第一章・23
※とりあえず目標の文章量に達したので、一旦完結です。
ありがとうございました。
23.
「おまえは……」
イオンが巫女達を背中に庇い、剣に手をかける。かつて襲われた時の恐怖が甦る。しかし、それを堪えて、余裕を取り繕って問う。
「俺もあんたに会いたかったんだ。何で俺達を付け狙う?」
「悪モンが訊かれたことに全部答えてくれると思ったら大間違いだぜ……。けど、まあ知りたいわな? いいよ、教えてやる。別に面白くもなんともねぇ答えだ、その女を掻っ攫いたい、それだけだ」
シャージが笑いを堪えるように言った。
「……この娘はもう特別な力なんか持ってない! 体内のマナを操作したから、もう普通の人間だ! 攫っても何も得るものはないぞ!」
ルクレーシャの言ったことが本当なら、そうなる。
「ああ。さっきから見物させてもらってたから知ってる。けどなぁ、そこのガキはお勉強が上手みたいだが、しょせんガキはガキだ。肝心なことが見抜けてねぇ」
「あ、あんだってー!?」
ルクレーシャがむきになって怒る。
「物事は何でも上っ面だけ見てちゃ何もわからねぇんだよ。これはお兄さんからのアドバイスだ、ガキ。いいか、おまえらの村はただ古い因習で人体蓄積法をやってたわけじゃねぇ。おまえらの村でごく稀に特別な力を持った奴が生まれることがある。それに、特別な方法でマナを蓄積させる。するとどうなるか――?」
そこで言葉を切ると、シャージは一瞬で間合いを詰め、得意武器のトンファー――しかも今度は先端が刃物になっている――でイオンの首を突き刺した。
「――っ!」
喉を突き刺され、声も出ない。しかしシャージはすぐにトンファーを引き抜くと、再び間合いを取る。
常人ならば死んでいる。しかし、しばらくするとイオンは咳き込んだ。やがて、呼吸ができるようになる。傷口は、完全に塞がっている。
「単なる人体魔法素蓄積器じゃねぇ……特殊な方法でマナを蓄積させたアラダイサの巫女は、『不老不死』の力を持つんだよ! 俺はそれを頂戴しに来たってわけだ。そしてその力は、理屈は知らねぇが、マナを蓄積させる前の状態でも、同じ年の同じ日に生まれた奴にも与えられる……。気付くのに時間がかかったぜ。まさかテメェがそうだったとはなぁ!」
そう言うと、再び地面を蹴って間合いを詰めてくる。同時に振り下ろされるトンファー。
しかしイオンは今度はそれを見切り、右の剣で受け流すと同時に左の剣をシャージの胴体目掛けて薙ぎ払う。
「ハッ! ちったぁ腕を上げたか?」
巫女が不老不死? シャージの言葉に思考が混乱するが、今は冷静に対応しなければならない。
「お姉さん! 本、儀式に使ってた本貸してっ!」
ルクレーシャがコリンを促す。弓矢で援護しようとしていたコリンが、慌てて鞄から例の本を取り出すと、ルクレーシャに渡した。ルクレーシャは素早くそのページをめくり、内容を斜め読みに確認すると、歯噛みした。
「……くそっ、ボクとしたことが……。この方法、確かに普通と違う……! ここに書いてあるのは、古代ベイナリア語じゃない……!」
シャージと対峙していたイオンも、背中から聞こえてきたその言葉を聞いた。
「つまりそーゆーことだ。そんなガキの言うことを信じたテメェらがアホだったってわけだ」
イオンは焦った。突然知らされた事実もそうだが、シャージはイオンが死なないことを知っている。となると、なるべくイオンを相手にせずに、目的の巫女を攫おうとするだろう。邪魔だと思えば、コリンとルクレーシャを手にかけるかも知れない。
何とか二人を守らなければ――。
そんなイオンの背後、ルクレーシャが先ほどの道具を取り出してコリンに囁いた。
「お姉さん、できるだけお兄さんの援護をして時間を稼いで。ボクに考えがある。こうなった責任がボクにないわけじゃないし、できる限りのことはしてみるから――!」
コリンは頷くと、弓を構えた。
シャージはちらりとそんなルクレーシャを見た。
「何を企んでるか知らねぇが、まあ適当にこいつと遊んでからそのお譲ちゃんは連れて行かせてもらうから、そこんとこよろしくっ!」
そう言うと、トンファーと蹴りの連打攻撃を仕掛けてくる。
イオンはタカマルに教わったことを思い出しながら、必死にそれを捌く。特殊な形状のトンファーは防御しづらく、完全には受け流せないが、それでも何とか剣で止める。
思いの外攻撃が当たらないことに気付いたシャージが舌打ちする。
「素人が、さっさと当てさせろ!」
「それは遠慮したい、なっ!」
体を移動させながらトンファーの攻撃を受けた瞬間、ほんの僅かに脚を突き出し、シャージの膝の裏を蹴った。
「なっ!?」
一瞬バランスを崩したシャージだったが、前方に宙返りすると体勢を取り直す。しかし、かつてタカマルが相手にした襲撃者との戦いを見て、それを予想していたイオンは、シャージが着地するであろう位置目掛けて剣を振った。
「チィッ!」
かなり無理に体を捻じ曲げてシャージはそれを避けた。しかし、致命傷こそ免れたものの、腕をかなり深く斬られた。血の流れる左腕をだらんと下げている。
「生意気な……!」
