第一章・22
※役所で手続きするファンタジー小説……どうなんでしょうね。
22.
イオンは充分日が昇ってから、眠ってはいないがとりあえず顔を洗ってこようと部屋を出たところで鉢合わせたルクレーシャが「昨晩はお楽しみでしたね」と言うので頭を引っ叩いた。
放っておいたら昼間で寝ていそうなタイプだと思ったが、勤勉な性格からか案外朝は早いらしい。
一行は朝食を摂ると、宿を出て第三の聖地を目指した。
「場所、どこだっけ?」
と、相変わらずな質問をするコリンに、イオンが答える。
「入って来た道を戻る。また聖地が並んでるルートに帰るんだ」
そう言って、ふと思い出してルクレーシャに問う。
「そういえば、おまえの目的地って逆方向じゃないのか?」
そう訊かれて、ルクレーシャは逆に驚いたように言った。
「いやまあ、そりゃそうだけど、着いていかなきゃ仕方ないでしょ。それに、面倒見てくれるならしばらくお兄さん達と一緒にいるよ」
確かにそうだ。聖地は四つあるらしいし、そこでも特別な作業が必要ならば、それまではルクレーシャがいなければ困る。
「まあ、仕事に吊り合うかどうかはわからないけど、こうなったら最低限の面倒は見るよ」
ルクレーシャが事実上の家出娘だということも思い出してやや不安になったが、イオンはきっぱりと言い切った。
*
朝出発して、街を出たのが昼頃。そして一刻も歩いた頃には、第三の聖地へと辿り着いた。
街道と街の入り口の間。少しわかりづらい細道を入ったところの森に、例の石碑が建っていた。
「ねぇ、ルクちゃん。これが目印なんだよね?」
コリンが尋ねる。
「うん。古代ベイナリア語だから普通の人にはわかんないけど、この断面に『魔法素集中地帯』って書いてあるからね」
イオンもコリンも特に返事はしなかったが、内心そういう意味だったのか、と感心していた。
そしてしばらく進むと、やはり番人が住んでいるのだろう小屋があった。イオンがドアに近付こうとすると、ルクレーシャがイオンの袖を引っ張って止めた。
「面倒だから、いちいち挨拶しなくていいでしょ。街を出てからそんなに経ってないし」
「いや、でも一応……」
「魔法素集中地帯にあるマナは、採り尽くそうと思っても摂り尽くせないくらい溢れてるから、番人なんてお飾りなの。それに、お兄さん達が来ても何も言われなかったってことは、いまだに人体蓄積法を黙認してるみたいだし。本当はそういうのを取り締まったり王国に通報するのが役目なんだから」
相変わらずルクレーシャの言うことを全て真に受けるわけではないが、そう言われると何だか今まで知ってて何も教えてくれなかった番人に対しても無性に腹が立ってきた。
「……そうだな。さっさと用事を済ませて行こう」
そして一行は、奥へと向かって行った。
*
そして、三度目にお目にかかる円柱状の水が張られたオブジェを見付ける。
「いつもここで儀式をやってたんだが」
イオンがそう言ってルクレーシャを見る。
「うん。ここで間違いないよ」
「どうすればいいんだ?」
巫女を背負ったイオンが、辺りを見回す。なるべくこのオブジェに近付いた方がいいのだろうか、などと考えていると、
「いや、ここまで近くにいれば充分操作はできるから。その辺で楽にしてて。別に痛かったりはしないから」
ルクレーシャがそう言った。そして、懐からハーヴェイが使っていたのによく似た銀色の書簡入れのようなものを取り出す。
「あ、お兄さん、魔法素蓄積器だけはちゃんと持っててね」
言われて、イオンは役所での手続きのあと、工房でもらった道具を取り出す。
コリンが少し離れたところで不安そうに見守っている。
「そんじゃ、さっさと始めますか」
ルクレーシャがそう言うと、意味の理解できない言葉を発した。
周囲が急に輝きだす。
更に続いて、一言ずつ区切りながら、謎の言葉を発する。イオンが呪文だと思っていた言葉――古代ベイナリア語だろうか。
ルクレーシャが十音節程の言葉を発したところで、更に周囲の光が増す。とうとう目を開けていられなくなり、イオンもコリンも瞼を閉じた。
すぐに光が収まったのに気付くと、恐る恐る目を開ける。
「あっ……」
