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第一章・20

※かなりファンタジーとしては異色と思われるやりとりが出てきます。

 そしてかなりご都合主義な新キャラかも……。

 しかしこのキャラの登場でお話がまとまります。

 20.


 眠気を感じない、といっても、さすがに退屈である。薄っすらと日が昇り始めた頃には、行き来する人の姿もなくなったので、イオンは頭だけでも休めようと僅かの時間目を閉じていた。

 しかし、後にそれを後悔することになった。

「おはよー。あれ? オジサンは?」

「タカマルなら、そこに……」

 イオンが隣の草の上を指差すと、そこには誰もいなかった。その代わり、何かキラリと光る物が落ちている。イオンが拾い上げると、それはタカマルに授業料として払ったはずの三枚の金貨だった。

「あたし、ちょっと探して来るね。また朝ご飯でも作ってくれるのかも……」

 コリンがそう言って歩き出そうとするのを、イオンが止めた。

「いや、多分……もうどこにもいないよ。一緒にいるのは昨日までって約束だったんだ」

 金貨を握り締め、寂しそうな表情を浮かべるイオンを見て、コリンは事情はわからないが、タカマルはもう戻って来ないというイオンの言葉を信じることにした。

「何か……大人の人って酷いね。すぐ勝手にどこかに行っちゃうんだ……」

 コリンが街の方を見ながら、頭の後ろで腕を組んでポツリと言う。

「いいや……」

 ほとんど独り言同然のセリフに、イオンが返事をする。

「きっとまた、困った時は誰か助けてくれる人が現れるさ」

 コリンは一体イオンとタカマルの間に何があったのか聞きたい気持ちでいっぱいだったが、真剣なイオンの顔を見て訊かないことにした。


   *


 やがてイオンとコリン、そして巫女の三人はすぐ近くの街の門をくぐった。

「宿屋ー! お風呂ー!」

 コリンが叫ぶ。

 そういえば、短い間隔で聖地の傍の番人小屋を回っていたが、そこには風呂らしい風呂がなかった。コリンはずっと桶で髪を洗う程度で我慢していたのだろう。その辺りの申し訳なさもあって、イオンが言う。

「まずは部屋を取るか。聖地に行くのはそれからでもいいし、情報を集めたい」

「案外お金かかってないし、ちょっと豪華なところに泊まりたいな」

 そして二人は宿屋のある区画を歩いた。

 それにしても広い街である。宿屋だけでピンからキリまでいくつもある。

「ここなんか、よさそうじゃない?」

 コリンが指差す。案内板が掲げられており、『全十二部屋。一泊銅貨六枚。食事付き。個室風呂有り』と書かれている。イオンが屋根まで見上げて全体を観察する。それなりに綺麗で高級感があり、悪くはなさそうだ。

「なら、ここにしようか」

 そう言って、入り口の扉を開ける。

「いらっしゃい」

 店の主らしき人物が声をかけてくる。しかし、主は他の客の対応をしているらしく、それ以上の言葉がかけられることはない。仕方なく、巫女を背負ったイオンとコリンは、フロントの前のロビーのテーブルの席に腰掛けて待つことにした。

「だからさー、お願いっ! 一晩だけでいいからさ! 布団部屋でもどこでも、あ、でもご飯は付けて欲しいな」

「だから何度もダメだって言ってるだろう。子供一人で、しかもタダで泊めてくれなんて。憲兵に知られたら、何を言われるかわからん」

「のっぴきならない事情があるんだってば! 大丈夫、バレやしないって」

「ダメだったらダメだ!」

 盗み聞きするつもりはなかったが、あまりにも大声なので嫌でも聞こえてきてしまう。待たされて退屈だったのもあって、二人がフロントの方を見ると、主らしき中年の男がカウンター越しに相手にしているのは、背伸びしてやっと両脇がカウンターに届くくらいの女の子だった。それなりに長い深い緑色の髪の毛を、右側にまとめて縛っている。着ている服は何だろうか、ローブやマントとでも呼ぶのか、濃い青色の布を背中から引きずっている。

