第一章・19
※一人でもお気に入り登録してくれてる方がいる限り、最後まで書ききります。
このキャラは当初全く予定しておらず、ノリと勢いで登場したキャラですが、自分の好きな要素をいっぱい詰め込んだので、これだけの分量を一気に書けました。
19.
次の日はタカマルも突拍子もないことはせず、一行は微妙な距離感を置きながら他愛のない雑談をしながら歩いた。
そして日が落ちて夜。
今度はタカマルの方から稽古をすると言って来た。
「今日は何を教えてくれるんだ?」
何だかんだ言って、やる気になればきちんと教えてくれるとわかったので、イオンは期待に満ちた風に言う。
「今日は受け流しを教えてやる。恐らくお主に剣を教えた者もいつか教えようとしておったんじゃろうが……或いは教えなかったかも知れんが、より腕の動きを使いつつ、全身で相手の力を文字通り受けつつ流す。まずは、ワシに打って来い」
そう言って、タカマルが目の前で棒切れをチラチラと振る。
イオンはとりあえずそれを打ち落とすつもりで棒切れを振り下ろした。が、またしても一瞬の内に視界が反転し、前回りしながら背中から地面に落下した。
「痛ててて……。おい! いい加減にしてくれないと、背骨がいかれちまうよ!」
「受身の取り方くらい、自分で工夫して何とかせい」
そう言ってタカマルは鼻毛を抜いている。
「で、今のが受け流しってやつか?」
起き上がったイオンが尋ねる。
「まあ、そのどえらいやつじゃな。お主に教えるのはもっと初歩の初歩じゃ」
そうして稽古が始まった。
イオンが教わった内容はかいつまむと、相手の武器を平行に受けずに、斜めにして受け、勢いを殺さずに別の方向に流す技術だった。同時に自分は相手の武器を流す方向と逆の位置に体を移動させ、より効果的に勢いを軽減すると共に、相手の死角を突く。とりわけ、イオンの二刀流ではこの技術は有効、らしい。
そのための稽古が今度は一刻ほど続けられた。
稽古が終わり、タカマルが草の上に寝転がっている。イオンは汗を拭っている。巫女の代わりに――いや、正確には巫女と一緒に儀式を受けた後からの謎の体調変化以来疲れは感じないが、それでも健康なことに汗はかく。
寝ようとしているタカマルに、イオンが声をかけた。
「そういえば、明日で三日目だが、あんたどうするんだ?」
タカマルは寝転がったまま答える。
「まあ、とりあえずはお別れじゃろう。元々同行する理由もないしのぅ」
「そうか……」
ひたすら呆れたりいらついたり、そういう感情しか抱かせない男だったが、いなくなると思うと少々寂しい。
「若いの、」
唐突に、タカマルが言う。
「ワシはこんなんじゃが、技を教えてる間は真剣じゃったぞ。それだけは本当じゃ。修行は一人でもできる。怠らずに強くなれ。ちゃんと、この娘っ子達を守るんじゃぞ」
「何だよ突然、気持ち悪い……」
しかしタカマルは続ける。
「お主、ワシは強いと思うか?」
「充分強いよ。どういう修行をしたのか知らないが、少なくとも俺なんかじゃ到底敵わない」
その答えに、タカマルは声を抑えて笑った。
「じゃが、ワシはある意味弱いぞ」
「コリン程じゃないが、俺もそういう回りくどいのは好きじゃない。もっとわかりやすく言ってくれ」
「ワシはな、見ての通りの暮らしじゃて、死ぬのが怖くない。それはある意味、強さになる。じゃが、死ぬのが怖くない人間は簡単に諦める。お主は――少なくとも今は、守るものがある。生きよう、守ろう、その気持ちを忘れるでないぞ」
その言葉が、イオンにはとても重く感じられた。
『俺は、例え死にたいと思っても死ねないんだ』――そう告げようとして、止める。それを教えたところでどうにもならないし、イオンに与えられた不死の力についてタカマルが気付いて言っているのかどうかわからないが、タカマルの言葉はそのまま受け止めておこうと思ったからだ。
