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不毛の標的  作者: 慈架太子


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翼なき飛翔:自由を求めて国境を越える

「……アレス、少し待ってろ。仕上げだ」


ツカサは立ち上がり、キャンプ地のすぐ側にある崖の斜面へ視線を向けた。前世の地質学的な知識と、今の「言語理解」にも似た世界の理を読み解く力が、地層の奥に眠る「岩塩の層」を正確に捉える。


ツカサが崖に手をかざし、静かに魔力を練り上げる。


「ピュリフィケーション(浄化精製)」


崖の表面から、不純物が砂となって崩れ落ち、代わりにクリスタルのように透き通った結晶がツカサの手元へと吸い寄せられていく。前世の化学的な「純度」を強くイメージすることで、魔力は岩塩層から塩化ナトリウムだけを抽出・再結晶化させた。


ツカサの手のひらには、月明かりを弾くほど純度の高い、美しい岩塩が積み上がった。


「岩塩の層から……精製したの? 魔法でそんな、職人が何日もかけるような真似……」


アレスが呆然とする中、ツカサはその岩塩を指先で砕き、焼き上がったばかりのドラゴンの肉にパラパラと振りかける。


「食ってみろ。今度は味が締まっているはずだ」


促されて、アレスは改めて塩のかかった肉を口に運んだ。 先ほどまでの肉の旨味に加え、鋭くもまろやかな塩気がドラゴンの濃厚な脂を引き立て、脳を揺らすような美食へと進化している。


「……っ! 全然違う……! 味が、なんていうか、すごく『はっきり』してる。魔法で塩まで作っちゃうなんて、あんた本当に……料理人でも魔法使いでも、何にでもなれちゃうのね」


アレスは幸せそうに目を細め、バゲット代わりにアイテムボックスから出した干し肉も一緒に頬張っている。


185cm、100kgの男と、その隣で魔法と美食に驚き続ける女剣士。 焚き火が爆ぜる音だけが周囲に響き、ドラゴンの肉の香りが夜の空気に溶けていく。


「ツカサ。あんたが隣にいてくれるなら、どんな世界の終わりが来ても怖くない気がするわ」


アレスは少し顔を赤らめ、焚き火の熱のせいか、それとも別の理由か、ツカサの大きな肩にそっと寄り添った。




「……アレス、聞いてくれ。俺たちはこれから何でもできる。金も、名声も、Sランクの地位も……その気になれば、この世界の貴族や王族にだって登りつめることができるだろう」


ツカサは焚き火を見つめながら、静かに、しかし確かな重みを持って言葉を紡いだ。185cmの巨躯から発せられるその言葉は、アースドラゴンを屠った今、単なる夢物語ではなく、決定事項としての響きを持っていた。


「ただ――俺は目立ちたくない。面倒な権力争いや、国同士のしがらみに巻き込まれるのは御免だ」


アレスは肉を咀嚼する手を止め、ツカサの横顔をじっと見つめた。それから、納得したように深く息を吐く。


「……そうね。あんたのその力、正直にバラしたら世界中の王家が放っておかないわ。無理やり軍に入れられるか、あるいは脅威として消されるか……。自由が一番のあんたにとって、それは死ぬより退屈なことでしょうね」


アレスは寄り添っていた肩に力を込め、悪戯っぽく微笑んだ。


「分かったわ。だったら、あんたのその規格外の力は私が隠してあげる。表向きの功績は『運が良かった』ことにするか、あるいは私の魔法のおかげってことにでもしとく? 私、あんたの『隠れ蓑』になる覚悟はできてるわよ」




「ハハッ、隠れ蓑か。……だがアレス、さっき教えただろう? あんたも俺と同じことができるんだ。全属性の魔法に、アイテムボックス、それに身体強化……。今のあんたは、この国の宮廷魔導師だって裸足で逃げ出すレベルだぜ」


ツカサは焚き火に薪を一本くべ、爆ぜる火花を見つめた。


「あんただけが目立つのも、結局は同じことだ。俺たちが揃って規格外だってバレてみろ。どこかの国が『戦略兵器』として俺たちを囲い込もうとするだろうよ。目立つとロクなことがない。自由を奪われ、誰かの駒として戦わされる……そんなのは、真っ平ごめんだ」


