雪原の奇跡:古代の影と水の都の不穏
「アレス、下がってろ。一気に浄化する」
俺は両手を突き出し、前世のガトリング砲の機構を魔力で再現した。一発の重みではなく、圧倒的な「密度」と「速度」で対象を飽和させるイメージだ。
「……ホーリーバレット・連射!」
洞窟の闇を切り裂き、白銀の光弾が豪雨のように放たれた。一発一発が岩を穿つ威力を持ちながら、その性質は極めて純度の高い聖属性。不定形の影が逃げる隙すら与えず、その「存在」そのものを光で塗りつぶしていく。
「ギ、ギギギィッ……!」
実体を持たないはずの影が、あまりの光の圧力に悲鳴のような不快な音を上げ、霧散していく。洞窟の壁にこびり付いていたどす黒い魔力も、浄化の余波で剥がれ落ち、結晶化して砕け散った。
「すごい……。あれだけ不気味だった影が、まるで見えなくなっちゃったわ。ツカサ、あんたの魔法、本当に容赦がないわね」
アレスがウォーハンマーを構えたまま、呆気にとられたように消滅した影の跡を見つめている。
洞窟の最奥にて
影が消えた後、そこには古い祭壇のようなものが残されていた。
「……ツカサ、これ。私たちが持ってるあの石碑と、同じ印じゃない?」
アレスが鋭く指摘する。
「……アレス、これは見なかったことにしよう」
俺は祭壇に置かれた石板と魔石を、調査隊が中に入ってくる前に「アイテムボックス」の最奥へと放り込んだ。あの「石碑」と同じ紋章――関われば関わるほど、俺の求める「静かな生活」から遠ざかる予感しかしない。
「賛成よ。こんな不気味なもの、国の調査隊に渡したら最後、私たちは重要参考人として王都まで連行されちゃうわ」
アレスが小声で素早く同意し、わざとらしく洞窟の入り口の方を振り返った。
調査隊との別れ
「影は消した。奥にはもう何もないぞ」
俺は洞窟から出てきた調査隊の男たちに、短くそう告げた。彼らはまだ足元がおぼつかない様子だったが、救われたことに涙を流して感謝してきた。
「あ、ありがとうございます……! お名前を、せめてお名前だけでも伺えれば、国に報告を……」
「名乗るほどの者じゃない。ただの通りすがりの冒険者だ。……おいアレス、行くぞ」
「はいはい。お大事にね、お兄さんたち!」
俺たちは彼らが報酬や感謝の言葉を重ねる前に、身体強化の跳躍で一気に崖を駆け上がった。背後から上がる驚愕の声も、吹き荒れる山脈の風がかき消していく。
再び空へ
雲を突き抜け、再び静寂の空中へ戻る。185cmの巨躯を支える風を感じながら、俺は隣を飛ぶアレスに声をかけた。
「……目立ちたくないと言いながら、結局騒ぎを大きくしてる気がするな」
「あはは、本当ね! 令嬢を飛ばして、山脈で奇跡を起こして、古代の影を爆散させる……。全然『隠密』じゃないわよ、ツカサ」
アレスは愉快そうに笑いながら、それでも信頼しきった瞳で俺を見た。
「でも、そのおかげで誰も死なずに済んだわ。……さあ、次はどうする? このままあの石板のことは忘れて、美味しい飯が食える街でも探す?」
「山でドラゴンを食おう」
「ああ、そうだな。これだけ暴れたんだ、腹が減った」
俺は山脈の中でも特に見晴らしが良く、かつ街道からは絶対に見えない切り立った断崖のテラスを選んで着地した。
「またドラゴンの肉? ……贅沢すぎてバチが当たりそうだけど、今の戦いを見てたら、それくらい食べないと元が取れないわね」
アレスが笑いながら、手慣れた様子で周囲の枯れ木を風魔法で集めてくる。俺は「アイテムボックス」から、昨日仕留めたアースドラゴンの特上の霜降り肉を取り出した。