「何だろうね? あの子、一人で、しかもタダで泊まろうとしてるみたいだよ」

「らしいな」

 イオンは興味なさそうに肘を突いて答える。

 やがて、埒が開かないと諦めたのか、女の子が店主に背中を向ける。意図せずに、イオンと目が合った。

「わっ! お兄ちゃん、来てたの!?」

「は?」

 突然の言葉に、イオンは戸惑う。

「なーんだ、来てたなら早く声かけてよ、もぅ。あんまり遅いから、ボク一人で泊まろうとしたんだけど、お金持ってなくてさぁ」

 そう言って、馴れ馴れしく歩み寄って来る。しかし、イオンもコリンもこんな女の子に面識はない。

「ほらほら、早いとこ部屋を取って来てよ!」

 そう言って、イオンを立ち上がらせると、ぐいぐいと背中を押す。そして店主の前まで来ると、高らかに宣言する。

「ほら、保護者を連れてきたよ? これで文句ないでしょ? というわけで部屋二つ、よろしくっ!」

「……銅貨十二枚」

 店の主は怪訝そうな顔でイオンに言う。つい、言われた通りの金額を払うと、イオンは部屋の鍵を受け取りコリンの元へと引き返してきた。

「とりあえず、荷物置いてこようよ」

 女の子はそう言うと、鍵に書いてあった番号の部屋に向けて歩き出す。

 しかたなく、後を着いて行くイオン。

「ちょっと、どういうこと? 何がどうなってるの?」

 コリンが荷物を抱えて後を追う。

「……俺にもさっぱりわからん」

 二階の部屋――203号室がイオンの、204号室がコリンと巫女の部屋である。コリンはとりあえず自分にあてがわれた部屋に荷物を置き、ベッドに巫女を寝かせると、イオンと女の子のいる部屋へと向かった。

 二人は部屋のテーブルに向かい合って座っている。

「いやぁ、突然ビックリさせてゴメンね」

「一体どういうつもりだ?」

 女の子はハハハ、と笑って右側頭部の髪束を撫でる。

「とりあえずボクの名前はルクレーシャ。お兄さんと、そっちのお姉さんは?」

「俺はイオン。こっちはコリン。俺の幼馴染」

 手短に自己紹介をする。

「りょーかい。まあ、でもお兄さんって呼ばせてもらうけど。で、実はお願いなんだけど、部屋の隅っこでいいからボクを一緒に泊めてくれないかな?」

「おまえ、店の主人にもそんな交渉してたな。のっぴきならない事情、っていうのは何なんだ?」

 ほとんど治外法権の田舎の出身のイオンでも、子供を勝手に連れまわせば憲兵に捕まっても仕方ないのは知っている。

「いやぁ、ボク、家出してきたところなんだよね……」

「悪いが、帰ってくれ」

 家出した女の子を匿えば、事情はともかく誘拐と変わらない。

「待ってよ! 事情くらい聞いてくれてもいいじゃないさ!」

「どんな事情だろうと、家出は家出だ」

「そうでもないよ。お兄さん、出身はどこ?」

 突然女の子が話題を変えて来たので、イオンは話をはぐらかすつもりかと思ったが、とりあえず答える。

「ここから大体南西に行ったところにある山の中腹にある、小さな村だが……」

 ルクレーシャは得意そうに言う。

「お兄さん、村では何をしてたの?」

「畑仕事だが」

 今度はコリンの方を向いて尋ねる。

「お姉さんは?」

「あたし? あたしは狩人だけど?」

「それって、いくつくらいから? その仕事って、お家の家業?」

「さぁ……。物心付く前からだな。俺の畑は親父のものだ」

「あたしも、いつからかは覚えてない。あたしはお父さんは別の仕事をしてたから、家の仕事じゃないね」

 ルクレーシャは満足そうな顔をして言う。

「こう言っちゃ悪いけど、お兄さん達って相当なイナカモノだね」

「どういう意味だ?」

 不機嫌そうに尋ねるイオンに、ルクレーシャは人差し指を立てて語り始める。

「ここからかなり北東の国境の河までは、ディアス王国の統治下、ってことになってるの。建前上はね。で、ディアス王国の統一法によると、家業を除いて労働に従事させられる年齢は十六歳から。例外として専門的技術を要する家業の場合十二歳から、って決まってて、それを守らない村や町は罰として税金が上乗せされるの。つまり、お兄さん達の村は王国統一法を守ってない」

「うそー、知らなかった……」

 コリンが心底驚いたように言う。対してイオンは相変わらず不機嫌そうだ。

「俺もそんなことは聞かされてなかったが、そんな決まりは遠い他所の話だ。俺達の村はそんな決まりを守ってたらやっていけない」

 女の子は半眼になって溜息をついて言う。

「この労働に関する王国統一法が領地下に適用されることが決まる時、お兄さんと同じことを言って沢山の村が反対したよ。でも、決まりは決まり。守らないで結局痛い目を見た村は、たーくさんある。で、話を元に戻そうか」

