第一章・18
※武術修行描写は書いてて楽しいです。
毎回の更新分の文字数だけを気にしてたら、そろそろ目標の10万文字……。後半ちょっとペースアップしないとなぁ……。
18.
一行は第三の聖地を目指して街道を歩く。
途中、コリンがタカマルと名乗った男にあれこれと質問して暇を潰していた。
タカマルは下らないことにはおどけて答えるものの、出自や過去などは、
「いやはや、旅暮らしが長い故、失念してござる」
とはぐらかした。
イオンは別にこの怪しい男の素性には興味はなかった。ただ、腕が確かで、値段に吊り合わないが三日間修行をしてくれる約束だ。その間に盗めるだけの技を盗んでやる――それだけを考えて、ほとんど無言で巫女を背負って歩いた。
タカマルの方も、イオン達について何も深く突っ込んだ質問はしてこなかった。
一度だけイオンが、
「この奇妙な取り合わせを見て、何も思わないのか?」
と、葉っぱをかけてみたが、タカマルは、
「どうせ三日でお別れだ」
と言った。
二刻ほど歩いた頃だろうか。
「そろそろ腹が減りませぬか?」
タカマルが言い出した。
「オジサン、朝ご飯あんなに食べたのに、もうお腹空いたの?」
コリンが驚いたような呆れたような声で答える。
「いやはや、人間の腹とは欲深いもので、数日何も喰わなければ喰わないことに慣れまするが、喰うてばかりおるとたちまち『飯はまだか』と催促するようになるものでござる」
それを聞いたコリンは、荷物を置いて、
「それじゃあ、お昼にしようか」
と言った。鞄を漁って、調理道具を取り出そうとする。それをタカマルが遮った。
「いやいや、きょうび、女子にばかり炊事をさせるのもいかがなものかと思われる。ここは一つ、拙者にお任せあれ」
一瞬きょとんとしたコリンだったが、
「オジサンが、お昼ご飯作ってくれるの?」
と聞き返した。
「左様にござる。しばしその辺りで待たれよ」
そう言って、タカマルは調理道具を手に取ると、脚を引きずって歩いて行ってしまった。
話を聞いていたイオンも、背負っていた巫女を近くの樹の幹に下ろす。
「あのおっさんが飯の支度? 心配だな……」
「でも、自信ありそうだったよ?」
「だから逆に心配なんだが……」
しばらくイオンとコリンは待ったが、一向にタカマルは戻って来ない。イオンが何だか嫌な予感がする、と思い始めた頃、タカマルのしわがれた声が響いた。
「何か、オジサン呼んでるね」
「向こうで食うのか?」
仕方なく、イオンとコリンは巫女を連れ荷物を持ってタカマルの元へと移動した。
タカマルは近くの小川の所にいた。イオン達が旅に出て以来愛用している小型の携帯用鍋が湯気を立てている。
「あいや、遅くなって相申し訳ない。用意ができました故、ささ、冷めぬ内に」
そう言って、タカマルが鍋から器に中の料理をよそう。
「何だか不思議な香り」
「不気味の間違いじゃないか?」
タカマルは自分の分もよそうと、ガツガツと食べ始めた。コリンが必死に息を吹きかけて冷まそうとするほどの温度なのに、熱くないのだろうか? そんなことを考えながら、イオンも恐る恐る謎のスープをちびちびと飲む。
妙に癖のある香りがする味付けだ。
「これは何だ?」
タカマルはしばらくもぐもぐと口の中のものを咀嚼してから答えた。
「拙者の故郷の調味料にござる。発酵しておる故、少々癖のある香りですが、体に良いと申します」
「あたし、これ好きだな」
