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第一章・21

※過去最大文字数。

 完全に違うジャンルの展開になってますが、ちゃんと元に戻ります。

 脱稿しました。ラストまであと少しお付き合い下さい。

 21.


「で、このお姉さんがその『問題』ってやつね?」

 コリンに連れられて隣の女部屋として取った部屋に着くなり、ルクレーシャは巫女を見てそう言った。

「そうだよ。よくわかったね」

 コリンが驚いたように言う。

「お兄さん達が宿屋に入って来た時にも感じたけど、このお姉さんは体内のマナの量がすごく多い。ううん、多いなんてもんじゃない、はっきり言って異常」

 そう言って、ルクレーシャは怪訝な顔をする。

「それはこのお姉さんだけじゃない……。お兄さんもだよ。大体想像はつくけど、一体何があったの?」

 ルクレーシャの問いに、イオンが代表して答える。

「俺達の故郷の村から頼まれた。この『巫女』って呼ばれてる女の子を連れて、『聖地』って場所を巡って、『儀式』っていうのをやるように……ってな。この娘は元々目が見えなかったらしいんだが、最初の『儀式』をやって以来、ずっとこの調子で半分昏睡状態だ」

 そこで一旦言葉を切る。

「……それで、いろいろ考えた挙句、二回目は俺が一緒に儀式を受けた。何でも、俺はこの娘と同じ年の同じ日に生まれたせいで、その、自分で言うのも難だが、特別な力があるらしいんでな」

 ルクレーシャは人差し指をこめかみに当てて、むむむ、と唸った。

「ルクちゃんにも、原因はわからない?」

 コリンはその様子を、原因を探ろうと思案していると受け取ったようだ。しかし、ルクレーシャは呆れたように言った。

「……ほんっと、どうしようもない村だね、お兄さん達の故郷は。っていうか、地図に載ってるの?」

 その言葉にイオンはまたしてもむっとしたが、地図に載っているかどうかは多分に怪しいので反論できなかった。田舎なのも事実だ。

「『人体魔法素蓄積』……。これも立派な王国法違反だよ」

 そう前置きして、またルクレーシャが語りだした。

「自然界のものは、人間や動物も含めて、マナが多ければ多いほど豊かに育つ。痩せた土地に豊かな作物を実らせるには、肥料を使うよりも、外からマナを持ってきた方が効率がいいんだよね。それで古くから使われてきた方法が、今は『人体魔法素蓄積』って呼ばれる方法。特異体質の人間を、マナが溜まりやすい場所に連れて行って、魔法で体にマナを蓄積させる。後はその人が長期的に自然に放出するマナを肥料にして、その村や町を豊かにする。今は非人道的な行為として禁止されてるよ」

 ルクレーシャは語り終え、ふぅ、と息を吐く。

「え? じゃあ巫女とか聖地っていうのは?」

 コリンが尋ねる。

「そんなの、昔の名残。確かに、村にしてみれば死活問題だからね。マナを補給できる土地は、ある意味『聖地』って呼べるでしょうね。けど、今言ったように実際はそんなに立派なもんじゃないよ」

 バシン。突然、テーブルを叩く音が部屋に響いた。

 見れば、ギリギリと歯噛みしたイオンが、拳をテーブルに打ち付けたところだった。

「クソッ! やっぱり結局はそういうことかよっ!」

 心のどこかで予想していた真実が明らかになり、怒りを抑えられなくなったのだ。

「イオン……」

 胸中を察して、どう言葉をかけていいか戸惑うコリンに対して、ルクレーシャは余裕そうだ。

「大丈夫だよ、お兄さん。ボクに任せておけば、村の方針はともかく、何とかしてあげられるから」

 そう言って、薄い胸を張る。

 イオンはまだ怒りが収まらないのか、睨むようにルクレーシャを見る。

「どうやって?」

 それに人差し指を立ててルクレーシャが答える。

「さっきも言ったけど、本当にお兄さん達の村は地図にも載ってないか、或いは閉鎖的なんだね。この『人体魔法素蓄積』は現在は禁止されてるけど、あくまでその媒体に人体を用いることを禁止しただけで、マナが溜まりやすい場所――まあ、わかりやすくお兄さん達の言葉で『聖地』って言っておこうか。そこからマナを定期的に持って行くことは禁止されてないよ」

