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2日目

 今日こそは! 今日こそは!

 いつも以上に念入りに店の掃除をして、入り口前も綺麗に掃きあげて、きっちり商品も陳列して。

 ウエルカム! ウエルカムですよ、勇者様ご一行!


 は、や、く来っないかなぁー。

 そわそわしながら薬草を磨り潰す。

「はぁ……ナニがそんなに、楽しいんだか」

 朝っぱらから入り浸っているジルドが、店のスツールに腰掛けてカウンターにだらしなくもたれながら、気だるげにこぼす。

 ほんと、何しにきてんだろうこの人。

 そんなに暇なのかな? いやそもそも何の仕事をしているのか知らないけど。

「また、失礼なことを考えてるだろ」

「いいえぇー、そんな事ないですよー。 暇そうだなーなんて思ってないですー」

 ゴリゴリと磨り潰す手は止めずに口を尖らせる。

「ぁあ? なんだ、俺の休みが、そんなに気になるのか? ん?」

 休み? へぇー休みのある仕事なのか?

「別に気になんてしてませんー。 大事なお得意様ですからねー」

「……大事にしているようには見えねぇがな」

 そうですかー? 追い出してないから御の字だと思いますよー。

 わたしの軽口を気にした様子なく、ジルドは腰に下げた皮のタバコケースから一本取り出すと口に咥えた。

「店内は禁煙ですからね。 吸うなら奥の作業場でお願いしますね」

「咥えてるだけだ」

 口にしたタバコを上下させてこれ見よがしに言うジルドに、それならイイですと許可をして、店の入り口を気にしつつ薬草をすりつぶす作業を再開した。



 あぁ、それにしても勇者様たち来ないなぁぁぁ。

 夕方まで待ったが、音沙汰無し。

 ジルドもいつの間にか帰っちゃったみたいだし。

 夕日を見ながらカウンターに突っ伏す。

 昼食を食べてる間に勇者様が来たらと思ったらご飯も食べにいけなくて。

 ぐーぐー鳴るお腹を抱えて、なんか、切なくなってきちゃったよ。

「飯も食わねぇで。 てめぇは、馬鹿か」

 腹の音に気をとられて、ジルドが入ってきたのにも気づかなかったなんて!

 いや、それよりも、だ!

 こ、こ、この食欲をそそるスパイシーな香りは!


 ドン!


 と、鍋に入ったこってりピリ辛スープがカウンターの上に置かれる。

「飯だ、食うぞ」

「きゃぁー! ジルドさん大好きー!」

 大急ぎで二人分の食器を用意する。

 ジルドが店の暖簾を取り込んでくれ、わたしは奥のキッチンで食事の準備をする。

「おぅ、こっち明かり消すぞ」

「はーい、お願いしますー」

 店の明かりを消してからキッチンに入ってきたジルドは、二つしか置いてないイスのひとつに座る。

 そもそも一人用のテーブルだから手狭だ。

 いや、キッチン自体もコンパクト設計……良いんだよ? 狭いほうがなんでも取りやすいから。

「狭いから、居間のほうに行く?」

「いや、いい」

 いつもみんながわいわいするのは居間兼作業場の方だから、広いそっちを提案してみたけれど、却下された。

 鍋とパンを置いただけで一杯になったテーブルに向かい合わせに座る。

 ジルドが右手を胸において目を伏せる。

「今日の糧に感謝する」

「今日の糧に感謝します」

 わたしも同じように胸に手をやり食前の挨拶を口にする。

 一人のときは”いただきます”を使うけれども、ほかの人も居るときはちゃんとこっちの挨拶に合わせる。

 スープをひとくち啜る。

「――んーっ! んんんっ!」

 美味しくて言葉にならないよ!

 コクのある辛味が喉をすべり、胃を熱くする。

 胃が弱ってるときは食べれないスープです!

 ゴロゴロとした具がたくさん入っているのも魅力的。

 半分まで食べてやっと人心地ついて、視線を感じて顔を上げればジルドと目が合った。

「うまいか?」

「ん! うまいよ」

「そうか」

 なんだか満足そうなジルドに、頬が緩む。

「口の端についてるぞ」

 言われて、口の横についてたスープを舌をのばして舐め取ると、ジルドの目が弧を描く。

「なに?」

「なんでもねぇよ。 それよりも、飯を抜いて待つぐらいなら、会いに行きゃいいじゃねぇか」

 ジルドがスープにパンを浸しながら手元に視線を落として、そんなことを言う。

「んー……」

 いや、それも考えたんだけどさぁ。

 あれかなぁ、なんていうか、度胸がなくてさぁ。

 多分あの人…黒髪の人、同郷だとは思うんだけど、こっちはしがない小間物屋で向うは勇者様御一行。

 すべてにおいてレベルが違うよね!

 だから、わたしからは動かない、でも…もしも、もしも勇者様御一行がウチの店に来て、偶然会うなら……。

 黙りこんだわたしをジルドが目を細めて見る。

「いや……わたしは、店を開けなきゃ、ならないから」

 胸のしこりを隠すようにヘラリと口元を緩めて言い訳する。

「どうせ客なんてそんなに来ねぇだろうが。 今日なんて俺だけじゃねぇかよ」

 いや、アナタ何も買ってないから客ですらないじゃないですか。

 ってことは、本日の来客はゼロ……おぉう………。

 ジルドは自分の器にスープの御代わりをつぎ、黙々とスプーンを口に運ぶ。

 わたしも最初の勢いはなくなったけれど、ゆっくりとスープを減らしてゆく。


「明後日だとよ」


 何が? え? え?

