第一章・14
14.
結局、イオンの頭にこびりついた大量の血はコリンがいくら頑張っても拭い切れなかった。
「またいつあいつが襲って来るかわからない、なるべく早くここを離れよう」
イオンはそう言うと、コリンの心配を他所に、巫女をおぶると歩き出した。
仕方なく、心配しながらもコリンは後を追う。
しばらく歩くと、小川が流れていた。コリンが止めるのも聞かず、イオンはそこに頭を突っ込むと、ガシガシと顔を拭い髪をこすった。
その乱暴な仕草に戸惑いつつも、だからこそコリンは勇気を出して言った。
「イオン、ちょっと聞いて」
イオンが無言で振り返る。
「あたしはまだ信じられないけど、イオンはその……不死身なんだってね?」
「そうらしいな」
何にいらついているのかコリンにはわからないが、イオンの返事は素っ気無い。
「でも……それだって、本当かどうかなんてわからないじゃない。お願いだから、もっと自分を大事にして」
そう言うと、コリンは唇を噛み締め、拳を固く握る。
イオンは小川から離れると、コリンの目の前に立った。
「俺は、おまえと、この娘を守らなきゃいけない。さっきだって……ああしなきゃ、この娘だってさらわれてた。俺に力があるなら、俺はそれを使っておまえ達を守る」
そう言うイオンの表情に色はない。ただただ真剣な顔つきだった。
その気になれば、すぐに触れられる二人の距離。コリンは、そっと体を傾けると、頭をイオンの胸に預けた。
「……気持ちは嬉しいよ……。でも、でも……もしイオンが死んじゃったら、あたしはどうすればいいの? 悲しいじゃ済まないよ。イオンが危ない目に遭うなら、旅なんて辞めて……」
しかしイオンは、コリンの肩に両手を置くと、元の位置に引き離す。
「ありがとう。……でも、俺はこの娘も守らなくちゃいけない。コリンもこの娘も、比べられないくらい大事なんだ」
「どうしてっ!?」
コリンが叫ぶ。
「この娘の護衛なんて、村から強引に押し付けられただけでしょ!? イオンだって、こんな危ない目に遭うなんて思ってなかったでしょ!? オジサンだっていなくなっちゃうし……」
そう言ったところで、コリンは俯いてしまう。イオンは固く色のない表情を変えずに答える。
「確かに、その通りだ。こんなの、全く理不尽だと思ってる。でも……」
そこで一旦言葉を区切る。
「でも、この娘は悪くないだろう? 俺がこの娘を守るのは、村のためじゃない。変な儀式のせいで何もわからなくなって、あいつもいなくなって……村に帰してもきっとこの娘は一生このままだ」
力強く語るイオンの言葉に、コリンが顔を上げる。その瞳は赤くなり、涙がにじんでいた。
「この娘が自分で助けてくれって言ってきたわけじゃない。もしかしたら、俺のやってることはおせっかいかも知れない。けど……コリンだって知ってるだろう? 旅を始めたばかりの頃、何も見えない、何も聞こえないはずなのに、楽しそうに笑っていたこの娘のこと。俺は、それだけでも取り戻してあげたいんだ」
「イオン……」
ハーヴェイがいなくなって、実質二人だけの旅になってまだ間もない。だが、その間に、或いは今までの旅を通じて、イオンはそこまで覚悟を決めていたのだ。それを知ったコリンは答える。
「まさか、もう忘れてないよね? あたしにできることなら、何でもする。何でもして、あたしはイオンを助ける。あたしは、絶対にイオンの味方だからね?」
そこでようやく、イオンが笑った。
「ああ……」
*
その後、特に襲撃を受けることもなく、三人は第二の聖地と思しき場所に辿り着いた。
ハーヴェイの言では、聖地と聖地の間隔は歩いて二日とのことだったが、イオンは巫女を背負い、コリンは重い荷物を持ち、更に一度だが襲撃を受けたせいで、やや遅れて三日半ほどかかっての到着となった。
「あれだよね……」
コリンの見る先には、最初の聖地とほとんど同じ目印があった。
大人一人分程の高さと大きさの岩の石碑。それが斜めに切られたようになっており、断面になにやらまじないめいた模様が描かれている。
最初の聖地と違うのは、番人の小屋らしきものがその石碑のすぐ傍に建っていることだった。そして、石碑が立っているのは、森の入り口ではなく、そびえ立つ岩肌の前。その岩肌にはぽっかりと穴が開いている。