「……ああ、わかった。俺は、あんたみたいにはならない。約束するよ」
そう、皮肉を込めて言った。
タカマルは満足そうにクックック、と笑うと、寝返りを打ってそれきり黙った。
翌日も一行は歩き続けた。
「そろそろ貴公らの目的地に着きましょうぞ」
タカマルが言った。確かに歩いて二日程になる。そろそろ第三の聖地と、そこに隣接するという街に着く頃だ。
「オジサン、そこがどんなところか知ってるの?」
コリンが尋ねる。
「拙者、そちらを経由してかの地に辿り着きました故、引き返している形でござる。もっとも、故郷は遥か別の地にござりまするが」
そういえば、石造りの建物が増えてきた気がする。今までの田舎の街道とは少々趣が変わっている。
「大きな街なの?」
「失礼ながら、貴公らの村は辺境の地方、都との接点となる街故に、恐らくこの辺りでは一番大きな街かと存じまする」
巫女を背負ったイオンは、黙ってそんなやりとりを聞きながら、そんなに大きな街なら、この『儀式』とやらについての情報が何か得られないものか、と考えていた。しかし、そんなことはどこに尋ねればいいのか皆目が付かない。
「……っと、その前に、」
タカマルがそう言った刹那、何かが空を切って飛来した。タカマルが咄嗟に突き出した杖の先に、カツン、と何かが当たる。イオンの首筋目掛けて飛んできたそれは、鋭利なナイフであった。
イオンとコリンがそれが飛んで来たであろう方向を見る。しかし、タカマルは反対の方を見る。果たしてそれを投げて来た者は、タカマルの見た方向にいた。
無言で格闘用のナイフで斬りつけてくるのを、タカマルが杖で受け流す。慌ててイオンとコリンは距離を取り、武器を構えた。
「お主、何用か?」
「…………」
襲撃者は答えない。全身黒尽くめで、顔には頭巾をしている。ただ、冷たい瞳だけが覗いている。
巫女を下ろして剣を構えたイオンが前に出ようとするのを、タカマルが制した。
「お主は下がって見とれ。ワシ一人で充分じゃて。これが最後の実演指導じゃ」
襲撃者も、タカマルに狙いを付けたようだ。縦に、横に回転しながらアクロバティックに斬り付けてくる。が、タカマルもひらりひらりと身をかわしてそれを避ける。
そんなやり取りが何度か繰り返された後、タカマルが打って出た。襲撃者の攻撃をかわすと同時に、膝を目掛けて横から軽い蹴りを放つ。
相手はそれを避ける。しかし、すかさずタカマルが相手の武器を持っていない方の手首を掴み、捻る。見事に相手は一回転するが、イオンと違ってそのまま着地し、更に脚払いを放ってくる。
――次元が違いすぎる。見ていたイオンは舌を巻いた。
襲撃者の蹴りを、タカマルは左足を僅かに突き出して止めた。すかさず低い体勢の相手の頭目掛けて杖を振り下ろす。相手はそれを横に転がって避け、間合いを取り仕切り直す。
「これじゃ勝負がつかないよ……!」
コリンが焦ったように言う。対してイオンは、タカマルが勝つと確信していた。
戦闘についてほとんど素人の自分でもわかる。確かに一見互角に見える二人だが、タカマルの方が圧倒的に動きに無駄がない。攻撃をかわすと同時に、最小限の動作で相手の動きの後の『無理がかかっている部分』をほんの僅かに突いてやる。それを回避する相手も大したものだが、消費する体力が違いすぎる。
先ほどの投げられた後、着地から脚払いを放ったのも大したものだが、体に相当無理をかけているはずだ。相手が体術にとりわけ秀でているからここまで互角に渡り合えているだけで、並みの使い手ならばとっくにタカマルお得意の投げ技の餌食になっていただろう。
