第一章・16
※人気なさ過ぎるのでそろそろ打ち切りたいです……。
16.
おぼつかない足取りの巫女を背負ったイオンと、荷物を引きずりながらイオンの背中を支えるコリンが洞窟を出て小屋に戻ろうとすると――。
小屋の前に、人が倒れていた。
二人は唖然としてその人物を見る。
「……死んでる……?」
コリンが言う。あまり近付きたくはないようだ。
一瞬自分の体調が優れないことを忘れたイオンだったが、すぐに我に返ると、倒れている人物を無視して小屋に入って行った。
コリンはしばしどうしてよいかわからずその場でおろおろとしていたが、やがて荷物を引きずってイオンの後に続いた。
イオンは巫女をベッドに寝かせると、コリンが引きずっていた荷物を受け取り部屋の隅に放りやった。
それから再び小屋の外に出ると、右手用の剣を抜く。そして、足で倒れている人物を突付いた。うつ伏せに倒れている人物の尻の辺りがピクピクと動いた。
「とりあえず死んではいない」
よく見ると、長髪を頭の後ろで縛っているが、顔立ちや無精髭からして間違いなく男だ。歳は中年だろうか。あまり若々しい印象は受けない。見慣れない服を着て、傍には杖が落ちている。
コリンが心配そうに見守る中、イオンは杖を蹴って男から離すと、しゃがんで揺さぶった。
「おい、あんた。生きてるか? どうした?」
呼びかける。すると男は、
「……み……水……」
しわがれた声で搾り出すように言った。旅の最中の二度の襲撃ですっかり用心深くなったイオンは、それが油断させるための策、という可能性を捨てず、少し離れてから顔を上げコリンを見て言う。
「水が欲しいそうだ。悪いけど、持って来てくれるか?」
コリンは無言で頷くと、小屋に駆けて行った。すぐに右手に水差し、左手にコップを持って戻って来る。
イオンは男をひっくり返して仰向けにさせてから上体を起こさせると、水の注がれたコップを受け取り、男の口元に持って行く。
「自分で飲めるか?」
男は返事をせずにそれを受け取ると、天を仰ぐようにコップを傾けると一気に飲み干した。そして空のコップを差し出す。
イオンがそれを受け取ろうとするが、男はコップをしっかりと握っていて離そうとしない。
ただでさえ体がだるいのに、更に眩暈を覚えながらもイオンはコリンに促す。
「もっと欲しいんだと」
コリンがおずおずと腰を曲げて男の突き出しているコップに水を注いでやる。
イオンは静かにその様子を見守っていたが、よく見ると男は気持ち首を伸ばし、水を注ぐために前かがみになっているコリンの胸元を覗いていた。
「おいっ!」
それに気付いたイオンが思わず男の二の腕を引っ叩いて止めさせようとした瞬間、男は再びコップを思い切り傾けて水を飲み干した。
一瞬感じた違和感。今のは偶然だろうか。
「ぷはーっ!」
そこでようやく男が声を発した。
「いやはや、喉が渇きすぎて声すら出んかった。あいや、かたじけない、お若いの」
そう言って、男はぺこぺことコリンに頭を下げる。
「あー……。よければまだ飲みます?」
「よろしいか! では頂こう」
そしてまたやり取りが繰り返される。
「おい、俺は無視かよ」
イオンが憮然と言う。
「ん? ああ、お主もかたじけない」
しかし男は振り返りもしない。イオンは大体察した。間違いなく、この男は女たらしだ、と。
男は命に別状はなさそうだし、そもそも人の心配をしていられるほど自分の具合が良くないことを思い出したイオンは、男を放って小屋に戻ると、ブーツを脱いで巫女の寝ている隣のベッドに横になった。この小屋は前の小屋と違ってベッドが三つあるので助かる。
やがて、コリンに連れられて男も入ってきた。
イオンは仰向けに寝そべったまま、不機嫌そうに尋ねた。
「何の用だ?」
男の代わりに、コリンがおずおずと答える。
「その、このオジサン、お腹空いてるんだって……。何日も何も食べてないらしくて……」
男は遠慮なく小屋に上がり込んでテーブルに着くと、ニコニコとしている。
「イオンも疲れたでしょ? 丁度良いから、ご飯にしようよ」
そう言って、台所に向かおうとするコリンは、妙にもじもじして嬉しそうだった。
その様子に、イオンが怪訝そうに言う。
「一体、どんな手で懐柔されたんだ?」
コリンは答えず、台所の奥に引っ込んでしまう。
「何、拙者が思った通りのことを述べたまで」
男が代わりに言った。その意味するところがわからず、イオンが尋ねる。
「どういう意味だ?」
