第一章・13
第十三話。
※若干、流血描写があります。
13.
「ちょっと、イオン、ねぇってば」
自分の両膝の間に顔を埋めるようにして丸まっていたイオンは、コリンに揺さぶられて目を覚ました。
変な姿勢で眠っていたせいで、体のあちこちが痛い。
「ちょっと、ずっとそのまんま寝てたの?」
コリンが心配そうに顔を覗いている。起きたばかりなのだろう、普段二つに縛っているそれほど長くない髪は下ろされたままだ。
「ん……ああ。いや、見張りがいないからな」
明らかに寝不足だ。しかもよく考えれば昨日もハーヴェイを待ってよく眠れなかったので、二日続けての睡眠不足。姿勢が悪かったせいもあって、逆に疲れが増したような気がする。
はぁ、と溜息をついてコリンが髪を縛りながら言う。
「あのさぁ……ぐーすか寝てたあたしも悪いけど、昨日約束したばっかりじゃない。一人で無理しないでよ。あたしだって見張りぐらいできるもん。ううん、動物とか、魔物の気配に気が付くなら、あたしの方がイオンよりよっぽど得意だもん」
そう言って、反対側の髪を束ねて紐で縛る。
「……って、聞いてるの?」
「あ、ああ……」
何だかその仕草が、妙に艶かしく感じるのは何故だろうか。
「あー、でもあたし、一回寝ると朝まで起きないからなぁ……。じゃああたしがなるべく遅くまで起きてるから、イオンが起きて交代しよう。もし昼間眠くなったら、休憩にしてお昼寝すればいいしね」
縛った左右の髪をぐいぐいと引っ張って確かめる。一連の動作をイオンがぼけーっと見詰めていたことに気が付いたコリンは、ぽつりと問う。
「……あのさぁ、この髪型、やっぱりちょっと子供っぽいかなぁ?」
本当に小さい頃は肩に垂らしていたような記憶もあるが、昔からコリンは同じ髪型だった。
「いや……似合ってると思うけど」
「……それ、答えとしてはすごく微妙なんだけど……。子供っぽいかどうか訊いてるのに、答えになってない。子供っぽいとしたら、似合ってるってあんまり嬉しくないし」
じとりとした目でイオンを見てから、返事を待たずにコリンは立ち上がって向こうへ行ってしまった。
「……って言われても……」
似合ってると思ったから、そう言っただけで、深い意図はない。口に出せば確実に怒るだろうから言わないが、確かにコリンは子供っぽい部類に入ると思う。それに性格には覚えていないが、歳は一つ下だった気がする。イオン自身も考えるのだが、自分達は大人か子供か判断が難しい歳なんだと思う。
頭が混乱しそうになったので、それ以上考えるのを止めて、イオンは近くで見付けた泉へ水を汲みに行った。
朝食を終えて、一行は街道を進んでいた。
途中何ヶ所か分岐点があったが、地図で確認しているので恐らく間違ってはいない。
それにしても――。
イオンは落ち着かなかった。最初こそ、ハーヴェイがいなくなったという事態そのものや、そのことから来る怒りで全く意識していなかったが、今朝のコリンの変な言動のせいで、妙な意識が芽生えてしまった。
(俺、ずっと女の子をおぶってるんだよな……)
イオンにおぶられている女の子――巫女の少女は、相変わらず半昏睡状態なので、イオンの背にしっかりと寄りかかっている。頭は今は右の肩の上に乗せられ、こぼれた髪の房が一部、イオンの首筋に触れている。
(いやいやいやいやいや……)
これは決していやらしいことではないのだ、不可抗力というやつだ。自分がおぶらずして、どうやってこの少女を運ぶのか? コリンにおぶらせるのか? いくら巫女が異常に軽いとはいっても、それはそれで別な問題があるだろう。ならばこれは決してやましいことでもなんでもないのだ。
イオンがそんなことを考えていると、隣を歩いていたコリンがピタリと止まった。変な思考を巡らせていたことがばれたのか、と思ったが、どうやら違うらしい。