 飲み終わった皿と空になった鍋を洗い場に下げたジルドが、荒々しくイスに座りなおしながら言った言葉に思い当たる節はひとつだけ。


 明後日、勇者様御一行はこの町を出る。


「おら、こぼれんだろうが」

 動揺して皿が傾いてゆくわたしの手から皿を取り上げたジルドは、ついでにスプーンも取り上げてテーブルに置き、片方の肘をテーブルにつきその手で自分の額を支えて自重するような響きのため息をひとつ吐いた。

 一拍置いてから上げられた不機嫌そうなジルドの目に射すくめられる。

「何がしてぇんだ、オマエは」

 言い聞かせるようにゆっくりと聞いてくるジルドに、頭がゆっくりと答えを探す。


 なに…が。

 なに……って…。

 膝に落ちていた妙に重たい両手を持ち上げて、両肘をテーブルについて、重ね合わせた両手に顔を伏せる。


 何が、したい、って……そんなの………。


「は、なし…がしたい。 故郷の、はなしを。 どうして、ここに居るのか。 わからないことばかりで、だから、話がしたい……っ」

 閉じた瞼の間から滲み出る涙を両手にこすり付けてごまかす。

 なのに、涙はどんどん溢れ出す。

 テーブルにパタパタと涙が零れ落ちたのを機に両手でごしごしと目をこすって、盛大に鼻をすすり上げる。

 あー、駄目だ、駄目だ。

 弱ってるなぁ自分。

 袖をのばして涙をふき取って、もう一度鼻をすする。

 いや、鼻水が止まらない。

 前掛けのポケットから布切れを取り出して、景気良く鼻をかむ。

 

「会いに行きゃあいいじゃねぇか。 勇者が来る機会なんて2年に一回くらいだぞ」



 え?

 2年に一回?


 ぴたりと泣き止んで、ポカンとジルドの顔を見る。

「……なんだよ」

 不機嫌そうに眉をひそめるジルドに、首を傾げながら確認してみる。

「2年に1回、勇者さん達が来るの? この町に?」

「あぁ? 当たり前だろうが、勇者なんだから」

 い、意味が分からないよ。

 あれ? こんな王都から離れた町なんて、それこそ一生に一度来るか来ないかじゃないの?

 2年前もわたしここにいたけど…来てたっけ? あれ?

「2年前も同じころ来ていたはずだ。 初代国王の霊廟があるから、2年に一回は必ず詣でる事になっているからな」

 そんな立派なお墓なんかあっただろうか……。

「あるだろうが、町の真ん中に」

 町の真ん中というと、役所があるところか?

「霊廟つってもでかいから、ついでに役所として使ってるけどな。 入って真正面に国王の像があるだろうがよ」

 ああ、年中花が飾られてる偉そうな像か……そうか、あれが初代国王サマなのか。

 というか、なんでうちの町に王様のお墓が?

「何でって、昔ここが王都だったからだろうが」

 ………こんな小さな町が?


 困惑するわたしに、ジルド先生は歴史をざっと教えてくれた。

 初代国王はここの町の生まれである、神託により国王となる、二代目が実力者でどんどん諸国を併合してゆく、町の場所が悪いため便利のいい現在の王都に遷都する、因みに今は7代目。

 ジルド先生超適当ですね、ありがとうございました。


「さてと、じゃぁ、今度は俺の番だな」

 よっこいしょっ という掛け声でわたしとジルドの間にあるテーブルが撤去され、イスに座ったまま、ガタガタと音を立ててジルドが距離を詰めて……。

「近すぎやしませんかね……」

「そうでもねぇよ」

 いやいや、わたしの膝がジルドの膝に挟まれておりましてね、わたしの膝までの距離しか開いてないわけなんですけれども。

 

 なんとも居心地の悪い距離に逃げを打とうとするその前に、ジルドが口を開く。

「まず最初に言っておくが。 俺はオマエが好きだ」

 そう言ってわたしの両手をその堅く大きな両手で包むようにして掴むとそのままわたしの膝の上に乗せる。

 あああああのっ、手、手ぇっ!

 恥ずかしっ、恥ずかし過ぎるでーす! ほらほらほらっ、手汗がねっ、出てくるってばっ! 恥ずかしいぃぃっ!

「俺だって、恥ずかしいっつーの。 恥ずかしい以上にオマエに触りてぇんだから、しょうがねぇだろうが」

 うわぁぁぁぁ……。

 首まで赤面して撃沈。

「オマエも、まぁ、嫌じゃねぇみてぇだから、このまま話すが」

 い、い、嫌じゃありませんけどね、指摘しなくてもいいじゃないですか。

 パニックで泣いたのとは別の感情で潤む目でジルドをにらむ。

「……まぁ、いいけどな、俺の理性を試したいのは良くわかった」

 いみがわかりませんっ、何も試したりしてませんっ。

 尖らしたわたしの唇に、チュッ、と軽い音をさせてジルドの唇がかすめていった。

 いいいいい、いみがわかりませんんんっ!

 


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