イオンがそんな風に分析している間にも、一秒に数回の攻防が繰り返されていた。
「疲れたじゃろう?」
タカマルが言う。もちろん、襲撃者は口では答えない。しかし、ほんの僅かだが肩が上下していた。
スッと、襲撃者が体を低くした。今までも何度か低い姿勢を取ることはあったが、今度は明らかにそういう『構え』だ。地面に四つん這いになる、一見隙だらけな構えだ。
「何、アレ……気持ち悪い」
確かに気持ち悪い。イオンは昨日食べさせられたカエルを思い出した。
「多分、脚を狙われないための対策だ」
タカマルの攻撃は基本的に、相手の勢いを利用し、脚を狙って投げる技が中心だ。上半身に打撃を加えるような攻撃はあまりしないし、脚を狙うと言っても思い切り蹴り飛ばすようなものではなく、少し脚を引っ掛けてやる程度のものだ。
あのように這いつくばるように構えられると、脚が狙いにくくなるのはもちろん、そもそも投げることが難しくなる。
だが同時に、攻撃しづらくなるのは相手も同じだ。
襲撃者は、更に驚くべき行動に出た。手に持っていた大型のナイフを、口にくわえた。
「お主は犬か」
タカマルが余裕の声でつっこみを入れた。
すかさず相手が本当に犬のように地面を蹴って突進して来た。タカマルはそれを再びかわしつつ、投げようとする。しかし、完全に地面から離れ、体全体で跳躍した相手には、脚を突っかけることも、腕を掴むこともできなかった。
結局、突進をすり抜けかわしただけのタカマルだったが、顔をしかめる。肩の辺りの着物に切れ目が入り、その隙間に赤い筋が浮かんでいる。
「さすがのワシもそんな風に得物を使う相手は珍しいからのぅ……間合いを読み違えたわ。こっちもちと趣を変えるかのぅ」
そう言うと、タカマルは持っていた杖を腰で結んでいる紐の間に挟み、両手を大きく広げ半身になって構えた。
「そら、かかってこんかい!」
そう言って、相手を挑発する。
低く構えた相手が、再び全身で跳躍し飛び掛る。その刹那――体を後ろに仰け反らせ、突進の軌道が僅かに逸れた瞬間、タカマルは右手で相手の頭の先を、左手で相手の首の後ろを抑え、真下に力を加えた。そしてそのまま腰を折るようにして前かがみになると、右膝で相手の腹を抑え、相手の尻の上から左足を被せるようにする。流れるように両手の位置が変化し、今度は右手が後頭部に、左手が首の後ろを通って喉元に来た。丁度、相手を左側から抱きかかえるような格好になる。
襲撃者の首を完全に絞めた左手が、腰の杖を握る。
「いくらで雇われた? こんなところでしくじって死んでは割に合わんじゃろ? 大人しく引き下がるか?」
男はもがく。それを否定の意思表示と取ったタカマルは一言。
「御免」
その刹那、タカマルの左手が腰から天に向かって引き抜かれた。その手には杖が――否、陽光に煌く白刃が握られていた。それは引き抜かれる瞬間、襲撃者の喉元を切り裂いていた。杖の中に収納された刃――仕込杖だ。
襲撃者は喉から鮮血を噴き出し、絶命した。
「南無三」
タカマルが仕込み杖で空を切って血を振り払い、元の鞘に収めた。
「やった! オジサン、すごい!」
コリンが歓声を上げる。
「いやいや、不覚にもしてやられました」
コリンが布切れを取り出し、タカマルの腕の切り傷を縛る。
まだ呆然としているイオンに、タカマルがニヤリとして言う。
「何じゃ、実演指導は不満じゃったか?」
「いや……」
イオンは俯いてそう言った。
*
結局、その日は街には着かなかった。後少しというところで日が暮れてしまったので、一行は野営することにした。
時折、街から出入りする人が何故珍妙な取り合わせの一行がこんな街の目の前で野営などしているのか、といった風な顔で覗いて来るのが気になるが、仕方ない。