途端に、イオンががっくりと膝から崩れ落ちる。
「ちょっ、イオン!?」
慌ててコリンが近寄り、助け起こす。
「ああ、ゴメンゴメン。言うの忘れてたけど、今まで元気の素になってたマナが一気に抜けたから、ちょっと疲れが出るかもね。でもすぐに元に戻るから大丈夫だよ。……それから、ついでに……」
イオンが傍に寝かせていた巫女を見ると、巫女が目を開けていた。イオンもコリンも驚く。恐る恐る手を差し伸べると、巫女はその手をそっと握って来た。それに、二人は更に驚く。
「もう必要ないからね。多分、完全に人体魔法素蓄積に対応させるために生まれる前に人工的にいじられたんだと思うけど、極端な魔法素適応体質を操作して直しておいたよ」
ルクレーシャがこともなげに言う。
「それって、巫女ちゃん、目が見えるようになったってこと……?」
「わかりやすく言えば、そうだね。その代わり、マナを感知できる力はなくなっちゃったけど。その力を取り戻すには、ボクみたいに多少訓練が要るね」
ルクレーシャの言葉を聞いて、イオンが緊張して話しかける。
「えっと……俺達のことがわかるか……?」
しかし巫女は、嬉しそうにイオンの手を握るだけで、何も言わない。
「言葉、わかんないみたいだけど……?」
コリンが尋ねると、ルクレーシャは呆れたように言った。
「そりゃ、耳が聞こえなかったんだから、言葉通じるわけないでしょ。むしろ、突然視力と聴力を得てパニックを起こしてないだけ上等だよ」
イオンとコリンはなるほど、と納得したように頷いた。それならそれで、今までと同じ様に接してやればいい。今は言葉がわからなくても、これから教えてやればいい。
そっと支えて立ち上がらせてやる。
巫女はイオン達から視線を外すと、周囲を珍しそうに見回した。
鳥が一羽、鳴き声を上げながら飛び立った。巫女は驚いて体を震わせた。
「大丈夫、怖くないよ。あれは鳥。と、り」
コリンが言う。しかし、巫女は喋ろうとはしなかった。
「多分、自分が喋れるってわかってないんだろう。仮に喋れたとしても、今まで言葉を話したことがないから、訓練が要るだろうな」
イオンが想像で答える。
「そっか。でも……」
コリンが目を細めて、巫女を見詰める。
「よかったね……ホントに、よかった……」
そう言って、目の周りを拭った。
何とも言えず感慨深いのはイオンも同じだったが、男の面子もあってもらい泣きするわけにはいかないと、話題を逸らすためにルクレーシャに問う。
「そういえば、聖地は全部で四箇所あるって聞いてたんだが、全部周ることに意味はあるのか?」
「いや、ないよ。ただ、お兄さんの渡された本に書かれてた古い方法で人体蓄積だとそうしなきゃならなかったってだけで、ボクがざっと十年分は溜めておいたから、もういいんじゃないかな?」
随分と根回しのいい子である。
「じゃあ、それを村に持って帰ればいいんだね?」
コリンが言う。そこでふと、イオンは気付いた。むしろ、どうして今まで気付かなかったのか。
「なあ、ルクレーシャ。今時こんな……人間を使った方法を採ってるところはないって言ってたよな? そうする必要がないって」
「ないよ」
相変わらずさらりとルクレーシャは答える。
「しかも、別にここで採れるマナは貴重でも何でもないって。それも本当だよな?」
「そうだってば。まだ信用してくれないの?」
「いや……」
イオンは考え込む。そうすると、どうしても腑に落ちないことがあるのだ。
人体魔法素蓄積法……それが特別な方法でなく、むしろ時代遅れで、しかも代替となる道具を使った方法が推奨され補助も受けられるなら、巫女の存在が別段神聖視されるほど特別ではないということになる。
更に、マナはそれほど貴重ではないという。ただ偏在しているというだけで、この聖地――魔法素集中地帯にくれば、いくらでも手に入るという。
では、では何故、イオン達は今まで何度も襲撃に遭ったのか? その説明がつかなくなる。
「よぉ。会いたかったぜ、クソ野郎」
突然、どこからか声がする。
一行が周囲を見回す。
がさり、と音がして、すぐ傍の樹から何者かが飛び降りてきた。
それはかつての襲撃者――シャージだった。




