!

 あるいは ともだちを集めたパーティーでの とっておきのイベントとして!

 ぜひ この「処刑セット」を ご利用ください!


※ 処刑方法は

・斬首刑(初心者にも扱いやすいギロチン使用)

・絞首刑

・電気刑

・ガス殺刑

 の4つの中から お選びいただけます!』



「へえ……。自宅でお手軽に処刑、ねえ……」

 男は、ごくりと唾を飲んだ。

 パソコン画面を凝視しながら、男は思う。

 自分は、鬱憤晴らしに処刑を行いたくなるような危ない人間ではない。それに、パーティーのイベントで処刑を楽しむような悪趣味も持っていない。

 でも、正義感は人一倍だと自負している。

「悪人を、自分の手で裁く……か」 

 呟いて、もう一度、ごくり。


 悪人……悪人か。ここで言ってる「悪人」の定義って、どういうものなんだろう?

 お手軽簡単な処刑セット、と、いうことだが。さすがに、この商品の購入者になれば誰をも好き勝手に処刑できる、というわけではあるまい。おそらくは、処刑の対象にしたい人物が、本当に処刑に値する「悪人」であるかどうかの審査とか、そういったものがあるはずだ。

 男は、頭の中に、自分の知っている限りの「悪人」たちを思い浮かべる。

 それは、テレビのニュースで見て知っている犯罪者だったり、男の身近にいる人物だったりした。彼らはいずれも、男にとって「処刑に値する悪人」――一刻も早くこの世から消えてなくなるのが良いと思える人間だった。


 このセットを購入することで、果たして彼らを処刑できるのかどうかは、わからない。

 でも、試してみる価値はあるんじゃないだろうか。

 もしうまく行けば、自分の手によってこの世の中を、ささやかにではあるが、正常化できる。それは、とてもとても素晴らしいことに思えた。

 男は一人うなずいて、「この商品を購入する」と書かれたボタンを、クリックした。




 数日後。男の家に「処刑セット」が届いた。

 男が注文したのは、斬首刑ギロチンタイプのセットだった。

 そのセット一式は、段ボール箱二つに分けて送られてきた。

 一つは、段ボールの表面に「箱1」と印刷された、立方体よりもちょっと縦に長いくらいの箱。もう一つは、「箱2」という印刷がある、横に細長い形の箱。細長い箱のほうは、よく見ると、底に小さな穴が一つ開いていた。穴を覗いてみても、中に何が入っているのかは、よくわからなかったが。


 二つの段ボール箱は、どちらもけっこう大きくて重い。その存在感と重量感が、なかなかに「本格」っぽさを感じさせた。

 うん、そうだ。こういうものは、やっぱり安っぽかったらいけない。人ひとり処刑するのだから、こうでなくっちゃ。

 そう心の中で呟きながら、男は、うんせうんせと二つの箱を部屋に運び入れた。


 そうしてまずは、ちょっと縦長の箱のほうを開けてみることにした。

 カッターナイフでガムテープの封を解き、箱の蓋を起こす。

 箱の中には、一枚の紙切れと、何やら小さな小箱。そしてその下に、厚手のビニールで包まれた、真っ黒い色の大きな器具らしきものが入っていた。

 紙切れのほうは、たぶん、セット内容とか、取扱説明とかが書かれているのだろう。

 男は、紙切れと小箱を段ボール箱の外へ放り出し、その下の真っ黒い器具を、慎重に取り出して床に置いた。男は普段から、製品の取説などはあんまり読まないタイプだった。


(わからないところが出てきたら、そのとき読めばいいや。けどまあ、取説が紙切れ一枚に収まる程度なら、そんなに難しいことも書いてないだろう)


 そう思いながら、男は、真っ黒な器具を包んでいるビニールを破いていった。

 ビニールの中の器具は、いくつかの部品に分かれていた。

「これを組み立てればいいのかな?」

 やってみると、その組み立て方は実に簡単で、やはり説明書を見るまでもなかった。

 ほどなくして、男の部屋の真ん中に、立派なギロチン台が出来上がった。組み立て式ギロチン。使わないときは、分解してコンパクトに収納しておけるというわけだ。


 一歩引いた場所から、ピカピカのギロチン台を眺めつつ、男は悦に入る。

 ああ。このギロチン台を使って、これから自分の手で悪人を――。

 気持ちが昂って、男は思わず溜め息を漏らした。

「ああ……。なんだか、ギロチン台を組み立ててたら、喉が渇いたな……」

 ちょっとお茶でも淹れてくるか、と、男は台所に向かった。


 ヤカンを火に掛けて、男は再びギロチンのある部屋に戻ってくる。

 さあて。お湯が沸くまでに、残りの荷物も開封してしまおうか。

「ギロチン台と一緒に入ってた、この箱は、なんだろう?」

 紙切れといっしょに床に放り出していたその小箱を、男は手に取った。

 テープをはがして小箱を開けると。その中身は、何かの薬品らしき液体が入った瓶。注射器。それと、たぶんスタンガンとおぼしき機械だった。

 男は首をかしげる。なんだろう、これは。これも、処刑に使うアイテムなのだろうか?

