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第一章・12

 12.


 朝食後、イオンは挨拶もそこそこに、不機嫌そうに巫女を背負うと小屋を発った。それを補うようにコリンが精一杯愛想良く老人に別れを告げていた。

 しばらく歩いた後、イオンがぽつりと言う。

「そういえばこの娘、随分と何も食べてないんじゃないか……?」

 ハーヴェイの残した荷物を持ったコリンが答える。

「たまに、意識が戻ってるみたいなの。その時に、お水とかスープとか飲ませてあげたから。でも、いつまでもこんな状態で大丈夫かは……」

「そうか」

 自分がハーヴェイとギスギスしていた間に、コリンが随分と巫女の世話をしてくれていたようだった。

「いろいろ気を使わせてたみたいで悪かったな」

 イオンが謝る。

「いいよ。気にしないで。辛いのは、イオンも、もちろん巫女ちゃんも一緒。きっと……」

 言いかけて、コリンは口をつぐむ。

 『きっとハーヴェイも同じ』、そう言いたかった。彼のことを完全に知っていたわけではないが、突然いなくなってしまうような男には見えなかった。それが、旅を捨ててどこかへ消えてしまったのだ。よほど辛かったのだろう。

 だが、それが心底許せない様子のイオンの前で、それを口に出すのははばかられた。

「……これから、どうするの?」

 代わりに問う。そういえば、行き先もなにも決めずに、小屋を飛び出す形で出てきてしまった。

「俺は……この娘を何とかする方法を探す。とりあえず、次の聖地を目指す」

「そっか……」

「儀式ってやつをやるかどうかはわからない。全部の聖地で儀式をすれば、もしかしたらこの娘が元に戻る――そんな都合のいいこともあるかも知れない。でも、手掛かりが聖地とそこにいる番人しかないんだ。今は次の聖地に行くしかない」


 やがて一刻半ほど歩いただろうか。

「ねぇ、ちょっと休憩しない?」

 コリンが提案する。

「休憩には早くないか?」

 イオンは道の先を見詰めたまま答える。

「でも、ずっと巫女ちゃんおんぶしてるじゃない? 疲れたでしょ?」

 そう言われて、ああなるほど、とイオンは納得した。

「まあ……。この娘、びっくりするくらい軽いんだが……正直、ずっとおぶって歩いてると、さすがにしんどいな」

 そう言って、街道を外れて木陰に移動する。

「実はさ……あたしも、オジサンの鞄が結構重くてさ。これ、旅に必要な道具が結構入ってるでしょ?」

 コリンが両手で持っていたハーヴェイの鞄を地面に置く。確かに、どしりと重い音がした。右手、左手と交互に持っていたが、とうとう腕が限界になったらしく、先ほどから両手で引きずるようにして持っていたのだ。

「悪いな、荷物なんか持たせて……」

 樹の幹に巫女をもたれかけるように座らせると、イオンが言う。

「あのさ」

 ふるふると疲れて凝り固まった手を振ってほぐしながら、コリンが答える。

「何かさ、イオン、謝ってばっかりだよ。そりゃ、何にも言ってくれないイオンなんて嫌だけど、そんなに急に謝ってばっかりっていうのも、あたし嫌だな」

 今度は両腕をぐるぐる回し、肩をほぐす運動に移行しながら続ける。

「巫女ちゃんが元気なくなっちゃって、オジサンもいなくなっちゃって、大変っていうかもう正直どうしていいかわかんないの、あたしも同じだもん」

「……」

 そう言われると、余計に謝りたくなる。しかし、今それを言えば話の腰を折ることになるとイオンは黙る。

「ここまで大変なことになるとは思わなかった。ぶっちゃけね。村を出られるー! ……って、旅行気分だった」

 コリンはばつが悪そうに、空に視線を移す。やがて、イオンを見詰め直して言う。

「でもさ、あたしは……オジサンを悪く言うわけじゃないけど、途中で逃げたりしないよ? イオンが辛いなら、あたしにできることだけでも頑張って助けてあげるから。だから、えっと……何て言えばいいんだろ……は、恥ずかしいな……」