アレスは自分の両手を見つめ、それからツカサの言葉を反芻するように静かに頷いた。


「……そうね。私一人でも、もうこの街の常識からは外れてる。あんたの言う通りだわ。力が自由をくれるんじゃなくて、力が自由を奪うこともある……。肝に銘じておくわ」


彼女はフッと表情を緩め、ツカサの大きな腕に自分の手を重ねた。


「じゃあ、決まりね。私たちは『ちょっと腕の立つ、運がいいだけの二人組』。……そういうことにしておきましょう。キメラもドラゴンも、私たちが生きていくためだけの、二人だけの秘密」



アレス 旅をしないか? 金は稼げるから困ることはないはずだ。



「旅……。ここではない、もっと広い世界へ、か」


アレスはその言葉を噛みしめるように呟き、夜空に広がる星々を見上げた。彼女の瞳には、未知の世界への不安よりも、ツカサと共に歩む未来への期待が強く宿っている。


「いいわね、それ。一つの場所に留まっていたら、いつか私たちの『力』は誰かに嗅ぎつけられてしまう。でも、風のように旅を続けていれば、誰にも縛られずに済むわ。あんたという規格外の相棒と、美味しい肉、そして魔法……退屈する暇なんてなさそうね」


彼女は愉快そうに笑い、ツカサの大きな手に自分の手を重ねた。


「行きましょう、ツカサ。世界は広いわ。あんたの『前世の記憶』にある景色よりも、もっと凄いものがこの世界のどこかにあるかもしれない。それを二人で見つけに行くのよ」


翌朝。朝露に濡れる森を抜け、二人は一度街へと戻った。 だが、その足取りは昨日までとは違う。ここはもう「定住する場所」ではなく、旅の支度を整えるための「寄港地」に過ぎない。


門を出る二人の背中には、朝日が差し込んでいる。185cmの巨躯に巨大なハルバードを背負ったツカサと、その隣で軽やかに剣を鳴らすアレス。


「さあ、ツカサ。最初の行き先はどこにする? あんたの直感で決めていいわよ」



「ああ、そうしよう。まずは足元を固めるのが先決だ」


ツカサはアレスを伴い、慣れ親しんだ街の門を潜った。


ギルドのカウンターに、ツカサは「アイテムボックス」から取り出したアーマード・ベア数体分の毛皮と爪を並べた。昨日アースドラゴンを爆散させた同じ腕で、今は「運が良かった」と笑ってみせる。


「森の深部でこいつらが争っててな。漁夫の利ってやつだ」


査定官は驚きつつも、キメラやドラゴンのような伝説級の存在が混ざっていないことに安堵した様子で、当面の路銀としては十分すぎるほどの大金を支払った。周囲の冒険者たちの視線も、「運のいい新人が大物を仕留めた」程度の好奇心に留まっている。


次に訪れたのは、昨日も世話になったあの武器屋だ。


「親父、旅に出ることにした。丈夫な外套と、魔法の媒介になりそうな小物をいくつか見繕ってくれ」


店主はツカサのハルバードに目をやり、その使い込まれた(実際には死闘をくぐり抜けた)様子を見て満足げに頷いた。 「……いい面構えになったな。長旅ならこの撥水加工の外套がいい。それと、魔力の伝導率がいい銀のチェーンだ。触媒を繋ぐのに役立つだろう」


支払いの際、ツカサは周囲に悟られぬよう「アイテムボックス」から金貨を取り出し、事もなげに支払いを済ませた。店主は黙ってそれを受け取り、「死ぬんじゃねぇぞ」と短く言葉をかけた。


石碑については、当面の間はアイテムボックスの奥深くに放置することに決めた。言語理解で読み取った「深淵の門」の謎は、今の自由な生活を脅かしかねない火種だ。確固たる力が伴うまでは、闇の中に沈めておくのが賢明だろう。


