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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

白い水平線

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーらくんは、白色の地平線や水平線を見たことがあるだろうか?

 日の出のときの光、あれは絵で描くとして、手間をかけずに白でぐっと塗りたいところだろうが、よく観察してみるとおおよそ黄色か赤みか、暖色系の気配を感じることがほとんであろう。

 中には目もくらむようなまばゆさ、その前後の光の具合から「白」と認識することもあるかもしれない。しかし、僕が指しているのは本当に白く染まった地平線のことだ。


 ――雲がちょうど、自分の見ている地点から都合よく溜まっていたら、そうなるんじゃないか?


 まあ、そういう景色を見ることもなきにしもあらずだろうけど……実際に、僕が出くわしたときのことを話そうか。

 聞いてみないかい?


 僕が当時、住んでいた部屋は周囲から少し高台になるアパートだった。

 仕事場も含んだ町たちを見下ろしながら、そこが面している海の先も一望できる。

 僕の楽しみのひとつでもあった。思うことがあってもなくても、ときおり船舶が往来している海の様子を見ていると、どこか心が落ち着く感じがしたからな。

 おそらく、自然そのものの揺るがなさを感じるからだと、分析している。自分が些細なことに揺れがちな小さい存在なのに対し、彼らはいつもそこにいてくれるから、自然と包容力に期待するというか。

 その日も家の中へ入る前、アパート敷地前にある、腰かけにちょうどいい石に座って海を眺めていたんだ。


 最初は、こーらくんが話したように雲のかたまりかと思った。

 いつも見る海のずっと向こう側は、全面的に白くけぶっていたんだ。これが海の側にまで白が染み出していたら、霧が出ているのかもと考えたかもだけどね。

 その日の青々とした海の上へ、まんべんなく乗せられたアイスクリーム部分、と思えるようにハミダシの一切ない形で存在するから、とても不思議だったよ。

 あれはいったい、何だろうなと僕はいつも以上にぼんやりとそれを見守っていたんだ。望遠鏡、双眼鏡といった気の利いたものは住まいになく、ただひたすら肉眼の力に頼るよりなかった。


 おそらく30分くらい、そうしていたと思う。

 当初は真っ白だった水平線に、変化が起こった。色がわずかずつだけれども、変わり始めていたんだよ。

 虹の一角を成すものと同じような、薄い紫がかったもの。それが僕の目の前に相当する部分か、少しずつ少しずつ左右へ広がっていくんだ。

 動きは緩慢。ここから半島と半島に隠されるまでの広さは、ここから両腕を広げたくらいのものだったけれど、それでも埋め尽くすにはもう30分くらいは要した。

 この間、座っている僕の横を何台も車が通り、人もまた幾人か通りかかったが、この海の様子を気にかけているような印象は受けなかったな。みんな、自分のことを優先している感じでさ。


 そうして、全体に紫が広がったかと思うと。

 今度は紫の中で赤みがどんどん強くなっていくのさ。やはり僕の目の前を中心にしてさ。

 これもまた、前からずっと見続けていなければ分からないだろう、緩やかな色合いの変化だったよ。広がりもまたのんびりとしたもので、先ほどの倍の1時間ほどはかけたものになったな。

 何時間もここに座り続けているわけだから、先ほどよりも通りかかるものの数は増えたものの、相変わらず海も僕のことも気にかけてはいない。僕のほうとしても、知った顔を見かけたら「あの海の様子が見えない?」と尋ねることができて、都合がよかったんだけどねえ。

 人間はやはり、他者とのかかわりなしでは、自分のことさえよく理解できない存在……などと、水平線が赤々と染まるまでのあいだ、しょーもない哲学を頭にめぐらせていたのだけど。


 第三の変化が起きた。

 今回はゆっくり広がるもんじゃない。いっぺんに来た。

 見えている範囲の赤々とした水平線。その海面に乗っかっていた部分がはじけて、一気に海側へ流れ出してきたんだよ。

 一度、姿を見せたそれの動きは速かった。先ほどまでの緩慢さがウソのように、海を、町を、そしてこの高台にまで、弾けるように迫ってきた。

 とっさに立ち上がったときにはもう、目前に来ていてさ。びしゃしゃしゃ、と音が耳に飛び込んでくるほど全身に浴びちゃって、視界も完全に塞がれちゃって。「ああ、やられた!」と思っちゃったよ。


 でもね。二、三度まばたきする間に、いつも通りの視界に戻っていたんだ。

 そこには海も、町も、この高台もはっきりとある。例の赤に染まっていた部分など、みじんも残っていない。

 僕自身もそうだ。張り付いた瞬間には、息も止まるかと思うほどの強い弾力を覚えてゴムのようだったのに、今はそれが完全に消え去ってしまっている。

 僕の服にも肌にも、例の痕跡は何ひとつ残っていないんだ。そして海のかなたの水平線もまたいつも通り。乗せるものなく、ただ海の水ばかりが広がっていたんだよ。

 その日から、友達をはじめとした大勢にこのことをほのめかす形で尋ねてみたけれど、まともな返答はかえってこなかったよ。ごまかそうとしている風じゃなかった。

 でも、あの水平線のかなたにあったものがいっぺんに、僕たちにへばりついて変えてしまったとしたら、どうだろうね。

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