約束と友人 01
辛い。淋しい。悲しい。怖い。頭を巡るのはそんな言葉ばかりだ。小さな手にはこびり付いた血液と山道でついたであろう土と傷。そして固く握りしめられた左手には何か球体の物が握られていた。着ているワンピースは所々破れていてそこからは血が滲んでいた。細い腕や足には切り傷や擦り傷が数えられないほどついていた。少女らしい可愛い顔には疲れと苦しみ、憎悪が刻み込まれていた。
「お母さんっ・・・お父さん、お兄ちゃん・・・お姉ぇ・・ちゃんっ。シズ・・苦しいよ、痛いよ・・・助けてほしいよ・・・・・。」
瞳には溢れんばかりの雫が溜まっていたが、必死にこらえていた。そうしてどんどん森の奥深くへと足を踏み入れていったのだ。―――
どの位歩いただろうか。気が付けばワンピースは原型を留めておらず、かろうじて肌に纏わりついているだけになっていた。じくじくと痛んだ体の傷ももう痛みは感じない。ただ、ずっしりと重いだけだ。相変わらず手にはしっかりと球体の物が握られている。大切に大切に。顔に表情がない。いったいどこへ行きたいのか、ただ少女はこの山に死にに来たのではないらしい。かといってこのままだとそう長くはないだろう。ふらふらとままならない足取りで何度も転びそうになりながらひたすらに進んだ。
(・・寒い・・・。怖い。)
身震いしながらワンピースだった布を体にひきつけた。
―――――― ふいに、少女の体を温かいものが包み込んだ。鳥肌の立っていた皮膚をゆっくり伸ばしていく感覚にほっとする。
(温かい。・・・太陽の光?ああ、温かい匂い・・・。お母さんの匂いだ。)
死んだような表情が少女らしい穏やかなものへと変わっていった。そこはどうやら森が開けた場所のようで、日の光をさんさんと浴びた草花がさわさわと揺れた。思わず撫でたくなるような青草は少女の膝程まであった。やわらかな風が自然と少女の視線をその先へと導く。
(・・・・大きな木・・。――っ!おばあちゃんの言ってた、大きな木だ!!)
まん丸の大きな瞳を限界まで見開き弾かれたように駆け出した。やわらかそうに見えた草が剥き出しの足へ新たな傷を作っていったが気にならなかった。背の高い草が何度も足に絡み付いてこけそうになった。体が重いことなんて忘れて大木の近くまで必死に走った。
「あのっ・・・!お願いがあるの!!どうか、どうか話を聞いてください!」
不安と期待のまじった顔でじっと返事を待った。が、しばらくたっても返事はなく少女は手の中の物をギュッと握りしめた。祈るように引き結んだ唇に力の宿った瞳で大木を見つめた。沈黙に耐え切れなくなり、何度も何度も文字通り必死に叫んだ。喉は何日も水分を取っていないせいか砂漠の様だ。息をするだけでもヒリヒリする。さらに数歩大木へと歩み寄りへたりと座りこんだ。自分の意思からではなく栄養不足のためだ。焦点もあわず、朦朧とする意識の中それでも少女は両手を合わせ祈った。片手にはもちろん何かを持ったまま。
「どうか、どうか・・・・・・」
恐ろしい程に穏やかなこの空間に時が止まってしまったのではないかと焦りを感じる。
(おばあちゃん言ってた・・・だから、きっとここにいる!)
先程まではここにたどり着くことだけを想い、体に鞭打ってきたためその先を考える恐怖を感じなかったが、祈ることしかできない今少女の頭を不安の色で染め上げてゆく。
――――― 傷だらけの少女の頬を、柔らかな風がなでた