お題:『青年はむっとした顔で返す「しらねーよそんな話!」男は愉快そうに片眉を跳ね上げる』
コンクリートの階段を勢いよくかけあがってくる音が聞こえて、男は扉のほうへと視線をやった。ばん、と木製の戸が開かれる。ドアノブを握る青年に、その男は口先だけで笑ってみせた。扉につけられたプラスチックのプレートには、掠れた文字で【薬屋】と刻んである。
「おや。再び合間見えるとは」
煙草を指にはさんだスーツ姿の男は、ソファに座りながら高慢な響きでそう呟いた。高級そうな家具が設えられた室内はしかし、所狭しと置かれたフラスコのせいで、異様な雰囲気を生み出している。怪しげな色の液体が入っている試験管の近くには、薄汚れた白衣が無造作に放り投げられていた。
「おい、てめぇ、この惚れ薬! あんなに高く売りつけておいて、たったの一日しか効かなかったぞ!?」
茶髪の青年は眉根を寄せて怒鳴った。彼の手には、小さな空っぽのガラス瓶。彼の纏う流行の香水が、狭い部屋の中できつく香る。対する男はそれを打ち消すようにセブンスターの紫煙をくゆらせる。その仕草は青年に落ち着くことを促すようにも、神経を逆撫でするようにも見えた。
「契約書に書いてあったぞ。あれの効果は一日のみだ、と」
腕のブレスレットをじゃらりと鳴らしながら、青年はむっとした顔で返す。
「しらねーよそんな話!」
男は愉快そうに片眉を跳ね上げ、黒縁眼鏡の奥から底意地の悪い色をにじませる。
「知ろうとしない方が悪い。無知は幸福でありながら、同時に罪だからな」
「ハァ……? 意味わかんねぇ。とにかく金返せよ俺の一万円! それか、もう一度あの惚れ薬を寄越せ……!」
青年は懇願するように呟き、男へ掴みかかろうとする。そんな青年にむかって、男はふうっと煙を吐き出した。げほげほ、と咽る青年の襟元を軽く掴む。そして顔を上に向かせ、囁く。
「そんなに薬が欲しいならくれてやろう。貴殿の愛しい女のために、もう一度ワタシが愛の妙薬を調合してやってもかまわん。だが、代償は高くつく。無論、金ではない」
「金じゃなきゃ、なんだっていうんだ」
青年は魅入られたように、男の声に耳を傾けている。男はくつくつと、喉の奥で哂った。一度あの薬の効果を知ってしまえば、どんなものでも欲せざるを得ない。心理を掌握するように、精神を操作するように、意中の人が自らを慕う快楽に、人は逆らえないものだ。男は冷徹な眼差しのまま、虚ろな瞳の青年に、優しく柔らかく囁いた。
「――貴殿の魂を頂こうか」
その言葉を聞いた青年は――