そう言って、コリンはスープを啜っている。
「じゃあ、この具は何だ?」
イオンがスプーンで一つ具をすくって怪訝な顔をする。親指の爪程の大きさの、弾力のある謎の食材だ。一つ食べてみたが、鶏肉のような、そうでないような不思議な感じだった。
「いや、そこの川で捕まえたカエルでござるが?」
「ブッ!」
再び器を傾けていたイオンがむせて吹き出した。
「か、カエルだと!? おまえ、カエルを食うのか!?」
「カエルは喰えると存じないか?」
「少なくとも、俺の村では食わないし、食ったことはない。ついでに、食いたいとも思わない」
そう言って、イオンはもう食べる気がないらしく、器を草の生えた地面の上に置いた。それをタカマルがかっさらう。
「若いのにつまらぬ男だな、お主は」
「イオン、結構美味しいじゃない。食わず嫌いはよくないよ?」
「おまえまでこのおっさんの味方かよ……」
ただでさえ体調の関係で食欲がなかったイオンは、すっかりゲンナリとしてしまった。
何を考えてこの男はカエルなど振舞ったのだろうか? それとも、本当にただ自分の得意料理を振舞いたかっただけなのだろうか。
見たところ、同じ鍋の料理を食べているが、タカマルが具合が悪そうな様子を見せてはいないので、毒を盛っている可能性はなさそうだ。すると、タカマルだけが抗体を持っている毒か……と、そこまで考えてイオンは馬鹿馬鹿しくなった。
「オジサン、まだカエルいるかな? よかったら、あたしにも捕まえ方と、料理の仕方教えてくれない?」
「おお、さすが猟師にございますな。よいでしょう、不肖このタカマル、故郷の料理を伝授させて頂きまする」
そして、コリンとタカマルで鍋を空にした。
イオンは近くに生えていた苦いだけであまり美味くない木の実をもいで、口直しにかじった。
コリンとタカマルは、楽しそうに靴を脱いで裸足になり、川でカエルを捕まえている。
イオンはカエル料理の作り方とはいえ、自分は金貨一枚で一日教師なのに、コリンにはタダで教えるのだから心底女たらしでずるい男だと思って呆れて見ていた。
その後、一行は三刻程歩いた。やがて日が暮れると、野営となった。
昼間のカエル騒動のせいで、夕飯もコリン作のカエル料理だった。味付けがタカマルのあの見慣れない発酵調味料でないとしても、もうカエル料理を食べる気になれなかったイオンは、ほとんど手を付けなかった。
すっかり日も落ちて、辺りは暗くなっている。コリンも巫女も、タカマルも樹の根元で丸まって眠っている。
「おい、おいってば」
イオンが不機嫌そうに、タカマルを揺する。
「ぐぉぉぉおおお~~」
しかし、食事を終えるとさっさと寝てしまったタカマルは、相変わらず大きないびきをかいて寝ており、起きる気配がない。
謎の体調変化のせいもあって、イオンはさっぱり眠くないので、夜の見張りはこのさい自分が引き受けてもよいのだが、肝心なことを忘れている。
一日金貨一枚で武術の指導を約束したのに、結局今日一日何も教わっていない。
この男に金を払ってまで教えを受けることになったというのを何となくコリンに知られたくなくて、昼間言い出せなかったのもあるが、全く気にした風もなく寝られては少々どころかかなり腹が立つ。
しかしいくら揺さぶってもタカマルは起きる気配がない。
イオンはボリボリと頭を掻いて考えた。
タカマルの真横に立ち、腹を真っ二つにするように剣を振り下ろしてみてはどうだろうか?
