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第一章・17

※一応終わりは考えてあるので、書ききってしまいたいです。

 17.


 辺りがうっすらと明るくなってきた。そろそろ夜明けだ。

 結局イオンは目が冴えて一睡もできなかった。一晩中、男の寝息を聞いてぼーっとしていた。

 だが、全く疲れは感じない。

(本当に、俺の体はどうしちまったんだろうな……)

 時々、そんなことを考えながら。

 ふと、男のいびきがしなくなっているのに気が付いた。頭を移動させてベッドの陰になっている床下にいるはずの男を見ようとするが、床に敷かれた筵の上に男の姿はない。

 慌てて重たい体を起こしてみると、男はイオンのベッドの前にしゃがんでいた。

「お、」

 「おい」と叫ぼうとした瞬間、目にも留まらぬ速さで間合いを詰めた男がイオンの口を塞いだ。

「騒ぐな。夜這いではないわ。というより、夜這いにはとっくに遅いだろ。それより、ワシら不穏な輩に囲まれとるぞ」

 見れば男は昼間の軽薄そうな雰囲気は全くなく、真剣な表情で周囲を警戒していた。

 イオンはベッドから下りると、壁に立てかけてあった剣を取る。襲撃を受けるのも何度目かだが、いまだに敵の気配とやらはわからない。

「数は? どのくらいだ?」

 小声で呟く。

「四、五人ってとこか。多勢だが、腕の方は大したことなさそうだな」

「そういうあんたは、腕は確かなのか?」

 イオンが怪訝そうに尋ねる。

「見くびるなよ小僧。少なくともおまえくらいなら鶏を絞めるくらい簡単に殺せるぞ」

 そう言って笑う男は、あの男――ハーヴェイほど頼もしくは見えない。

「お主は娘っ子達を見とれ。外の連中はワシが引き受ける。まあ、一宿一飯の恩、ってやつじゃ」

 そう言って、男は杖を突いてドアに向って行く。それを見て、イオンは気付いた。

「あんた……その脚は?」

 男は右足を引きずっていた。

「ん? ああ、これは古傷だ。気にするな」

 そう言われても、本当に大丈夫なのか不安である。しかし男は静かにドアを開けると、外に出て行った。

 イオンは仕方なく、男に言われたとおり、小屋の中でコリンと巫女を守る役に徹することにした。

 小屋の天井は天井板で覆われているし、ドアから見て左右に一つずつある窓は小さくて大人が出入りするのには苦労しそうだ。ドアを突破されない限り、他の箇所からの侵入は無理に思える。