旅の支度を整え、二人は街の正門に立っていた。 185cm、100kgのツカサの肩には、新調した頑丈な外套が羽織られ、ハルバードの柄が鈍く光っている。


「準備万端ね。……さあ、ツカサ。まずはこの街道をどこまで行く? 最初の目的地はあんたの気分で決めてよ」


アレスは期待に満ちた瞳で、真っ直ぐに続く道を見つめている。



アレス 違う武器を持たないか? 俺はメイスを持ってみたい。 ドラゴンをたたいた時に思った。 でかい奴を叩いて爆散させるとスカッとするぞ。




「……メイスだと?」


アレスは驚いたように目を丸くしたが、すぐに昨日見た光景――ツカサの一撃でアースドラゴンの頭部が粉砕された瞬間――を思い出したのか、愉快そうに肩を揺らした。


「あはは! 確かに、あの巨体を文字通り『粉砕』するあんたを見てると、刃物よりもしっくりくる気がするわ。100kgの剛腕で振り回されるメイスなんて、もはや攻城兵器じゃない」


ツカサは武器屋の棚に並ぶ、無骨な鉄塊のような重メイスを手に取った。185cmの彼の手には、並の男が両手で扱うはずの得物が片手で丁度いいサイズに見える。


「スカッとする、か。……いいわね、そういう直感、旅には大事よ。それじゃあ、私は……」


アレスは自慢の長剣を眺め、それからツカサの提案を吟味するように視線を巡らせた。


大鎌デスサイズ: 「全属性を覚醒させたんだもの。風の刃を乗せて、広範囲を刈り取るような戦い方も面白そうじゃない?」


戦槌ウォーハンマー: 「ツカサが叩き潰すなら、私はその隙に装甲ごと叩き割る! 二人で粉砕コンビっていうのも悪くないわね」


多節鞭ウィップソード: 「身体強化で上がった反応速度を活かすなら、変幻自在な武器もいいかも。あんたが正面から潰す間に、私が搦め手で追い詰める」


「親父、悪いがこのハルバードに加えて、特注のメイスも頼む。それと、アレスにも新しい武器を」


ツカサが「アイテムボックス」から取り出した金貨を多めに積むと、店主は不敵な笑みを浮かべた。 「……面白い。その体格なら、普通の鉄じゃ物足りねぇだろう。ドラゴンの……いや、とっておきの重合金で打ってやるよ」




「ああ、ウォーハンマーもいいな。予備として持っておいて損はないだろう。メイス、ハルバード、それにハンマー……状況に応じて叩き潰す道具を選べるのは贅沢だ」


ツカサは店に並ぶ中でも最大級の重量を誇るウォーハンマーを軽々と片手で持ち上げ、その重心を確かめた。185cmの巨躯にその重質量武器は、恐ろしいほどよく似合っている。


「アレス、あんたも身体強化をフルに使えば、俺と同じだけの出力を出せるはずだぜ。100kgを超える剛腕のパワー、試してみたくないか?」


ツカサの言葉に、アレスは自分の細い腕を見つめ、それから不敵に口角を上げた。


「……そうね。あんたの教え通りに魔力を細胞に流せば、この腕でドラゴンの頭をカチ割ることだってできる。……いいわ、決めた。私もウォーハンマーにする。二人で重武装して、何もかもを粉砕しながら旅をするなんて、誰にも想像できないでしょうね」