 急に言葉に詰まって、頬を染めてもじもじとしてしまう。

「と、とにかくっ! んーと、そう、そうだ! 一人でカッコつけてんじゃないわよ! いい?」

 そう言って、腰を折ってビシッとイオンの目の前に指を立てる。

「お、おう……」

 真剣な雰囲気を急に壊されて、イオンは思わず拍子抜けした声で返事をしてしまう。

「わ、わかればよろしいっ!」

 そう言ってコリンは元の位置に直り、腕を組んでうんうんと一人頷く。その顔はまたほんのりと朱に染まっていた。

 コリンのよくわからない慌てぶりに戸惑い、頬を掻きつつも、何とか励まそうとしてくれていることが伝わって来たイオンは、柔らかく微笑んだ。

「わかった。正直、俺もどうしていいかわからなくてしんどい。だから……一緒に悩んでくれ」

「おっけーおっけー! あたしにどーんと任しておきなさいって!」

 そう言って、胸を叩いた。

「この娘を守ってやれるのは、俺とコリンしかいないんだ……。ははっ、まるで親みたいだな」

 巫女の隣にしゃがんで座っているイオンがしばらくぶりに笑って、何気なくそう言った。

「え……親? 親ってことは、え、ここにいるのはイオンとあたしだけで、イオンは男の子で、女の子はあたしで、それってつまり……」

「あ、でもたまに忘れるんだが、この娘と俺って、同じ年の同じ日に生まれたらしいな。ってことはいくら何でも親は言いすぎだな」

 そう言って、すっとぼけた表情で爽やかに笑う。

「バカっ!」

 大股で三歩で間合いを詰めたコリンが、そのイオンの爽やかな笑顔を平手で引っ叩いた。

「痛てっ! な、何するんだよ!」

 突然のことに、イオンが激昂して立ち上がる。

「うるさいうるさい! イオンのバカ! ほら、休憩終わり! 行くよっ!」

 そう言って、コリンは開き直ったのかハーヴェイの鞄を文字通り引きずって歩き出す。

「な、何なんだ……?」

 一瞬呆気に取られてから、イオンは巫女をおぶって後を追った。


   *


 その夜。

 再び以前のような野営の準備をして、質素な夕食を済ませ、コリンと巫女は既に寝ている。

 本来ならば、イオンはここで剣の稽古をするのが日課なのだが、今は剣を教えてくれていたハーヴェイはいない。しかし、ある程度のことは教わっていたので、一人でそれを復習するという手もあった。しかし、イオンはそれをしなかった。

(何となく、気に入らないんだよな……)

 旅を、巫女を捨てていなくなったハーヴェイ。そんな男に教わった剣術すら、憎らしく思えてくるのだった。

 しかし――。

 ちらりと、傍らでくっつくようにして眠っている二人の少女を見る。焚き火の炎で照らされたあどけない表情は、それぞれ種類の異なる愛くるしさを放っている。

 それを見て、イオンは立ち上がると、腰の剣を抜く。焚き火から少し離れたところに移動し、それを振る。右から左へ、左から右へ。

 教わった動きを、その動きの意味するところを思い出しながら、目の前に架空の敵を想定して、縦横無尽に左右の手に握られた二振りの剣を動かす。

 気に入らない。気に入らないが、つまらない意地を張って、いざという時、あの二人を守れなかったら、それこそ悔やんでも悔やみきれない。

 例えそれがどんな相手から受け取ったものであっても、今は使えるものは何でも使わなければならない。頼れるものは自分の持っているものしかない。

 そして息が上がり、一通りの動作をこれでもか、というほど繰り返し終わったところで、イオンは剣を鞘に仕舞った。

 水を飲んで汗を拭うが、横にはならない。傍の樹に寄りかかって、なるべく楽な姿勢を取る。

 今は、見張りも自分しかいないのだ。完全に寝てしまうわけにはいかない。

 しかし、昼間巫女をおぶってそれなりの距離を歩いた疲れもある。

 やがてうつらうつらとイオンはまどろみ、真夜中を過ぎた頃には知らぬ間に眠っていた。


   *


 目の前が明るい。

 しかし、これは朝日ではない。それは何となくわかる。これは夢だ。しかも、以前に見た夢に似ている。

 だが、少し違う。見ている位置が違う。周りの全てが眩しい。あまりに眩しくて、何も見えない。そして感じる浮遊感。

 やがて、水の中をゆっくりと沈んでいくような感覚に襲われる。そして、以前と違うのは、自分の体があるのがわかる。自分は、光の膜のようなものに包まれて、ゆっくりと下へ下へと落下している。

 やがて、しばらく降下したところで、自分を包んでいる光の膜が、作りたてのパン生地を引きちぎるように分裂する。自分を包んでいる光の膜とは別に、その向こうにもう一つ、光の膜が球体を成して、何かを包んでいる。

 ああ、あれは――。

 その中に、見える。長い髪の、線の細い少女。

 二つに分かれた光の粒。その内の一つが、あの少女。そしてその片割れの中に、自分がいる。

 それが何を意味するのか理解するかしないかの内に、イオンは目を覚ました。

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