「もしかしなくても……今度の聖地って、洞窟?」
「そうらしいな。とりあえず、あの小屋がここの番人のものか確認しよう」
そして二人は小屋を訪ねた。
案の定、小屋は聖地の番人のものだった。こんどの主は中年の男だ。
始めは疑り深そうにイオンとコリンを見ながら話を聞いていた主だが、話を聞いて巫女の姿を見ると一人納得したように、一行を小屋に案内した。
小屋の内部は、細かい所は異なるが、概ね最初の老人の小屋と同じような造りだった。
「こっちの部屋は好きに使っていい。飯もここで食え。ただし飯の用意は自分達で勝手にやってくれ。材料はそこにある。あんたら、何日いるつもりだ?」
淡々と語る主人。イオンがしばらく考えてから答えた。
「二泊三日、お願いできますか?」
「わかった。なら三日の間、俺は近くの町に行ってる。物を壊さなければ、好きに使え。旅に必要な物があれば勝手に持って行け。ここにないもので必要な物があれば、俺が町で買って来るから俺が出かける前に言うんだな」
そう言うと、主は上着を着て出発する準備を始めた。
コリンがイオンに耳打ちする。
「……随分素っ気無いオジサンだね」
「まあ、人それぞれだろうさ。それに、気兼ねしなくていい」
二人は巫女をベッドに寝かせると、荷物を置き、食糧があるという納戸を覗いてみた。保存食の類は充分あったので、主に買い物を頼む必要はなさそうだった。
やがて主が出て行くと、二人はテーブルの椅子に座って、黙り込んだ。
しばしの沈黙の後、コリンが言う。
「……儀式、するの?」
そうなのだ。
二人が身動きが取れないのは、手掛かりを求めて次の聖地に来たはいいが、主は取り付く島もない。最早儀式を行う以外にやることなどなさそうだった。しかし、その結果、巫女の様子がどうなるのか二人は予想もできない。
食事その他は勝手にしていい、と主に言われてるとはいえ、全く無遠慮にコリンが煎れたお茶のカップを両手で抱えていたイオンが、ポツリと言う。
「……ちょっと、試してみたいことがある」
「試してみたいこと?」
イオンは頬を掻いてから続ける。
「笑わないでくれよ? 俺、夢を見たんだ」
「夢?」
「ああ。まあ、俺の考えてることが夢に出てきた、と言われればそれまでなんだが……俺が生まれた時の夢だ」
「何それ? 昔の記憶?」
イオンは首を振る。
「いや、そうじゃない。もっと抽象的な意味で……」
今度はコリンがブンブンと首を振った。これは否定の意思表示ではない。
「だー、もう、あたしそういう難しい話はダメなの! 要するに何? 簡単に言ってよ!」
「つまり、俺は巫女さんと同じ日に生まれた。そのせいで、変な力を持ってる。俺と巫女さんは双子でも何でもないけど、どこかで命が繋がってる――そんな気がするんだ。……全部想像だけどな」
「何それ」
コリンが笑ったような顔で引いている。
「う、うるさいなぁ……。自分でも気持ち悪いと思ってるよ。でも俺が言いたいのは、つまり……俺が巫女さんの代わりに儀式を受けられないか、ってことだ」
「最初っからそう言ってよ! それなら何となく、あたしもそんな気がするな」
コリンは妙に感心したように頷くと、カップのお茶をすすった。
「あいつが残していった本に、儀式の手順が書いてある。細かい理屈的なことは書いてないし、俺も全部は理解できてないけど、何とかなるかも知れない」
ふと、コリンのカップを持つ手が止まった。
「……ねぇ、でも、イオンが儀式を代わりに受けるって……イオンはどうなっちゃうの?」
それはイオンも考えていたのだろう。険しい顔になる。
「もちろん、わからない。ただ、楽観的に言えば、俺は巫女さんと違って、マナを通じてものを見てるわけじゃないから、何もわからない状態になるってことは……ないと思う」
再び沈黙。
しょせんは想像の範疇を出ない話だ。そして、いくら楽観的な観測を述べたところで、結局は不安しか残らない。
「……やらせて、くれないか」
沈黙を破ってイオンが言う。コリンはカップに残ったお茶を一気に飲み干すと、カタン、と音を立ててそれをテーブルの上に置くと、言う。
「イオンが決めたことなら、あたしは着いて行くだけだよ」
イオンは真剣な表情で頷いた。