コリンはイオンを見ずに、真剣な表情で周囲を窺っている。
途端に、イオンもイオンなりに警戒してみる。じりじりと、傍に立っている樹に近付き、そこの幹に巫女を座らせた。
「何かいるのか?」
小声でコリンに尋ねる。
「……さっきから、誰か着いて来てる」
「たまたま行き先が同じって可能性は?」
コリンが小さく首を振る。
「何度か振り返ってるんだけど、姿を隠してる。……好奇心だけでやってる、って考えるのはちょっと無理だね」
それを聞いて、イオンは腰の剣を抜いて構えた。コリンも弓と矢を取り出す。二人で巫女を左右から挟むようにして陣形を作る。
「……出ておいでよ。話があるなら、聞くよ」
コリンが言う。
すると、街道を挟んで向かい側に立つ樹の一本から、にゅっと人影がはみ出る。
コリンが矢をつがえて狙いを定める。いつでも撃てる姿勢だ。
しかし樹の影から現れた人物は、臆した様子もなくこちらに歩み寄って来る。
「何の用だ?」
イオンが叫ぶ。しかし、相手は返事をせずに更に歩を進める。やがて、その姿が確認できた。
若い男だ。ひらひらとした布を装飾として施したような妙な格好をしているが、所々金属のプレートが付いている。太ももには、皮のベルトで何か棒状のものが左右にそれぞれ取り付けられている。髪の毛は長めだが、顔立ちからして間違いなく男だ。へらへらと笑った顔が、怪しさを引き立てている。
「物騒だねぇ。とりあえず挨拶しようよ」
「女の子の後をつけまわすような人は、警戒されて当然だと思うけど」
コリンは弓を引き絞ったまま答える。
「あ、そう。じゃあ俺から挨拶するわ。それなら礼儀に適ってるでしょ?」
そう言って、男は恭しく礼をしながら言う。
「俺はシャージ。本名かどうかは秘密な。あ、あと歳も一応秘密にしとくは。でも今はフリーで彼女募集中。用件は、そこのお譲ちゃんを頂に来ました。これでオーケー? んじゃ、とりあえず男の方はぶっ殺していいよな?」
男――シャージが言い終わらない内に、コリンが矢を放った。それを体をひねって横っ飛びにかわすと、男は右の太ももに取り付けられた皮の筒からトの字型の棒を取り出すと、右手に構えた。すかさず、地面を蹴ってイオンに飛び掛る。
イオンは何とか反応すると、男が放った棍棒による肘打ちを左手の剣で受け止める。二人は知らないが、トンファーという打撃武器だ。金属製らしく、イオンの剣の刃とぶつかると鋭い音を立てた。
すかさずシャージがイオンが構えた左剣の下から蹴りを放った。左手首を思い切り蹴飛ばされ、剣を取り落としてしまう。
そこで初めてイオンは歯噛みした。相手は体術の使い手だ――。ハーヴェイとの稽古の最中、何度か指摘されたことがある。相手の武器だけを見ていてはいけない。両手で剣を持っている相手も、蹴りを放ってくることもあるし、左手を離して殴りかかってくることもある。
型通りの稽古の段階を出ていないイオンは、相手の武器だけに無意識に集中していた。受け止めた相手の武器が、次のテンポにどこに動くか――それにだけ集中していた。
慌てて地面を蹴って後ろに飛ぶ。取り落とした剣を拾う隙はなかった。右手の剣を構えながら、左手を開閉して動くかどうか確かめる。
「素人か、こいつぁチョロい仕事になりそうだわ」
来る。そう思った瞬間、シャージが再び地面を蹴って飛んで来た。同時に繰り出されるトンファーの一撃を、今度は右の剣で受け止める。次の攻撃を警戒はするが――動きが読めない。
体術。そういう戦闘方法もある。それを紹介される程度の訓練しか受けていないイオンには、男の動きが予測できない。次の攻撃はどこから来る? 左手? 右足? 左足?