気圧が低い山の上だ。前世の知識を使い、魔法で局所的に圧力を高めた「魔力圧力鍋」の空間を作り出し、ドラゴンの肉を短時間で芯まで柔らかくする。
例の崖から精製した純度100%の岩塩と、アイテムボックスに忍ばせていた香草。さらに、アレスが作った火に、俺が「温度制御」を加えて完璧な強火で表面を焼き上げる。
ジュッ、という官能的な音と共に、ドラゴンの脂が弾ける香りが希薄な空気の中に広がった。
「はい、アレス。熱いうちに食え」
「待ってました! ……んんっ! 美味しい! 山の冷たい空気の中で食べる熱々の肉、最高だわ……!」
185cmの巨躯の俺と、幸せそうに肉を頬張るアレス。 雲海を見下ろしながら、俺たちは誰にも邪魔されない至福の時間を過ごした。
「ツカサ。……あの石板のこと、やっぱり気になる?」
焚き火の火を見つめながら、アレスが不意に真面目な顔で尋ねてきた。
「……いや、今は考えるだけ無駄だ。それより、今日はもう休もう」
俺は地面に手をかざし、土属性の魔力を流し込んだ。前世の建築知識に基づき、基礎を固め、断熱材代わりの空気層を含ませた厚い土壁を瞬時に組み上げていく。
「アース・ビルド」
断崖のテラスに、風雪を完璧に防ぐ無骨ながらも機能的な「土の小屋」が完成した。内部には、石を熱して床暖房のように加工した寝床も備えてある。
「……すごっ。一瞬で家が建っちゃったわね。本当に、あんたがいればどこでも生きていけるわ」
アレスは感心したように壁を叩き、まだ温もりが残る寝床へと潜り込んだ。185cmの俺が入っても十分に余裕がある空間だ。
外では山脈の厳しい風が鳴っているが、魔法で作られた壁の中は、焚き火の余熱と俺たちの体温で驚くほど暖かい。
「おやすみ、ツカサ。……明日も、面白い旅にしましょうね」
アレスの穏やかな寝息が聞こえ始める。俺は一人、入り口の闇を見つめながら、静かに意識を沈めていった。
薄明るい陽光が土の隙間から差し込み、新しい一日が始まる。山脈を越えた先には、まだ見ぬ景色が広がっているはずだ。
ツカサは土の小屋を片付ける前に、ふと意識を外へ向けた。 「……またか」
前世のパッシブ・レーダーのように、風の振動と魔力の揺らぎを脳内で同期させる。千里眼を併用し、山脈のさらに険しい急斜面に焦点を合わせた。
「アレス、起きろ。朝飯前の運動だ。すぐ近くで、また人が魔物に囲まれてる」
「えぇっ、もう? この山、遭難者多すぎじゃない……?」
アレスは眠そうに目をこすりながらも、即座にウォーハンマーを掴んで立ち上がった。二人は小屋を崩して土に返し、そのまま斜面を滑るように急行した。
切り立った崖の袋小路。そこでは、数人の若い冒険者らしき一団が、この高山地帯に生息する凶悪な魔物**「スカイ・リッパー(空を裂く者)」**の群れに追い詰められていた。
巨大な怪鳥のような姿をしたその魔物は、真空の刃を翼から放ち、冒険者たちの盾を紙細工のように切り裂いている。
「ひ、ヒールが追いつかない! 誰か、助けてくれ!!」
リーダー格の若者が絶望の声を上げた瞬間、上空から185cm、100kgの「質量」が音もなく舞い降りた。
「アクセル」を使い、スカイ・リッパーの首を一撃でメイスで粉砕する。
「アレス、風魔法で動きを止めろ。俺が上から叩き潰す」と連携を指示する。
「失せろ」の一言に魔力を込め、魔物を恐怖で撤退させつつ、負傷者に「ピュリフィケーション」を飛ばす。
「アレス、右の三羽は任せた。左の群れは俺が片付ける」
「了解、ツカサ!」
アレスがウォーハンマーを構えたまま、鋭く魔力を練り上げる。 彼女が放ったのは、基本の初級魔法。だが、ツカサの指導による「身体強化」の余波と「密度の圧縮」のイメージが加わったそれは、もはや石礫などという生温いものではなかった。