ツカサは「アイテムボックス」から追加の金貨をカウンターに積み上げた。


調整済みのハルバードに加え、特注の「重メイス」と、破壊に特化した「大型ウォーハンマー」。


身体強化時の筋力に耐えうる、強化合金製の「ウォーハンマー」。さらに、これまでの長剣も予備として保持。


「親父、全部もらう。これならどんな城門だって数秒でガラクタにできるな」


「……おいおい、あんたたち、本当に人間か? まあいい、代金は確かに受け取った。そいつらで世界をぶっ壊してこい」


店の外に出た二人は、それぞれ巨大な鈍器を背負い、あるいはアイテムボックスに予備を放り込み、意気揚々と歩き出した。


アレスは時折、身体強化を指先に込めてウォーハンマーの柄を握り、その重さを「羽のようだ」と楽しそうに笑っている。


「ツカサ、これなら魔石の採取も楽ね。硬い魔物も、上から叩けば一発で『素材』に早変わりだわ」




「森を横切っていくか。道なき道の方が、俺たちの今の力なら近道になるだろうしな」


ツカサはハルバードを肩に担ぎ、生い茂る原生林へと迷いなく足を踏み入れた。185cm、100kgの巨躯が茂みを分ける様は、それ自体が重戦車のようだ。


ふと、ツカサは隣を歩くアレスを振り返った。


「なあアレス。……空を、飛びたくないか?」


「空を……? 飛行魔法のこと? でもあれは、高位の魔導師が一生をかけて習得する術式だって……」


アレスが驚きで足を止める。ツカサは不敵に笑い、前世の知識――流体力学や揚力、そして「ベクトル」の概念を魔法に落とし込むイメージを伝えた。


「理屈は簡単だ。身体強化で自分の重さを消し、風魔法で足元に気流を作る。あとは、行きたい方向へ風や魔力を『噴射』するだけだ。……やってみるか?」


空中散歩の試行

ツカサはアレスの手を取り、魔力の同調を開始した。


重力軽減グラビティ・レス レビテーション: 自重100kgのツカサと、アレスの体が羽のように軽くなる。


風の噴射ウィンド・スラスト: 二人の足元から猛烈な突風が吹き出し、重力を振り切って垂直に上昇を始めた。


「きゃっ!? ……嘘、浮いてる……本当に浮いてるわ、ツカサ!」


高度数十メートル。森の巨木たちが足元に広がる絨毯のようになり、視界が一気に開ける。地平線の先まで続く深い緑と、その向こうに輝く海が見えた。


「凄い……! 鳥になったみたい。こんな景色、見たことないわ……!」



「……アレス、一旦降りるぞ。森の中に嫌な気配が混じっている」


ツカサは空中で速度を緩めると、滑空するように地表へと舞い降りた。着地の衝撃を身体強化で完璧に殺し、ハルバードを静かに握り直す。


「風魔法で探査する。……『ウィンド・ソナー』」


ツカサが地面に手をかざし、超高周波の振動を含んだ風を周囲に走らせた。前世のレーダーの知識を応用した索敵魔法だ。風が樹木や遮蔽物に跳ね返り、その反響が「動く標的」の形を脳内に描き出す。


「左前方、約500メートル。……人数の多い一団だ。十数人……いや、二十人はいるな。武装の質と隠れ方からして、街道を狙う盗賊の連中だろう」


「盗賊……。こんな森の奥まで、たちの悪い連中ね」 アレスが背中のウォーハンマーを抜き放ち、身体強化を全身に巡らせる。彼女の瞳には、弱者をいたぶる者への静かな怒りが宿っている。


「狩っていくか。旅の軍資金にもなるだろうし、何よりこの新しい『重器』の試し切りには丁度いい」




「悪いな、アレス。さっきのは無しだ。もっと効率的に、一瞬で終わらせるぞ」


ツカサは盗賊のアジトを目前に控え、自身とアレスの魔力を直接連結させた。脳内にある「加速」の定義を、前世の物理法則に則って再構築する。


「肉体強化魔法――『アクセル(加速)』」


二人の体に青白い電流のような魔力が走り、世界が劇的に変貌した。 風に揺れる葉が止まり、焚き火から爆ぜた火の粉が空中で静止する。185cm、100kgのツカサの巨躯が、物理限界を超えた反応速度を手に入れた。


「……信じられない。空気が、まるで水のように重く感じるわ……!」


アレスが驚愕の声を上げるが、その声すら超高速の世界では引き延ばされた振動に過ぎない。


アジトの消滅

二人は同時に踏み出した。


ツカサの衝撃: ツカサが踏み出した一歩は、地面の岩を粉砕し、後方に真空を形成する。盗賊たちの視点では、何かが「消えた」と思った次の瞬間、拠点の中央にいた連中が全員、骨を砕かれて宙を舞っていた。 ツカサのメイスが空気を叩き、その圧力だけでテントが裂け、壁が崩れる。


アレスの旋風: アレスは「アクセル」を維持したまま、ウォーハンマーを独楽のように回転させて賊の中を駆け抜ける。 超加速状態で放たれるハンマーの一撃一撃は、もはや回避不能の災害だ。賊が叫びを上げる隙すら与えず、その手に持った武器ごと叩き伏せていく。