この一見だらしない男が本物なら、それで目を覚ますだろうし、目を覚まさないようなら教えを乞う価値もない。
もちろん、本当に怪我をさせるつもりはない。あくまで加減はする。
そして、すらりと右手用の剣を抜く。タカマルの右横、腹の辺りに立ち、息を整えてから一気に振り下ろした。
「うっ!」
途端、タカマルが右に寝返りを打った。同時に、左足を天に蹴り上げ、剣を振り下ろそうとしたイオンの手を止める。
「あがっ!?」
そして次の瞬間、不自由なはずの右足でイオンは左膝を蹴られ、右側に体勢を崩した。そこへ上体を起こしたタカマルが、膝を着いたイオンを上から首根っこに手をやって地面に組み伏せる。更に剣を持っていない左腕を掴むと、背中側に捻り、完全に動きを封じた。
「コォラァ! 人が気持ちよぉ寝とるのに、あぶないじゃろうが!」
「痛てててて……。ちょっと待った、一旦離してくれ……」
タカマルはパッとイオンを解放する。
「た、確かに物騒なことをしたのは謝るが……三日間稽古をつけてくれる約束だろう?」
タカマルは明後日の方向を見ながら髭を撫でてから、
「そういえばそうじゃったな」
と、他人事のように言った。
「一日っていうか、一刻くらいしかない気がするけど……この際何でもいいから稽古をつけてくれ」
「いいじゃろう」
やがて、棒切れを持って二人は対峙する。
とりあえず、イオンが今知っている技をタカマルに見てもらうことになった。
かつてハーヴェイに教わった防御の技をタカマル相手にやってみせる。
カツン、カツンと棒切れがぶつかる音が夜の闇に響く。
「どう、だ?」
タカマルが振り下ろす棒切れを、左右交互に受け止めながらイオンが尋ねる。
カツン、更に一度、右手の棒切れでタカマルの攻撃を受け止めたその瞬間。
「痛てっ!」
何が起こったかわからなかったが、イオンは左足のバランスを失って背中から地面に倒れた。
「さっぱりなっとらん。教えが足りんのか、お主も相当才がないのぅ」
そう言って、タカマルは欠伸をしている。
イオンが棒切れを受け止めた瞬間、タカマルがイオンの左足を内股から足で払ったのだ。
地面に背中を打ちつけた痛みに顔をしかめながら、とうとう我慢ならずイオンは噛み付いた。
「だからって、あんたの技は特別過ぎるんだよ! すぐに人をぶん投げやがって……」
「そう言われてものぅ……。と言うより、それが気に入らんのならワシに指導など頼むでないわ」
「あんたのその技か、俺の何が悪いのか、どっちかだけでも教えてくれよ」
立ち上がったイオンが言う。
「腕での受け方は、まあ良しとしよう。ワシに言わせりゃ二流じゃが、一応剣術の体をなしとる。じゃが、受けた力が脚で止まっとる。その力の凝り固まったところを蹴っ飛ばしたら、ハハハ、あのザマじゃ」
ケラケラとタカマルが笑う。
「じゃあどうすればいいんだよ」
イライラとしてイオンが尋ねた。
「きちんと最後まで、地面まで力を逃がせ。それと、目の位置が悪い。受けようとする相手の得物だけを見とるからああなる」
その言葉に、イオンはかつての襲撃者――シャージを思い出した。
「そ、それだ! それもどうすればいいんだ!?」
思いの他イオンが喰い付いてきたのに一瞬面食らったタカマルだが、おもむろに右手の指を立てる。
「何本に見える?」
タカマルが立てた指は、人差し指、中指、薬指。つまり、
「三本」
イオンが答える。
「そうじゃ。では、今からこっちをじっと見ておれ」
そう言って、自分の目の前に左手の人差し指を立てて見せる。
「今からワシがお主の左側から攻撃する。お主はそれを素手で受けろ」
イオンは無言で頷くと、タカマルの目の前の左手の人差し指に視線を向ける。
「行くぞ」
やや遅れて視界の端からタカマルの腕が振り下ろされるのが見えた。それを左腕を垂直に立てて防御する。
「動くな。さあ、今ワシの右手の指は何本に見える?」
動くな、と言われているのでイオンの視線は目の前のタカマルの左手を見たままだ。なのでタカマルの右手の指は見えない。
「わからない」
「そうじゃろう。では、これを見てみようと思ったらどうなる?」
言われて、何気なくイオンが視線を左に移した瞬間。
タカマルの左手が握り締められ、拳となってイオンの右頬の前で寸止めされた。
「……人差し指と、中指の二本……」
イオンが答える。タカマルはニッと笑って言う。
「わかったか?」
「……わかったような、わからないような」
イオンから離れて、タカマルはやれやれと髭を撫でる。
「つまりじゃ、格闘は案外大雑把な部分もあってな、相手の指の形なぞ細かいところまで見えておらんでも、案外何とかなる。それより大事なのは、漠然とでも相手の全体を見ておることじゃ」
「な、なるほど……」
「ワシの投げ技は、一朝一夕には教えられるもんではない。お主には、力の流し方を徹底的に教える。その間、相手の両手両足――場合によっては頭突きすら見逃さぬよう注意することじゃ。ワシは隙があれば遠慮なくそこを攻撃するからのぅ」
それから半刻ほど、頼りない焚き火が照らす闇の中に棒切れ同士がぶつかり合う音が響いた