 そう言うと、ルクレーシャは部屋のタンスを漁り始めた。そして中から紙とペンを見付けると、テーブルの上に置いた。

「今から手順を説明するから、そうしたら街の役所に行こう。まずはそれからだよ」

 そう言って髪を揺らして笑うルクレーシャは、幼いながらもどこか頼もしかった。


   *


 そして巫女を宿屋に置いて、イオンとコリン、そしてルクレーシャの三人は、街の役所に着いた。

 大きな煉瓦造りの建物を、イオンとコリンが見上げる。

「おっきいね……」

「ああ……。役所って、名前は聞いたことあるけど、立派な建物なんだな」

 ドアに向かおうとしていたルクレーシャが振り返って言う。

「ちょっと、そういう田舎者丸出しなことはしないでよ。急いでるんだしさ」

「……わかったけど、あんまり田舎者って言うなよな」

 イオンは別にこの女の子が嫌いではなかったが、どうにもいちいちイライラするのだった。


 中に入ると、待合用の椅子が片隅に置かれており、反対のカウンターの向こうには白塗りの壁に隙間なく棚が置かれ、本やら紙束やらが収納されている。その間を、職員と思しき制服姿の男女が忙しそうに行き来していた。

「よかったぁ、空いてるね。それじゃあお兄さん、ボクの教えた作戦通り、頑張ってね」

 そう言って、ルクレーシャがイオンの腰の後ろを押す。

 やや緊張して、イオンがカウンターに歩み寄ると、声をかけた。

「すみません。魔法素蓄積器の交付を申請したいのですが」

 その声に、三十前後に見える女性職員が気付いてこちらに向かって来た。

「どちらの市区村町でしょうか?」

「ええと……アラダイサ村です……」

「少々お待ち下さい」

 そう言って、職員は棚に向かうと、一冊の本を取り出して戻って来た。カウンターの上にその本を置くと、ページを開く。そこに描かれていたのは地図だった。イオン達も見覚えがある。この辺りの地図だ。