わずか数秒。盗賊たちの主観では、まばたきをした瞬間にアジトの全員が地に伏し、拠点が瓦礫の山に変わっていた。


略奪と回収

ツカサは「アクセル」を維持したまま、アジト内にあった宝箱や金目の物を視認し、次々と「アイテムボックス」へと放り込んでいく。


「……よし、回収完了だ」


ツカサが魔法を解除すると、止まっていた時間が再び動き出したかのように、周囲で一気に瓦礫が崩れる音と、賊たちの呻き声が響き渡った。


「ふぅ……。凄いわ、ツカサ。これなら軍隊相手でも、一分もかからずに壊滅させられる。あんたが『目立ちたくない』って言う理由、今ので本当によく分かったわ……。こんな力、誰も放っておくはずがないもの」


アレスは高揚しつつも、どこか呆れたようにウォーハンマーを担ぎ直した。


「待て、アレス。奥の檻に……人質がいる。今の衝撃で怪我をさせてなきゃいいが」


ツカサは「アクセル」を解除した直後の静寂の中、瓦礫の山となったアジトの奥へ向かった。185cmの巨躯で邪魔な倒木を片手で退けると、そこには怯えた表情で身を寄せ合う数人の男女がいた。


「……助けに来た。怪我はないか?」


ツカサが低い声で問いかけ、ウォーハンマーの柄で檻の錠前をバターのように握り潰す。アレスもすぐに駆け寄り、恐怖に震える人質たちに「ヒールバレット」の光を優しく注いだ。


「もう大丈夫よ。盗賊たちは全員動けないわ。……ほら、立てる?」


人質は近隣の村の住人や、行商人のようだ。幸い、ツカサの破壊が精密だったため、檻の周辺に被害は及んでいない。


アレスは「水魔法」で清潔な水を作り出し、彼らに飲ませて落ち着かせる。


「この人数を連れて歩くのは目立つな。……アレス、空から運ぶぞ。一度に全員は無理だが、俺の『重力制御』を併用すれば、このくらいの人数なら一気に浮かせられる」



人質の中に、泥に汚れてはいるが明らかに質の良い、仕立ての異なるドレスを纏った三人の女性がいた。


ツカサが低い声で問いかける。 「君たちは?」


中央に座る、勝ち気だがどこか気品を失っていない金髪の女性を庇うようにして、残りの二人が鋭い視線を向けた。 「……無礼な。こちらは伯爵令嬢、ベアトリクス様よ。私たちはその護衛と侍女。貴殿らが助けてくれたことには感謝するけれど、まずはその得物を下ろしてくださる?」


その物言いに、アレスが少し顔をしかめて俺の横に並んだ。


「助けてもらった第一声がそれ? 私の相棒はこれでも手加減して檻を壊してあげたのよ。……まあいいわ。ツカサ、どうする? 伯爵令嬢なんて、関わるとそれこそ一番『目立つ』相手よ」


ベアトリクスと呼ばれた女性は、俺の185cm、100kgの巨躯と、背負った巨大な武器を見上げ、恐怖と好奇心が混ざったような瞳でじっとこちらを見つめている。


伯爵令嬢の救出。これは普通なら多額の報奨金と騎士の称号が約束される手柄だが、今の俺たちにとっては「目立ちたくない」という方針に真っ向から反する案件だった。


彼女たちを空中に浮かせて運び、街の衛兵所の前に置いて姿を消す。名乗る必要はない。


「命を救った代償は、俺たちの正体を黙秘することだ」と、念を押して契約(あるいは脅し)を交わす。


「俺は喋ると目立つ。アレス、お前が適当に話を合わせておいてくれ」と、窓口を任せる。


「ツカサ、どうするの? 彼女たちをこのまま放っておくわけにもいかないし、かといって堂々と街へ連れて行けば、あんたの嫌いな『有名人』になっちゃうわよ」




アレスは、俺の「目立ちたくない」という意向を汲み取ったのか、あえて事務的な、それでいてどこか距離を置いた丁寧な口調で問いかけた。


「お嬢様方、どちらまで行かれるのですか? 私たちは旅の途中でして、あまり長居はできないのですよ」


その問いに、護衛の女性が少し口ごもり、中央のベアトリクス令嬢を窺った。令嬢は汚れを気にする様子もなく立ち上がり、ツカサとアレスを交互に見つめてから口を開いた。


「私たちは……隣領の王都へ向かう途中でした。不覚にもこの森で賊の不意打ちに遭い、馬車も護衛も失ってしまったのです。もし、最寄りの街まで送り届けていただけるのであれば、我が家が相応の謝礼をお約束しますわ」