一瞬怯んだが、再び攻撃を再開して来た――そう思った瞬間、イオンが何もしていないにも関わらず回避行動に移る。
後ろ宙返りで十歩程間合いを取り直すと、周囲を見回す。
「またテメェか……!」
イオンがニヤリと笑う。以前もシャージを苦しめたコリンの援護射撃だ。ここは森の中。木々の枝の上を移動しながら、なるべく位置を覚られずに弓で射抜く。
分が悪いと判断したのだろう、シャージはイオンの脇を潜り抜けて巫女の元へ走ろうとする。イオンが斬りかかりそれを止める。
「よしっ! おい、あんた! このお姉さんにはボクがプロテクトをかけたよ! これでプロテクトを解かない限り、お姉さんにマナを蓄積させることはできない! もちろん、ボクを殺せばプロテクトの解除方法もわからないからね!」
イオンにはどういうことかよくわからなかったが、シャージの表情からして、効果のあることだったのだろう。
「俺は怪我じゃ死なないみたいだが、怪我するとそれなりに痛いんでね。深手を負わせればアンタの勝ちだ。俺と決着をつけようぜ」
そう言ってイオンが剣を振るう。今度はシャージが逆に防御に回る。
先ほどの一撃で、完全に左腕は使えなくなったらしい。攻撃の手が弱まる。右腕のトンファーを受け止め、目の端で放たれた蹴りを捉えて避け、シャージの軸足に逆に蹴りをお見舞いする。それを空中で回転して避けるシャージの更に先を読んで剣を振るう――。
当たりこそしないが、確実にシャージの体力は削られている。
(あんたの実演指導は最高だったぜ……師匠)
行方も知れぬ、一時の師に感謝する余裕すらあった。
そんな攻防が何度か続いた後――空中で宙返りをし、更にイオンの剣を避け、完全に死に体になったシャージの右膝をコリンの弓が射抜いた。
「がっ……!」
すかさず、イオンがシャージの右腕、左足と立て続けに斬りつける。
四肢に深手を負い、シャージは倒れた。体をよじって立とうとするが、それもままならないようだ。
イオンは勝利を確信し、大きく深呼吸する。
「……殺せよ」
最早打つ手なし、と判断したのか、シャージが言う。
「嫌だね。生憎と、人を手にかけたことはないんでね」
そう言うと、イオンはシャージから視線を外さずに荷物に近寄り、ロープを取り出すと、近くの樹にシャージを縛りつけ、さるぐつわをした。
そして一行は森を抜けた。
シャージはあのまま放っておけばいずれは死ぬかも知れない。しかし、直接手にかけるよりはいい。
他の襲撃者を警戒し、なるべく移動するため歩きながらコリンが言った。
「とりあえず、お疲れ様。みんな無事でよかった」
「三対一、しかも偶然も味方してくれたからな」
「ルクちゃんも、よくわからないけど何かすごかったね」
言われて、ルクレーシャは気まずそうに頭に手をやった。
「……いや、実はあれ、全部ハッタリ……。仮に本当だとしても、あいつのバックにいるのが本当のプロなら解除できちゃうレベルのプロテクトがボクには限界。それよりも、ホントにゴメンね……。まさか、あいつの言う通りだとは……」
そう言って、ルクレーシャはしょんぼりと俯いた。
「そういうこともあるさ。それに、どの道俺達だってあの本の意味はわからなかったんだから」
イオンが笑いかける。
「これからどうするの? 村に帰ればいいって思ってたけど……何だかそれどころじゃない感じだよね」
「あー……ボクの約束なら、忘れてくれていいよ。結局、ボクは役に立たなかったし……」
そんな二人に、イオンは答える。
「もう少し、旅を続けようと思う。この娘の、巫女の本当の真実を確かめる。それから、ルクレーシャを学校まで送り届けてやる。俺とこの娘の体からマナを抜いてもらったんだ、それだけで結果は充分さ。それに……」
そこでイオンは言葉を区切って、巫女を見る。手を繋いで歩いている巫女は、以前と違って不思議そうに、けれどもはっきりとイオンの方を見詰め返してくる。
「村に帰ったら、この娘がどうなるかわからない。またあの暗くて狭い地下に閉じ込められるかも知れない。そんなことはさせない、けど、そうなってもいいように……沢山、いろんなものを見たり聞かせたりしてやる時間が欲しい。だから、俺はもうしばらく村には帰らない」
ルクレーシャが、パッと明るい表情になり、嬉しそうに飛び跳ねる。
「お兄さん、男だねぇ! ありがとう! ボクも力になれるように頑張るよ!」
「ああ、こっちこそ、面倒見てやるから、安心して覚悟しとけ」
「はは、何それ」
それから、コリンを見詰めて言う。
「着いて来てくれるよな? 俺の行く所に着いて来てくれる、確かそう言ったよな?」
イオンの顔に、宿屋で共に語り合った時の迷いはなかった。
「も、もちろん! まだまだ、面白そうなこと、たーくさんありそうだもん! イオンだけに独り占めはさせないんだからね!」
そう言うコリンの顔には、ほんのりと朱が差していた。
そんな三人のやり取りを聞いていた巫女の口から、擦れた空気の漏れる音が聞こえてきた。
「おまえ……」
イオンが見る。巫女は満面の笑顔で笑っていた。
その小さな唇から漏れる、擦れた空気の音――それは、おそらく生まれて初めて発する名もなき巫女の笑い声だった――。
第一章・終わり




