人類は滅びない
真っ黒な夜空から、巨大な銀色の円盤の群れが降りてくる。
目の前で起こっている出来事が作り話によくあるような光景のせいか、私の中に現実味が全く生じない。
絶えず鳴り続ける避難勧告は音が大きすぎて、自分に危機感を覚えさせるどころか頭を麻痺させていた。
宇宙人の乗った円盤が町を見下ろすその光景は幻想的で、むしろ美しいとすら感じるようなものだった。
「神が現れなさったのだ」と誰かが言えば、私は素直にそれを信じたに違いない。
円盤から一条の光が放たれる。
すると光が通った場所の地面が閃光と共に盛り上がり、そして爆ぜる。
町が蹂躙され、人々は完全にパニックに陥っていた。
遠くの方にも円盤と光が見えているから、同じことが他の場所でも起きているのだろう。
逃げるという選択肢すら思いつかない私は、遠く離れた丘の上に呆然と立ち尽くしていた。
『気分ハドウダ。1034番』
「……最悪だ」
最初、ぼやけていた視界は次第にはっきりとした輪郭を帯びていく。
銀色だ。
寝ぼけた頭で私はそんなことを思った。
一人には少し大きすぎる鉄製の部屋、その中心で私は冷たい金属の椅子に拘束されていた。
何もない寂しい空間だが、正面に長方形の大きな窓がある。
強化ガラスか何かと思われる窓の向こう側は機械類が溢れていた。
そこに「奴ら」はいた。
余計に一つ多い目玉が、無感動にこちらを見つめている。
『ソウイウ意味デハ無イ』
そいつが何かを言った気がしたが、朦朧とした頭が外の世界との接触を断っていたせいでよくわからなかった。
ぼんやりと窓越しの宇宙人に目を向けてみる。
身長は私の三分の二程度だろうか。
体つきは全体的に細長く、非常に貧弱そうに見える。
眼球が揃ってギョロリと動くのが不気味だ。
ついでに皮膚が白くてつるつるとしているのも気持ち悪い。
ただ科学技術はかなり発達しているらしく、スピーカーからはリアルタイムで翻訳された声が聞こえる。
……もっとも、今はもう「我々の」と表現するのは不適切だから「私の」か。
ようやく自分の置かれている状況を思い出した。
私以外に生きている人類は、もういないんだ。
『最後ニ自分独リ残サレタ者ハ何ヲ考エルノカ。ソウイウ質問ダ』
「さあ」
そっけなく返事を返すと私に話しかけている宇宙人は不機嫌そうになった。
少し間を空けて奴が後ろを振り向き、記録を取っていると思われる別の宇宙人に何かを話しかけ始めた。
向こう側にはその二人のほかに誰もいない。
人類の最期にたったそれだけというのも少し無礼じゃないだろうか。
つまらない冗談は口に出ることはなく、代わりに出たのはため息だった。
一人残された者は何を思う、か。
やはり孤独だろうか。
しかし全く同類がいないという状況がその感情を鈍らせていた。
町中でふと直面する孤独の方が、今感じている孤独よりもはるかに大きい。
無人島に独りぼっちでいるとき寂しく感じるなら、きっとそれは海の向こう側に仲間がいるからだろう。
孤独は自分がのけ者になっているという事実の中にあるものだ。
のけ者にしてくれる大衆さえ存在しない今の状況ではその概念自体が薄れている。
今の私は一人であって独りではない。
ならば絶望か。
もし仮に私が奴らの管理下を脱出できたとして、脱出したという事実だけに終わってしまう。
外で宇宙人に捕まらないようサバイバル生活を営むより、この牢屋の中で飼われている方が楽な位だ。
自分を受け入れる場所はもう何処にも無い。
私が独りになった時点で人類終末は避けられない絶対の運命となっているのだ。
先にあるのは行き止まりだとわかっているのに歩き続けているのと大差は無い。
だがそんなに暗い気分ではなかった。
どうしようもない、という諦めの念が胸の中を占めているだけだ。
絶望ではなく諦観と言った方が、今の私の心境に近い。
天井を見上げながなら、そんなことを考えていると、またスピーカーから機械の声が聞こえる。
『コレカラ、オ前ノ処刑ヲ始メル。良イナ?』
「ああ」
嫌だと言えば死なずに済むのか、なんて問いかける気はさらさら無かった。
これ以上奴らの人体実験に付き合ってやる義理も無いし、そもそも生きる理由が無い。
ちなみに死ぬ理由はあるらしく、私達がこの星にとって有害だからだそうだ。
そう言われるとぐうの音も出ない。
実際、私たちが他の生き物を虐げているのは自らが認めるところだった。
無論だからといって黙って滅ぼされるほど人類は良心的ではなかったが、結果は椅子に拘束された私を見れば一目瞭然だ。
はるか上に進んだ文明に打ち勝つのは生半可なことではない。
『何カ言イ残ス事ハ有ルカ?』
最期はやはり何か良い名言か何かを残してみたいが、その言葉は誰に残すものなのか、という疑問に行き着いた時点でどうでもよくなった。
わざわざ奴らのために何か言葉を残してやるのは癪に障る。
どうせ同じように侵略した腐るほどの数の星のデータと一緒に眠るのが関の山だ。
「特に無い。とっとと始めてくれ」
『……ワカッタ』
不服そうな態度を見せながらも、そいつは相方へと合図を送った。
先程まで記録をとっていた宇宙人が何のためらいも無く機械を操作し始める。
『コレヨリ、有害下等知的生命体ノ最後ノ一体ヲ処分スル』
左右の壁の下のほうの部分がスライドして、そこから黒い気体が吐き出される。
銀色の部屋がだんだんと黒に侵食されていく。
事前の説明によれば、ほとんど苦しむことなく死ねるらしい。
担当者がサディストでなかったことに感謝したい。
「……」
最後の人類が死ぬ瞬間だというのに、私の中には諦めに中和された恐怖感と、格好付けなのか無駄に冷静を保とうとする思考以外に何も無い。
何か特別なことが起こるのでは、と頭の片隅で考えていたのは全くの的外れだったようだ。
結局のところ私の死ぬ順番が全体から見れば最後だったというだけで、そんなに特別なことではないのだ。
どうやら私の死は、自分にとって私の死以外の何ものでもないらしい。
悔しいことに走馬灯さえ流れず、私たちを滅ぼした奴らの会話が聞こえてきただけだ。
二人合わせて四つもある気色悪い目玉が、興味なさげにこちらを眺めながら話している。
『コレデ仕事ハ完了ダ』
『ヤット地球ニ帰レマスネ』
『アア。コレデ太陽系カラ、遥カ遠クノ辺境ノ星トモ、オ別レダ』
ガスはどんどん濃くなっていく。
銀色だった部屋はもう面影をほとんど残さない、黒い部屋になってきている。
息を止めていたのはものの十秒程度で、すぐにあきらめて息を吸ってしまう。
ほんの少し頭痛がした後、視界が黒から本当の真っ黒になった。
ということでSFモノに挑戦してみました。
主人公は、スター・ウォーズのチューバッカが一つ目になった宇宙人というつもりで書いています。
どこまで伏線を張ったら良かったのか等、さっぱりだったのですが……
拙文ですが感想、評価、コメントを頂けたらありがたいです。