ベアトリクスの瞳には、救助者への感謝だけでなく、二人――特に185cmの巨躯に無骨な重器を背負い、一瞬でアジトを更地にしたツカサへの強い興味が隠しきれずに浮かんでいた。


「ツカサ、どうする?」 アレスが耳元でささやく。


「彼女を直接街へ連れて行けば、門番や衛兵が大騒ぎして、私たちは一躍『英雄』様よ。あんたが一番嫌がる展開になるわね。……でも、このまま森に置いていけば、別の魔物の餌食になるのは目に見えてるわ」




「実験台になってもらう。少し揺れるが我慢しろ」


俺はそう言うと、アイテムボックスの「空間を繋ぐ」概念を拡張し、前世の物理知識で座標を固定した。指先で空間をなぞると、そこが鏡のようにひび割れ、向こう側に街の裏門近くの路地裏が映し出される。


「な、何ですの、これは……!? 魔法で空間に穴を……!?」 ベアトリクスが目を見開くが、説明している暇はない。


「アレス、手伝え」 「了解。さあ、お嬢様方、ちょっと失礼するわよ!」


俺とアレスは、驚愕で固まっている令嬢と護衛、侍女の三人を、重力魔法でひょいと持ち上げると、有無を言わさずその「穴」へと放り込んだ。


「あ、ちょっと、待ちなさ――!」


彼女たちの叫びが消えるのと同時に、俺は空間の接続を断つ。パチンと音がして、ひび割れは消え、そこには静かな森の風景だけが戻った。


「ふぅ……。これでよし。あっちで騒ぎになる前に、私たちはここから離れるわよ。ベアトリクス様だっけ? あの瞳、完全にあんたに食い付いてたもの。関わったら最後、一生追いかけ回されるわ」


アレスが呆れたように笑いながら、ウォーハンマーを肩に担ぎ直した。


「さあツカサ、転移の実験も成功したことだし、私たちもここをおさらばしましょう。次はどこへ『アクセル』で飛んでいく?」




「……さて、厄介払いは済んだな。行くぞ、アレス」


俺たちは再び「重力軽減」と「風の噴射」を組み合わせ、森の木々を眼下に収める高さまで一気に舞い上がった。


眼下には、先ほどまでいた盗賊のアジトが豆粒のように小さく見え、さらにその向こうには、令嬢たちを放り込んだ街のシルエットが霞んで見える。


「はぁ……。さっきの令嬢たちの顔、傑作だったわね。まさか自分が空飛ぶ魔法の実験台にされるなんて思ってもみなかったでしょうし」


アレスは隣で並走(飛行)しながら、風に髪をなびかせて笑っている。185cmの俺の巨体と、巨大な鈍器を背負った彼女。この二人が並んで音もなく空を滑空する姿は、地上から見れば未知の幻想生物に見えるかもしれない。


「でもツカサ、あの『転移』は凄いわ。あれがあれば、この世界の『距離』なんて意味がなくなる。あんたの知識、やっぱりこの世界の常識を根底から壊しちゃうわね」



「……アレス、止まれ。山脈の方だ」


俺は「千里眼」――魔力をレンズ状に固定し、光の屈折を制御して遠方の情景を引き寄せる前世の望遠鏡のような術式を展開した。


遥か先、険しい山脈の切り立った岩場。そこに、数人の影が力なく倒れているのが見えた。


「倒れている奴らがいる。……この距離から見えるってことは、ただの遭難じゃないな。魔力密度がそこだけ歪んでる。強い何かに襲われたか、あるいは『山』そのものが牙を剥いたかだ」