それが不満なのか、宿が恋しいからか、コリンが不平そうに、
「何でもうすぐなのに街に行かないの?」
と尋ねる。
「日が暮れております故。夕暮れ時の街で宿を探すのは少々危険にござる」
コリンは何がどう危険なのかわからないようだった。タカマルは説明するのが難しいし、無理して知ることではないから気にするな、ということを言った。
やがて夕食を済ませ、コリンと巫女が先に眠りについた。すぐそこまで街の灯りが届いているので、火は焚いていない。イオンとタカマルは、無言で並んでいた。
その内、タカマルがポツリと言う。
「どうじゃった、ワシの実演指導は?」
「いや……」
「何じゃ、浮かないのぅ」
タカマルはつまらなそうに言う。コリンに手当してもらった腕を見せて聞いた。
「お師匠様が怪我したもんじゃから、不満か?」
「そうじゃないさ」
イオンは俯いて、しばらく黙ってから言う。
「はっきり言って、すごかった。あんたはやっぱり強いよ。本当なら、もっとずっと、戦い方を教えて欲しいくらいだ」
タカマルはニヤニヤしながら頷く。
「けど、あんな戦いを見せられたら、とてもじゃないけど、俺はあそこまで強くなれないって思った。あんたも強いけど、あの相手だってすごく強かった……」
その言葉に、タカマルはカクン、と首を落としてからイオンを見て言った。
「何じゃ、そんなことか」
「そんなこととは何だよ」
イオンがむっとして言い返す。
「ワシは今年で……ん? あれ? お主、今いくつじゃ?」
「確か十七だけど……」
「ワシは多分それより二十は長く生きとる。しかも、その時間のほとんどを、武芸の修行に費やして、いや、費やされて来た」
タカマルがしみじみと言う。
「そんなの、大体わかるさ……」
再び、イオンが落ち込んだように言う。
「じゃが、な。ワシを見てみろ。金を持っておるように見えるか?」
「さぁ……。アコギそうだから、案外隠し持ってそうだが……」
タカマルが口をへの字に曲げる。
「そこは素直に『持ってなさそう』と言え、うつけ者。話の腰を折るでない」
タカマルは咳払いをして、仕切り直すと改めて言う。
「ワシは確かに腕はちと自慢じゃが、この通りの根無し草で、金は持っておらん。いい歳して妻子もおらん。腕が立つだけじゃ、あまり意味はないということじゃ」
「……だから?」
タカマルがバシン、とイオンの背中を叩いた。
「っ痛てぇな!」
「いちいち大袈裟に考えるでないわ。お主はこの旅が人生の目的なのか?」
「……いや。これが終わったら村に帰るさ」
「それで何をする?」
「また畑を耕して働く」
それを聞いて、タカマルはニヤリと笑う。
「ならば、それがお主の本分じゃ。必要以上に無理して武芸達者になっても意味はあるまい。余計なことを言うでないぞ? お主が今、力を欲しておるのをわかった上で言うとるんじゃからのぅ」
そう言って、髭を撫でる。
「それじゃあ、危ない目に遭った時、どうすればいいんだよ!」
イオンがタカマルに向き直って、語気を荒めて言う。
「余計なことを言うなと言っておるに……。お主は年上のモンの言うことを素直に聞けんのか。危ないと思ったら逃げろ、そして助けを呼べ。お主はまだまだ子供じゃ。百人に声をかければ、一人くらいは誰か助けてくれる」
「…………」
そしてようやく、イオンは黙った。
何故だかタカマルの言葉が、妙な実感をもって身に染みたからだ。
「さぁ、ワシの師匠ごっこも今日までじゃ。もう寝るぞ」
そう言って、タカマルは欠伸をするとそのまま後ろに倒れ込んだ。
相変わらず眠気を感じないイオンは、真夜中が近いにも関わらず人通りの絶えない街近くの街道で、見張りも兼ねて一人起きていた。
タカマルの、師としての最後の言葉の意味を噛み締めながら。