「失礼ですが、どの辺りでしょうか?」

「ええと……この辺りです」

 イオンが自分達の使っていた地図の記憶を頼りに、地図の一点を指差す。しかし、そこには村や町を示す記号は描かれていない。

「少々お待ち下さい」

 同じセリフを残して、職員は再び本棚へと向かった。

 イオンの脇を、ルクレーシャが突付いた。

「ほぉら、やっぱり地図に載ってないじゃない」

「だからうるさいんだよ、おまえは」

 しばらく何冊かの本を取り出してはめくり、を繰り返していた職員が、やがて先ほどのものよりだいぶ古そうな本を持って戻って来た。

「こちらでお間違いないでしょうか?」

 そう言って差し出された本のページに載っていた地図の、先ほどイオンが指差した場所には、確かに村を示す記号と『アラダイサ』の文字が載っていた。

「はい、ここです」

 イオンが答える。

「かしこまりました」

 そう言って、職員は今度は別の棚へと向かう。

「お兄さん、あれ、三十年くらい昔の地図だよ」

 ルクレーシャの茶々を無視して待っていると、職員がカウンターに戻って来た。

「確認いたしましたが、過去三年間の間に申請がなかったので、今回の申請は受理できます。それでは、代表者証明になるものはお持ちですか?」

 ルクレーシャがイオンの脇を突付いて合図をする。それに答えるように、イオンが鞄から儀式の道具として預かって来た物を全て取り出すと、カウンターに並べた。

「ええと、書面よりも現物がよいかと思って……。これが人体による魔法素蓄積が禁止される以前に使用していた道具です。これでお願いできませんでしょうか?」

 事前にルクレーシャと打ち合わせていたセリフを述べる。

 職員は少し眉をひそめると、再びお決まりのセリフを残して別の職員の元へと向かい、何やら耳打ちした後、一枚の紙を持って来た。

「今回は特別に受理いたしますが、次回からは自治体代表者の署名入りの書類をお持ち下さい。今回は代わりに、こちらの書類に申請者の署名をお願い致します」

 そう言って、持って来た書類とペンを差し出す。イオンはそれに自分の名前を書いた。

 職員はそれを確認すると、カウンターの下に置いてあった別の紙に、バン、と判子を押し、サラサラと何か書き込んだ。

「これで申請完了となります。次回以降の交付申請は三年後となりますのでお気を付け下さい。この書類をお持ちになって、認可工房へお越し下さい」

「あ、はい、どうも……」

 そして、職員は奥へ引っ込んで行った。

「なんつーか、冷たい対応だな」

「こんなもんよ? 規定の証明書がないのに受理してくれただけ、マシな方」

「で、これからどこに行くんだっけ?」

 コリンが尋ねる。

「お姉さん、物覚え悪すぎ。役所じゃ書類以外のものはくれないから、これから認可工房ってところに行くの。役所に委託されて魔法素蓄積器を作ってるところね。その紙を渡せば、タダでもらえるから」

 そして、三人は役所の建物を後にした。


 ルクレーシャの話をまとめると、こうだった。

 人体を用いたマナを『聖地』から持ち帰る方法は禁止されたが、人体以外に人工の機器にマナを蓄積する方法が実用化され、王国から各自治体にその機器で代用するように、と三年ごとに無料で交付されている。

 イオン達の村は、最近の地図に載っていないほど田舎なのでそれを知らせる官吏が来なかったために、そのことを知らなかったか、或いは古い因習に拘って違法と知りつつ人体による蓄積法を続けていたかのどちらかだろう、というのがルクレーシャの予想だった。

 村の方針はともかく、その蓄積器の交付を受け、そちらにマナを移せば、巫女もイオンも元の体調に戻すことができる――そうルクレーシャは断言した。

 その指示に従い、まずはこうして街の役所に来ていたというわけだ。


 そして、一行は街の職人街にある店舗――例の認可工房で、機器を受け取った。

「ホントにタダでくれちゃうんだね」

 コリンはそう驚いていたが、

「いや、ちゃんと代金は後で役所から下りるからさ」

 ルクレーシャがそう説明していた。

 賢しい物言いにたまにイライラさせられるが、この子は本当にいろいろなことを知っている。都会の常識なのだろうが、それでもきっと、苦労していろいろ勉強したというのは本当なのだろう。イオンはそう思った。

「それで、聖地に行けば、巫女ちゃんとイオンの体に溜めたマナをこの変な道具に移せるって本当なの?」

 コリンが尋ねる。

「うん。今でも内容を理解せずに詠唱だけでやってる村や町も多いみたいだけど、古代ベイナリア語の魔法に関する部分だけでも勉強した人間なら、簡単なことだよ」

 そう言って、ルクレーシャはヒラヒラと手を振る。

「ルクちゃんは、その古代ナントカ語がわかるの?」

「勉強したからね。辞書が買えなくて、自分で図書館の辞書を写して……いやぁ、苦労したなぁ……。結局、写すよりも丸暗記した方が早いって気が付いたから止めたけど」

 事もなげに自慢そうに言う。だが、それが本当だとすれば、才能の有無を抜きにしても、ものすごい努力ではないだろうか。

「それじゃあ、行くか」

 イオンがそう言うと、コリンが反対した。

「えー。この街すっごい広くて散々歩いて疲れたし、あたしお風呂入りたいから、宿に戻ろうよー」

「あー! そうだ、ボクもご飯食べてないや!」

 ルクレーシャまでもが抗議の声を上げる。さすがに女の子二人に反対されては、イオンとしても分が悪い。何より、事態が急に好転したのもあって、急ぐ気も落ち着いていた。

「わかったわかった、じゃあ一旦宿に戻ろう」

 さんせーい、とコリンとルクレーシャは仲良く声を揃えて言った。


   *


 宿に戻ると、コリンはさっさと風呂へと向かって行った。

 イオンはルクレーシャと食堂で向かい合っている。プランに組み込まれている夕食は、まだ時間が早くて出してもらえないというので、夕食とは別に注文した料理をルクレーシャが頬張っている。