「山脈で遭難? ……あんな険しい場所、普通の人間が行くようなところじゃないわ。放っておくこともできるけど……あんたが『見える』って言ったってことは、助けに行くつもりなんでしょ?」


アレスは呆れたように言いながらも、背中のウォーハンマーを握り直した。


「『アクセル』。全速で向かうぞ」


俺たちは空中で姿勢を低くし、加速の魔力を最大まで引き上げた。衝撃波が背後で爆ぜ、景色が瞬時に後方へと流れていく。


数分後、俺たちはその山脈の岩場に降り立った。 空気が薄く、冷気が肌を刺す。倒れていたのは、揃いの意匠が入った革鎧を着た一団だった。


「これは……冒険者? いえ、どこかの『調査隊』みたいね」


アレスが駆け寄り、一人の生存者の脈を確認する。その横で俺は、周囲の岩壁に刻まれた「不自然な爪痕」に目を向けた。


「ヒールバレット」を広範囲に散布し、まずは彼らの意識を取り戻させる。


彼らを襲った「何か」がまだ近くにいる。ハルバードを構え、岩陰に潜む気配を探る。


倒れている男の持ち物を改める。紋章や書類から、彼らが何を目的としてこの禁忌の山に入ったのかを探る。


「ツカサ、この人たち……何か強い毒か、魔力に当てられてるみたい。普通の回復魔法じゃ追いつかないわ」



「分かった。毒と魔力の澱みを一気に弾き飛ばすぞ」


俺は倒れている一団の中心に向け、右手をかざした。前世の知識で「有害物質の分解」と「魔力波長の正常化」を強くイメージし、聖属性の魔力を極限まで圧縮する。


「ホーリーバレット・ピュリフィケーション」


放たれた光の弾丸は、彼らの頭上で弾けると、清浄な光の雨となって降り注いだ。雪山に停滞していたどす黒い魔力の霧が霧散し、彼らの肌に浮き出ていた不気味な紫色の血管が、みるみるうちに引いていく。


「……っ、う、うう……」


一団の中で一番体格の良い男が、大きく息を吐きながら目を開けた。


「……助かったのか……? あの影に襲われて、もうダメかと……」


アレスが隣で彼らの容態を素早く確認し、俺を振り返る。


「完璧だわ、ツカサ。呼吸も脈も安定した。……でも今の光、この距離で見えたら麓の街からも『奇跡』が起きたように見えるでしょうね。また目立っちゃったんじゃない?」


彼女は苦笑いしながらも、武器を構えて周囲の岩陰を鋭く睨んだ。


「それより、この男が言った『あの影』ってのが気になるわ。まだ近くにいる……それも、かなり嫌な気配がね」




「おい、意識ははっきりしているか。何に襲われた?」


俺の185cmの巨躯に見下ろされ、男は震えながらも絞り出すように答えた。


「……古代の遺物を、探しに……。ですが、洞窟の奥から『音もなく動く黒い霧』が現れて……触れられた仲間が次々と倒れ、魔力を吸い尽くされたんです……。あれは、生き物なんかじゃない……」


男の話によれば、彼らは国から派遣された遺跡調査隊らしい。禁忌とされるこの山脈の奥に、失われた時代の知識が眠っているという伝承を追っていたようだ。


「『音のない影』ね……。物理攻撃が効きにくい霊体系アンデッドか、あるいは純粋なエネルギー体かしら」


アレスがウォーハンマーの柄を叩き、やる気を見せる。


洞窟への侵入

「アレス、生存者を入り口まで運んでおけ。……影の正体、拝みに行ってくる」


俺たちは生存者たちを岩陰の安全な場所へ移すと、重苦しい冷気が吹き出す洞窟の中へと足を踏み入れた。


暗視魔法: 前世の暗視ゴーグルの原理を応用し、微細な光を増幅して洞窟内を昼間のように見通す。


探査ソナー: 壁に振動を送り、奥の構造を把握する。「……突き当たりに広い空間があるな。そこに『何か』が溜まっている」


洞窟の最奥。そこには不気味な黒い霧が渦巻き、男が言っていた「影」が蠢いていた。それは実体を持たず、不定形の闇が人の形を模しているような、冒涜的な存在だった。


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