 そう言って、女の子は澄ました顔に戻る。

「お兄さん達みたいな、王国の監視が行き届いてないような村ならともかく、この街はそうはいかない。ボクはこの街の反対側の方の生まれなんだけどね、ボクの親が昨日、ボクを奉公に出すって言い出したんだ」

 ホウコウ? とコリンがオウム返しに言う。

「奉公っていうのは、タダ働きの名目で子供を親戚の経営してる店とかで泊り込みで働かせること。これが本当なら、グレーゾーンで労働法違反にならないんだ」

 イオンは何でこんなルクレーシャの小難しい話に付き合わなければならないのか、と不満たらたらだったが、面子の問題で難しくてついていけないなどとは言えないので集中して聞いていた。

「けど、ウチはすごい貧乏でさ。タダ働きなんて嘘。奉公に出される先も親戚でも何でもない。専門的技術なんて要らない、ただの酒場の給仕の仕事だしね。立派な労働法違反どころか、体よく娘を売り払うつもりなのさ」

 対して、とっくに話しについていけなくなったコリンは、とりあえずルクレーシャが複雑な事情を抱えているということだけは理解したようで、首を傾げながら、

「大変なんだね……」

 と言った。

 ルクレーシャは身を乗り出して言う。

「ボクはこのまま給仕の奉公に出されて、誰ともわからない男に手篭めにされた挙句、好きでもない相手と結婚させられる人生なんてまっぴらだよ! 自分で言うのも難だけど、ボクには魔法の才能があるんだ。ボクは魔法の学校に行って、自分で自由に生きるんだ」

 そう熱っぽく語る。歳の割りに、小難しい言葉を使う子だ。

「待て、事情は大体わかったが、それと俺達の部屋に泊めてもらうのと、何の関係があるんだ?」

 そうイオンが問うと、ルクレーシャは渋い顔をして髪をいじる。

「いやぁ、お金がなくて、馬車も使えないし、ちょっと限界でさ……。今も我慢してるけど、お腹空いて目が回りそうなんだ」

「仮に、だ。俺達が一泊だけ面倒を見たところで、その後どうするんだ? また別の人間にたかるつもりか? そんなんじゃ、いつか結局おまえの望まない『知らない男に手篭めにされる』結果になると思うがな」

 ルクレーシャが言葉の意味をわかってて言ったのかは知らないが、イオンは嫌味っぽく言った。

「……まあ、そうなんだけどさ……」

「学校だってどうするんだ? 都会の学校はタダじゃないだろう?」

 イオン達の村、アラダイサでも申し訳程度の教育は無料で行われていたが、最低限の読み書き計算を習っただけで、先ほどの会話でも言っていたように物心付いた頃には働いていた。

「それは大丈夫。ボクなら入学試験は一発合格。奨学金だって出るさ! だから、問題は学校に着くまでの旅費と、保護者だけなんだよね……」

 イオンが溜息をついて言う。

「つまり何か、なあなあの内に、そこまで俺達に要求するつもりだった、と?」

 ルクレーシャが視線を落として頷く。右側頭部の髪束が揺れた。

 イオンは視線でコリンに「どうする?」と訊いた。先ほども言った通り、事情が事情でも、家出した女の子を匿えば憲兵に追われても文句は言えない。

 するとコリンが珍しく、目を閉じて顎に手を当て、何かを考え込んでいる。

「コリン?」

 イオンが声に出して呼びかける。

「ルクちゃんは、魔法が得意なんだよね?」

「う、うん!」

「難しい話もできるし、頭も良さそうだよね?」

「まあね。家が貧乏な代わりに、一生懸命勉強したからさ。図書館の魔法関係の本はほとんど読んだよ」

 途端に元気になり、胸を張って言う。

「実はあたし達も、一つ問題を抱えてるの。その問題は、魔法を扱える人がいれば、何とかできるかも知れない……。もしルクちゃんがそれを何とかしてくれるなら、交換にあたしが協力してあげてもいいよ?」

 コリンの提案に、イオンが割って入る。

「おい、コリン! おまえ、何を言って……。それに問題って、まさか……」

「だって、そうでしょ? ものは試し、相談してみようよ」

「でも……」

 そう言って、イオンがルクレーシャを見る。確かに賢そうではあるが、どう見ても小さい女の子だ。これで実はイオン達より年上だった、というオチもなさそうだ。

 コリンは勝手にイオンの――元はハーヴェイのものだった鞄を漁ると、儀式に使う道具一式を取り出して言った。

「ちょっとこっちの部屋に来て。見て欲しい子がいるの」

 ルクレーシャはとことこと着いて行った。

「俺はどうなっても知らないぞ……」

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