「後は、聖地に行って本当にあの道具に巫女さんと俺のマナを移動させられれば、おまえには本当に借りができるわけだ」

 イオンが頬杖を突いてピラフを食べているルクレーシャを見ながらポツリと言った。

 口の周りの米粒を指で摘み、口の中を空にしてからルクレーシャが答える。

「ここまで来て、『実は嘘でしたー!』、なんて言うと思う? もうちょっとボクのこと信用してくれてもいいんじゃないかなぁ?」

 そう言って首を傾げてから、再びピラフを食べ始める。

「おまえが大層な努力家だってのはよくわかったよ。それでも、よく考えたら会ってからまだ半日かそこらしか経ってないんだ。信用するにはそれなりに時間ってもんがかかるだろう」

 ルクレーシャはうんうんと頷きながら、ピラフを飲み込む。

「まあ、それはもっともだね。でも時間だけが大事じゃないよ? ちゃんと結果も出さないと、信用は勝ち取れない。ボクは学校に辿り着いたら、立派に試験に合格してみせるさ」

「そりゃ、大した自信だ」

 そんな会話を続けている内に、ルクレーシャはピラフの皿を空にした。大袈裟に腹が減っていると主張してはいたが、胃袋の大きさは見た目通りだったらしく、別段大量に食べたわけではなかった。

 そしてそうこうしている間に、コリンが風呂から上がってきた。

「はぁ~、さっぱりしたぁ」

 まだ湿っている髪は結んでいない。

「ルクちゃん、ご飯食べ終わったの? なら一緒に遊ばない?」

 そんなコリンの誘いに、ルクレーシャは乗った。イオンも誘われたが、気が乗らないと断った。やがてコリンとルクレーシャは、部屋に戻った。部屋に置かれていたボードゲームで遊ぶのだという。

 イオンは宿の中庭に出ると、夜まで剣を振った。


   *


 夕飯が終わった。

 夕方に食事を摂ったにも関わらず、ルクレーシャは一人前の夕飯を食べ切った。何だかんだでやはり大食いなのかも知れない。

 そろそろやることもないし、明日は第三の聖地へと向かう予定とあって、一行は寝ようかという話になった。

「じゃ、おやすみっ!」

 そう言って、ルクレーシャがイオンの部屋へと向かおうとする。イオンがその襟首を掴んで引き戻す。

「ちょっと待て、そっちは俺の部屋だ」

「いや、だって一部屋にベッド二つしかないじゃない?」

「ないな」

「で、こっちの部屋はお姉さん二人が寝るじゃない?」

「そうだな」

「じゃあ、ボクがお兄さんと一緒でオッケー」

「オッケー、じゃない。おまえは床に転がって寝ろ」

 そう言ってイオンはルクレーシャをコリンの部屋に押し込め、無理やりドアを閉めて出て行こうとする。ドアの向こうでルクレーシャが「鬼!」だの「悪魔!」だの叫んでいる。

 そんな声を無視してイオンが自分の部屋に入り、ベッドにブーツを脱いで上がり、しばし呆然としていると、ドアがノックされた。

「だから、ダメなものはダメだって言ってるだろ」

 イオンが部屋の中から言うと、別な声が返ってきた。

「イオン、あたし。入っていい?」

 予想外の来訪者に、少々戸惑ったが、

「お、おう」

 とイオンは答えた。ドアに歩み寄り、鍵を開ける。確かに、夕飯の時には縛っていた髪を再び解いたコリンが立っていた。

「さすがに床で寝かせるのはかわいそうだし。あたしが代わりにこっちに来たの」

「はぁ!?」

 思わず素っ頓狂な声を上げるイオン。

「まあ、イオンなら安全だと思うし」

「いや、って、おい……」

 イオンを無視して、コリンがもう一つのベッドの上に乗っかる。

 非常に承諾し難い、頑なに追い出そうとするのもそれはそれで何だか逆に大人気ない気もする。イオンは頭をガリガリと掻いて、元のベッドに戻った。

 二つ並んだベッドの上に、コリンとそれぞれ並んでいる。何だか妙に気恥ずかしい。

「いやぁ、それにしても、諦めちゃいけないね。人生明日は何があるかわかんないんだ」

 コリンが一人で何やら感心したように頷いている。

「あの子のことか? 俺はまだ完全に信用してないぞ。何せ、聖地に行ってみないことには、まだ何も確証は得られないんだからな」

 夕方、ピラフを食べながら今更になって全て妄言だったなどということはない、と断言したルクレーシャを思い出しつつも、イオンは言う。

「でもさぁ、あの子がいなかったら、もし違う時間、違う宿に行ってたら、何にも手掛かりはなかったわけじゃない? それに、まだ結果が出てないって言うけど、村のやってることがどういうことかは、大体わかったんじゃないかな?」