「いや、何、実に見目麗しいお嬢さんだ、と思ったまでのことを申し上げた後、拙者がかくなる醜態を晒していた事情を述べると、何ともかたじけないことに食事を馳走してくれるとのことで」
つまり何か。コリンは珍しくおだてられたものだから、気をよくしてこの得体の知れない男に食事を、しかも人の家の材料で振舞うことにしたというのか。
完全に頭痛を覚えたイオンは答えるのも面倒で、そのまま顔の上に手の甲を被せて寝ようとして、思い出したように言った。
「おい、俺の分は……スープだけでいい」
台所の奥のコリンにそう呼びかけると、ひょっこりと顔だけ出してコリンが言った。
「どうしたの? 食欲ない? やっぱり具合悪いの?」
「いや……何だか、さっぱり空腹を感じないというか……まあ、確かに食欲がないんだ」
テーブルに肘を付いて無精髭を撫でていた男が遺憾そうに言う。
「飯を食わぬとは、呆れた奴だな」
元々妙な物言いをする男なのでわかりづらいが、イオンが――つまり男が相手だと何となく口が悪いような気がする。
「素性の知れない女たらしに余計なことは言われたくないな。飯を食ったらさっさと行けよ。それから、コリンに手を出したら承知しないからな」
ぶっきらぼうにイオンが言うと、男はニヤニヤしながらイオンの方を向いて答えた。
「ほぅ、やはりアレはおまえの女か」
「そ、そんなんじゃねぇけど……少なくとも、悪い虫が付いたら困る」
からかわれているだけだとわかっていても、何だか妙に気恥ずかしくてイオンは寝返りを打った。しかしその先には、静かに寝息を立てる巫女の姿があった。
「じゃあ、随分年下に見えるが、そっちが本命か? よく考えれば、男一人が若い女二人と暮らしとるとは、一体どういう関係だ?」
「う、うるさいなっ! 俺たちにはいろいろ事情があるんだよ!」
「ほうほう……いろいろ情事が、ねぇ……」
男はいやらしい笑みのまま、一人満足そうに髭をいじり続ける。
イオンは完全に無視を決め込んだ。
*
その後、コリンが作った料理を男は飢えた犬のようにガツガツと平らげた。
食欲がないと言ったイオンの分まで念のため用意されていたが、それも勝手に手を出して食べ尽くした。
そして食事が終わった今、床に敷いた筵の上でいびきをかいている。
「食うだけ食って寝るって、子供かよ……」
男が勝手にベッドで寝ようとしたのを断固阻止したイオンが言う。男は三つ並んだベッドの横で寝ている。イオンは先ほどと位置を変えて、一番端のベッドに横になっている。巫女とコリンが寝る時、自分が壁になって見張らないとどうにも心配だ。
それと、男の格好があまりに汚いというのもあった。服は裾がボロボロであちこち泥や謎の染みがこびりついている。こんな男をベッドで寝かせるのは小屋の主に申し訳ない。
「ところで、体はどうなの?」
食事の片づけを終えたコリンが尋ねる。
「……不思議な感じだ。すごく体が重いのに、全然疲れを感じない。けど、気分が良くもなくて、何だろう……気を抜くと、体が破裂しそうな……よくわからない」
真ん中のベッドに腰掛けるとコリンは首を傾げた。
「それって、イオンの体にマナが溜められた、ってこと?」
「そうなんだろうな。もちろん、確証はないけど……あの儀式で、俺の体に変化があったのは間違いない」
「巫女ちゃんは、何ともなさそうだね」
コリンが見る。相変わらず食事も摂らずに寝ているが、具合が悪そうには見えない。
少なくとも、最初の儀式以来『相変わらず』だ。
「けど、やっぱりわからないことが多すぎる。それに、もう一回儀式をやったらどうなるかもわからないし……」
コリンはその言葉に黙ってしまう。
暗い気持ちをとりあえず忘れようと、イオンが言った。
「今は考えてもわからない。明日にでも三番目の聖地に行こう。近くに大きな街があるらしいし。今日はもう寝よう」
そう言って、毛布を引っ張る。
「うん。そうだね……」
コリンがテーブルの方に歩いていくと、小屋全体を照らしていたランプの灯りを消す。部屋が暗くなる。
「おやすみ」
そう言って、コリンもベッドに潜る。やがて、コリンも何だかんだと気を使って疲れていたのだろう――寝息を立て始めた。
それにしても――。
イオンは眠れなかった。体が重いのに、今すぐ走り回りたいくらい元気が余っているような感覚。疲れを感じず、眠気が襲ってこない。
もっとも、眠れないのには、別な要因もあったが。
「ぐぉぉぉおおお~~。がぁぁぁあああ~~。がっ…………ぐぅぅぅううう~~」
「……この野郎、いびきがうるせぇんだよ……」