「ストーンバレット!」
空気を切り裂く鋭い音と共に、三発の石弾が放たれた。 前世の対物ライフル弾にも匹敵する速度と質量を持ったそれは、逃げようとした「スカイ・リッパー」三羽の胴体を正確に撃ち抜き、その巨躯を岩壁ごと粉砕した。
「……あ、あいつら、あの速さの怪鳥を初級魔法で……!?」
腰を抜かしていた若い冒険者たちが、驚愕のあまり声を震わせる。
「よし、アレス。筋がいいな。……残りは俺がやる」
ツカサは185cmの巨躯を沈め、一気に踏み込んだ。
メイスの一振り: 逃げ遅れたスカイ・リッパーの頭部を、重メイスで文字通り「消滅」させる。
アレスが倒した個体も含め、素材となる魔石だけを瞬時に「アイテムボックス」へ回収し、残りの死骸は谷底へ蹴り落とす。
「ふぅ……。ねえツカサ、今のストーンバレット、回転を加えてみたんだけどどうだった? 貫通力が上がった気がするわ!」
アレスが満足げにハンマーを肩に担ぎ直し、ツカサに駆け寄ってくる。その姿は、先ほどまで震えていた冒険者たちには、恐ろしくも神々しい「上位種」のように映っていた。
ツカサは重メイスを肩に担ぎ直し、腰を抜かしている冒険者たちへと歩み寄った。185cm、100kgの巨躯が放つ威圧感に、若者たちは思わず後ずさりする。
「……落ち着け。怪我の具合はどうだ」
ツカサの低い声に、リーダー格の青年がようやく我に返ったように口を開いた。
「あ、ありがとうございます……! 助かりました。俺たちは麓の街のギルドに所属している銀級パーティーで……。この山に珍しい薬草が出たと聞いて、つい深入りしてしまいました」
アレスが横から口を挟む。 「銀級? それにしては装備が心許ないわね。さっきのスカイ・リッパーはこのあたりの主みたいなものよ。あんたたち、自分たちの実力を過信しすぎたんじゃない?」
「おっしゃる通りです……。まさか、あんな群れに遭遇するなんて……」
青年は項垂れながらも、ツカサとアレスの異様なまでの強さに気付いたのか、探るような視線を向けてきた。
彼らの話を聞くうちに、いくつか気になる情報が出てきた。
最近、この山脈だけでなく各地で魔物が凶暴化し、生息域を広げているという。
調査隊が全滅しかけたのと同じく、他の場所でも「音のない影」の目撃例が増えているらしい。
国はこれらを重く見て、腕利きの冒険者や騎士団を各地へ派遣し始めている。
「……ねえツカサ。これ、私たちがさっき見た『影』や『石板』と無関係とは思えないわね」
アレスが耳元で小さく囁く。どうやら世界は、俺が「目立ちたくない」と願うそばから、騒がしい方向へと動き出しているようだ。
「……いいだろう。街まで送ってやる。ただし、条件がある」
俺はあえて低く、有無を言わせぬ圧を込めて彼らを見据えた。
「俺たちのことは他言無用だ。さっきの戦いも、俺たちの容姿も、一切口にするな。もしギルドに報告するなら『凄腕の旅人に助けられた』とだけ言っておけ。分かったか?」
185cmの巨躯から放たれる威圧感に、若者たちは喉を鳴らして必死に頷いた。 「は、はい! もちろんです! 命の恩人の頼みとあれば、絶対に秘密は守ります!」
「よし。アレス、準備しろ。こいつらのペースに合わせて下山するぞ」
「了解! ……ふふ、あんたがそんなに怖く念押しするなんて珍しいわね。でも、それくらい言っておかないと、街に着いた瞬間に英雄扱いにされちゃうものね」
二人は若者たちを囲むようにして、険しい山道を下り始めた。道中、ツカサは「歩くスピードを緩める」という高度な身体制御をこなしながら、リーダー格の青年から話を引き出す。