 薬品は……毒薬? スタンガンは、もしかして、電気刑にでも関係するものなのか。 でも、自分が注文したのは斬首刑タイプのセットだけだし……。


(あ。ひょっとすると、小箱の中身は、ほかのタイプの処刑セットのサンプルとか?)


 よくわからなかったが、それよりも。

 男は、残ったあと一つの箱のことが、気になった。

 こちらの細長い箱も、けっこう大きなものだが、この中身はいったい何なのだろう。

 ギロチン台を組み立てている途中の段階では、こっちの箱の中にも、ギロチンの部品が半分入っているものだと思っていた。けれど、組み立てたギロチン台は、これでちゃんと完成しているように思える。何かまだ足りない部品があるようには、見えないのだ。

 と、いうことは?


(あと、処刑に必要なもの、といったら……。あっ、そうか! 「悪人の審査」だ!)


 ポン、と手を打って、男はうなずいた。

 そうそう、そうだった。いくら「お手軽簡単に自宅で処刑」といったって、誰かれかまわずこのギロチンで首を切り落とす、なんてことは、できるわけがないのだから。残ったこの箱の中には、きっと、処刑したい対象が「本当に処刑に値する悪人かどうか」を審査するための何かが、入っているのだろう。


(でも、そんなこと、いったい何を使って、どんなふうに審査するんだろう?)


 まあ、箱を開けてみれば、そこのところもわかるかもしれない。

 男は再びカッターナイフを手に取って、開封作業を始める。

 そうしながら、男は、ふとさっきの小箱のことを考えた。

 あの小箱の中身……。あれは、もしかしたら、処刑する悪人を捕らえるためのアイテム、なのかもしれない。そういう可能性も、あるいはあるだろう。

 あれらの毒? なりスタンガンなりが、もし本当に、そういった用途のために付いてきたものであるとしたら。このセットを使った処刑って、思っていたよりも大変なのかも。お手軽簡単、と謳ってはいても、実際はそんなものだろうか。


(まあ、いいさ、多少の苦労があろうと。それより問題は、俺の処刑したい人物が、処刑に値する悪人として認められるかどうか――だな)


 ガムテープを切り裂くカッターの刃が、箱の端まで行き着いた。

 そうして、さて、箱を開けようかと、男が蓋に手を掛けた、その瞬間。

 台所で、ヤカンがけたたましい音を立てた。

「おっと、そういえば」

 お茶を淹れるために、湯を沸かしていたのだった。それを思い出した男は、カッターナイフをその場に置いて、急いで台所へと向かった。


 数分後。淹れたてのお茶を持って、男は戻ってきた。

 このお茶を飲みながら、せっかくだから、ちゃんとセットの使用説明でも読んでみるか。そう思いつつ、男は、ギロチンのある部屋に入る。


 その途端、ハッとした。

 一つ残っていた箱の蓋が、開いている。

 さっき封は切ったけれど、まだ、蓋は開けていなかったはずなのに――。


 男は、箱に歩み寄った。

 上から覗き込んでみる。

 箱の中は、空っぽだ。


 そのとき。

 物陰から、突然何者かが飛び出して、男に襲いかかった。

 男は息を呑む。

 誰だ、おまえは。一体いつ、どうして、この部屋の中に。

 一瞬のうちに頭に浮かんだ、それらの言葉を、口にする暇もなく。

 そいつの手に握られていた、見慣れたカッターナイフが、男の喉めがけて、降り下ろされた。



                    +



 悪人を 自分の手で裁いてみたい…!

 お客様の そんなニーズにお応えして生まれた商品が この「処刑セット」です。

 処刑に必要な あらゆるアイテムを あまさず詰め込んだ 非常に便利な「処刑セット」

 このセット一つで 誰でも簡単 お手軽に 自宅で処刑が行えます!



『商品名:処刑セット



〈商品内容〉 


箱1 … 組み立て式ギロチン(一組)

      筋弛緩剤(一瓶)

      注射器(一本)

      スタンガン(一個)

     

箱2 … 凶悪犯(一人)



〈商品説明〉

 組み立てたギロチンを使って、セットに含まれている凶悪犯を処刑できます。



〈使用上の注意〉

 箱2を開封する際には、必ず以下の注意事項をお守りください。


・ 箱2を開封する前に、中に入っている凶悪犯に、付属の筋弛緩剤をすべて注射してください(注射用の小さな穴が箱の底に開いておりますので、それをご利用ください)。


・ 箱2を開封する際は、用心のため、スイッチを入れたスタンガンを構えて開封してください。


・ ハサミやカッターナイフなど、武器になるようなものを箱2のそばに置かないでください。


以上の注意事項をお守りいただけない場合、凶悪犯は非常に凶悪ですので、お客様のお命の保証はできかねます。ご了承ください。』




 -完-



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