 そう言われて、イオンは黙り込んだ。

 王国統一法がどうのこうの、というのも全てルクレーシャが言ってることで、本当かどうかはわからない。しかし、ルクレーシャの言う通りに役所に行ってみたら、確かにそれで話は通じたのだ。

「ねぇイオン、あたし達、どうすればいいのかな? あたし、何だか村に帰りたくなくなってきちゃった」

 いつの間にか、ベッドの上で膝を抱えてコリンが言った。そう言う表情と、仕草と、下ろした髪が何だか妙に艶やかで、イオンは余計に返答に困る。

「あたしは狩人だし、その気になればどこでも生きていける……。何かね、村はいろんなことを秘密にしてるし、それに村を出てみて、あたしの知らないことが沢山あるってわかったら……あたし、もっといろんなものを見てみたいって、そう思ったの」

 イオンは視線だけコリンに向けて、黙って聞く。

「イオンは、そんな風に考えたりしない?」

「……」

 密かに、かつて一時の師であったタカマルの去り際の言葉を思い出す。自分の本分をわきまえて、それを守れ、と。その時イオンは、自分の本分は、村の畑を耕すことだと答えた。それがイオンに『村に帰らない』という選択肢を選ぶことに後ろめたさを感じさせる。

「……とりあえず、村のやってることは気に入らないと思うよ。少なくとも、あの子の言ってることが本当だってわかったら、人を使って儀式をやるのは止めるように村長に言ってみるつもりだ。……けど、村に帰りたいかどうかは……正直、わからない」

 村に――故郷に残してきたものは多い。私物などほとんど持っていないイオンだが、村には両親がいる。コリン以外にも友人はいる。そして何とも言葉にできない愛着がある。

 同時に、このまま旅を続けるための強い動機が足りない。畑の耕し方は知っていても、自分はコリンのようにこのままいつまでも旅を続けながら生きていく自信はない。

 それになにより、旅を始めてからずっと悩んでいて、ことあるごとに強くなる想い――自分の無力さ――それがイオンを早く元の平和な暮らしへと帰そうとするのだった。

 思いの外、イオンの顔色が暗いのを見て、コリンが誤魔化すように笑って言った。

「冗談……じゃないけど、言ってみただけ。そんなに本気にしないでよ。イオンが帰るって言うなら、あたしも素直に帰るし。ただ、選択肢として――可能性として、そういうのもありじゃないかなって思ったの」

「前向きだよな、コリンは」

 ポツリと、イオンが言う。自分よりずっと開放的で、若者らしいと思う。いや、村の基準で言えば、堅実に家業を守ろうとするイオンの方が『若者らしい』と言うのだが、イオンとてもっと広い常識ではいろんなことに果敢に挑戦する精神を指して若者らしい、と呼ぶのは知っていた。

 思えば、家業を継がず、猟師になると言い出した時も、イオンはコリンに対して妙な劣等感と羨望を抱いたものだった。そして、困難の連続のこの旅でも、コリンの前向きさにどれほど救われただろうか。

 そんなイオンの心境を知ってか知らずか、コリンは言う。

「いや、あたしはただ何にも考えてないだけだよ。何にも考えないで、ただ面白そうなことをやってみて、もちろん大変なこともあるけど、結果的にそんなに困ってないだけ」

 そう言って、照れたように笑う。

「巫女ちゃん、元気になるといいね。あ、それとイオンも」

 話を打ち切るように言った。

「そうだな」

 イオンも、それ以上何も言わなかった。

 重い空気が、イオンの変な緊張をかき消した。だがそれは重苦しい、嫌なものではなかった。

形はどうあれ、コリンと二人で真剣な話ができて良かった。イオンはそう思った。

「おやすみ」

 そう言って、コリンが灯りを消した。

 やがてコリンは静かに寝息を立て始め、相変わらず妙な体調のせいで眠れないイオンは、静かに窓から差し込む月明かりを見詰めていた。

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