最近の噂では、あの黒い影は「古の封印」が解け始めた兆候だという説があるらしい。各地の古い遺跡で同様の被害が出ている。
国が「Sランク」に近い実力者を血眼で探しているという。特に、未知の魔法体系を使う者は厚遇(という名の拘束)を受けるとか。
魔物の活性化で交易路が寸断され、食料や魔石の値段が跳ね上がっている。
「……なるほどな。世界が騒がしくなっているのは間違いなさそうだ」
アレスが小声で応じる。 「ツカサ、これだけ騒動が広がってると、私たちがどれだけ静かにしてようとしても、いつか巻き込まれそうね。……ねえ、いっそのこと誰も来られないような『世界の果て』まで飛んじゃう?」
街の門が見えてくる
数時間の行軍を経て、山脈の麓にある堅牢な城壁で囲まれた街が見えてきた。
「あそこが俺たちの拠点にしている街『アイゼンベルク』です。ここまで来ればもう安心です。……あの、本当に何もお礼をせずにお別れでいいんですか?」
青年が名残惜しそうにツカサを見上げる。
「……門までだな。あとは自分たちで行け。俺たちのことは忘れるんだぞ」
ツカサはそう言い残すと、驚く青年たちを置いてアレスと共に人混みへと紛れた。185cmの巨躯は目立つが、前世の隠密技術を応用し、魔力で周囲の光をわずかに屈折させて視線を逸らす「認識阻害」を薄く展開する。
「ツカサ、あいつら本当に黙っててくれるかしらね。……まあいいわ、約束はさせたんだし。それよりギルド、あそこね」
アレスが指し示した先には、剣と盾を交差させた紋章が掲げられた頑丈な石造りの建物があった。
二人はギルドの喧騒に紛れ込み、壁際に貼られた大量の依頼書や掲示板を遠目に確認した。
掲示板の中央には、黒い縁取りがされた「緊急調査依頼」が何枚も貼られている。内容は山脈や森で見つかった「黒い影」の目撃情報の提供。報酬は通常の三倍、さらに「聖属性」や「空間干渉」の魔法使いを最優先で募っている。
隅の方に、ツカサがアイテムボックスに仕舞い込んだあの紋章と酷似した図形が描かれた手配書があった。「これに心当たりのある者は、即座にギルド長室へ」という不穏な一文が添えられている。
昨日の「伯爵令嬢ベアトリクス」の救出劇が早くも話題になっているのか、「空飛ぶ二人組の救助者」を探している風の騎士たちの姿がギルド内をうろついていた。
「……ツカサ、見て。あの紋章、やっぱりあちこちで問題になってるみたいよ。それに、空飛ぶ救助者の噂……もう広まり始めてるわ」
アレスが小声で告げる。認識阻害をかけているとはいえ、ここに長居するのは得策ではないようだ。
「そうだな。この国の連中は、俺たちのことを『便利な英雄候補』としか見ていない。……国境を越えるぞ。しがらみのない場所へな」
ツカサは進行方向を北へと定め、魔力の出力を一段引き上げた。
眼下には、険しい山々や大河によって仕切られた、この国の境界線が広がっている。地上では厳重な検問所が旅人の足を止めているだろうが、高度数千メートルの「空の道」を遮るものは何もない。
「国境越えなんて、普通なら何日もかかるし、書類だってうるさいのに……。魔法とあんたの知識があれば、ただの『景色』ね」
アレスは隣で軽やかに風を切りながら、眼下に広がる新しい大地を見て瞳を輝かせている。
国境を越えた先には、これまでの騎士国家とは趣の異なる、広大な草原と点在する湖が見えてきた。空気の魔力密度もわずかに異なり、どこか開放的な気配が漂っている。
「ツカサ、見て! あの湖のほとりに、大きな街があるわ。……あそこなら、誰も私たちのことを知らないはずよ」