 と、イオンがそんなことを分析していると、外から大声が聞こえてきた。

「おーい! 用事があるんなら出てこんかい! ワシが相手になってやるぞ!」

 男が叫んでいる。

 イオンは頭を抱えた。夜明けを狙って襲撃して来る相手に、真っ向から名乗りを上げてどうするのか。

 しばらく待ってみたが、何も音沙汰がない。

 よくよく考えると、もしかしたら何者かに囲まれているなどというのは全部あの胡散臭い男の妄言で、自分は騙されているのではないだろうか。イオンはそんな気がしてきた。

 すると妙に腹が立ってきて、堪らずドアに歩み寄ると、そっと開いて外の様子を窺った。

 そして、そこに広がる光景に驚愕した。

「おう、片付いたぞ。思った通り、手ごたえのない連中じゃった」

 そう言う男の周りには、確かに五人ほどの黒尽くめの人が転がっている。その内の一人を、男がしゃがんで調べていた。

「みんな……あんたがやっつけたのか……?」

 倒れている下手人達は、手にそれぞれ短剣を持っている。しかし、イオンが小屋にいた間、金属の武器がぶつかる音は聞いていない。

それに、下手人達は見たところ外傷がない。

「他に誰がどうしたってんだ」

 男が杖を突いて立ち上がる。

「それで殴り殺したのか?」

 イオンが顎で男の持っている杖を指して言う。すると男は答えずに、右足を引きずってイオンの方に寄って来ると――。

「うっ!?」

 イオンの体が半回転した。すぐさま、首が苦しくなる。何が起こったのかわからない。だが、このままでは窒息死する――。

 そう思った瞬間、イオンは解放された。あまりに突然のことに、床に顔から倒れそうになる。

「な、何するんだよ!」

「いや、こんな感じで、全員首折鯖にしてやったんじゃい。口で説明するより早かろうが」

 そう言って、男は造作もないという風に顎鬚を撫でている。

 それを見て、イオンは一つ覚悟した。――この男に斬りかかってみよう。男の実力を、自分からもう一度試してやる。

 そして、なるべく予備動作を見せないように、自然に剣を男めがけて振り下ろした。

「おい、危ないぞ」

「わっ!」

 視界が反転した。イオンはくるりと前方に一回転すると、背中から地面に叩き付けられた。

「ワシゃ寛大だから許すが、あんまり格上のモンを試そうなんざ馬鹿なことはせん方がいいぞ」

 そう言って、男は倒れたイオンの顔を杖の先でぺしぺしと叩いた。

 イオンはそのまま地面の上で体を横に半回転させ、地面に膝を突くような格好になると、全く迷うことなく言った。

「頼む、俺に稽古をつけてくれ! 俺は、強くならなきゃならないんだ!」

 男は一瞬だけ、髭を撫でる手を止め、目を見開いた。が、すぐにまたにやにやとした表情に戻ると、頭を下げるイオンの元にしゃがんで言う。

「まあまあ、そんなに頭を下げるでないわ。ワシゃ弟子は取らん主義だが……指導ならさせてもらっとる。コレ次第では、お主の面倒を見てやらんこともないぞ?」

 そう言って、親指と人差し指で輪を作る。

 イオンは顔を上げてそれを見ると、無言で男に小屋に入るよう促す。

 そして自分の鞄から金袋を取り出すと、中身を確認する。

 これは村から旅の資金として預かった金だ。全部で四つある聖地の内、二つを回ったのだから、旅は半分終わったことになる。それにしては充分余っているようだが、金は持っているに越したことはない。それに、いくら護衛としての力をつけるためとは言え、半ば個人的に使うようなものだ。

 迷った挙句、イオンは金貨を三枚取り出すと、男の手に握らせる。

 男はそれを大仰しく数えると、言った。

「よし、今日から三日、お主はワシの弟子じゃ。みっちり鍛えてやるから、覚悟しとれ」

「み、三日!?」

 イオンが素っ頓狂な声を上げる。どう考えても、金貨三枚で三日、つまり一日に換算して金貨一枚は高すぎる。

 出稼ぎから帰ってきた村人の話を聞いても、かなり過酷な労働をしても日当はせいぜいが銀貨一枚だったという。

「ワシの授業料は安くないぞ。それに言っただろう、ワシは本来弟子は取っておらん。嫌ならいいぞ。ただし金は返さんがな」

 そう言って、男は懐に金貨を仕舞った。

「こ……この!」

 イオンが思わず殴りかかる。

「だから危ないと言っておろうが」

 再び、前方宙返りで小屋の床に背中から落下するイオン。どすん、と小屋の床とイオンの背中がぶつかって音を立てた。

 その音で、コリンが目を覚ました。しばし目をこすって呆然とした後、言う。

「……何してるの?」

 それに男が笑って答える。

「いやはや、起こしてしまったようで申し訳ない。この方が夢見心地が悪かったらしく、寝床から落ちたらしいので、拙者が助け起こそうとしておった次第で」

「……イオン、だっさ」

 コリンはそう言い捨ててから、欠伸を一つしてもぞもぞと起きる支度を始めた。

 イオンは床の上に倒れたまま誓った。必ず、この三日間で男を見返してやる、と――。


   *


 コリンが朝食の支度をしている内に、男とイオンは「散歩してくる」と行って外に出ると、下手人の死体を隠しておいた。あえてコリンに明け方に襲撃を受けたことを知らせる必要はない、と両者とも判断したからだ。そんな二人の思惑はつゆ知らず、コリンは、

「朝から一緒に散歩なんて、随分仲がよくなったんだね」

 と妙に感心したようなことを言っていたが。

 そして一行は朝食を摂った。

 昨晩大量の夕食を食べたにも関わらず、男は相変わらず犬のように食事を貪っていた。

 食事の席でコリンが、

「そういえば、オジサン名前は何ていうの?」

 と尋ねると、男は、

「旅暮らしが長い故にうろ覚えでござるが、元服して以来は『タカマル』と呼ばれていたように思います」

 と答えた。

 そして、タカマルを加えた一行は、第三の聖地を目指して出発した。

 小屋の主とは三日部屋を借りる約束だったが、聖地での儀式を済ませたのにあえて三日間居座る理由もない。ましてや、何者かに襲撃されたのなら尚更だ。

 一応、小屋の主の身を案じて、イオンがテーブルの上に感謝の言葉と共に襲撃を受けた旨を書置きとして残しておいた。

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