「正解は――こーれっ!」
イオンの考えをシャージは完全に見透かしていたようだった。からかうようにそう言うと同時に、肘を返してイオンの剣を下から跳ね上げると、無防備になったイオンの顔面に拳を突き出す。
しまった――イオンが回避するより速く、トンファーの拳側の先端が、イオンの顔面、鼻に突き刺さる。イオンは勢いで吹っ飛ばされる。折れた鼻から、大量の鼻血が噴き出る。
顔面などの急所への攻撃は、それだけで殺傷力も高いが、同時に出血などによって相手の戦意や集中力を削ぐ効果もある。
慌てて空いている左手で鼻を覆うことを優先してしまったイオンに、シャージが上から跳躍し、その勢いでトンファーを倒れたイオンの頭に叩き付けた。
「さーて、お楽しみタイム☆ 何発で死ぬかなぁ?」
完全に馬乗り状態――マウントポジションを取られてイオンは身動きが取れない。シャージは両膝でイオンの腕を押さえているので、右手の剣で抵抗することもできない。
「いーちっ!」
シャージがトンファーでイオンの頭を殴る。飛びそうになる意識を、辛うじてイオンは繋ぎ留めつつ、この状況を打開する方法を同時に考える。
「にーいっ……さん、しごろくななはちきゅう!」
シャージがカウントを速め、振り上げる高さを縮めて連続で殴る。それでも、金属の棒で頭部を連打されては十二分に致命傷になる。
「じゅうっ!」
頭を起こすこともできず、ほとんど地面に倒れたイオンの頭に、止めとばかりに再び大きく振りかぶった一撃を見舞う。イオンの頭は地面にぶつかった反動で一度跳ね、やがて動かなくなった。頭の周りには、血溜まりができている。
「はい、お疲れさん。えーっと、目的のお譲ちゃんに……これの彼女も付いてくるのかな? まあ、ボーナスかな」
イオンが死んだと確信したシャージは、立ち上がると巫女に近寄ろうとする。
「『儀式』は一回は済んでるみたいだな……。よしよし。んー、届ける前に、ちょっと悪戯するのも悪くないかな……あぁ? 何で生きてんだ、テメェ?」
シャージが巫女に触れようとかがんだ瞬間、振り返ってトンファーを構える。すかさず鋭い金属音。
額から血を流したイオンが、剣を振り下ろしていた。
間髪入れず、いつの間にか拾い直していた左剣を横薙ぎに振る。シャージはそれをしゃんがんで避けると同時に、脚払いを放ちイオンを転ばせる。
「殴り方が中途半端だったか?」
再び先ほどのマウントポジションを取る。
トンファーを振り上げようとしたシャージだったが、すかさず後転の要領でイオンから飛び退く。シャージの頭があった地点を、素早い何かが掠めた。
「……チッ」
シャージが辺りを見回す。
そうしている間に、イオンがむくりと起き上がり、剣を構える。
シャージは左のももからもう一本のトンファーを取り出すと、左手に構えた。
「調子乗んなよ……俺は忙しいんだ……よっ!」
最初の一撃は受けた。しかし、イオンも同じく武器を二つ持っているが、速さが違った。受け切れず、逆の手のトンファーによる攻撃を横っ面に受けてしまう。それを起点に、シャージが傍目には滅茶苦茶に思えるほどの素早さで、イオンを滅多打ちにする。
「死んだか? あ? まだか?」
イオンは倒れることもできない。否、これがシャージの打撃法なのだ。相手が倒れる方向から打撃を加えることで、相手を吊るされた牛肉の塊を殴るように立たせたまま殴り殺す。
「チッ!」
しかし、シャージはそれを中断し、今度は宙返りするように後ろに跳ぶ。再び、シャージのいた位置を何かが掠める。
その隙を逃すまいと、動く死体のようなイオンが大振りに剣を振り下ろす。しかしあっさりと避けられ、前かがみになった状態で頭をしたたかに殴られる。
「中途半端に殴ったせいか、元々か知らねぇが……テメェ、イカれてんじゃねぇか!?」
そう言って、倒れたイオンにトンファーを振り下ろそうとして、三度目の回避行動をとる。
「オイ! そっちもいい加減にしろや!」
始めシャージが隠れていた場所。街道の向かい側の木々の上を、何かが横切る。
コリンが木々の間を跳躍し、移動しながら遠距離から狙撃していたのだ。
「……どうした? 痛てぇけど、俺は生きてるぞ……?」
イオンが立ち上がって言う。
その姿はさながら幽鬼のようだ。さすがのシャージも、その光景に歯噛みする。
「面倒くせぇ……。どうも割に合わないみてぇだな。交渉し直して来るわ。次会ったらぶっ殺す。それまで仲良くしてなっ」
そう言うと、素早くトンファーをももの鞘に収め、森の中へ消えて行った。
「痛ってぇ……」
イオンが両手の剣を取り落とし、頭を抱えて膝を着く。
常人ならば、とっくに死んでいた。イオンの執念でも何でもない。『護衛』としての力で、死ねなかっただけだ。幸いにもシャージがその力に気付かず、更にコリンの援護射撃があったお陰で、一先ず撤退してくれたに過ぎない。
目的が巫女の殺害だったり、コリンを人質に取られたりしていたら、確実に望ましくない結果になっていただろう。
「イオンっ!」
街道を横切って、樹から降りて来たコリンがイオンに駆け寄る。
「大丈夫!?」
「ああ……馬鹿みたいに痛いけど、どうやら本当に死なないみたいだ……。これで少なくとも、刃物と鈍器は効かないってわかったさ」
しかし本人が言うように、痛みは感じるようで、イオンは辛そうだ。それに、出血は止まっているが、首から上が血まみれで、少々ぞっとしない。
大きめの布切れを水で濡らし、恐る恐るコリンが血を拭いてやる。
黙ってされるに任せながら、イオンはハーヴェイの言葉を思い出していた。
旅が終わりに近付くにつれ、巫女を狙う者は増えるだろう、と――。