ツカサは「千里眼」でその街を捉えた。水路が張り巡らされた、美しい水の都だ。
ツカサは水の都を遠目に臨む丘の上で立ち止まり、周囲の微細な振動を捉えるべく「集音の術式」を展開した。
前世のパラボラアンテナの原理を魔力で再現し、風に乗って流れてくる街の喧騒や、街道を行き交う旅人たちの会話を拾い上げる。
「……アレス、静かに。少し探る」
耳を澄ませると、断片的な言葉が風に乗って届いてきた。
「影」の影響: 「……北の街道が封鎖されたらしい」「またかよ、例の『黒い霧』か?」「ああ、商隊が丸ごと一つ、もぬけの殻だったそうだ……」
「紋章」の噂: 「……教会の連中が、古い石碑の拓本を集めて回ってるって話だ」「不吉だねぇ、何かの予言だなんて噂もあるが……」
この国の情勢: 「……王都から聖騎士団が派遣されるらしい」「この平和な水の都も、そろそろ物騒になるな……」
ツカサは術式を解き、深く溜息をついた。
「……国境を越えても同じか。むしろ、こちらの方が『予言』だの『教会』だのと、宗教的な不穏さが混じっているな」
アレスが顔をしかめて、重いウォーハンマーの柄を弄ぶ。 「……逃げても逃げても、あの不気味な影が追いかけてくるみたいね。ツカサ、この街もすぐに『影』に飲み込まれるのかしら?」
「……まずは腹ごしらえだ。それから教会へ向かう。噂の『予言』とやらが、あの石板とどう繋がっているのか確かめる必要があるからな」
ツカサは「認識阻害」の術式を薄く維持したまま、アレスと共に水の都『アクア・ルミナ』の活気ある市場へと足を踏み入れた。
185cmのツカサとアレスが並んで歩くと、否応なしに道が開く。ツカサは前世の目利きを活かし、土地の特産品を素早く見極めた。
獲れたての湖魚を香草で包み焼きにしたものや、この国特有の硬質なパン、そして保存の利く干し肉を大量に買い込む。
「ツカサ、この街の果物、すごく甘い香りがするわ!」と、アレスは色鮮やかな果実をいくつか買い込み、その場で一口齧って満足げに笑った。
調達した食料は、人目を盗んで次々と「アイテムボックス」へと収納していく。
腹を満たし、予備の食料を確保した二人は、街の中央に位置する巨大な大聖堂へと向かった。その教会は湖の上に突き出すように建てられており、白亜の壁が水面に反射して神秘的な光を放っている。
「……あそこね。確かに、騎士や神官たちの出入りが激しいわ。普通の祈りを捧げに来た信徒とは、明らかに空気が違う」
アレスが鋭く指摘する通り、教会の入り口には重武装の聖騎士たちが立ち、出入りする者に鋭い視線を投げかけていた。
ツカサはハルバードを背中の袋に隠し、旅の護衛騎士を装って建物内へと潜入した。
廊下の陰で「集音」を使い、神官たちの密談を拾う。「……やはり、第三の封印が解けかかっているのか?」「石碑の欠片が足りぬ。あの山脈で見つかったはずのものが、何者かに持ち去られたという報告が……」
一般開放されている図書室で、教典の隅に記された古い紋章を探す。
古い遺物について学びたい」と、下級の司祭に接触して話を振ってみる。
「ツカサ、あそこの奥……重厚な扉の向こうから、例の『影』と同じ嫌な魔力の匂いがするわ。何かを、あの中に閉じ込めているか、あるいは運び込んだのかも」
アレスが小声で告げる。
「……アレス、決まりだ。夜を待ってあの扉の向こうを拝ませてもらうぞ。教会が何を隠しているのか、その目で確かめる必要がある」
ツカサは一度教会を離れ、日が落ちるのを待ってから行動を開始した。
夜の帳が下りた『アクア・ルミナ』。水面に映る月明かりを背に、ツカサとアレスは教会の屋根へと音もなく飛び移った。
「認識阻害――『サイレント・フィールド』」
ツカサは周囲の光と音を物理的に遮断するドーム状の結界を展開する。185cmの巨躯が動いても、警備の聖騎士たちは風が吹いたとしか感じない。
二人は通気口から内部へ滑り込み、昼間目星をつけていた「奥の扉」の前へと辿り着いた。
扉には複雑な魔力錠と、物理的な封印が何重にも施されていた。
「ツカサ、これ……普通の鍵じゃないわ。無理に開ければ街中に警報が響き渡るわよ」
「……問題ない。構造は理解した」
ツカサは前世の「分子結合」の知識を応用し、錠前の金属組織だけを一時的に流動化させた。カチリ、と小さな音と共に、禁忌の扉が静かに開く。
その先に広がっていたのは、教会の華やかさとは正反対の、冷たく暗い地下祭壇だった。
祭壇の中央、透明な魔力の檻の中に、例の「黒い影」が捕らえられていた。それも、山脈で見たものより遥かに巨大で、より「人の形」に近い。
影の足元には、ツカサが持っているものと対になるような、半分に割れた「石碑」が安置されていた。
周囲には、魔力を抽出するための魔法陣が描かれており、神聖なはずの教会がこの「影」から力を引き出そうとしている形跡があった。
「……っ、これって。教会は影を退治しようとしてるんじゃなくて、利用しようとしてるの……?」
アレスが戦慄して声を潜める。その時、地下室のさらに奥から、複数の足音が近づいてきた。
「……まもなく、調整が完了する。あの山脈から『核心の石板』が届かなかったのは痛手だが、代わりの生贄ならいくらでも用意できる……」
低い、傲慢な老人の声が響く。
「ツカサ、どうする!? 来るわよ!」
「……アレス、予定変更だ。この腐りきった連中、泳がせておくには毒が強すぎる」
ツカサは「認識阻害」を最大出力に引き上げ、足音の主たちが部屋の中央に揃うのを待った。現れたのは、豪華な法衣を纏った数人の枢機卿と、冷徹な目をした魔導師たちだ。
「……まもなく、この『影』が新たな神となるのだ。ククク、愚民どもは何も知らず、我らに……」
老人が醜悪な笑みを浮かべた瞬間、ツカサが動いた。
ツカサは前世の「特異点」と「事象の地平線」の理論を魔力で強引に構築した。それはアイテムボックスのような「静止した倉庫」ではない。外界から完全に断絶され、時間すら歪んだ無の空間だ。
「『亜空間拘束』」
老人たちが異変に気づく暇もなかった。ツカサが指を鳴らした瞬間、彼らの足元の空間が「穴」のように開き、重力に引かれるようにして全員が闇へと吸い込まれていった。
吸い込まれた直後、空間の歪みはパチンと弾けて元に戻る。そこには、つい数秒前までいた人間たちの気配すら残っていない。
「……えっ、ツカサ、今……何をしたの? 彼ら、消えちゃったわよ」
アレスが目を丸くして、誰もいなくなった床を見つめる。
「死なせてはいない。だが、俺が許可しない限り、あそこからは光一筋、音一つ漏れ出すことはない。……情報の聞き出しは後だ。まずはこの場を片付ける」
主導者がいなくなった地下祭壇には、檻に捕らわれた「影」と、半分に割れた「石碑」だけが残された。
檻の中で暴れる巨大な影に対し、ツカサは「重力固定」をかけ、その波動を完全に静止させる。
祭壇にあった「半分の石碑」を拾い上げる。アイテムボックスにあるもう半分と近づけると、共鳴するように鈍く光り始めた。
「アレス、適当に火を放て。実験が失敗して、枢機卿たちが影に呑まれて心中したように見せかけるぞ」
「了解! ……ふふ、あんたって怒らせると本当に一番怖いタイプね。でも、すっきりしたわ!」




